1
新型フレームのISを受け取ってから、一日が過ぎた。
本日は千冬と束による実践を想定した対IS戦闘の仕方を一夏と箒は教わっていた。
コンバット・モード。
そんな戦闘の事しか考えていないISは、本来のISの姿ではない。こんなISは篠ノ之束が望むはずがなかった。彼女が望むのは宇宙開発の発展。そして何よりも大事なのが、家族とその周りの幸せだった。
そう、“だった”。
インフィニット・ストラトスは和訳すると――無限の彼方。元々、宇宙開発するために作られたものなのだから、この名前はとても合っている。
しかし、そのコンバット・モードは本来の意味をまるっきり無視していて、名前はただの飾りの状態だ。それすらもやらなくてはいけなくなったこの現状が、どれだけ酷い状況なのか、それが分かる。
現在は二四日の昼。休憩タイムに入っており、一夏と箒は二人で組織の食堂を利用させてもらい、ちょっと早めの昼食を取っていた。
二人は少し速いペースで昼食を取っている。何が起こるかわからないこの世界で生きる二人にとって、食事は早く済ますことは日常化しつつあった。
「一夏、ちょっといいか?」
「なんだ、箒?」
「いや、ずっと聞きたかったのだがな……。一夏はなぜあのスピードを欲するんだ?」
一夏は少し深刻そうな顔をしながら、
「なんて言うかさ、俺はいつか春樹と戦う時になったときにさ、アイツに追いつきたいんだよ。アイツが持っているスピードにはここまでしないと追いつけない。だから……俺はアイツを追い越す為にあのスピードを手に入れたんだ」
少し箒には理解できなかった。何故ここまでして一夏は春樹を超えたがるのか、何故二人は戦うのか、まったく
「お前は……春樹と戦って勝ちたいのか? 何故そこまでして……」
「そんなの当たり前だろ?」
一夏は真剣な眼差しで箒を見つめながら、一呼吸おいて言葉を放った。
「意地があるんだよ、男の子にはな。超えたい壁があるなら、それをよじ登るだけだ」
それを聞いたとしても箒は分からなかった。しかし、何か納得してしまう部分もあった。おそらくそれは男の
昼食を食べ終わった二人はお金を支払って、モニタリングルームへと戻ると、そこには束と千冬、そして楯無というメインメンバーが勢ぞろいしていた。
「おっと、お昼ご飯から帰ってきたようだね。二人にお知らせがあるんだ。二人の初仕事がね、ようやくやってきたんだよ!」
一夏と箒の二人は拳を力強く握った。
千冬はモニタの前に立ち、
「作戦内容は私の方から話す――」
二人はそれから千冬の作戦内容をしっかりと頭の中へと叩き込むようにして聞いていた。
作戦内容はこうだ。
作戦開始時間は本日の午後九時〇〇分。更識楯無、織斑一夏、篠ノ之箒の三名は、都内に存在する違法にISのコアを所持、及び違法な装備を生産している研究所を襲撃する。そこから回収班はISのコアを全て回収し、取れるだけの違法装備、及びデータも回収する。残った違法装備及び研究設備を破壊した後、そこから脱出。
後始末は国際IS委員会の方でやってくれるそうだ。
だから戦闘要員である更識楯無、織斑一夏、篠ノ之箒の三名はとりあえず暴れて研究所を撹乱し、回収班の仕事さえ終わればあとは好きに暴れて良い、ということだった。
特に強敵も存在しない簡単なお仕事だから、初任務としては最適だということを束と千冬から言われた一夏と箒の二人は少し安心した。
そんな二人の様子を見た楯無は喝を入れる。
「簡単な仕事だからって、安心したらダメだからね。仕事の現場では何が起こるかわからない。今のところは強力な専用機を所持しているという情報は無いけれども、もしかしたら……そんな強力な専用機があって、更に凄腕の操縦者がいるかもしれないよね。常に最悪の状況を考えながら行動しないと、大変な目に合うのは私たち。そのことをしっかりと覚えていてね」
その話に便乗して千冬も一夏と箒に喝を入れた。
「そうだな、更識の言う通りだ。まぁ、しっかりとこの世界の先輩と共に行動して学んで来い。いいな?」
一夏と箒の二人は真っ直ぐに千冬の方を見つめて、
『はい!!』
と二人は大きな声で返事をした。
作戦開始まであと残り九時間ほどある。
各々は作戦へ向けて、自分のISや作戦内容を確認したりする時間になる。
2
まずは楯無だ。
彼女はISの整備をする場所へと来ていた。何故なら、昨日の『
それを昨日、整備班の人たちに修理を頼んでおいたのだ。
ISの整備士をしているのは、おじさんや若いおにいちゃん、中には女性の人もいる。『束派』は男卑女尊という概念は存在していない。ここにいるのはその腕を認められた人物かつ自らが望んでここにいる者たちだ。
「楯無ちゃん、どうしたんだい?」
整備士のおじさんは整備室に入ってきた楯無を見て声をかけた。
「私のISを取りに来たのだけれど、出来てます?」
「ああ、そうだそうだ。ちゃんとできてるよ。でも、珍しいよなぁ、楯無ちゃんがこんな」
整備士のおじさんは
「ま、こんなこともありますよ。私はそこまで完璧じゃないんで。春樹と違ってね……」
楯無は少し俯いて顔を伏せた。それが何を意味するのかは、整備士のおじさんでもわかった。いや、嫌でもわかってしまうことだった。
「春樹の野郎、何所にいるんだろうな……。あの完璧に仕事をこなしていた奴が、こんな……行方不明になるだなんてな。帰ってきたら、アイツのISは俺が直してやらないと」
「そうですね……。じゃあ、私はこれで……」
楯無はISを受け取ると整備室を立ち去った。
彼女がこれから向かうのは仮眠室。
作戦終了からほとんど寝ていないのだ。流石にこのまま作戦に赴くわけにはいかないので、少しでもいいから寝たかった。
仮眠室に着くと、楯無は着ているスーツを脱ぎ、ラフな格好に着替えると、ベッドに倒れ込むようにして横になった。彼女は目を閉じて眠ろうとするが……。
「眠れない……」
彼女はなかなか寝付けなかった。疲れは確かに溜まっているはずなのだ。それなのに眠りにつくことができなかった。
(はぁ……。あのときの私は……どんな気持ちだったのかな……。ねえ、春樹、どこに行っちゃったの?)
春樹と楯無はとてつもなく強いコンビだった。暗部世界において、この二人が攻めて来たら、悪魔が来た、とまで言われていたものだった。
その“悪魔”というのは些か恥ずかしいものだが、それほどまでに恐れられる程鬼強かったのは確かだった。
その強さの秘密は葵春樹自身にあったのだ。彼には人間を超えた何かがあるのを一緒に仕事をしていた楯無、及び篠ノ之束も感じていた。
それは『因子の力』だと束は言っていた。
様々な検証から、その『因子の力』とはISとのシンクロ率が上がるという効果や身体能力の向上など、そういった力だと篠ノ之束は説明していた。
楯無にはこの力がないが、一夏と箒にはこの力があると束から聞いていた楯無はその二人の本気がどれだけのものか楽しみでしょうがなかった。春樹ほどの力を有しているのか、それとも劣っているのか、今までのISの戦闘練習だけでは見られない、本当の本気というものを知りたかった。
それに束は以前、楯無にこう聞いたことがあった。
――ねえ、楯無ちゃん。君はISの声を聞いたことがある?
それが何を示しているのか、それは今になって分かったことだ。おそらく、その『因子の力』を有している人はISの声を聞くことが出来るのだ。
最初、楯無はそう聞かれてISの声を馬鹿正直に聞こうとした。だが、何も聞こえなかった。何がいけないのか、自分には無理なのか、そもそも束が言っていることは冗談でしかないのか、当時は随分と悩んだもんだ。
自分には『因子の力』というものは存在しないとわかった。だから、私はISの声を聞くことが出来ないのだ。
だが、一夏と箒はその『因子の力』を有している。ということはISの声を聞けるのだ。
いったいどんな声を聞いたのだろうか。
ISのコアには人間と同じで意識というものがあると、一年生の初めの頃に習ったことだ。それはIS学園に通っていれば当然最初に習うことだから常識ともいえる知識だ。
だが、実際にその意識というものを感じた人は見たことがなかった。今は春樹は居ないのだが、一夏と箒というその力を持っている人物がいる。
その二人にISの声というものはどういったものなのか、いつか聞こうと思った楯無であった。
(織斑一夏と篠ノ之箒……か……。あの二人が『因子の力』を行使すれば……私なんかよりずっと強い存在になるのかな。それに、本来の実力も私を追い越すほどになるのかな……?)
春樹と束の二人が組織を立ち上げるときに、まず頼ったのは楯無の父である更識信鳴の会社だ。束がISを開発するための資金を授けたのがその信鳴であるし、見事ISの開発は成功して、世界的にも本来の使い方ではないが、とてつもなく普及した。
それにともない、更識クリエイティブもISの産業に手を出して見事成功し、世界的にも有名な一流企業となることになった。
自分の会社をここまで成長させてくれた束の願いを断れるはずもなく、束を匿うことになった。そのとき一緒にいたのが葵春樹であった。
束はそのときから組織作りに専念していた。
楯無は進路について悩んでいたその時のこと。彼女は自分の会社にやってきた女性を覚えていた。もう六年ぐらい前に自分たちの前に現れたのだが、それは篠ノ之束、その人だった。
彼女はこの会社に来た束に向ってこう言った。
――あの、あなたはISを作った人ですよね?
そう言うと、そうだよ、と笑顔で答えてくれた。
――ISに興味があるの?
と聞かれた楯無は「はい……少し」と答えると、束はこう返してきた。
――乗ってみる?
楯無はそのとき、建造中だった地下施設の中の完成された一部に行ってISに乗ると、言われた通りに動かしてみた。するとどうだろうか、彼女はまるで手足のようにISを動かしたのだ。
束が指示していたのは、ISの簡易適性試験と同じ内容だった。その時にたたき出したランクはAだった。このランクは『C、B、A、A+、S』の五段階評価の中のAランクということだ。
初めての操縦でここまでの数値をたたき出すのはとても珍しい事だった。
そのときに束から、進路に迷っているならIS学園というところに行ってみたら? という話が出たのだ。
束は信鳴を呼び出してこのISの適性の話を含めて話すと、信鳴は心底喜んでいた。
それが本当なら、ぜひ娘にはIS学園に赴き、そして自分の会社が作ったISのテスターとして働いてもらいたいという話だった。
楯無自身も自分の父親の力になりたいという気持ちがあったので、快く父親の願いを受けとった。
それが決まった時からだろうか、葵春樹という人物と深く関係を持つことになったのは。
その時の彼女は春樹にすごく興味があった。女性しか動かせないと聞いたISを男である春樹が動かせるという事実を目の前で見せられたからだ。
次第に仲良くなっていく二人。
だが、束が作る組織の一員だということを忘れてはいけなかった。彼がこのことに関わっているということは口外してはならないというほどだ。きっとなにかしら深い事情があるのだろうと、楯無はそれ以上聞き出すことは無かった。
だが、隠し事はあれど仲良くなったのは事実であり、楯無がIS学園に入学するまではよく一緒にISを操縦する練習をしていた。
一年後、楯無がIS学園の一年生になった頃、更識クリエイティブに脅迫状が届いたのだ。
それこそ、様々な企業のISを狙う『
その脅迫状が届いてから数日後、ついに更識クリエイティブは『
そのときに立ち上がったのが、束が作っていた組織だった。
そして、その一員である葵春樹はISに乗り、顔を隠してそいつらと戦った。
そのときの春樹は異常な強さだった。普段の練習からは想像できないほどの強さを見せつけて『
父親の会社が襲われたとき、楯無は何もできなかった。挙句の果てに、無理に突っ込んで人質になる始末。少しばかり学園の仲間よりISを上手く動かせるからって、天狗になっていたことを思い知った瞬間だった。
だから、楯無は決意した。
自分も束の組織に入って強くなると。強くなって、父親の会社を守ると。
最初は当然のように父親もこのことは反対していた。自分の可愛い娘を危険な事に巻き込むなんてことは普通しない。だけど、娘の気持ちが父親の気持ちを上回ったのか、組織に入ることを渋々承諾してくれた。
そのとき信鳴は春樹に対して何かを話していたのだが、なんて言っていたのかそれは分からなかった。だが、そのとき春樹は「はい」と、力強い声でそう言ったのだけは聞こえた。
そして彼女は強くなった。
IS学園で最強を謳われる生徒会長にまで上り詰めたし、春樹と肩を並べて戦えるまでに成長はした。
だが、彼を超えることは遠く及ばなかった。ただ、肩を並べて戦えるというレベルに達したに過ぎなかった。
(ねえ、今の私は……貴方にどれだけ近づいているかな?)
そして楯無は目を瞑った。
3
篠ノ之箒は練習場でISを身に着けてじっとしていた。
彼女は紅椿と会話をしているのだ。これから初めての任務に赴く。
「なあ、紅椿。私は……その……、強くなったかな?」
――箒は強くなったよ。ISを動かすことだけじゃなくて、精神的にもね。
「そうか、私は強くなったんだな。一夏も強くなったのかな?」
――うん、きっと。アイツの相棒は、いや、箒も一夏もとんでもない人なんだと思うんだ。
「とんでもない人? それはどういう――」
箒は紅椿にその言葉の真意を聞こうとしたのだが、それ以上何も言ってはくれなかった。
いったいどういうことなのか、紅椿のこの反応には少し戸惑いの色を隠しきれない箒だが、心を通い合わせているだけあって、これ以上触れていい事ではない事だけは分かった。
一夏も自分も関係のある事が何かある。それだけは分かった。そして、紅椿や白式は自分たちの何かしらの情報を持っていることは確かだ。
しかし、それ以上は語ってくれない紅椿。
でもそれでよかった。箒と紅椿の間に育まれた絆のようなものは確かなのだ。この絆を壊さないためにも、無理に聞き出すことでもない。
所詮、自分一人では大した力は出すことは出来ない。ISという存在があるから、箒は、いや、箒だけではなく、世界のIS操縦者は力を手に入れることが出来たのだ。
そのこと箒は十二分に理解している。力を貸してもらっているのはこちら側なのだということを。
「紅椿、いつも私に力を貸してくれてありがとう。そして、これからもよろしく頼む。これからは辛く、厳しい戦いが続くと思うが、私はお前を信頼しているからな」
――ありがとう、箒。でも、君が居るから、君だから、僕はこれだけの力を君に貸すことが出来るんだよ。
「私だから?」
しかし、その言葉に対しては、うん、としか言葉を返してくれなかった。またもや紅椿は詳しい事を語ってはくれなかった。
いったい自分と一夏に何が起こっているのか、それは全く分からない。
そんなことで悩んでいると、束がやってきた。
「どうしたの箒ちゃん。紅椿と話してるの?」
「ああ、姉さん。そうです、紅椿と話していたんですよ」
「ふーん、そうなんだ。ねぇ、紅椿ってどんな人?」
束はものすごく興味があるようだ。それはそうだろう。ISのコアと話せるなど、普通の人には不可能な話であり、これができるのは一夏と箒のような特別な力を持った人間だけなのだから。
「えーとですね、紅椿はその……男で、とてもやさしいんですよ」
「お、男とな!? それは真かっ!!」
「え、ええ……そうです」
すると束は紅椿を指さして勢い良くこう宣言した。
「紅椿ィ!! 箒ちゃんはいっくんの物なんだからね! 奪おうだなんて思わないことだァ!!」
いきなりのこの宣言に戸惑いを隠せない箒。一夏の物、という言葉に赤面しながらも、この姉のテンションにはどうもついていけないその妹であった。
「ね、姉さん……。あ、紅椿も困っていますよ」
「え……。私の声って聞こえてるの? 箒ちゃんみたいな能力だなんて持っていないのに」
「ええ、声だけは聞こえているみたいですよ」
これは新たな発見だった。『因子の力』を持っていなくとも、ISのコアは外からの声を聞くことが出来るそうだ。それは、コアの声を聞くには『因子の力』が必要なだけで、一方的にとはいえ会話は可能だということを示していた。
これなら、箒や一夏を通してISのコアがいま何を望んでいるのかを聞き出せるかもしれないという、新たな可能性を生み出した。
そして、ISのコアというオーパーツの解読をも可能にするかもしれない。
束は心を躍らせた。それは科学者としての本能なのかもしれない。
「こうしてはいられない。箒ちゃん、紅椿と会話の仲介役をしてくれる?」
「え、ああ。いいですけど」
「よっしゃ!!」
束は思わずガッツポーズをしてしまう。
「では、最初の質問。君たちコアの正体は何?」
そう質問をする束だが、いっこうに箒から返答が来ない。どうしたのだろうか、そう思った束は箒にどうしたのか確認を取った。
すると箒は、
「姉さん、紅椿は黙秘を続けています。もしかしたらこの話題はNGなのかもしれない」
「そっか……残念だな。やっぱり、君たちは良くわからない存在だ」
束は少し落ち込んでしまうが、すぐにこのことは割り切った。
そんな束を見た箒はいったい何の話をしているのか気になったのだ。
一般的にISのコアはブラックボックスになっていて詳しい事はまったく分かっていない状態だ。だが、ただ一つ分かっていることがある。それはISが動くためには必要不可欠な存在だということだけ。それ以外は何もわかっていない。
だが、いま束が紅椿に語りかけた言葉はまるで、束自身もISのコアというものが分かっていないような口ぶりだった。いや、ような、ではない。わかっていないのだ。
そこから導き出せることはただ一つ。
ISのコアは篠ノ之束が作ったものではない、ということ。
「姉さん、ISのコアというものは、いったいなんなんです?」
箒は単刀直入に、ゆっくりと知りたいことを束に問うた。すると、束はこう返したのだ。
「そのことは私なんかより、箒ちゃんや一夏、春樹の方がよっぽど分かっていることなんじゃないかな?」
そう言って束はその場から立ち去ってしまった。
箒は姉を引き留めようとしたが、引き留めるための言葉が出てこなかった。ここでなんて言葉を出せばいいのか、まったく見当がつかなかったからだ。
一人になってしまった箒は、今の束の言葉を再び頭の中で再生した。
(姉さんより、私や一夏、春樹の方がよっぽど分かっているだって? どういうことだ?)
意味が分からなかった。何故なら、束こそがISの何から何までを知っていると思っていたからだ。だが、現実は違った。あの束でさえISについて分からないことがあったのだ。
それこそ、ISの中で一番重要な存在であるISのコアの事であった。
箒は色々と考えてこうまとめた。
コアという存在はいったいなんなのか、それを知るのはISのコア自身であり、それと会話することが出来るのは特別な力を持った自分たちなのだ。したがって、真実を聞き出すことのできるのは『因子の力』という力を持つ者だけだということ。
(だから姉さんはあんなことを言ったのか……。だけど、それは見当違いですよ姉さん。私だって、紅椿の事を全然知らないのですから)
その後、何度か紅椿に質問を重ねた箒だったが、コアの存在自体に関わる内容は一切話してはくれなかった。それはどのコアと会話しても同じだろう。おそらくコアの意識というものが、自動的に自身の詳細を話すことを拒むようになっているのだろう。
それがたとえ、意識を共有できる相手であってもだ。
「そうか……、わかったよ紅椿。お前たちの存在を探るのはよそう。今は目の前の事だけを考えようか」
すると、紅椿は箒の言葉に答えてくれた。
4
織斑一夏も同じく白式と話をしていた。
話していた内容は箒と全く同じであった。ISのコアの正体の事。だが、一夏の白式も箒の紅椿と同じく、その正体に迫る質問に対しては全く答えてくれる気配がない。黙秘を続けるだけ。
ただ、一夏の下には束が現れなかったため、彼は束に聞けば何かわかるかもしれないと踏んでいた。
「白式……お前は……。ま、いっか。今はこの後の作戦の事を考えなくちゃだな」
――ゴメンね一夏。でも、気を悪くしちゃヤだよ?
「気にすんなって、誰にだって言えないことぐらいあるさ」
――ありがとう一夏。君は本当に優しい人だね。
「優しい人……か。そうだな……」
一夏にとって、優しい人だと言われることに少々コンプレックスを持っていたりする。それは、その優しさが他人に迷惑をかけたことがあるからだ。
あの箒と二人で出撃した“
ときには非情にならなくてはいけないときがある。
物事には優先順位というものがあり、それにしたがって行動しなくては、後に大変なことになるときもある。
それをあのとき一夏は見誤った。その結果がこれだ。
それを自分自身でこう判断したのだ。自分は優しい人物であるが故に物事の選択に甘さが出てきてしまう。どうしても全員が幸せになる選択をしてしまう。それが今の自分に不可能だと分かりきっていてもだ。
自分でこう言ってしまうのもなんだが、それを自分で自覚したのだ。自分の悪いところを、自分で直すために。
「俺は、優しいんじゃない。甘いんだよ……」
一夏はそう言うと、後ろから声が聞こえた、
「そうだな一夏。確かにお前は甘い奴だ」
その声の主は織斑千冬だった。
俯く一夏。そして千冬は言葉を続ける。
「でもな、お前はまったく成長していない訳ではないだろう? お前は少しずつでも精神的にも肉体的にも成長しているのは確かだ。そう、IS学園で最初の日を思い出してみろ。一夏、お前は私に怒られたよな? そのときの内容を覚えているか?」
「必読となっていた参考書を読んでいなくて、内容も全く分からなくて、千冬姉に頭ぶん殴られました……」
「そうだ。IS学園に入学したばかりの頃のお前は、突然の出来事にどうして良いのか分からず、現実逃避でもしてしまったのだろう。その結果、そんな失態をしてしまった。その後も様々な事件が起こり、お前は自分の無力さに気づいた。そしてお前は努力したはずだ。だから今のお前がある。違うか?」
一夏は姉からそう言われ、今までの自分を思い返してみた。初心に帰る、というものとても重要なことだから。
彼は春樹と共に試験会場を彷徨っていた。それは故意に春樹がISの試験会場に誘導したのだと、後に知ったのだが……。ともあれ、ISが動かせることが分かり、日本IS操縦者育成特殊国立高等学校、通称IS学園に入学することになった。
彼はあまりの突然の事態に混乱してしまっていたことを覚えている。いつも通りだが、春樹がとても冷静にしていたため、それにイラついてしまったこともあった。
春樹が落ち着け、と咎めても一夏は聞く耳を持たなかった。
実技試験が行われる日も、春樹によって強制的に連れてこられた。もちろん、一夏にはこの事が気に食わなかったため、ISを装着しても動かす気は全くなかった。
しかし、何故かは分からないが、試験官の人は自分ひとりで勝手に壁に突っ込んで戦闘不能になった。一夏は図らずしてその実技試験で試験官を倒した一人となった。
そんな試験があったのは二月下旬で入学は四月。その一ヶ月と少しの間、一夏は現実逃避に走った。
彼が何故こんなにも現実逃避をしてしまったのか、それは一夏自身がISと関わるのは嫌だったからだ。
過去に姉が出場したISの世界大会の応援に行ったとき、一夏は誘拐された。それが原因でISの事を忘れるようにした。自分がISと関われば、良くない事が起きるのではないか、と悟ったからだ。
だから、一夏はこの事実を否定した。
だが――
それを春樹は許さなかった。
今では彼がどういう意図で一夏を引き留めたのかが分かる。
一夏には特別な力があり、それはISに関係することだった。どうにも悲惨な現実ではあるのだが、春樹が今この現状を予想できていたのなら、どうにかしてでもISを前向きに捉えて、気分良くIS学園に入学してもらわなければならなかったはずだ。
だから春樹は一生懸命、一夏を説得し続けたが、入学二日前になっても一向に一夏は現実と向き合おうとはしなかった。
そんな一夏の心を動かしたのはこんな春樹の言葉だった。
――そうだ。IS学園には箒が来るらしいぞ。覚えているか、あの篠ノ之箒だよ。アイツもきっとお前が入学してくると聞いて驚きながらも楽しみにしてるはずだ。だけど、今のお前を見たら箒はなんて思うかな……。ま、何がどうあれお前と俺はIS学園に入学する。これは決定事項だ。今の自分を見直して、どうすれば良いのか考えるんだな。
篠ノ之箒、その名前が改心する一番のキッカケになった。
小さい頃から仲が良くて、よく一緒に遊んで、一緒に誕生日を祝ったり、クリスマスを楽しんだり、そんな、かけがえのない思い出がたくさんある人物。それが篠ノ之箒だった。
一夏は記憶に残っている思い出を出来る限り思い出し、そして彼はこう思った。
今でも俺がプレゼントしたリボンは使っていてくれているのかな、と。
でも、もうそれは六年前のことだし、まさか今でも自分がプレゼントしたリボンを今でも使っていてくれているだなんて思わなかった。ちょっと期待してはいたのだが。
それからまる一日かけて、一夏は悩み続けた。
悩んで悩んで悩んで悩んで、考え続けた結果、一夏は自分の部屋から飛び出し、春樹に向ってこう言った。
――春樹。俺は決めた。行こう、IS学園へ!
その時の一夏は、幼馴染に男として情けないところを見られたくない、という気持ちでいっぱいだった。やはり、男は女にカッコいいところを見られたいものだ。それも親しい関係だとなおさら。
一夏の考えは至ってシンプルで、それだけだった。他には何も考えない。現実を見て、自分を立て直さないと駄目になると思ったから、そんな事でも十分な程に大きな行動理由となった。
そして一夏はIS学園の門へと向かう。
一夏にとって、篠ノ之箒が一緒のクラスというのに驚いたのだが、それよりも驚くことがあった。それは、箒が自分がプレゼントしたリボンらしきものを使っていたことだった。
もしかしたら、自分がプレゼントした物と違う物なのかもしれない。だけど、そんな彼女を見て少し安心していた。何も変わってないと思ったから。
そんな事を考えながらIS学園の日常を楽しむことにした。
そう、楽しむことにしたのだ。だけどどうだろうか、IS学園では次々と事件が起こった。それもイベントになると必ずと言ってもいいほど。
まず最初に起こった事件は、一年生のクラス代表によるデザート食べ放題のチケットを懸けてのトーナメントの時だ。一夏と鈴音が勝負したときに現れたのは、全身が覆われているフルアーマーのIS。しかもそれは無人のISときた。それは春樹によって撃破された。
次に起きたのは学年別トーナメントの時、篠ノ之箒とラウラ・ボーデヴィッヒが戦ったとき、ラウラのISであるシュヴァルツェア・レーゲンには本来使用が禁止されているVTシステム――ヴァルキリー・トレース・システム――がプログラミングされていた。
そのVTシステムというプログラムは、過去のIS世界大会、モンド・グロッソの優勝者の戦闘方法をデータ化し、そのまま再現・実行するシステムである。
そのプログラムについてドイツは関与を否定しており、何故ラウラのISにVTシステムがプログラミングされていたかは不明である。
次に起きた事件は、臨海学校に研修に行ったときに起こった。
臨海学校の周辺を暴走したISが通過する危険性がある、といったことだった。このISはアメリカとイスラエルが共同で開発した軍用IS、
一夏と箒はこの時に束の組織に入る事を正式に決めた。
失敗をしながらも、仲間と共に追い込んだ
一方、春樹は別の事件に巻き込まれていた。この詳細は一夏は知らない。一緒にいた束でさえ途中で気絶してしまって事の詳細を把握していない。ただ分かったことは、葵春樹はその事件で行方不明になったということ。
そして、今に至る。
考えてみれば、この四ヶ月間でとんでもないほどの経験を一夏はしている。
その経験は決して無駄な事ではなかった。最初は目の前の現実を受けとめられなかった。だが、今では目の前で起こっている現実を受け止めて、それに立ち向かおうとしている。
この変化は大したことではないかもしれない。でも、確かな成長であった。
(だから今のお前がある……か……)
一夏は千冬と目を合わせ、
「そうだな……そうだよな千冬姉。俺のやっていることは無駄じゃねえよな」
「ふ……当たり前だ。お前のような年頃は成長を繰り返している真っ只中なんだ。逆に成長してないとなれば、それは困る。で、ところで一夏。今お前はISと会話していたのか?」
「ああ」
「気になるんだが、白式のコアはいったいどんな奴なんだ?」
束だけでなく、千冬でさえもそういったことには興味深々だ。
「ああ、えっと、白式は女の子で……、ちょっと心配性だな」
「な……、女だと?」
千冬は驚いた。何故ならISのコアに性別というものが存在していることを初めて知ったのだから。意識に似たものがあるというのは知っていたが、まさか人間と同じような存在であったのには驚かざるを得なかった。それに……。
――ふふ、ねえ一夏。私が一夏に会う前に何所にいたのか教えてあげようか。
「え……?」
――私はね、そこにいる織斑千冬のIS、暮桜のコアだったんだよ。
「え、ええええええええええええええええええええええ!?」
「な、なんだ!? どうした一夏!」
いきなりの叫び声に驚いてしまった千冬。
一方、一夏もその事実に驚いていた。まさか、自分のISのコアが元々千冬のISのものだったなんて思いもしなかったからだ。
でも、冷静に考えればその事実は納得がいく。何よりも重要な要因となるのは、白式が発現しているワンオフ・アビリティが零落白夜であるということ。これは千冬のISのワンオフ・アビリティと全く同じであり、何故同じ力が発現したのか、それが不思議でたまらなかった。
しかし、この事実でその謎が分かったのだ。同じコアを使用しているのだから、まったく同じワンオフ・アビリティが発現してもおかしくない。
偶然にも、一夏と強く共鳴するコアが千冬のISに使っているコアだった。だからそのコアを一夏が使うことになる白式のコアにした。
「なあ、千冬姉の暮桜のコアって、変わったりした?」
「何故その事を――ああ、お前の白式が話したのか。その通りだ。私の暮桜は昔使っていたコアとは別物になっている。いきなり束に暮桜のコアを一夏のISのコアにするからよこせと言われてな。最初はなんで暮桜のコアにしなくてはいけないのか分からなかったが、私のISのコアをお前が使うことになると思うと、それも良いかな、と思って快くコアを渡したよ。でも、まさかこうなるとは思わなかったがな」
千冬自身も一夏が自分の使っていたISのコアとの相性が抜群だったとは夢にも思わなかった。
束が何故こんなにも暮桜のコアに執着するのか不思議でたまらなかったが、今なら理解できる。彼女はこの事を知っていたのだ。もしかしたら春樹も知っていたのかもしれない。
「じゃあ、今の千冬姉は零落白夜を使うことは出来ないのか?」
「いや、使えるよ。お前も学んだだろう。ワンオフ・アビリティの発現は二種類ある。人工的に発現させる場合と自然とコアが発現する場合がな。白式のコアになる前に零落白夜のデータを代わりのコアにコピーしたんだ。もし使えなかったら、
ISのコアが発現させたワンオフ・アビリティのデータをコピーし、違うコアにコピーすることは可能だが、その能力はオリジナルのコアの力と比べれば著しく低下してしまう。
そんなデメリットがあるのだが、千冬も長く続けてきた戦闘スタイルを今頃変えるわけにもいかなかったので、零落白夜をコピーして受け継いだ。
それが今の織斑千冬なのだ。
「そっか……。俺は千冬姉の力を受け継いだ……ってことになるんだな」
「あ、ああ。恥ずかしながらな」
少し千冬は照れ気味だ。自分の大切な弟からそんな事をストレートに言われたことが恥ずかしかったのだ。何故さっきあんなことを言ってしまったのかと後悔してしまう。
「千冬姉から貰った、いや、千冬姉と束さん。それにこのコアから貰った力を大切に使わせてもらうよ」
千冬は鼻で少し笑ったかと思うと、ああ、と呟いてその場から立ち去った。
一夏は再び白式との会話を再開する。他愛もない話をしながら、コアとの信頼関係を深めつつ、作戦開始時間までの時間を過ごす。
作戦開始まで、あと六時間。