ISを改変して別の物語を作ってみた。   作:加藤あきら

41 / 79
第二部
Prologue 『あの日の思い出は…… -Day_before_summer_wars-』


  Prologue 『あの日の思い出は…… -Day_before_summer_wars-』

 

  1

 

 七月一九日。明日は待ちに待った夏休みである。

 一般の生徒は実家に戻ったり、夏休みを友人と共に過ごす日々。そして、ISの専用機を持つ代表候補生等は各国へと帰国し、それぞれ専用機などのレポート等を提出したり、ISの改良を更に進めたりする日々になる。

 この日の早朝、織斑一夏は朝のトレーニングを行っていた。

 このIS学園のグラウンドを一人一〇周走り込むが、一夏はいま、二〇週目を迎えていた。

 そう、通常より多く一〇周しているのは、春樹の分である。一夏はいなくなった春樹の分まで走り込みをしているのだ。

 もちろん、この後の筋肉トレーニングも春樹の分を追加してやる予定である。つまり、通常の二倍やることになるのだ。

 これは臨海学校研修が終わった次の日から、この日までずっと春樹の分を追加して早朝トレーニングをしていた。それは誰の為でもなく、自分のためにやっている。春樹を見つけ出すため、暗部で動くことになる。当然、危険はつきものだろう。だからこそ、基礎的な事をたくさんやっておくに越したことはなかった。

 そこに、篠ノ之箒がやってきた。

 

「一夏、何週目だ?」

 

 箒はグランドのトラックに入り、一夏に追いつくとそんな事を問いかけた。

 

「あ~、今は二〇週目だな」

「なに!? もうラストなのか……!? 私も早くやらなければ……」

 

 箒は少しペースを上げて一夏のことを追い抜く。

 彼女もまた、臨海学校研修を終えてから一夏と共に早朝トレーニングをやっていた。

 このトレーニングに参加してからまだ一二日程しか経っておらず、一夏と同じメニューをこなすのは到底無理だった。だから、グランドは七周に設定し、筋肉トレーニングは一夏の通常時の二分の一の量しか今はやっていない。

 それもまた、体が鍛えられてきたら箒も一夏と全く同じことをすることになるだろう。

 

「お~い、今からそんなペースだと七周持たないぞ~!!」

 

 一夏に言われて、ペースを徐々に落としていく箒。やはり、それだけのペースで走るのは今は無理のようだった。

 

(春樹、今はお前の分まで俺が早朝トレーニングをやってるよ。しかも、その相方は箒だ。なぁ……、今はどこで何をしているんだよ……)

 

 一夏は最後の周を走り終えるとそんなことを考えていた。

 

 

  2

 

 

 凰鈴音(ファン・リンイン)は夏休み中に中国に戻る一人であり、彼女は新装備である龍砲を四門に増量した、崩山(ほうざん)についての報告やらの話をする予定である。

 そして、彼女にはもう一つ話さなくてはならないものがある。

 織斑一夏の白式(びゃくしき)、葵春樹の熾天使(セラフィム)についての事だ。

 そもそも、凰鈴音が日本のIS学園に急遽編入した理由はただ一つ。織斑一夏と葵春樹、及びそれぞれ所持しているISについて調べてくるよう、中国政府から命令を受けての事だった。

 ではなぜ、一夏と春樹が居ない二組に編入することになったのか。それは違うクラスに編入した方が、クラス対抗で行うISの戦闘訓練等で対戦する機会も多くなるだろう。

 それを狙っての二組編入だ。一夏と春樹という人物に接する機会が減ってしまうのが難点であるのだが。

 やはり、こんなレアケースはどの国だろうと見逃すわけがない。男でもISを動かすことのできるその事実は、世界の常識を覆すものである。

 事実、フランス代表候補生のシャルロット・デュノアに、ドイツ軍IS特殊部隊、シュヴァルツェア・ハーゼの隊長であり、ドイツの代表候補生のラウラ・ボーデヴィッヒも織斑一夏と葵春樹について調べるために来ている。

 もっともラウラの場合、過去に春樹というレアケースを目の前で見ているのだが、今度は更に織斑一夏という、もう一人のレアケースも登場したのだ。この学園に二人ものレアケースが存在しているのは流石に動かずにはいられなかったのだろう。

 そして、今はIS学園の夏季休業前の集会が開かれており、『日本IS操縦者育成特殊国立高等学校』学校長、轡木(くつわぎ)十蔵(じゅうぞう)が話をしている。その姿は白髪頭で顔にしわが見られ、年齢は六〇代後半ぐらいだろう。

 

「話は変わりますが、一年生のみなさんは忘れてはならない悲しい出来事が起きましたね。このIS学園の生徒であり、極めて稀でISを動かせる男の子である一年一組の葵春樹君が、先日の臨海学校研修中に行方不明になりました。みなさんには詳しくは話すことが出来ません。ただ、これだけは分かっていただきたい。彼の力なしでは、一年生のみなさんは今生きていることすら怪しいということを。彼がいたからこそ――今の私たちがいることを」

 

 あの事件に直接かかわっていた人間は、IS学園の生徒に春樹や一夏たちが命を懸けた戦いに赴いたことは口外禁止である。それは、ISという存在の暗部にかかわる事であり、本来なら、たかが一六歳の少年少女が首を突っ込んでいい話ではないからだ。

 今、轡木学校長が改めてこの集会の場で話しているわけだが、一年生、特に春樹のクラスである一年一組の生徒たちは、臨海学校研修終了後の数日間、明るい雰囲気がなくなっていた。

 それは客観的に見ていた鈴音の目からしても、あからさまにクラスの活気というものが失われていた。

 実技授業で合同で授業をするときなんかは、どうしても一組の成績だけが芳しくない。生徒たちのメンタル面が酷い状況であるのは見て明らかだった。

 先生も流石にヤバいと判断したのか、カウンセリングを一年生を対象に行ったのだ。

 それから数日経った今では、生徒たちの精神は安定してきているのだが、一部の生徒は未だにカウンセリングの必要がある者もいる。

 そのことだけはとても心配だった。

 

 

  3

 

 

 さて、長い校長先生の話も春樹の話で幕を閉じた。

 学校集会も終わり、あとはクラスでホームルームが終われば、夏季休暇前の学校の仕事も終了であるが、ただ、専用機を持っている生徒はこれからがもっとも忙しくなる時期だ。

 専用機を持っていない一般の生徒は絶対にしないようなレポートのまとめ、新兵器の出案に開発、それのテストなど、忙しい毎日を過ごす。それが専用機を持つ者の責務である。

 鈴音の居る二組のクラスでは、専用機持ちは彼女だけであるが故、普通のクラスの友達とでは全く違った夏休みを過ごすことになってしまうのだ。

 

「みんなは良いわよね、夏休みを満喫出来て。私なんか中国に戻って色々と大変なんだから」

 

 鈴音の友達はそんな鈴音をなだめた。

 

「しょうがないよ、それが専用機を持たされている人の責任なんだから。鈴ちゃんと一緒に遊べないのは残念だけど、応援してるから頑張ってね、クラス代表の凰鈴音さん!」

 

 他の数人も同じように鈴音に対してエールを送る。それに対し鈴音は、

 

「あはは、ありがと。まぁ、色々と仕事が終わって、余裕が出来たらこっちに戻ってくるからさ、そん時は一緒に遊ぼうね!」

「うん、いいよ。待ってるからね」

 

 それから、日本に戻ってきたらまず何しようか、などと話していると、担任の教師が教室に入ってきた。これから夏休み前最後のホームルームだ。

 

「さ、明日から夏休みね。みんなは課題、やってくるの忘れないように。それと(ファン)さんはお仕事頑張ってね。まぁ、凰さんは忙しくて遊んでいる暇なんかほとんどないと思うけど、せっかく色んな地方から来ている人が居るんだから、仲のいい人とたくさん思い出作って来なさいよ~」

 

 クラスのみんなは、は~い、と返事をすると、長話もなんだし、ということでたったこれだけでホームルームが終了した。

 後は教室に残って夏休みに何やろうか、などと話している生徒もいるし、勉強熱心な子は残って勉強したりしている。

 では、鈴音は?

 とりあえず、七月二三日が中国に向かう日だ。既に軽く荷作りは済ませてあるし、その日まではちょっとした休日を過ごす予定である。

 だが、これと言って予定がなかった。だから親友が居る一組に向う。

 パズルのピースが一つ欠けているその一組のクラスには専用機持ちが五人もいる。まぁ、どうしてこんなにも集中しているのか、と言えば、やはり一夏の存在が大きいだろう。

 ただ、今クラスに居る専用機持ちは一人しかいないのだが……。

 

「箒!」

 

 鈴音が教室の入り口で箒の名を呼ぶと、彼女は赤いリボンで束ねられたポニーテールを揺らしながら扉の方を向いた。

 

「やあ、鈴。どうした?」

「いや、あのさ、明日明後日とか暇?」

「ああ、まぁ暇だが……」

「だったらさ、どっか遊びに行かない?」

「うん、いいな。そうだな……どこに行く?」

 

 そう聞かれてしまうと、特に考えてもいなかった鈴音は黙ってしまった。ただ単に暇だから、だから友人になんか良い案は無いのかと聞きたかったのだ。

 

「いや~、それが全然当てがなくて。なんか良い案は無いかな?」

 

 すると箒は顎に手を当ててう~ん、と考える。少し間を明けた後、彼女はこう答えた。

 

「一夏の家に訪問するのはどうだろうか?」

「それって良い案なのかな? 迷惑じゃない?」

「まぁ……、それは一夏に確認を取ってから、だがな。まぁ大丈夫だろう」

「何を根拠にそんな……。まぁ、私も久しぶりに一夏の家に訪問したいし、良い案……だと思うな」

「よし、なら決定だな。一夏に確認を取るか……」

 

 箒は携帯電話を取り出し一夏に連絡を取ると、すぐに一夏は携帯に出た。

 

『なんだ箒。どうしたんだ?』

「いや、明日、鈴と二人で一夏の家に行きたいのだが、良いか?」

『ああ。いいよ。じゃあ明日はずっと家にいるからさ、いつでも来ていいぞ』

「了解した。じゃあ、また明日な一夏」

『ああ』

 

 そういった通話をした二人は携帯の通話を切った。

 ここで鈴音は疑問に思った。一夏は今何をしているのだろう、と。

 一夏と箒はあの臨海学校研修のときに晴れて恋人という関係になれたのだ。鈴音もこの二人のことは応援していたので、この事は願ったりかなったりである。

 だが、それなら放課後は二人でいても良いじゃないか。いや、むしろ付き合ったばかりの二人が一緒にいない方が不自然なのである。よほど外せない用事があるのだろうか。

 

「ねぇ、箒。一夏はどうしてるの?」

「え?」

「いや、箒と一緒にいなかったから、どうしたのかなって思って」

「ああ、ちょっと野暮用でな。今はそっちに行ってる」

「そうなんだ。まぁいいか」

「ん? 何がまぁいいか、なんだ?」

「なんでもない!」

 

 このとき鈴音はこの二人の関係、そして何をしているのか、少し感づいていたのだ。二人が何かしらヤバいことに頭を突っ込んでいる、ということはなんとなく察していた。

 そのことはこの臨海学校研修から二週間の二人を見ていて感じていたことだ。二人のISを操る腕は格段に上がってきているし、練習の方もより一層努力を重ねているように見える。

 そんな二人が何もないなんて事は絶対になかった。もし仮に何もなかったら、この二人をそこまでさせる理由が何もない。だからそう考える方が自然なのだ。

 とりあえず、明日の予定を立てた鈴音と箒はここでお開きにすることになった。

 箒も一旦部屋の整理をした後に家に帰るそうで、寮まで一緒に帰ると、各々の部屋に戻る。

 鈴音のルームメイトは学校が終わってすぐに実家に戻ったので、今は彼女一人である。

 

(明日は一夏の家か……。春樹の部屋って昔のままなのかな? はぁ……ったく、一体どこに行ったのよ春樹の奴!)

 

 鈴音は改めて春樹の事を考えた。二週間前も同じことを考えた記憶があった鈴音は、同じことを繰り返して考えてることに気づき、小さく笑った。

 

(まったく、こんなにも一夏と春樹の事はわたしの中で大きな存在なんだなぁ……。あの時は楽しかったな……。よく私の中華レストランに来てくれたんだよなぁ……ふふ)

 

 鈴音は五年前、つまり小学校五年生の時の事を思い出していた。

 両親が離婚して中国に戻るまでのたった三年間の思い出、しかし彼女にとって何よりも大切な三年間であった。

 そして、これからのIS学園での三年間はその五年前からの三年間よりもっともっと大切なものにしようと思う鈴音。だから、春樹のことを早く見つけ出して、みんなで楽しい三年間にしたいと、そう思っているのだ。

 

 

  4

 

 

 一方その頃の一夏は、束と千冬の二人と会っていた。

 今後、束の組織で動くことになる為、まぁ、事前の下見と言うべきか、説明会と言うべきか、そんな感じの事をするために来ている。

 ではなぜ、箒が一緒ではないのかと言うと、それは今のところ不明だ。とりあえず、一緒には来ないようにと言われ、それで先に一夏が来たわけである。後に一夏と入れ替わる形で箒もここに来る予定だ。

 さて、この場所は新宿の高層ビルの、地下のとある会議室である。このビルは束がインフィニット・ストラトスの開発にあたって資金を提供してくれた友人が運営している会社のビルである。

 束が組織を立ち上げるに当たって、最初に頼りにしたのがこの友人である。事情を話すとすぐに場所を提供してくれたのだ。まぁ、無償(タダ)でという訳ではないのだが。

 

「今の電話は箒ちゃんから?」

 

 束は一夏に聞いた。

 

「あ、はい。明日家に来てもいいか、って聞かれました」

「ふ~ん。はっ、何か良からぬ事をしようとしているのでは!? もう、箒ちゃんったら大胆なんだからぁ!!」

「いや、友達の鈴も一緒なので……、っていうかそもそもそんなことは――」

「なぬっ!? もしかして、ドロドロの三角関係になろうとしているのか……!? こうしてはいられない。この一夏ァァァあああ!!」

 

 突然絶叫に近い声で名前を呼ばれた一夏は体を強張らせる。

 

「は、はいぃぃぃ!! 何ですかぁぁぁ!?」

 

 束は一夏の肩を力強く取り、束は彼を睨み付けながら、

 

「お前、箒ちゃんを裏切るようなことをしたら……分かってんだろうなァ?」

「え、ええ。分かってますから……!! てか、キャラ変わりすぎですよ束さん!!」

 

 そんな二人の会話を傍から見ていた千冬は、呆れた顔をしながら冷静にツッコミを入れた。

 

「おい、お前ら……少し落ち着け。今はそんなことをしている場合ではないだろう。あの人に一夏の事を紹介するんじゃなかったのか?」

 

 しかし、束はそんな千冬のツッコミをも無視をして反発したのだ。もはや束は興奮してしまっていて、千冬であっても止めることはできなかった。

 

「何言っているのちーちゃん。それよりいっくんと箒ちゃんの関係の方が大事だよ!! せっかく目出度く結ばれたんだよ!? 六年間も一途に思い続けたいっくんとようやく結ばれたんだよ!? それなのに別れるなんてことになったら箒ちゃん立ち直れないよ!! どうすんのさ、おい一夏ぁぁぁ!!」

 

 という、またもや絶叫に近い感じで名前を呼ばれた一夏は体を強張らせながら返事をする。しかも今度は目の前なのでより一層迫力があった。

 

「な、な、な、何ですかぁぁぁ!?」

「もうやっちゃいなさい。最後までやっちゃいなさい。で、子供作って責任を取りなさい。箒ちゃんの旦那さんになっちゃいなさい!!」

 

 一夏の体を強く揺さぶりながら言う束。

 

「な、なに言ってるんですか!? え、ちょっと、うぇ、な、なんでこんな話になってるんだ!?」

 

 すると遂に、彼女が動き出す。

 千冬になにやら怖く、黒いオーラを纏っているように見えた一夏は、さらに体を強張らせることになった。千冬が怒っている。その事実が一夏は何よりも恐怖を覚えた。

 

「だから……。落ち着けと言っているのが分からないのかお前はぁぁぁあああ!!」

 

 力強く束の頭に落とされる鉄拳。IS世界大会元チャンプで、現在はIS学園の教師を務める千冬の筋力等の身体能力は衰えることを知らず、その腕力は今の各国の代表に引けを取らないだろう。

 そんな彼女の怒りの鉄拳を受けた束はその場に数分の間倒れる羽目になった。

 

「はぁ、何をやってんだかな……。ま、常に気を張る必要も無いし、こんな感じでいいのかもしれないな。そう思わないか、一夏?」

「う、うん、そうかもな……。で、どうすんのこれ」

 

 一夏が指したのはあまりの痛さに苦痛に喘ぐ束の存在。

 だが、ピタッと動きを急に止めた。どうしたのか、と思った一夏と千冬の二人は倒れている束の様子を見ると……、気絶していた。

 

「あ、やりすぎたか……」

 

 そっけなく言う千冬に一夏は鋭くツッコミを入れた。

 

「って、なんでそんな軽いんだよ! もしかして昔はいつもこんな感じだった、とか言わないよな?」

「あ、あぁ……。いつもこんな感じだったな……」

 

 一夏はそれを聞くと束の方を見て一礼をした。いつも千冬姉(ちふゆねえ)の鉄拳を受けていたのですね、それでそれだけの頭脳を保ってこられたのですね、と一夏は思いながら。

 

「さて、冗談はこれぐらいにして行くよ!!」

 

 束は急にむくっと起き上がると、ささっと二人の先頭に立ち、最上階の社長室へと向かう。

 一夏ら三人は会議室を出てエレベーターで最上階を目指す。

 最上階は五五階で、高さは約二五〇メートルもあるという高層ビルの最上階である。

 エレベーターは外の景色が一望できる仕様となっており、どんどん上に登っていくにつれて人が小さくなっていく。真下の人たちがまるで模型の中の人形にも思えてくるそれに少々の感動を覚える一夏。なんだかんだで、高校生になっても少年の気持ちを残している彼であった。

 気圧の変化で耳がキーンとなるのを感じながら最上階にたどり着いた三人は、社長室の前に立つ。束がドアをノックすると中から低く渋い声でどうぞ、という声が聞こえてきた。

 三人はドアを開けて中へ入る。そこには赤く、複雑な模様が入っているとても高そうな絨毯(じゅうたん)に、ソファに挟まれたガラスのテーブル。そして中央奥には社長のデスクが置いてあった。その横に社長の姿がある。

 

「こんにちは、篠ノ之束さん。それに織斑千冬さんと織斑一夏君。今日は一夏君に会えるの楽しみにしていたんだ」

 

 白髪交じりの髪をオールバックにし、黒いスーツで決める渋い男。その名は――。

 

「こんにちは、更識(さらしき)さん。楯無(たてなし)ちゃんと(かんざし)ちゃんはお元気にしていますか?」

 

 その名を一夏は知っている。なぜなら、更識楯無はIS学園で最強といわれている生徒会長その本人であり、簪はその妹で同じく生徒会に所属しているからだ。

 そして目の前にいるのはその父親の更識信鳴(さらしきのぶなり)であり、彼が運営している『更識クリエイティブ』という会社の社長である。

 そもそも、この会社はいったいどういった会社なのか、それは重工業に電子技術。さらには食品から医療技術と、幅広い業種に進出している一流の複合企業である。

 

「ああ、元気にしているみたいだよ。今日中にはあの子たちが家に戻って来るはずだからね。久しぶりにあの子たちの顔を見たいと思うのは、あの子たちの父親だからなのかな。まぁ、今はこんな話どうでもいいか。さて、織斑一夏君」

「は、はい。なんでしょうか?」

 

 日本を代表する大企業の社長であり、あの生徒会長の父親である、という事実で妙に緊張してしまっている一夏に、信鳴は優しく声をかけてあげた。

 

「ははは、一夏君。別に面接試験でも何でもないんだから、気を楽にして。いいね?」

「は、はぁ……」

「さて、織斑一夏君と、ここにはいないが篠ノ之束さんの妹である篠ノ之箒さんは今日からこの施設を使ってもらうわけだけども、それについて注意点を述べておきたいと思う。まず、この会社は至って普通の会社だ。表向きは所謂エリート企業……となっている。だから、こういった裏側の活動については一般の社員は全く知らないんだ。君は今後この会社の地下に来ることになるが、決して不審がられるような素振りは絶対にしないで欲しい。あくまで、一般のお客さんのような感じでいて欲しい」

 

 一呼吸おいてから、信鳴は続ける。

 

「次だが、これが一番重要だ。箒さんと共にここに来させなかった理由がこのお話だよ」

 

 一夏を含め、束と千冬も息を飲んでその話を聞く。

 いったい何の話が始まるのか、それは一夏には分からないが、わざわざ社長室に一人ずつという条件で呼ばれたのだ。簡単で軽い話なわけがない。それを覚悟して耳を更識社長に傾ける。

 

「葵春樹、という名はもちろん知っていますよね、一夏君?」

 

 いきなりその名を出された一夏は驚いた。まさか、ここで春樹の名前が出てくるとは夢にも思わなかったからだ。

 

「なぜ、春樹の名を……?」

 

 一夏は更識社長に問うと、低く渋い声で、

 

「なぜかって? 君に葵春樹について教えてもらいたいんだよ。小さいころから今までの事をほとんど把握している君にね。一夏君なら、葵春樹の行動や目的、そういうのを知っているだろうと思ってね」

 

 言っている意味が分からない。

 結局、最終的には何をすればいいのか、それを早く聞きたかった。

 

「で、具体的には俺にどうしろと言うんですか?」

「なあに、言葉のまんまだよ。葵春樹君の生い立ちと、今まで何をしてきたのか……それを教えて欲しいんだ」

 

 一夏はそんな更識社長の言葉を疑いながらも、春樹の事について話す。

 今から一〇年前、一夏と春樹が六歳の時に春樹の両親が事故で死んでしまい、身寄りがなくなった葵春樹の事を織斑家の二人は共に暮らしていくことを決めた。

 それから平凡に暮らしていき、その一年後、つまり今から九年前の小学校一年生のときにISというものが完成し、正式に稼働実験に入った。

 

 そして、宇宙開発機関に売り込みをしたそのときに、白騎士事件が起きた。あの、世界中の軍事施設のミサイルが日本に向けて発射され、それらすべてISたった一機で切り落としたという伝説の事件だ。

 その事件が起こってから篠ノ之家は落ち着きがなく、その三年後に家族がバラバラになってしまったのだった。

 

 その次の年に凰鈴音(ファン・リンイン)が日本に来てクラスメイトになった。よく鈴音の中華料理店でご馳走になったのを一夏は覚えている。お互いにどれだけ食べられるか、という争いをしたのはいい思い出だ。

 

 その三年後、中学校二年生の時だ。一夏にとっては忘れられない記憶がその年にある。

 

 そして、自分たちの人生を大きく揺るがした年でもある。

 第二回IS世界大会モンド・グロッソ。第二回目は日本で開催されたこの世界大会の最中、一夏は誘拐された。

 千冬は一夏の救出で決勝の試合に出ることは叶わず、対戦相手であったドイツの不戦勝という形で終わる。

 

 一夏はこの時、自分が誘拐されたから千冬姉に迷惑をかけた、だから優勝を逃した。春樹には余計な心配をさせてしまった。だからアイツはドイツまで行って自分を鍛えた。だから自分も皆に迷惑をかけないように春樹と共にトレーニングを続け、中学二年生に上がっても二人でトレーニングを続けた。

 

 その年に鈴音は中国へと帰って行った。理由は両親の離婚だった。大切な友達が減ってしまい、どことなく寂しくなったのは今でも覚えている。

 だけど、そんな事実にも挫けずにトレーニングを続けていた。

 ずっとトレーニングをし続けて、肉体的に中学生レベルを通り越した二人は、ついに運命の年を迎えたのだ。それが現在である。

 

 何かの間違いでIS学園に入学した。なぜかは分からないが、自分はISを動かすことが出来た。

 束の話によれば、DNAが関係しているそうだが、それが本当に正しい情報なのかは分からない。ただ、あの束が言っているのだから、今のところはそれが正しい情報になる。

 ここまで話した一夏だが、信鳴は表情をほとんど変えずにこう言った。

 

「では、もう一つ付け加えて聞きたい。君たち織斑姉弟が葵春樹を自分たちの家庭に招く前の事は覚えていないのかね?」

 

 一夏はそのたった一言で黙ってしまった。

 確かにその記憶は覚えていなかった。いや、まず幼い頃の記憶が曖昧なのだ。それは彼が小さい頃だし、しょうがない、と言ってしまえばそうなのだが、ここで、信鳴の言葉によって話はしょうがない事ではなくなってしまう。

 

「やはりそうか……実はね、一〇年前より以前の記憶が曖昧なのは一夏君だけではないのだよ。それは君の姉の千冬さんもそうだし、束さんもそうなんだよ」

 

 自分だけではなかった。千冬も束も春樹と深く関わった二人も記憶が曖昧なのだそうだ。そして、この後、箒がこの場所に来る。おそらくまったく同じ質問が繰り返されるだろう。

 箒もこう答えるはずだ、それ以前の記憶については曖昧です、と。

 

「いったい、これはどういうことなんですか? 三人とも一〇年前より前の記憶が曖昧で思い出せないなんて……」

 

 信鳴も一夏のその質問だけには顔をしかめた。

 

「実はそのことは私たちにもよく分からないことなんだよ。なんで、こんなにも揃って昔の記憶が曖昧なのか」

 

 それもそうだ。その答えは春樹が織斑の家で暮らすことになった一〇年前にあるが、それを見る術などどこにもない。過去へ遡ることなど、神の力でも使わない限り無理だろう。だから、私たちには分かるわけがなかった。

 

「真実は闇の中……か……」

 

 そのとき、社長室の扉が勢い良く開いた。そこに立っていたのは――。

 

「お父様、ここに来てしまいました!! って、あらら、お話し中だったか……」

 

 そこに立っていたのは何を隠そう一夏も良く知る人物であるIS学園生徒会長、更識楯無(さらしきたてなし)であった。

 

「だから一応ノックしましょうって言ったじゃないですか……」

 

 と、後ろから戸惑いながら現れたのは、その妹の更識簪(さらしきかんざし)だ。

 

「あはは……」

 

 楯無は笑いながら誤魔化す。すると、信鳴は表情を緩めながら、

 

「いいんだよ、どうせ一夏君たちとは今後一緒にやっていくことになるんだからね」

 

 更識楯無はあはは、と笑い続けながら誤魔化すと一夏の下へと寄る。

 

「さてと、君の活躍は聞いてるよ、織斑一夏君。というか、見ていた……って言った方が正しいかな」

「え?」

 

 一夏は突然詰め寄ってきた楯無にたじろぎながら、彼女の言った言葉に疑問の声を上げた。

 ついでに言うと、それを見ていた束は少しお怒りモードになっていた……。

 

「だから、入学から今まで、ずっと君の事を見させてもらってたよ」

「会長が……どうして俺を?」

「どうしてって、君をIS学園の試験場まで導いたの、春樹だもん」

 

 いま明かされる会長からの事実。一夏もそうではないのか、と思っていたりしたことがあったのだが、この楯無の言葉でそれは確信へと変わった。

 

「やっぱり、そうだったのか。春樹は……いえ、束さんや会長も含め、俺がISを動かせることを知っていたんですね?」

 

 無言で頷く一同。それを見て一夏は、

 

「そうか……なんて言うか、不幸、でもないしな。幸福、でもない。良いこともあったし、けど嫌なこともあったし、なんかよく分かんねぇけど、俺には元々そういう力があったってワケか……」

 

 どうしていいのか分からない沈黙が生まれるが、それに構わず一夏は言葉を続けた。

 

「分かりました。じゃあ、俺はこの摩訶不思議な力でISを操って、いわゆる正義の味方――いや、悪党かな。そいつをやればいいんですよね? いいですよ、必ずこの世界を変えます。居なくなった春樹の分まで、束さんのことも守ります。そして……共に戦う箒の事も守り切って見せます。この、いつまで続くかわからない、終わりが見えない戦いが終わるまで!!」

 

 一夏の力強い宣言がこの社長室に響き渡る。

 その生き生きとした表情に周りの人物たちは思わず明るい表情を取った。何とも頼もしい人物が目の前にいるのだろうかと。まるで、どこかの漫画の主人公のような、でもハッタリにも聞こえない、本当に頼もしい感じを、ここに居る一同は感じ取っていた。

 

「ふはははは。なんとも頼もしいじゃないか、一夏君!! その調子で頼むよ。いずれは私の娘の楯無をも超える存在になってくれ」

「はい。絶対に」

 

 そうして、一夏、千冬と束の更識信鳴との面会は終わった。

 最後の一夏の宣言。それを決して嘘にしないように、と思った一夏であった。

 

 

  5

 

 

 そして次の日の事、日付は七月二〇日だ。この日は箒と鈴音が一夏の家に来る日である。

 たった今、篠ノ之箒と凰鈴音は織斑の家の前に立っている。箒がインターフォンを押すと、一夏の声が聞こえてきた。自分たちが来たことを伝えると、一夏はすぐに玄関から顔を出す。彼の格好は夏らしい、白いTシャツを着ていた。

 

「よお、箒、鈴、待ってたぞ。さぁ、さっさと入れよ、暑いだろ?」

 

 お言葉に甘えて中へと入る二人。部屋の中はクーラーが効いていて、外とはまるで別世界であった。じっとしているだけでも汗が噴出してくるまるでサウナのような外に対して、ここは快適な適温の部屋だ。外と比べるとその快適さはまるで月とスッポンだった。

 リビングに案内した一夏はキッチンの方へと向かい、

 

「麦茶入れてやるからさ、待ってて」

 

 そう言うと、一夏はキッチンへと姿を眩ました。

 その場に残された二人はお互いに懐かしさに浸っていた。箒は六年ぶり、鈴音は二年ぶりの織斑の家である。お互いに何も変わってない、と思っていたわけだが、やはり鈴音よりここを離れていた期間が長い箒はその僅かな変化に気づいていた。いや、六年ぶりだからこそ気づけたことだろう。

 一夏が麦茶を持ってくると、箒は一夏に尋ねる。

 

「なぁ、一夏。カーテン変えたのか? 六年前はもっと派手な色だった気がしたんだが……」

「ああ、その通りだ箒。よく気が付いたな。すっかりボロボロになっちまってさ、だから、えっと……六年前か、六年前にカーテン取り替えたんだよ」

 

 鈴音がこっちに来た頃には既にカーテンは変わってしまっていたようだ。その時の派手な模様のカーテンとは、いったいどんなものだったのか、地味に気になった鈴音は一夏に聞いてみる。

 

「じゃあさ、六年前のカーテンってどんな感じだったの?」

 

 実にしょーもない事を聞いているのを自覚しながら鈴音は聞いた――のだが、一方一夏は顔を暗くして答えにくそうにしていた。

 

「あれ……何か聞いちゃいけないことだった!?」

「いや、いいさ。でも……ちょっと恥ずかしくてさ……」

 

 一夏はそう言った。恥ずかしい、とはいったい何なのか、当時の事をうっすらと覚えている箒は必死に思い出そうとしていた。

 もう喉のそこまで来ているのだ。確か、あの、なんていうか、当時流行っていた物であることは間違いなかった。

 

「聞きたいのか? 聞いてみたいのか……?」

 

 うんうん、と首を振る二人。しょうがなく一夏は答えてあげることにした。

 

「あのさ……、あの……例の、すんげーゴージャスで、なんかよくわからないセレブが手を出しそうな模様のカーテン……。もちろん極一般の家庭が出せるほどのものだ」

 

 それを聞いて、一夏が言ってみたことを素早く整理してみたが、確かにそれは恥ずかしい。

 それはいつの流行なんだよ、と言いたくなる程のチョイスで、第一、家具の種類等が今と同じだとして、インテリアの組み合わせは最悪なレベルだ。どう想像してもカーテンだけが浮いてしまう。

 

「うん。カーテンを変えたのは正解の様ね……。今のこのカーテンが部屋の色彩のバランスが良くて落ち着ける空間だと思うわ」

 

 うんうん、と箒も頷いた。

 さて、カーテンの話はとりあえずおいておいて、これからいったい何をするのかが問題である。凄い久しぶりにこの二人がこの家に来たのだ。とにかく何かをしなくてはいけない。

 

「で、これからどうするよ?」

 

 と一夏が質問する。すると、考える時間も無いまま鈴音が即答した。

 

「あのさ、もしよければ、春樹の部屋に行きたいな」

「春樹の部屋?」

「うん……、駄目かな?」

「いや、別に良いけど……ただ見るだけな。春樹はここに戻って来るんだから、部屋のものは勝手にいじらないこと」

 

 一夏の忠告には~い、と返事をした鈴音は一夏の案内の下、箒と共に春樹の部屋へと向かった。

 そこはとても懐かしい空間であった。ほとんど変ってない部屋。机の位置やベッドの位置に本棚の位置、そしてテレビの位置。細部を除き、ほとんどが昔からそのままであった。

 

「なつかしいなぁ……、よくここで一夏と一緒にゲームしたっけ?」

 

 と、鈴音が尋ねる。が、鈴音は一夏の返答を待たずに横の箒に目を向けて声をかけた。

 なぜなら、箒の様子が何か変だったのだ。息が荒い。頭を押さえて痛そうな顔をしていた。

 そのとき、箒は一夏と春樹が写る写真を見ていた。

 

「おい、どうしたんだよ箒!!」

 

 一夏は箒の肩を取り、体を揺さぶりながら呼びかけた。しかし、一向に一夏の呼びかけに返答することがなかった。不安になる二人。

 この時、箒の状態は……。

 あの時の、臨海学校研修中に起きた事件の最中、気を失っていた時に見たあの夢を思い出して、頭の中が混乱しだしたのだ。いったい、今自分は何を考えているのか、やろうと思っても整理することが出来ない。交差する様々な情報が頭の中を飛びまわっていた。

 

(あの夢には春樹がいなかった。でもこの部屋は春樹の部屋だ。あれ、春樹って誰だ? いや、春樹は私の古くからの友人だ。でも、存在しなかった。ではこの部屋はいったい誰の部屋だ? いや、そもそも春樹なんて昔から存在していなかったのか? いや、春樹はつい最近まで一緒にいたじゃないか。でも、春樹なんて存在しない存在なのか? あれ、今私は何を考えていたんだ……!?)

 

 箒の息がだんだん激しく、そして荒くなっていく。

 このままではマズイ、と思った二人はとりあえずこの部屋から箒を出し、エアコンの効いているリビングのソファへと連れて行って横にさせた。

 一夏が救急車を呼ぼうと携帯電話を探していたとき、箒の様子を見ていた鈴音から箒の様子に関する言葉が大声で聞こえてきた

 

「一夏!! 箒の様子が元に戻ったわ!! 意識も取り戻したよ!!」

 

 一夏は急いで箒の下へと駆け寄る。

 

「おい、箒、どうしたんだよ!? 急に様子がおかしくなるから……」

 

 ケロッと、何事もなかったかのようにソファから起き上がる箒。それを見た二人は大丈夫なのか、と確認を取るが、箒は本当に元気なようで、明るい声で大丈夫だと返事をしてくれた。

 

「それで、いったいどうしたっていうんだよ……」

「いや、済まない。頭が混乱していた。なんか、記憶と差し違えることがあってな」

 

 それにしてもあの様子は尋常ではなかった。息が段々と荒くなっていたし、意識も朦朧としだしていた。それで大丈夫だ、安心だ、と言えるはずがない。

 

「本当に……それだけなの?」

 

 鈴音も心配して箒の両手を握る。だが、先ほどまでの様子では考えられない程ケロッとした表情で、何でもない、ということは本当のようだった。

 

「なぁ、鈴。お前は春樹のこと、どう思う?」

 

 箒は鈴音に尋ねた。別に他意があるわけではない。純粋に、春樹という存在が、いったいどんなものなのかということを聞きたかったのだ。

 

「春樹の……こと? それは……、別にこれといって特別に言うことは無いよ。ただ、不思議な奴だなぁ、とは思った。特に日本のIS学園に来て、再会してからはより一層ね」

「不思議な奴……?」

 

 一夏は鈴音の発言には疑問を持った。確かに、どことなく不思議な感じが彼にはあったのだ。

 だが、IS学園で再開してからより一層それが増したというのはどういうことなのか。

 

「うん。なんか春樹の奴、体の芯っていうのかな、それがガッチリしていて、でも不安げな部分があって、ISを動かしているときは楽しくしていたり、辛そうにしていたり、その時の春樹はなんかよくわからなかった」

 

 言われてみればそうだった。一夏と箒はなぜ春樹がISを使うのか、その理由を知っている。だが、鈴音は知らないのだ。いや、知ってはいけないことなのだ。将来、ISの中国代表になれるかもしれないという将来の道が開かれている。それを(どぶ)に捨てる様な真似はして欲しくないし、こんな裏側の世界に入ることなんてして欲しくはない。

 

「そうか……。すまない鈴、ちょっとここでお開きにしないか? 箒がこんなことになっちまったし。悪いな、せっかく俺ん家に来てくれたっていうのに……。そうだ、日本に戻ってきたら連絡してくれ。この埋め合わせはしっかりするからさ」

 

 鈴音は一瞬で悟った。ここからは自分が居てはいけない空間になることを。それは決していやらしい意味ではなく、本当にヤバいことに首を突っ込むような話になることを、彼女は悟っていた。

 

「うん……分かった。じゃあ、絶対にこの埋め合わせはしてもらうからね!!」

 

 わざと明るく言う鈴音。自分は、何も気づいていない、何も悟っていない、ということを伝えるために。そして彼女は極自然に玄関まで歩いていく。

 

「じゃあね、一夏、箒!」

「ああ、じゃあな」

「またな」

 

 鈴音とはここで別れた。

 ここからは、暗部組織の活動に関わる話になってくる。

 二人は再びリビングに戻り、ソファに腰をかける。

 

「なぁ箒、昨日……更識社長と春樹の事について話したんだろ?」

「ああ」

「お前はなんか覚えていないのか? 幼少期の……春樹が俺の家に来る前の事を」

「いや、実はな、私もあまり覚えていないんだ。やっぱりそこら辺の記憶は曖昧だ」

「そうか……」

 

 箒は話を続ける。

 

「臨海学校研修のとき、私は福音(ふくいん)の攻撃を受けて気を失った……」

 

 一夏にとって、そのことはもっとも深く反省しなくてはならない事実であった。自分の気持ちの弱さで、箒を危険に晒した。そのことを一夏は噛みしめた。

 一方、箒は少し恥ずかしそうに言葉を続ける。

 

「その時に、夢を見たんだ。一夏と私の思い出を一から思い出すような内容だった」

 

 そして、彼女は真剣な表情に変えて、だが、と付け加え、

 

「その夢には春樹が登場しなかった。ただ、夢だから、と言われてしまったらそこで終わりだが……、でもその夢は恐ろしいくらいに鮮明だったんだ。今でも覚えてる。綺麗に今までの思い出から春樹の存在だけがすっぽり消えてしまっていた」

 

 それを聞いた一夏は、心の中で嘘だと思っていても、事実そう感じたことは過去に何度かあったのだ。春樹という存在に疑問を持つことがあった。

 だが、今までそんなことは気のせいであると思っていたのだ。しかし、いやはや箒までもがこんな夢を見て、それでもって春樹の存在自体に疑問を持つとは思わなかった。

 

「もし……もしも、だ。葵春樹という存在自体が本当はいないものだとしたら……、箒はどう思う?」

 

 箒は軽く鼻で笑って答える。

 

「そんなの、決まっているだろう。たとえそうだとしても、春樹という存在があったとしても、アイツは私たちの友達である事には変わりないだろう? 本当にそんな存在だとしても、私たちの記憶の中には春樹は存在しているんだ。まぁ、少し混乱したりもするがな……」

 

 一夏も箒の返答に軽く鼻で笑って答えた。

 

「そうだ。そうだよな。春樹は俺たちの仲間だ。友達だ。事実、俺たちは三ヶ月の間、IS学園で春樹と確かに過ごしていたんだ。その記録はしっかりと残っている……」

 

 一夏は携帯電話を開き、写真一覧の画面を開いた。そこにはIS学園で過ごした写真が記録としてしっかりと残っている。いつものメンバーと一緒に写っている写真には、しっかりと春樹の姿がある。それは紛れもない事実だ。

 一夏は箒にみんなとの集合写真を見せながら、な? と一言添えた。

 箒もそれを見ながら頷く。

 

 

 

 これから一夏と箒が赴くのは暗部組織との戦い。それと併合して葵春樹の捜索だ。

 あの臨海学校の帰り道に見えた、あの真っ白い大きいの翼。あれは間違いなく葵春樹のIS、熾天使(セラフィム)のものであるはずだ。

 だから、葵春樹が何処かにいることは間違いない。そう思いたい。

 一夏と箒が挑むのは、そんなゴールが見えないような戦いなのだ。

 それに二人は恐れずして挑むことになる。

 

 七月二三日。

 

 その日に、本格的な活動が始まる。

 『束派』、本格始動まで残り三日。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。