6
織斑一夏と更識楯無はヘリコプターをひたすら追いかけていた。スピードではこちらの方が上、ならば目的地にさえ向かっていればいずれ追いつけるはず。
そう希望を持ちながらひたすら突き進んでいた。
「箒の奴……大丈夫なのかな?」
「こら、名前を出さないで。でも、あの子がやるって言ったんだもの。今は信じてやるしかないわ」
「そう、ですね」
一夏が少し気を抜いたその瞬間。目の前には無数のミサイルと弾丸が飛んできた。
「ッ!?」
一夏は言葉にならない声を上げてそれを間一髪で回避。楯無はアクア・クリスタルによって作られた水のヴェールでその身を守った。
「クソッ! こんどは一体なんだよ、どこまで俺らを――」
一夏の言葉を遮るようにして目の前にダークブルーのISが現れる。どうやら、周りの景色と同化して身を隠していたらしい。これがあのISの装備なのか、ワンオフ・アビリティなのかは分からないが。
それに合わせたように上空から新たなISが姿を現した。そのカラーはダークレッドで、こちらのISはなんと、春樹や自分たちのISと同じく、極限まで装甲を減らしたコンバットモード仕様と同様だった。
しかも、その操縦者は子供の様に幼さが残る顔立ちをしており、それが実年齢を表しているのか、それともただの童顔なのかは判断できなかった。
その少女は、本当に幼い子供なのかと思うような子供っぽい声でダークブルーのISに乗る男にこう尋ねた。
「ねえ、良いの? 本当に」
「アイツはまだ甘すぎる……。あの時は言う通りにしてしまったが、どう考えてもあそこでこいつらを復活させたのは間違いだった。だから、戦闘不能状態にさせてもらう」
と、ダークブルーのISに乗った人物の声はなんと男のもので、顔も良く見ると男であった。
新たに現れた男のIS操縦者。こいつも、一夏たちと同じく『因子の力』とやらを持つ人間なのだろうか?
「命までは取っちゃ駄目だよ? 春樹が本気で私たちを殺しかねないから」
「ああ、わかっている。あくまで戦闘不能状態にするだけだよ」
ここでダークレッドのISに乗る少女が言葉に出した春樹という言葉。つまり、こいつらは葵春樹の事を知っている人物で、その言葉を考えると、春樹と共にしている奴らなのかもしれない。
「おい、アンタら!! 春樹の事を知っているのか!? 知っているなら教えてくれ、アイツは、いま何所にいる!?」
一夏は興奮しながら、先ほど攻撃を仕掛けてきた奴らだということを忘れてそう尋ねた。
すると、ダークブルーのISに乗った男がこう言った。
「本来なら、お前にアイツの事を教えてやってもいいのだが、今はちょっと事情が複雑だ。教えることは出来ないね」
続けてダークレッドのISの少女が、
「そうそう。しかも私たち、春樹には内緒で今こういうことをしているんだよね。アンタらには今回の事にはもう首を突っ込んで欲しくないんだ。だから、ここで手を引くか、抵抗するなら戦闘不能状態にしちゃうけど、どうする?」
少し考えてから一夏は言う。
「お前たちが何者かは全く分からないけどよ。何もせずにこのまま手を引くのは出来ない。なら……ここは出来る限りの抵抗をさせてもらうぜ」
どっちにしろ、ここで抗わなくてはやられてしまう。奴らの狙いは自分たちの撃退。ならば、ここでやり返すしかない。
だけども、一夏は体が動こうとしなかった。いや、動けなかったのだ。あのダークレッドとダークブルーのISから発せられるプレッシャーはとんでもないほどのものだったのだ。
それは楯無も同じで、あの二人のプレッシャーに体が動いてくれない。
(なんだよアイツら……。いったい何だっていうんだよ!?)
一夏は体を震わせながらそう思った。
それを見たダークブルーのISの操縦者は鼻で笑ってからこう言った。
「どうした? お前らから攻撃しないなら、こちらからやらせてもらうぞ」
なんという余裕だろう。これから戦闘をしようとしているのに、ダークブルーのISの操縦者は先手を譲ろうとしていたのだ。
そして、ダークブルーとダークレッドの二機のISは、一斉に動き出した。
ダークブルーのISは、両手にショットガンを握りしめ、肩部には小型ビームライフルが左右一門ずつ、腰部にはガトリングガンが左右に一門ずつ装備されており、背中にはミサイルポッドが二つほど装備されていた。
ダークブルーのISはそれらの装備を一斉発射した。
いい加減にその身の危険を感じた一夏と楯無はその弾丸やミサイルを撃墜し、避けていく。
しかし、気が付けばダークブルーのISは自分たちの射程距離範囲となりうる場所にいた。どうやら、先ほどの射撃によって自分たちがどのように動くのかということを読まれていたようだった。
ダークブルーのISはその両手に握られているショットガンを発射した。
そのショットガンから発射された弾はとてつもない範囲に拡散したのだ。一夏と楯無はまとめてその散弾の餌食となってしまうが、その威力は大きくないらしく、ダメージ量はそんなんでもなかった。
そのISの両腕に握られているショットガンはBrowning_Splashという名称で、アメリカのブローニング社が開発したオートマティックタイプの散弾銃だ。特徴として、弾が大きく広範囲に拡散する。
(大きく拡散する分、威力はそこまで大きくないみたいだ。だけど、アイツにはまだ装備がある……!!)
楯無は警戒を怠らなかった。まだ、相手は武器をまだ一種類しか使っていない。しかも、もう一機のISはまだ動こうともしないのだ。
そのとき、二丁のショットガンで乱射を繰り返し、一夏と楯無の動きを制限していたダークブルーのISはついにガトリングガンとビームライフルによる発砲が開始された。
こちらに向ってくる無数のビームと実弾。あれに蜂の巣にされた暁には、おそらく――
「くっ!!」
楯無はアクア・クリスタルによる水のヴェールを発生させて、一夏の身体もろとも守ったのだ。
しかし、守ったはいいが、これがいつまで耐えれるかもわからない。発砲は終わることを知らないのかと言うかのように続いている。
それはまるで固定砲台とも言える存在であった。
この背中の固定具から両肩へと出ているビームライフルの名称はScream_108といい、イギリスのLOE社が開発したIS専用のビームライフルだ。その性能は威力を犠牲にして連射力を手に入れたというもの。次弾発射までのラグが0.3秒にまで縮めることに成功した。
次に背中の固定具から腰にかけて構えているガトリングガンの名称はMG107という。ドイツのRosenthal社製で、一秒間に50発もの弾丸を撃ち出すことが可能。装弾数は1000発ある。
これを見る限り、このダークブルーのISは完全に中距離から遠距離に特化させた、いわば砲台の様な役割を担うISなのだろう。
「もういいかな? 私もそろそろやらせてもらうよ!」
ダークレッドのISは、腰に装備されているレールガンを展開して弾を発射した。その投射物は一直線に楯無の方向へと向かって行き、そして、水のヴェールを貫いた。
その投射物は楯無の右肩にかすかにヒットしてシールドエネルギーを奪い去る。
「ちっ! 惜しいなぁ。もうちょっと左に打ってればクリーンヒットだったのにぃ」
頬をぷくぅと膨らませて言う姿は、この戦場に似合わない程場違いで、それは違う視点から見れば余裕なのだと考えることもできる。
勝てない。
一夏と楯無はそう考えてしまっていた。
ダークレッドのISの装備は、両手にビームライフルを構えており、肩部には小型のミサイルポッドが左右に一門ずつある。腰にはビームブレードが刀身が出ていない状態で左右に一本ずつ取り付けられている。そして、そのすぐ下にはレールガンが装備されていた。
今、ダークレッドのISが使用したレールガンの名称はSternschnuppeといい、ドイツのRosenthal社が開発したものである。
そもそもレールガンとは物体を電磁誘導によって加速して打ち出す装置である。なお、日本語表記だと“電磁投射砲”となる。
このレールガンは砲身が折りたたみ式で、使用しないときは折りたたまっている状態である。これが使用時に展開され、砲身が完成するというギミックが搭載されており、これで素早い武器展開と武器自体の小型化に成功した。これが左右に一門ずつ装備されている。
「じゃあ、これではどうかな?」
そう言って腰にあるビームブレードを手に取ると、すぐさまビームの長めの刀身を出力して楯無へと迫る。しかもそのスピードはとてつもなく速い。これも装甲を極限まで薄くした事によるものなのだろうか。
水のヴェールでこの攻撃も防ごうとする楯無だったが、そのヴェールはまるで紙のように貫かれた。
「ゴメンねぇ。私の武器はどれも威力の高いものばっかりだから」
そんな言葉を言う余裕まで見せて楯無の事を切り裂こうとした。
その時。
一夏はまた周りの光景がゆっくりになるのを感じていた。楯無がビームブレードの餌食になろうとしている。このままでは会長はやられてしまう、とそう思った一夏はすぐさま楯無の前へと行き、雪片弐型を構えた。
その瞬間、周りの動きはまた元通りのスピードへと戻ってくる。
一夏は無事にビームブレードの刃を受け止めることに成功した。
「ふーん。やるじゃん。流石は因子持ちだね。私たちとしては犠牲になってもらった君たちには悪いんだけど、エラーには消えてもらいたいのが本心なんだ」
「おい、キャシー!!」
いきなり叫びだしたのはダークブルーのISを操縦していた男だった。そいつは間違いなくこのダークレッドのISに乗っていた女の子に向って言った。となれば、この女の子の名前はキャシーらしい。
「黙っててよブルーノ……!! 私たちはやらなくちゃいけないんだ。私たちのせいで生まれたエラーを消さなくちゃいけないんだ」
「良くわかんねえけど、いい加減離れろよこん畜生おおおおおおおおお!!」
一夏は少しでもいいから威力を高めようと零落白夜を発動させて刀身をビームにした。出来る限りの力を振り絞りキャシーとか言う女の子をジリジリと押し込む。
腕を振ってキャシーのビームブレードを弾いた後、蹴りを腹部へと入れてやる。
その攻撃はシールドエネルギーによって本人へのダメージまでは入らないが、遠ざけることには成功した。
一夏は零落白夜を止めてこう言った。
「さっきからよくわかんない事言いやがって! 何なんだよエラーって。それが俺とお前らに何の因果があるっていうんだよ」
一夏は叫びながらアイツらと自分にはいったい何があるのかを問う。どうしても知りたかったのだ。いくらなんでも不可思議な事が多すぎる。
まずは、自分の幼い事が一部思い出せないという事に、箒が昔の事を想いだそうとして精神的におかしくなってしまいそうになった事の記憶に関して。
そして、男である自分が何故ISを起動できるのか、ということ。
そもそも、『因子の力』というものは何なのか。あのキャシーという女の子とブルーノという男。そして春樹との関連性はあるのだろうかということ。
基本的な事に遡ればまだまだ疑問点が出てくる。
インフィニット・ストラトスというものは一体何なのか。あきらかなオーバーテクノロジーにコアという謎の存在。そして女性にしか動かせないという理由。
目の前にいる二人は一体どこまで知っているというのだろうか? 口ぶりを見る限り、何か知っている様ではある。それを一夏は知りたい。
「お前は知る必要はない。知ってしまえば強大な脅威となりうる可能性まで出てくる。なら、何も知らないうちに、本来の力を発揮する前にエラーを消してしまった方が良いからね」
ダークブルーのISに乗るブルーノという男はそう言い、続けてダークレッドのISに乗るキャシーという女の子は言う。
「だからさ、本当なら君と、あの女の子も消さなくちゃいけないんだよ」
「あの女の子って――」
「そう、なんて言ったけ? 確か……そうそう、篠ノ之箒。そうだよね?」
「なんで……何で知ってる?」
「だって、春樹が教えてくれたんだよ? 君の名前も知ってる。織斑一夏君、だよね?」
一夏は声が出なかった。春樹が、裏切ったとでも言うのだろうか? 今まで仲良くやってきた一番の親友が、自分と篠ノ之箒を殺そうとしている。そのことが信じられなかった。
「嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ――嘘だろぉッ!! 春樹が……アイツが俺らの事を……」
一夏が頭を抱えてそう叫ぶ光景を、襲撃してきた男女は鼻で笑ったのだ。呆れたように。
「ちょっとアンタら……いったい何なのよ! 私たちを襲撃しようとしたら殺しはしないとか言っておいて本当は殺したいですって? ふざけるのもいい加減にしなさいよ!!」
今の今まで黙って行く末を見守るしかできなかった楯無がようやく口を開く。
だが――
「アンタは黙ってて。ていうか、アンタは邪魔なのよ。私たちはアンタじゃなくて一夏君と箒ちゃんに用があるの。アナタには用は無いわ」
気が付けば、先ほどまでの子供っぽい声ではなくなっていて、大人っぽいセクシーな声になっていた。これが彼女の本性なのだろうか?
「おい、キャシー。話している暇があったら――」
「分かっているわよ。前言撤回するわ。貴方たちはここで消えてもらう」
キャシーは両手のビームライフルと腰のレールガンを展開して標準を一夏の方へと向ける。先ほどの彼女の言葉によると、彼女のISの装備はどれも高威力の装備らしい。どれほどの破壊力を持っているのかは分からないが、少なくとも防御用のアクア・クリスタルによる水のヴェールを破壊できるほどの威力を持っている。
これを元々装甲の薄いコンバット・モードのISが受けたらどうなるのか。
「じゃあね。織斑一夏君♪」
今から殺す気満々とは思えない軽い口調で、ビームライフルとレールガンを一斉発射した。
一夏は目の前に迫ってくるビームと投射物がゆっくりに見えたが、身体は動かなかった。否、動ける状態ではなかったのだ。今さっきまで頭を抱えていたのだから。
(俺、ここで終わりなのか。呆気ないな……)
そう思った瞬間、目の前に誰かが現れた。
目の前に現れたISにビームと投射物が吹き飛ばされ、爆風で煙が舞い上がる。それが風で流されるまで目の前に現れたISが一体何なのか確認できなかった。
(いったい……? 会長……?)
だが楯無は一夏の隣にいる。では目の前に現れたのはいったい誰なのだろうか?
「ごめんな……」
聞こえてきた言葉はとても聞きなれた声だった。一夏だけでなく、楯無まで。
一夏はとても懐かしくて涙が思わず流れてしまった。
そこに現れたのは――葵春樹だったのだから。
「は、春樹……そ、の、ISは……?」
一夏は見慣れないISに乗っていることに疑問に思った。カラーリングは白であるのだが、いま春樹が乗っているISは束から委ねられた
装甲はコンバット・モードの様に薄いのだが、それでも全く違うISであった。背中から生えている金属とは思えない翼以外は。
「あ、あ、は、春樹……あのぉ……」
キャシーと名乗る女の子はその姿を見るなり、かなりマズイというような苦い顔をした。
「いったい何をやっていた? 一夏たちは今回は見逃すと、そう言ったはずだ」
「だけどよ、エヴァン――」
「俺は春樹だ! 何度言ったら気が済むんだブルーノ」
「わ、わりぃ……。だけどよ春樹。コイツらはエラーなんだ。この世に存在してはいけない存在なんだよ。自分たちも含めてな……」
「分かってるよ、そんなこと……。そんな事より引き上げるぞ、これ以上闘うっていうなら俺はお前らを殺す」
「そ、そんな物騒なこと言わないでよ春樹。分かったから……」
と、春樹をなだめるキャシーはビームライフルを量子化し、レールガンを展開前の状態まで戻した。
そして、その光景を一夏と楯無は見ているしかなかった。
このままでは春樹は何処かへ行ってしまう。せっかくまた会えたのに、また何処かへと言ってしまう。それだけは嫌だった一夏は勇気を振り絞って言葉を出した。
「は、春樹!! お、お前、今まで何所に……」
「一夏……ごめんな。でも、しょうがないんだ……」
と、ただそれだけ言って、春樹とキャシー、ブルーノは何処かへと行ってしまった。
行き先はまるで分らない。気が付けばISのハイパーセンサーの索敵範囲から外れてしまっていて、これ以上追いかけることも出来なくなってしまった。
この場に一夏と楯無の二人だけしかいなくなり、周りからは虫の鳴き声しか聞こえてこない。
そんな空気を打ち破ったのは一夏だった。
「ねえ、会長。俺……」
「うん。一夏の言いたいことは分かるよ。とりあえず分かったことがある。春樹は生きているという事。彼が何をやっているのかはよくわかんないけど、それだけは分かってよかったじゃない」
「そう、ですね。でも、俺。一体どんな気持ちでいればいいのか分からないんです……」