5
一夏と春樹は早朝五時に起きていた。彼らがやっていたのはランニングと筋力トレーニング。それは中学校から続けていることであり、もはや二人の習慣となっている。
なぜこのようなことをするのかというと、自分の弱さを身体というもので補うためだ。それは意味のないものなのかもしれないが、気持ち的には強くなれている気がする。それだけで十分なのだろう。
「はぁ、いい汗かいたなー。シャワーはどっちから浴びる?」
「そりゃ、一夏からだ。俺は風呂は長いってこと、お前は知っているだろ」
「ああ、そうだったな。春樹はシャワーでも長いから。そういうところは女々しいよな」
一夏は笑いながら言う。
春樹は苦笑いで返す。どうも言い返せないらしい。
「べ、別に良いだろ、ゆっくり入ったって! 早く入ってこい。いいな!」
一夏は、はいはい、と軽く返してバスルームへと消えていった。
春樹は部屋に一人になる。そして、彼は何か難しい表情をしながらこう思う。
(どうにかなりそうだな。俺としては心苦しいけど、生き延びるためだからな)
何か意味深なことを考える春樹。
暇になった春樹はスマートフォンでゲームを始める。余裕な表情、何かしらの目的を持っているが、そんなことに興じれるほど、今のところは順調なのだろうか。おそらくそうなのだろう。
「春樹ー、上がったぜ」
「早っ!?」
相変わらずの早風呂。まだ一〇分も経っていない。本当に体を洗っているのかと心配になるほどだ。まぁ、一夏からしたらそんな長い時間風呂場で何をやっているのか、と疑問になるだろうが。
三〇分間ほどのシャワーを終えた春樹は一夏とともに朝食へと出向く。
食堂にたどり着いた二人は、偶然篠ノ之箒と出会った。どうやらまったく同じタイミングでの朝食だったらしい。
箒は一夏の顔を見るなりちょっと顔を赤らめて目をそらす。
それを見た春樹は今後この二人が上手くいくことを願っていた。
「箒、よかったら一緒に朝食どうだ?」
春樹は尋ねると、箒は静かに「うん」と答える。春樹はクスッと笑い、それぞれ朝食が置かれているお盆を持ち、開いてる席を見つけて三人が座る。配置は一番左が箒でその横が一夏、そしてその横が春樹である。
この配置も春樹が自然とこうなるように仕向けたものであり、ここまでの行動が極自然で狙ってやったなど誰も気づかなかった。
三人が朝食を取っていると、女子が三人隣いいかな? と尋ねてきた。
「葵君、お隣いい?」
三人組の一人はそう尋ねる。春樹は、一夏と箒の間を邪魔しないならいいかな、と判断し「いいよ」と答えた。
三人は並んで席に座る。
「あれ、量少なくないか? わざわざ減らしてもらったのか? そんだけで昼までもつのかよ」
「えー、うん、もつかな」
「お菓子よく食べるし!」
「あははは……そうなんだ。えっと、名前なんだっけ? ごめん、まだ覚えきれてないんだなーこれが」
三人はそれぞれ親切に答えてくれた。特に「お菓子よく食べる」と言った元気で笑顔がステキな女の子の名前は布仏本音。この学校の三年生に姉の布仏虚がいるらしい。しかも整備科の主任で、生徒会に入っているという。
「そっか、じゃあ布仏さんも整備科に進むつもりでいるの?」
「うーん、まだ考え中。でも、きっと整備科に行くと思うよー」
「そっか。なら、姉に続いて主任取るしかないな」
春樹がそう言ったとき、一夏と箒がどうやら食べ終わったようだ。早いな、と思いながら先に行ってていいよ、と催促し、自分も食を進める。
「ねえ、葵君と織斑君って随分と仲がいいみたいだけど、小さい頃からの友達だったりするの?」
「ああ、一夏とは家族みたいなものだよ」
『家族?』
その場にいる女子三人はよくわからない、理解できない、といった顔をしている。だって一夏と春樹は苗字が違う。
「ま、詳しいこと話すと長くなるから割愛させてくれ」
「う、うん。そういえば、織斑君と篠ノ之さんってなんか仲良いけど、どんな関係なの」
なんだか、複雑な事情があるのかと受け取った女子三人は急いで違う話題に切り替える。
「まあ、アレだ。幼馴染ってやつだよ」
『え、幼馴染!?』
急に三人の声が重なり、大きな声がより大きくなっていた。しかも食いつきが良い。やはり女子はこういった色恋沙汰に関係あることには興味津々なんだろうか?
「ああ。小学校一年のときに一夏と剣道場に通うようになってから、四年生まで一緒のクラスだったんだよ」
その時、パンパンと手が叩かれる音が食堂に響き渡る。なにかと後ろを見るとそこにはジャージ姿の千冬が立っていた。
「いつまで食べてる? 食事は効率よく迅速に取れ!」
その瞬間周りの女子の食べるスピードが凄くあがった。とても早い。そして千冬は言葉を続けた。
「私は一年の寮長だ。遅刻したらグラウンド十周させるぞ?」
その時春樹は理解した。千冬が中々家に帰ってこない理由を。寮長を務めていたりとすごく忙しい先生なのだ。さすが織斑千冬。現役時代のカリスマ性を持ってすれば人を惹きつけるなんて容易い事であり、教師としてもそれなりの立場になるだろう。
春樹は急いで朝食を食べ、食堂を後にした。
6
現在、一夏たちのクラスではクラス代表を決めることとなっている。このクラス代表とは、来週に行われるISによるクラス対抗戦に出場する他、生徒会の会議や委員会への出席などの仕事を受け持つことになる。つまりは学級委員長のようなもの、ということになるだろう。
「自薦他薦は問わない。誰かいないか?」
千冬は生徒たちに問う。すると、女子たちは一斉に手を上げて、やれ織斑君が良いだの、葵君が良いだの言っている。どうやら、自分ではなく物珍しいISを使える男子をクラスの代表にしたくてしょうがないらしい。だが、そこで意義を唱える人物がいた。セシリア・オルコットである。
「ちょっと待ってください。わたくしが立候補いたします」
そう言った後に、彼女はぼそっと呟いた。
「男がクラス代表だなんていい恥さらしですわ」
その言葉を、春樹は確かに聞き取っていた。聞き取っていたからこそ、反撃に出てしまった。
「おい、今さ、聞き捨てならないことを言ったなオルコットさん。男がクラスの代表になったら何で恥を晒すことになるんだ?」
「それは……。その、織斑一夏さんのような努力の意志も感じられない人がクラスの代表になられては他のクラスに恥を晒すことになると言いましたの」
「そうか。でも、それは間違ってる。一夏はな、お前の喝のおかげで心を入れ替えて一晩でISの基礎を覚えたんだ。努力だけは人一倍する奴なんだよ。そんな奴ならクラスの代表になっても恥にはならないだろ?」
「…………」
セシリアは言い返せない。確かに彼の言った言葉の通りなら、織斑一夏の事を認めざるを得ない。だが、彼女の中ではそんな問題ではないのだ。もっと別に理由はある。だが、そんなことを教室で、しかもクラスメイトの前で言う訳にはいかない。
「なら、こうしましょう。葵春樹さん、織斑一夏さん、決闘を申し込みます。これで勝った者がクラスの代表。クラス対抗戦の事もありますし、強い者が代表になることは理に適っていると思いますわ。織斑先生、アリーナの使用は可能でしょうか?」
「うむ、やろうと思うならば可能だが……オルコット、お前は重要なことを忘れているぞ。オルコットのISは企業が用意した専用機。対して男どもは代表候補生でもなんでもないから学校にある量産機を使用することになる。そのアドバンテージをどうするつもりだ?」
「それは……」
「ふ……。だが、安心しろ。男どもにも専用機が渡されることになる。なんでも、貴重な男性操縦者ということもあって、とある企業から専用機が渡される手はずになっている。よかったな」
「ならば問題ありませんわね」
「では、次の月曜日、第三アリーナで行う。形式はリーグ形式で行う。つまり二勝した者がクラスの代表だ。異論はないな?」
セシリアは力強く返事をし、春樹は静かに返事を返す。一方一夏は、なぜこんなことになってしまったのか、と落胆の意を込めて小さく返事をした。
正直、一夏はクラスの代表になる気なんて微塵もない。クラスの奴らが勝手に自分を推薦していただけだ。リーグ形式だか何だか知らないが、勝手にやっていろ、とも思う。だが、それで終わるわけにはいかないのだ。
春樹と戦う、ともなれば話は別だ。小さい頃から今まで小さなことから大きなことまでずっと競ってきた。だから、これもその一環。今まで春樹に勝てたことがあまりないからこそ、勝ってやる、と意気込む。とてもな感情だが、それが一夏の性なのだ。
一夏にとって、春樹は追い抜くべき兄貴のようなものなのだから。