5
セドリック・デュノアは書類等の整理に追われていた。やはり、代表候補生であるシャルロットが帰ってきたことにより、その与えられたISも帰って来る。無論、今までの戦闘データだなんだと、様々な情報が入って来るし、改良点や新武装の話だの、そんな話がたくさんある。
本日付で更に忙しくなったデュノア社は夜遅くまでこの仕事は続きそうである。
フランスの現在時刻は七月二四日、一四時三五分。日本との時差は七時間ある。日本では真夜中でもフランスでは真昼間である。
シャルロットは時差ボケの事もあってか、今は部屋で休ませている。とにかく様々な事が起きて騒がしくなった今日だが、本格的な事は明日になってから。明日になれば、より忙しくなってしまう。
だから今日の仕事は出来るだけ明日に持ち越さないようにしなければ、後々大変なことになってしまうだろう。
そんなセドリックは余計に肩に力が入っていた。書類にサイン等をし、パソコンで取引先とメールのやり取りをしながら、携帯電話を片手に通話をする。そんな時間を過ごしていた。
すると、パソコンに突然の見知らぬアドレスからのメール。
セドリックは首を軽く傾げると、そのメールをクリックしてその内容を確認する。
それを見た彼は驚愕した。何故なら、その内容は……いわゆる脅迫メールであった。
(な、なんだこれは……!? 悪戯メール、という訳では無さそうだな……)
セドリックはそのメールの内容をスクロールしながら読んでいく……。そして、その最後に書いてあったことに驚愕し、目を見開いた。
その内容を見た瞬間に、社長室のドアが開かれた。
そこに立っていたのはシャルロットの世話係の女性。彼女は息を切らせながらこう言った。
「大変です、お嬢様が……、お嬢様がどこにも居ないんです!!」
それを聞いたセドリックは青ざめた。
脅迫メールの内容。それは、シャルロット・デュノアを誘拐した。返して欲しくばデュノア社の専用機IS、及びコアを差し出せ、という物だった。
それを見た瞬間に世話係のその報告。この脅迫メールは決して悪戯・冗談などではなく、れっきとした、正真正銘の脅迫メールだった。
差出人は……、あの『
(なんてこった……。何故こうなった!? どうしてこんなことが起こりうる!?)
セドリックも突然の出来事に体は落ち着かせていても、心はどうにも落ち着かせることは難しかった。少々頭が混乱してしまっている。
(と、とにかく落ち着くんだ。タイムリミットは今から約一二時間程、深夜になる時間帯になる。娘を取り戻して平和的に解決したとしても、デュノア社の所持しているISのコアは奪われてしまうし、娘を見殺しにしたとしても武力行使でデュノア社を襲う気でいる。つまり、何れにせよ自分はISのコアを『
セドリックは頭を抱えた。このことに対する解決方法。ISのコアを引き渡す以外にこのことを解決するその方法とは……。
(タイムリミットは一二時間。日本からここまでは何時間かかる? だいたい……12時間程か? ギリギリだな……。だが頼むしかない。こういった事件に精通していて私が唯一頼れる奴らに)
セドリックは世話係の女性に退室するように言った。すると、その女性は一礼すると素直にここから出ていく。
そして、セドリックは携帯端末を取り出し、国際通話を行った。
その相手とは。
6
篠ノ之束は箒が使用している部屋にいた。先ほどまで彼女のメンタルケアを行い、ゆっくりと他愛もない話をしていたのだ。
そんなときに束の下に連絡が入った。束は携帯端末を耳元に持っていき、いったい何の連絡なのか……それを聞いた彼女は目を見開いた。
「そう……わかった。じゃあ、他のみんなを会議室に呼んでくれる? うん、頼んだよ」
すると、すぐさま放送が流れた。更識楯無、織斑一夏、篠ノ之箒の三名は会議室に集まるように、という内容のものが。
「姉さん、いったい何が……?」
「お仕事だよ。先の作戦でこっちのコンディションは全然整ってないっていうのにね。もっと箒ちゃんと話したかったけど、それも無理みたい。残念だね……」
「仕方がないですよ。依頼が来たんですよね? なら、その人が困っているはず。その人が救われて、幸せになれるのなら、私は動きます。先ほどの失敗は……再び繰り返さないようにしたいですし」
「うん。いい覚悟だね。その覚悟、今回ばかりは絶対に果たさなくちゃならなくなる」
箒は首をかしげた。いったいどういうことなのだろうか。確かに、一度決めた覚悟、一度は挫けてしまったのだけれど、流石に二度もやるわけにはいかないのは確かなのだが。
「ま、集まれば分かるよ。たった今、その依頼主との通話が繋がっているから」
箒と束は共に部屋を出て、会議室へと向かった。途中で一夏と千冬とも合流し、四人で共に会議室へと向かうことになった。
会議室に着いた四人。束は管制室のオペレーターに通信をこちらに繋げ直すように要求した。
通信にでる男性の声。いったいこの男性は誰なのか、それはその男性の次の一言で分かる事となった。
『夜分遅くにすまない。私はセドリック・デュノア。デュノア社の社長だ』
一夏と箒、そして千冬の三人は驚愕した。この通信の相手はあのシャルロット・デュノアの父親であったのだ。
一夏はあの夜。シャルロットとお話をしたことを思い出したのだ。父親に酷い仕打ちを受けている事。彼女を道具の様に使っている事。娘と、ろくに話すらしたことがない事。
その事を思いだした一夏はついセドリックに対して色々と話したくなったのだが、それを今するべきではないと、直前で思いとどまった。
とにかく、今は彼の依頼を聞くことが何より優先しなくてはいけないことだ。
「はいはい。こちら篠ノ之束。え~と、二日ぶりかな?」
『ああ。娘の護衛任務の時にはお世話になった。それから早々と次の依頼を出したいのだが……いいか?』
娘の護衛任務……? と一夏と箒は二人揃って同じ疑問を持った。
しかし、よく考えてみると昨日、更識楯無は任務に向った。その内容は知らされていなかったのだが、今のセドリックの話と、昨日がシャルロットたちの帰国日であったことから、大体の予想はついた。つまり、セドリック・デュノアはこの『束派』に娘――シャルロット・デュノア――の護衛任務を依頼した。それをこなしたのが更識楯無であったということだ。
「ぶっちゃけ、こちらのコンディションは最悪だよ。先ほど一つの任務をやってきたばっかりで、精神的にも疲れ切っている状態なのに」
『……悪いが、急を要する依頼だ。娘が……「
娘――つまり、シャルロット・デュノアが『
そして、楯無は親指の爪を噛みながら悔しそうな顔をしている。おそらく、飛行機での護衛任務を行っておきながら、最終的にはシャルロット・デュノアが誘拐されてしまうという事実が何よりも悔しいのだろう。いったいあの仕事はなんだったのだろうかとも思えてしまう。
「タイムリミットは一二時間? ここからフランスまで普通の飛行機でも一二時間ぐらいかかります。通常ならこの依頼は不可能だと言って拒否したい。こちらの戦闘要員も本調子じゃないしね」
その束の言葉に、一夏と箒は反対の意見を言おうとした。だが、それを言う前に束は言葉を続ける。
「と、言いたいところだけどね。うちの戦闘要員の内、二名ほどやる気満々というか、この依頼だけはこの二人が何としてもこなさなくちゃいけないものであると思うんだ。だから、この依頼は引き受けるよ。移動時間についても特別にプライベートジェット的なものを用意するから、ギリギリって感じかな」
束も一夏と箒の気持ちは少し理解している。何と言ってもクラスメイトで、何よりも大事な親友が大変な目に合っているのだ。しかも、“誘拐”という被害に遭っている。これは、一夏にとっても忘れられない過去がある。
誘拐されたと気が付いた時にはもう遅かった。意識を失い、気づいた時には助かっていた。もしかしたら、自分は運が良かっただけで死んでいたという可能性も否めない。だけど、一夏は助かったのだ。だが、彼の中に残ったのは周りの人たちに迷惑をかけてしまったという責任感と、自分がどれだけ弱々しい存在だと気付いてしまった空虚感だった。
そんなものをシャルロットは経験をしてしまっているのだ。
とにかく、何としても助け出さなくてはいけないという気持ちでいっぱいだった。
それは箒もそうだった。
IS学園に入学してからできたかけがえのない仲間を失いたくない。一度、大切な仲間を失ってしまったからわかる。これ以上仲間を失いたくなかった。もっとも、その仲間は現在捜索中であり、生きている可能性は高いと言える。
『ありがとう、篠ノ之束さん。それに、この依頼を絶対にこなさなくてはいけない、ということは……もしかしてシャルロットのお友達なのかね? まぁ、詳しくまで詮索はしないがな。ただ、本当に友達なら聞いて欲しい。絶対に娘を助け出して欲しい。そして……、こんなにも親失格な私を許さないでくれ。私も、出来ることはやろうと思う。だから、力を貸して欲しい……頼む……!!』
通信から聞こえるその声は、親としての焦りと必死さを感じさせられた。
これはまさしく親として当然の行動だ。娘がこんな状態になってしまったら、誰だって必死になって娘を助け出そうとするだろう。しかしそれなら少し疑問に思うところが一夏にはあるのだ。
それは、IS学園で聞いたシャルロット本人が話していた事だ。彼女が言うにはあたかも今まで父親に愛されていないかのような話だった。本人によると、道具の様に扱われていた、と言っていたのだ。だが、このシャルロットの父親を名乗るセドリック・デュノアにはそのような感じはしない。
「束さん。セドリックさんと少々話をしてもよろしいでしょうか?」
一夏は束に尋ねる。
「……うん、許可します」
一夏は束に一言礼を入れると、セドリックに向って話し出す。
「……こんにちは、セドリックさん。私はシャルロット・デュノアのお友達の者です。ほんの少し、貴方とお話をしたい。よろしいか?」
『やはりそうなのか。なんだ?』
「私はシャルロットから貴方のお話を聞きました。貴方はシャルロットに対して酷い扱いをしていたらしいですね。……でも、今の貴方の声からは娘に対する愛を感じた。必死さを感じた。大切な娘を助けたいという想いを感じた」
『君は……? まぁいい。確かに、私があの子にしてきた事は実は正しい事ではなかったのかもしれない。だけど、当時の私はその行為が正しいと思ったんだ。あの子の気持ちを蔑ろにしてでも……ね』
この人の真意が見えてこない。結局この人は何をしたかったのか。ただ分かることは一つだけ、セドリックは嫌われたとしても娘を守ることを選んだのだ。自分が悪役になる事で娘の身の安全を守る。それだけは分かった。
だとしても、その心の奥底までは理解できない。父親のセドリックの気持ちと、娘のシャルロットの気持ちがすれ違って交わる事の出来ない現状。何故、そのような事が出来ないのかが謎だ。ただ単に娘の事を男と偽らせただけが理由でないはず。では何故……?
しかし、その真意は他人である一夏が知るわけにはいかない。この気持を伝えられ、知ることが出来るのは娘であるシャルロットだけに与えられた権利なのだ。
「それの真意を知る権利は……私にはない。だけど、貴方の娘さん……シャルロットにはその権利があるはずなんだ。だから約束してください!」
『約束……だと?』
「はい。私たちは必ずシャルロットを救出し、貴方の下に戻す。そのかわり、貴方はシャルロットに本当の事を話してあげてください。いくら娘を救うためだからと言って、これじゃ悲しすぎますよ! 貴方と娘の間には大きな溝が開いてしまっている。だから、今からでも遅くない。その溝を塞ぐために娘にすべてを話してあげてください!」
セドリックは少々黙り込んだ。数十秒の沈黙。通話の向こう側、そしてこちら側からも無音の状態が続き、物音一つ鳴らない。
一夏はそんな最中、手汗を滲ませながら拳を握りしめていた。
『……分かった。君の願い、承ろう。ただし、先ほど君が宣言した通りシャルロットを必ず救出してくれ。お願いだ……!!』
「了解!! 快く承ります!!」
『では、詳細はメールでそちらに送る。その内容は脅迫メールそのものと、それをまとめた文章ファイルになる。では、お願いする……!!』
これにてセドリック・デュノアとの通話が終了した。
突然の任務の依頼。それがまさか何より身近な人物を救出するものだとは夢にも思わなかった。
親友の一人であるシャルロット・デュノア。最初は男としてIS学園にやってきた女の子。彼女の正体がわかってしまってからは、その秘密を二人で共有してきた。後に他の仲間にも打ち明けて、そしてそれを受け入れてくれた。
一夏だけじゃない。箒もまた、同じくシャルロットは親友だし、千冬にとっては大事な教え子だ。楯無にとってはIS学園の大事な生徒の一人だし、何より先日の任務において彼女を守ったばかりである。それが、再び彼女の身の安全が脅かされそうになっている。これでは自分が何のために守ったのかが分からない。
絶対に助け出さなくてはいけない。
それはここにいる者全員の想いであった。
「さて、セドリックから届いたメールによると、デュノア社を脅しているのは先ほど本人が言ったように『
日本からフランスへ行くには、旅客機で約一二時間半かかる。本来ならばギリギリ間に合わないのだ。しかしそれは、旅客機では、という話だ。専用のジェット機を使えば話は別である。
幸いにも束派のバックには正式に国際IS委員会がついている。ISの企業が脅されている、という事実があれば国際IS委員会は動いてくれる。それぐらいの要求は通るはずだ。
「束、国際IS委員会に連絡を。移動手段をどうにかせなければ」
「そうだね。まずはそこからだ」
千冬は束にそうするよう促した。
とにかく、国際IS委員会へと通信を繋げる。画面には『SOUND ONLY』の文字が表示され、スピーカーからは男性の声が聞こえてくる。
『何かね、篠ノ之束。また何か要求か?』
「はい、そうです。今からデュノア社の命運をかけた戦いをするためにフランスへ向わなくちゃならないんだけど、何か移動手段を用意してくれませんか?」
『デュノア社の命運をかけた戦い……? どういう事か詳しく話を聞かせてくれ。それと資料を要求したい』
「はい。じゃあ、ちーちゃん、先ほどのメールの内容を送ってあげて」
千冬はセドリック・デュノアが用意してくれたメールの内容をそのまま送った。そして、束は言葉を続ける。
「ただいま送りましたが、とりあえず口頭でも概要を言わせてもらいますね。デュノア社の社長、セドリック・デュノアの下に脅迫メールが届きました。その内容は娘を誘拐したこと。そして、娘を解放して欲しくば、ISのコアと装備を渡せ、というらしいです。タイムリミットは今から約一二時間後。それに間に合わせるために何かしらの移動手段を要求したしだいです」
『なるほど、今そのメールを確認している。なるほど……。だが、移動手段を提供する代わりに何かこちらにメリットはあるのかね?』
「そりゃもちろん。貴方はこのことを分かって聞いているんでしょう? 今回のの任務を行って『
国際IS委員会側も暗部組織の動きを止め、その足を掴むチャンスをつかめる可能性があるのなら、喜んでこちらの要求は呑んでくれるはずである。
この暗部組織の問題は国際IS委員会でも管理できない状態にある。いったいどれだけの組織があるのか、どのような活動をしているのか、どれだけの人員が存在しているのか、全然把握できていないのが現状なのだ。それができていれば束などに協力を求めていないだろう。
分かっていないからこそ、暗部組織に携わり、国際IS委員会側……こちら側にいる篠ノ之束に協力を求めた。
篠ノ之束に任せておけば、おそらく何かしらの成果は出してくれるだろう、と国際IS委員会はそう判断したのだ。現に国際IS委員会から与えられた任務や、他の所から依頼されたものなども、堅実にこなしてくれている。だから、任務に必要な要求なら喜んで答えよう、というのが今の国際IS委員会の方針の様だ。
『まぁ、そう言うだろうと思いましたよ。その通り。この要求に答えたら、そちらは任務を行える。そして、こちらは暗部組織の足を掴むことが出来るかもしれない。これはどう考えてもこちらにしかメリットがない。断る理由など、どこにもない』
「では……」
『ああ。では、専用のジェット機を用意しよう。空の道もどうにかする。一時間後にはどうにかできるはずだから、それくらいに羽田空港まで来てくれ』
「了解。ありがとうございます」
『いいや、例の必要はない。ただ、君らは任務を成功してくれれば問題は無い。今回の任務の成功を祈るよ』
国際IS委員会の名もわからぬ男は通信を切り、再びブリーフィングを再開する。
モニタにはデュノア社のIS開発プラントのその周辺の地形が描かれている地図が表示されている。
「いいかい? 更識楯無、篠ノ之箒、織斑一夏の三名は国際IS委員会が用意してくれたジェット機に乗って、直接この開発プラント上空まで行ってもらうよ。指定のポイントに着いたら、ジェット機から飛び降りてすぐさまISを展開。周辺の索敵を開始し、必要ならば戦闘を行う。織斑一夏と篠ノ之箒はシャルロット・デュノアの救出を。更識楯無は『
『了解!!』
三人は一斉に会議室を後にし、準備に入った。
これから始まるのはシャルロット・デュノア救出作戦。
大事な友達を取り戻すため、IS学園の仲間三人が動き出す。
目指すはフランス。
『束派』と『