1
一夏や春樹たちが居る一年一組の教室では、昨日のクラス代表を決定する事についてで盛り上がっていた。
しかも、一夏と春樹に専用機を授けるという話が出てきてからずっとそればかりだ。
千冬の話によれば、一夏と春樹のISの準備には時間がかかるから、専用機の到着はギリギリになりそうだ、との事だった。
それがクラスのみんなに更なる期待をもたらしてしまったものだから、クラスの盛り上がりは半端なかった。
ちなみに、一夏と春樹の専用機ISの出所はこの学校の会長、更識楯無の父親が経営している大企業からのものらしい。
さて、世界的に見てもこのISを動かせる男というのは大変希少で、現在ISを動かす事のできる男は織斑一夏と葵春樹だけである。
世界中を隅々まで探せば他にもISを動かせる男が見つかるのかもしれないが、現在分かっているのは一夏と春樹の二人だけというのは揺ぎ無い事実である。
しかも、この二人を調べないわけにもいかない、というのが正直なところだろう。二人はISを動かせる男の貴重なデータを収集するためだけに専用機が渡されるのだ。
ちなみに一夏は専用機を持っていることが、どれだけ凄い事なのかは分かっていなかった。そもそも専用機は国家もしくは企業に所属している人物にしか与えられない。
つまり、その人たちがこの人物なら専用機を渡してもいいだろう、と思える人物に与えられるものだろうから、ISの操縦が上手いのは当然だろう。
「あの、篠ノ之さんって、篠ノ之博士の関係者なんでしょうか?」
とある生徒が、一夏と春樹のISについての話をしているところでこう言った。
その発言に対し、千冬は肯定した。篠ノ之束はここにいる篠ノ之箒の姉だという事を。
すると、当然クラスの女子が騒ぎ出す。
ここにいる生徒たちはISの操縦者を目指すもの達の集まりであり、その開発者の妹がここに居るとなると驚かないはずがないはずだ。
しかし、箒はいきなり怒りを露わにしてこう言った。
「あの人は関係ない!」
すると教室が静寂に包まれ、箒は言葉を続ける。
「私はあの人じゃない。教えられることなど何もない……」
突如教室は冷たい空気に包まれた。その空気を壊すように千冬が山田先生に授業を進めるように言った。
箒がここまで束を嫌う理由を、一夏は分かっていなかった。
そして理由を知っていた春樹は誰よりも暗い雰囲気になっていた。
実を言うと、箒は剣道の大会で優勝したら一夏に告白する、と春樹にそう話していたのだ。
春樹はそんな箒を応援していた。
しかし、箒の姉である束がISを開発し、複雑な事情がたくさん絡み合って……遠くへ引越しする事になってしまった。もちろん、剣道大会だなんて言ってる暇は無く、気がつけば箒はどこか分からない場所へと行ってしまった。
誰にも分からないように、静かにその家から立ち去った。
だから、あのときの箒の気持ちがどんな感じだったのか、少しだけなら分かる春樹だからこそ、この再会は本当に運命的なものを彼は感じた。だから、彼は全力で一夏と箒の事を応援する事にした。
ISの座学が始まり、山田先生はISのことについての解説を行っていた。
インフィニット・ストラトスは操縦者の周りを特殊なエネルギーバリアで包んでいること等、山田先生は解説していく。
「ISには意識に似たようなものがあって、お互いの対話、一緒に過ごした時間で分かり合うというか、操縦していた時間に比例してIS側も操縦者の特性を理解しようとします」
春樹は黙ってその話を聞いていたが、一夏は頑張って先生の話を理解しようとしている。まず、クラスメイトに自分は変わったのだと態度で示す。スタートラインに立つための必要事項だろう。
春樹はチラッとセシリアを見る。少しピリピリしていてイラついている様にも感じた。どうやら一夏の授業態度が変わって驚いているのと同時に、三日後に迫ったクラス代表を決定する戦いを意識しているのだろう。
代表候補生である自分が負けるはずがない、とでも思っているのだろうか。それとも、負けるかもしれないと不安に駆られているのだろうか。
ただ分かることは、この戦いは自分のプライドをかけた戦いという事である。
「ISは道具ではなく、あくまでパートナーとして認識してください。ここまでで質問がある人は?」
「しつもーん! パートナーって彼氏彼女のような感じですか?」
とある生徒の質問に山田先生は照れてモジモジし始めた。山田先生は男性とそういう関係を持ったことが無いらしい。凄く良いプロポーションを持ちながら、今まで彼氏を持ったことが無いとは不思議である。
どういう要因でそうなったのかはちょっと気になるが、それは一先ず置いておこう。
そんなことよりも、この授業の内容が理解できる快感を一夏は得ていた。本当に勉強していてよかったと心底思った。
(よし、授業についていける! どうだセシリア・オルコット!! これが俺の本気だぜ)
一夏は心の底でそう思っていた。
春樹の言う通り、こういうことは態度で示した方が絶対にいいのだ。あれだけの事を言い放った直後にこれだけの変化を見せつけている快感は、何とも言えない気持ちよさだった。
2
セシリア・オルコットは少し焦っていた。
織斑一夏と言う男が、昨日あれほどの事を言われたのに涼しい顔で授業を受けていることに彼女は驚いているのだ。
あれだけの変化が見受けられる男は今までで初めてかもしれない。
大抵、あれだけキツイ事を言われれば何も言わずにドロップアウトしていく者や、逆ギレして喚き散らした挙句、怒りに身を任せて失踪してしまう者がほとんどだろう。
だが、あの男は違った。いったい何があったのだろうか。
(そういえば、葵さんが追いかけていった後、次の授業に顔を出した時の表情がガラリと変わっていましたわね……。ということは、あの方が一夏さんに何か吹き込んだのでしょうか? 少々気になりますわ)
セシリアは席を立って葵春樹へと近づく。
「ちょっとよろしいかしら、葵春樹さん?」
「なにかな、セシリア・オルコットさん」
とても落ち着いた様子で対応する彼は、自分よりも大人のように感じた。
自分なんかよりも余裕を感じさせるのだ。
「一緒に昼食を取りませんか? わたくし、あなたとお話をしたいと思いまして」
「お話? どんなことについてだ?」
いきなり雰囲気が変わる春樹。
先ほどまでのやさしい表情がまるでなく、鋭い眼差しがセシリアを襲う。
だが、そんなものにたじろぐほど生半可な一五年間を送っていない。家庭の事情を含め、代表候補生という事もあってか、一般的な学生よりは忙しい毎日を送っているし、大人に混ざってのお話もよくするのだ。馴れていないわけがない。
「あなたと一夏さんの事に関して聞きたいのです。よろしいでしょうか?」
「俺と一夏の事について? なんでまたそんなことを?」
「昨日、一夏さんに喝を入れましたときに、彼はひどく落ち込みましたよね? ですが、次の授業の時には表情が元に戻っていた。ましてや本日、あんなにも自信満々に授業を受けている。いったい何があったのか気になりまして」
「なるほど。オッケー。じゃあ、一緒に食事でもしながら教えてあげるよ。俺がどんなことを吹き込んだのか。そして、あいつがどんな奴なのかを」
彼があまりにも意味深に言うものだから、好奇心がくすぐられてしまう。
早く彼から話を聞きたい衝動に駆られる。
セシリアは食堂までの道中、春樹の背中を見ながらついていく。彼と一夏以外に女生徒しかいないこの学校では、誰よりも逞しい体をしていた。正直に言って頼もしく感じてしまう。
そんな風に感じてしまうのはただ単に体が大きくて体つきが良いからだけではない。
彼から感じられるその“余裕”のせいで頼もしく感じてしまうのだ。
女生徒しかいない中、鼻の下を伸ばすこともなく、恥ずかしがることもなく、雄猿のような下劣な目で女生徒を見る訳でもない。
そういったマイナス側の感情を表に現すことなく、彼はこの学園生活を過ごしている。
(なぜあなたはそんなにも落ち着いていますの?)
とてもじゃないが同い年には感じられない。
自分と彼の歩んできた人生の濃さがまるで違うと感じられてしまうのだ。
自分だって、イギリスの代表候補生として、両親の会社の跡継ぎとして、努力し続けたというのに……それをも超越しているように感じてしまう。
食堂に着いた二人はそれぞれ同じ日替わり定食を注文して空いている席に腰かける。
「さて、聞かせてもらいますわよ、一夏さんに何をしたのかを」
「まぁ、なんだ。俺は特に何もしていない。強いて言えば勉強を手伝ったくらいか?」
「じゃあ、なんであんな風に一夏さんは変わったのでしょう?」
「それは俺がアイツを煽ったからな。悔しかったら態度で示すしかないって。目標さえちゃんと見定めちまえば、努力を惜しまないやつだからな、アイツは」
「では、つまり、急にあんな雰囲気になったのは一夏さん自身の意志、ということでしょうか?」
「最終的にはそうなるな。俺はちょんと背中を押してあげたに過ぎない」
この春樹の言葉で、彼女は自分の中で一夏の評価を上げることとなった。
確かに、春樹の助けがなければ、ああはならなかったのかもしれない。
だが、結局のところ努力するのは自分なのだ。
たとえどんなことがあったとしても、自分が動かなければ何も変わらない。それは彼は自分で動き出し、この散々たる現状を変えたのだ。それは紛れまない事実であり、評価される事柄である。
「春樹さんのお話で一夏さんに対する評価も変わりましたわ。なるほど、根本的なところまで腐っていなかったのですわね」
「そうだよ。一夏は見た目も良いし、ちょっとチャラく見えるから勘違いされることもあるけど、アイツは人一倍努力するし、勤勉な奴だよまったく」
「そういう話を聞いて春樹さんにも興味が湧きました。聞きたいことがありますが、よろしいでしょうか?」
「俺の事? まぁ、言える範囲でなら……」
春樹は急に沈んだ声になる。それはつまり聞かれたくないことがあるという事だろう。
だから、内容には細心の注意を払って考えることにする。
「あの、春樹さんはその、同い年とは思えないほどの落ち着きを感じます。まるで、人生経験豊富の年上の男性みたいです」
「そうかな? まぁ、小さいころから一夏と箒の兄貴分みたいなものだったからね。今でもそんな感じだし、そういうことなんじゃないのかな?」
彼はそう言うが、そういうものとはまた違うのだ。兄のような感じとはまた違う。一般的な高校生とはかけ離れた感じの落ち着き様。言うなれば、他の生徒を上から見守っているような、一歩離れたところで見守ってくれているような、そんな感じ。
「兄、ですか。それとは違うような気がしますけどね。それと聞きたいことがもう一つ。春樹さんは女性しかいない学園に来てもまったく動じていませんがどうしてでしょう? わたくしたちのような年頃は、男女の関係に多感な時期です。春樹さんは、その、恋愛に興味はないのですか?」
「あ、えっと……恋愛ね。恥ずかしながら、今まで女生とお付き合いしたことがないんだ。だけど、今はちょっとそういうのを考えている余裕がないというか」
セシリアも納得した。確かに、いきなりこんなところに入学することになってそんな事を考えている余裕なんてないだろう。
(クールで大人っぽい御方に見えて、意外と子供っぽいところもありますのね。何だか安心しましたわ、春樹さんが急に身近な人に思えてきます)
彼と話をする前はよく分からない男だった。
クールで落ち着いていて、どこか人間じゃないような感じがする男だったが、こうやって話してみるだけで確かに彼はどこにでもいるような平凡な男子なのだと理解する。
だから、セシリアはもう少し彼を知りたいと思った。
少し不思議な彼に興味が出てきた。
今度はクラス代表を決定する戦いで、彼の新しい部分を見てみようと思った。
彼はどれほどISの操縦が上手いのか、それが見たい。
「では春樹さん。クラス代表を決める戦い、楽しみにしていますわ」
セシリアはとびきりの笑顔でそう言うと、春樹と熱い握手を交わした。
3
放課後、一夏は千冬の部屋へと出向いていた。
その理由は、千冬が歩んできたこれまでの事を聞くためだ。
二年前にドイツ軍のIS部隊の教官を務めるためにドイツへと向かった後、何も連絡をしないままIS学園の教師になっていた。これまでいったい何をしていたのか、それを聞くために今、一夏は姉である織斑千冬の前に立っている。
なにか、千冬の中で決心が決まったのだろうか。
今日の放課後、部屋で待っている、一夏の聞きたかったことを教えてやると、そう言った。
一夏は緊張のあまり心臓をバクバクさせながら、千冬の前に立つ。
「千冬姉、聞かせてくれるのか?」
「最近のお前は頑張っているからな。話してやる。だが、語れないこともあることを分かってくれ。いいな?」
「分かった」
千冬が出した案は語れるところだけ語る、というものだった。
この際しょうがない、と一夏は妥協する。このタイミングを逃してしまえば、一生二年前の謎を知ることをないままでいるかもしれないからだ。
「春樹が強くなりたいと言って、私と春樹はドイツ軍の基地へと向かった。ここまでは一夏も知っているよな? そのときにある事件が起こったんだ」
「事件だって?」
「ああ。だが、その内容は言えない。とにかく、そこで事件が起きて、私は独自にその事件を起こした犯人について調べていったんだ。その過程であることが分かった。だから、私はアイツを頼ろうとした」
「アイツって?」
「篠ノ之束だよ。アイツなら、何か知っているかもしれないと思ってな」
千冬が指した人物、それは篠ノ之箒の姉であり、ISの生みの親である。
なぜ千冬は篠ノ之束を引き合いに出したのか。おそらくそれは、ISに関係があると見て十中八九間違いないだろう。でないと、千冬が束に頼るだなんて理由はどこにもない。
「だが、束は見つからなかった。私の知りうる知人を頼りに頼ってこの様だ。IS部隊の教官を終えた私は、国際IS委員会の推薦でIS学園の教師にならないか、という誘いが来た」
そこまではいい。何かがあった、そこまではいいのだ。問題は、なぜ自分と春樹に連絡をしなかったかという事。春樹だけ帰ってきて、千冬が帰ってこなかった理由が聞きたいのだ。
「でも、なんで俺と春樹に連絡をよこさなかったんだ?」
「それは……しばらくはお前に合わせる顔がないと思ってな……。ほら、私がIS学園の教師になったと聞いたら、一夏は責任を感じてしまうんじゃないか、そう考えたら連絡できなくてな。すまない……」
彼女がそこまで気にする理由、それを一夏は知っている。二年前、一夏は誘拐され、当時開催されていたISの世界大会を捨てて一夏を助けた。その際、無断で試合を棄権したことによって出場権をはく奪されたのだ。
そのことを一夏は負い目に感じているのではないか、と千冬は思っているのだ。
だが、そんなことを一夏はもう気にしていなかった。
確かに、そのときは自分に責任があるのではないかと頭を抱えていた。
だが、そう考えていては千冬も悩んでしまうのではないか、そう考え、一夏はただ助けてくれたことだけをを感謝することにした。
「千冬姉、俺はもう気にしてないよ。千冬姉は俺を助けてくれた。それだけで十分だよ。確かに日本の代表になれなくなっちまったけど、それは……俺が言うのもなんだけど、俺を誘拐した奴に責任があるんだ。だから、千冬姉が悩む必要なんて全くない」
「一夏……ふふ、いつの間にか図太い人間になったな。私は嬉しいよ」
千冬は滅多に見せないやさしい微笑みを一夏に向ける。
その光景はまさに姉弟そのもの。家族が成せる愛情表現の一つであった。