Another_Story『もう一人のヒーロー -Alius_Hero-』
1
何から話したらいいのだろうか。まぁとりあえず、彼の名前から紹介すべきか。
彼の名前は剣崎結城。神奈川県、横浜市にある愛越学園の生徒である。
「はぁ、IS学園……かぁ。あそこには沢山の女子に囲まれたハーレム状態の男がいるんだよなぁ……。くっ、リア充爆発しろ!!」
彼は海の向こうに見えるIS学園を見てそんなことを吐き出していた。それもそのはず、この剣崎結城という男は彼女いない歴が年齢と同じという、特徴がないのが特徴、とでも言うのがふさわしいとも思える地味な男なのだ。しかも、高校三年生にもなって彼女ができた事がないという寂しい高校生活を送ってきたのだ。
それでも、彼には男だが友達はたくさんいた。友達が多い、という点に限っては俗に言うリア充――
そんな彼の隣に歩いているのは友達の霧島由実という、なんと女性だ。しかも幼馴染という属性も加えての。
先ほどまで女に飢えているかの様に吠えていた男と一緒に登校しているのはそんな女の子。これだけでもリア充爆発しろ、というセリフを吐いてよいものかと思うが、どうなのだろう。
「ったく、結城は登校の度にそう叫んでるよね。そんなにあそこにいる男のIS操縦者が羨ましいの?」
「そりゃそうだろ。ハーレムというのはな、男のロマンなんだ! それを現実のものにしている男を羨ましいと思うのは自然の摂理だろ!」
「う~ん……。そうとも思わないんだよねぇ、女である私は……」
「はぁ? どういうことだよ?」
「結城の中ではどれだけ女性を美化しているのか気になるよ。っていうか、女性の裏側を全く見てないよね。結城が女だったら、絶対に男を羨ましがるよ……。っていうか、男になりたいね、うん」
「そ、そんなにお前は男になりたいのかよ!?」
「正確に言うと、男の様な関係に憧れるっていうか、女もそういう関係だったらいいなって思うの」
さて、女性というのは一般的にグループを作るのを皆様はご存じだろうか。その中にはリーダー的な存在が居り、その周りに仲間、という風に作られている。クラス然り、学年然り、または学校全体然り、その規模は様々だが“グループ”を作って学園生活を行っている。
こう考えれば分かりやすいかもしれない。
グループを作るリーダー的な女はそれぞれ個別の部屋を持っていて、その部屋に住まわせてくれ、という風に寄っていく。そんな、グループ間では接点を持たないようにしている状態が普通なのだ。
それに比べて男はどうだろうか。
先ほどの“部屋”という風に例えてみると、言わば大部屋、と言うのが正しいのかもしれない。その大部屋には仲の良い者同士がある程度固まっていたとしても、何かあれば一つにまとまることが出来る。それが男だ。一概にもすべてがそれとは言い難いが、大まかに言えばそんな感じが大半だと思われる。
男と女にはそんな違いが存在している。グループごとに固まって、それらの間には分厚い壁が存在している女子と、グループがあっても壁が存在せず、なんだかんだで仲良くやっていく男子。
特に女子は、そのグループ内でいざこざがあり、そのグループのリーダーが気に食わなければ徹底的にいじめを開始する。逃げ場はない。何故なら、そのいじめを受けている女子はそのグループの部屋にしか入ることが出来ないのだから。だから必然的にその部屋に居座っていじめを受けることしかできない。
他の部屋に入る事を許せば、リーダーがその部屋の奴らも巻き込んでいじめを受ける可能性が出てくる。だから入室の許可が下りない。だから逃げ場がなくなる。
稀にどの部屋にも入ることできて、なおかつ仲良くやっていくことが出来る女子も存在するが、それはあくまで稀少な存在だ。皆に慕われて人気のある人間。口達者で、空気も読める。それと「憎めない奴」という特別なスキルが必要になっていく。
まとめると、女子というのは過酷な世界で生きていかなければならない存在だということ。逃げ場がなく、その固定された環境でやっていくしかない。だから、まずは自分自身で一番上手くやっていける人を探して仲良くなることから始まるのだろう。
だが、これは作者の今までの学校での経験を元にして考察した結果であり、本来の姿はもっと違うものなのかもしれない。
何はともあれ、そんな男には到底想像できない世界で生きているのが霧島由実なのだ。
「ま、女の子の世界は男どもが想像しているようなお花畑じゃないってことよ。恐ろしい世界なんだから」
「ふ、ふ~ん。なるほどねぇ……。男に生まれてよかった、って思った方が良いのかねぇ?」
「そうね、そうかもね。女子高もそうだけど、あんなIS学園ってところ、女の子だけなんて恐ろしいにも程があるわ……。そこに行くことになった男って正直可哀そうね。イケメンでコミュニケーション能力があればその男の子はやっていけるでしょうけど、そうだとすれば問題は女の子たちね……」
「どういうことだ?」
「仮にIS学園に行ったっていう男がモテモテだったとするじゃない? それでその男が誰かと付き合ってみなさいよ、他の女どもがどんな行動を起こすか、考えてみ?」
結城は少し考えてみた。IS学園に行った男が自分でモテモテだったとする。もちろん、自分が気に入った女の子が居れば付き合うだろう。それはそれで問題は無い。
では女の子はどうなるのだろうか。
もし、自分を彼氏にしたいと思う人物が複数いたとして、自分と付き合うことが出来なかった女の子はどのような行動を取るのだろうか。
結城は正直身震いした。そんな環境で女の事付き合うなんてできない。付き合った子がどんないじめに遭うのか分かったもんじゃない。噂によれば、女のいじめはとても陰湿だと聞く。自分の知らないところでいじめを受けて、辛い思いをしなくては自分と付き合うことすらできない。
「…………うん。先ほどまでの自分の頬を叩いて目を覚ませ、とでも言いたいね……」
「でしょう? そんなものなのよ、女の子って。よくあるハーレムアニメの女の子たち、あれは男どもの妄想でしかないわ。あんな平和なほのぼのとした女の子の世界に行けるなら行きたいもんよ……」
ちなみに霧島由実はいわゆるアニメオタクである。だから彼女もそういう仲間とつるむことが多い。同じくそういった男ともつるむことが多々ある。まぁ、由実はアニメオタクとの関わりだけではなく、他の女の子たちとも仲良くやっている。
言わば、霧島由実は先ほど部屋で例えた話の“どの部屋にも行き来できる存在”である。
そうこう話しているうちに学校へと着いた二人は自分たちのクラスへと向かう。この二人は同じクラスで、高校三年生である。
おはよう、とクラスのメンバーと挨拶を交わす二人はそれぞれ自分の席へと向かう。
「よう、結城。明日から夏休み。最後の夏休みだな!」
と、結城に真っ先に話しかけたのは小鳥遊孝之。結城とは幼稚園の頃からの腐れ縁で、今でも仲良くやっている。地味にクラスが離れたこともなかったことも、ここまで仲良くやっている要因なのかもしれない。
「そうだなぁ。そんな夏休みには海にでも行きたいよな、海に」
「お、いいねぇ。でも……男だけで行くもんじゃねえよな……」
「あ、ああ。そうだな……。出来れば女の子も交えて行きたいよなぁ……」
二人は揃って溜息を吐き、最初に口を開いたのは結城。
「俺たちに――」
それに続いて孝之が言葉を続ける。
「春は――」
そして一斉に……。
「「訪れなあああい!!」」
などと教室の片隅で小さく叫ぶそんな二人に駆け寄ってきたのは霧島由実。そして由実の友達で祇条楓である。
「なーに叫んでんのよアンタたち。ところで、さっき海に行きたいって言った? じゃあさ、みんな暇なときにさ、この四人で海に行きましょうよ」
急にそんな提案をしてきた由実。どういう風の吹き回しなのだろうか、と思った結城と孝之。
だが、そんなことはどうでもいい。たとえ幼馴染だろうと、女の子と一緒に海に行くというだけで、男としてはステータスのようなもの。リア充の条件の項目の内、女の子と遊びに出かける、という項目にチェックマークがつくチャンスである。
「う、うん。いいなぁ、じ、じゃあ、皆で行っちまいますか。な、孝之!」
「お、おう。いいぜ、行きましょうかい!」
突然の出来事にチェリーボーイの部分が剥き出しになって思いっきり動揺する二人だが、しっかりと一緒に遊びに行くことは約束できた。これだけでも、十分な成果と言えよう。
「じゃ、みんなのスケジュールが合い次第行きますか!」
と、由実が言った瞬間にタイミング良くチャイムが鳴った。各自自分の席へ戻り、朝のホームルームを行った。
今日で学校は一旦終わって、長い夏休みへと突入する。
2
そして、放課後。いつものように一緒に下校する結城と由実。
「それにしても、どういう風の吹き回しだ? 一緒に海に行こうだなんて、珍しい事もあるんだな」
「いいじゃない。高校生最後の夏なんですもの、良い思い出つくりたいじゃない。それに……」
彼女は言葉を段々と小さくしていった。何か隠しているのだろうか、と結城は疑いの目を向ける。
「それに……なんだ?」
「う、うん。楓の事なんだけどね。実はあの子、孝之君のことが好きになったみたいで、そのキッカケ作りとしてね」
「あ~なるほどねぇ…………ってちょっと待ったあああぁぁぁ!! 何? 何ですか!? じゃあ、上手くいけば祇条さんと孝之は付き合い始めるってこと? で、俺らはそのお手伝いをすると?」
「まぁ、そうなるかなぁ……あはは……」
「やらん、絶対にやらんぞ! 孝之が最後の最後で逆転サヨナラホームランってか!? 俺は高校三年間ノーヒットノーランだというのに!」
結城としては嬉しんだか悔しいのかよくわからない感情に襲われた。結城も孝之も幼稚園から今まで彼女など作れたことがない。これからもその状態が続いていくと思ったらこれだ。
「ま、孝之君が楓と付き合っても良いって言うなら、そうなるかもだけど。もしかしたら、楓の告白を断る可能性も無きにしも非ずでしょ? ま、私たちは楓が告白しやすい状態にしてあげればそれでオーケーなの。それ以上は楓と孝之君の事だしね」
「う~ん……。祇条さんって可愛いし、性格の方も良いし、孝之のやつが断るなんてことありえないと思うんだけど……」
祇条楓。小柄で気が弱いが、清楚な女の子である。
彼女は二年生のクラス替えで初めて一緒になった女の子で、そのときから由実とは仲良くやっている。よくこの二人で一緒にお昼ご飯食べたりしているし、休み時間とかもこの二人で話しているところを良く見かけることが多かった。
少しお話上手で無いところが玉に瑕だが、まぁ、それも人とコミュニケーションを取るのに致命傷なまで酷いわけではないし、クラスで独りぼっちなわけではない。由実とは確かに仲良しだけれども、決して由実だけが友達というわけではなく、由実以外にも仲の良い友達は存在しているのを勘違いしてはならない。
「ま、孝之君がどんな返事をするのかは良いとして、あのさ、せっかく海に行くんだし、水着とか買いに行かない? 皆でさ」
「え~、お前ら女子はそういう買い物好きだからいいけどよ、別に俺と孝之が行ったところで、何もすることねえよ。水着だって新しく買う必要性が無いし」
「それでもついてくるだけついて来てよ。ね? いいでしょ? ね?」
「……はぁ、分かったよ。これも楓と孝之の恋路の為ってか?」
「御名答!!」
結城は溜息をついて、帰り道を歩く。彼らの横には東京湾が広がり、その先にはIS学園がでかでかと建っていた。あそこには、ISを扱える男が居る。扱える理由は現在不明だが、それを調べるためにあそこに入学することになった……らしい。
その男は三人いるらしいが、その三人は少し羨ましいというか、妬いてしまう部分がある。
それは周りが女だらけでハーレムだから、という理由ではない。いや、そういう理由も今朝まであったが、それは由実の語りによって無くなった。いま結城は純粋にISを使って空を飛びまわることが出来るということに嫉妬しているのだ。
何故あそこにいる男子の内、一人が自分じゃないのかとも思えてくる。いやらしい理由があったにはあったが、それだけじゃない。結城は鳥のように自由に空を飛びまわりたいのだ。
――人は空を飛ぶことに夢見ていた。最初に飛行に成功したのはフランスのダルランド伯爵とロシェという若者だった。一七八三年一一月二一日、モンゴルフィエ兄弟が作った“世界初の熱気球”に乗り、見事二五分間の飛行に成功したのだ。
そして、飛行機を使っての飛行に初めて成功したのはかの有名なライト兄弟……ではなく、“動力無し”での飛行機での飛行に成功したのは一八九三年頃のドイツのリリエンタールという人物である。そして“動力あり”の飛行機での飛行を成功させたのは一九〇三年一二月一七日。今度こそあのライト兄弟の飛行機だ。五九秒の飛行で二六〇メートル進んだようだ。
しかし、実はリリエンタールよりも一〇〇年も昔に日本で飛行に成功した人物がいる。その名は浮田幸吉。天明五年、七月に竹と和紙で作った翼で、岡山城下、旭川に架かっていた京橋から、颯爽と空に舞った。橋の高さは一〇メートルほどで、そこから数十メートル滑空し、宴会客のいる河原を経て土手に墜落した。当時二九歳の快挙だった。
それから時が過ぎ、旅客機ができたのが一九一九年の欧州からだ。そして、私たちが乗るようなジェット旅客機が出来てきたのが一九五〇年代に入ってからで、それから進化を続けて現在の形になり、今も進化を続けている。
インフィニット・ストラトスというものは、そういった空を飛んでみたいといった人たちの願いの結晶だ。その人たちがこのISを目にしたらさぞかし大粒の涙を流して嬉し泣きをするのではないかと思う。その研究者たちが研究し続けたその最大の結果だ。
それを作り上げたのは篠ノ之束という女性研究者である。しかし、その人物の詳細は一切わからない。世界的にISが発表したときから、それは危険なものだという存在になったのだ。
人類が自由に空を飛ぶ。その夢を現実のものにしようとした結果がこれだ。しかも、それは女性しか動いてくれないという、意味不明な条件を残して。
今から六年前にISを発表し、その一年後にはISという存在の扱いを決めた。それを競技の種目として使うことになり、世界大会を開催。未だISという存在が詳しく分からない中、見事優勝を果たしたのはなんと日本人だった。その名前は織斑千冬。あのIS学園に通うことになった男の一人がその弟だという話だ。
「あ~、またIS学園の事考えてるの? 諦めなさいよ、あそこは地獄だって今朝――」
由実がそう言いかけた直後、結城は違うと、すぐに否定した。それを見た由実は顔色を変えて結城の事を見た。
「そっか、そういうことか。結城ったら、ISが発表された時の喜び様ったら今でも覚えているわ。アンタも乗りたいんでしょ? あのIS学園に通っている男の子に嫉妬しているんでしょ?」
その由実の言葉はまさしく図星だった。結城は黙って再び歩き出す。
六年前、空を自由に飛び回ることを夢見ていた小学校六年生の少年が居た。幼稚園の頃に「将来の夢は?」という質問に「鳥さん!」と誇らしく言い放つほどに夢見ていた。それこそ、剣崎結城であり、そのときのISという発表は自分の夢が叶えられたのだと、そう思っていた。
そのとき、歓喜の直後に味わった感覚はまさに絶望だった。ISは女性にしか動かすことが出来ない。その事実で結城の夢が崩れ去ったのだ。ついに自分にも自由に空を飛ぶことが出来るかもしれないという可能性が出てきたというのに、それは叶わない夢だと知ったのだ。
しばらく歩いてから、結城は口を開いた。
「そりゃあ、そうだろ。俺の幼馴染なら知っているだろ? 俺がどれだけ空に憧れているか」
あきらかにトーンが低くなっているが、あえて由実はテンションを変えずに会話を続ける。
「まあね。結城の部屋、飛行機のプラモデルとかラジコンとか、そういうので埋め尽くされているからね。アンタの空への執着心は異常だよ。ま、気持ちは分からないわけじゃないんだけどね」
「俺にはISを動かせる力がない。それが実感できただけいいさ。いつまでもそんな希望を持っているわけにもいかないしな」
織斑一夏、葵春樹というISを動かせる男が発覚してから一ヶ月程経った頃、他にも男でISを動かせる者はいないのか、調査が行われたのだ。
もちろん、結城もその調査に協力したが、駄目だった。もしかしたら、と思っていた自分が悲しかった。自分にはISを動かすことのできる力がない事を知って、更に落ち込んだ。
だがそのときから吹っ切れたのだ。その事実をはっきりと見ることによって、未練を捨てたのだ。捨てたはずなのだ。
「それにしては、未練タラタラに見えるけどなぁ……。でもさ、何で結城はISをいじる整備科の方に行かなかったの? あの科なら男でも行けるはずだよ。まぁ、未だに誰も行ってないけどね……。こんな世の中で、誰も男が行かないようなところに行く勇気がないだけかもしれないけど」
「そりゃあ考えたさ。一度はね。でもさ、家族が許すと思うか? 男卑女尊の世の中、あんな女しかいないところに行くと言って。そもそも、俺は整備には興味は無いと言ったら嘘になるけど、やるつもりはないね。本当は自分がISを纏って空を飛びたいのに、それを横から指を咥えてISをいじる事しかできないなんて我慢できないね、俺は」
「まぁ、そうだよね。結城は空を自由に飛び回るのが夢なんだもんね」
「そう……だな……」
いつにも増して暗い雰囲気になってしまっている結城に、由実は気分を楽にしてあげることすらできなかった自分が嫌になっていた。
このような結城を見るのは今日だけじゃない。時折、テンションが著しく下がって暗い顔を見せる様になったのは今年の四月になってから。ちょうどISを動かせる男が現れた時ぐらいだったか。いや、もうちょっと先の事だ。例の二人以外にISを動かせる男が存在しないかどうか、調査が始まった頃だ。
おそらく、心のどこかで納得できなくて、それでも残酷な現実を容赦なく突き付けられる。やるせない気持ちでいっぱいなのだろう。
そんな話をしているうちに、家の近くまでやってきた二人だが、その時になってもなお二人の雰囲気は暗いままであった。
結城は由実に別れの声をかけて自分の家に入る。すると、妹が出迎えてくれた。
「あ、おかえり兄ちゃん。明日から夏休みでしょ? だから――」
何かを言おうとした妹の事を無視してただいま、という一言だけを言って二階へと上ってしまった。
自分の部屋に入った彼は、机にかばんを投げるとベッドへとダイブした。
(はぁ……めんどくさ……。なんで俺が由実の買い物に付き合わなくちゃいけねえんだよ)
そんなことを思っていると、部屋のドアが勢いよく開いた。結城はドアの方に目線を向けるが、ドアが視界に入る前に真っ先に視界に入ったのは妹の剣崎小鳥だった。いつも通り、サイドポニーを揺らしている。
「ねぇ兄ちゃん、どうしたの? なんか機嫌悪いみたいだけど、由実ちゃんと喧嘩でもしたの?」
小鳥は結城より六歳離れている妹で、要するに一二歳である。結城にしてもそれだけ離れている妹を結構可愛がっている。まぁ、思春期真っ只中ということで最近はちょっと冷たい。
だけど、時折甘えてくる一面もあり、今でも、いつでも可愛い妹ではある。
結城は起き上がりながら小鳥に言葉を返す。
「いや、喧嘩って訳じゃないよ。ただ、自分の夢を思い出してちょっとブルーになっちゃっただけさ」
「ふーん。あ、あの鳥さんになりたいってやつぅ?」
「……ああ、そうだよ。よし、こっちにおいで小鳥」
そう言われた小鳥は素直に結城の隣に腰掛けた。
「俺はね。空を飛ぶことに憧れていた。それこそ、幼稚園の頃は鳥になりたいって本気で思ったほどさ。これは小鳥も知ってるよね?」
「うん。兄ちゃんに何回も聞かされたよ。兄ちゃんの小さい頃のお話だよね」
「実はもう一つ、俺には新しい夢が出来たのさ」
「え!? 本当!? ねえねえ、なになに?」
自分の兄の夢と聞いて興味津々でハイテンションな小鳥だが、それとは対照的にローテンションな結城はそのテンションのまま夢を語る。
「俺の新しい夢はISに乗って空を自由に飛び回る事なんだ。ま、それも叶わない夢なんだけどね……。ここだけの話、実はな――」
結城は手招きして耳を貸すよう小鳥に伝えると、彼女は片耳を結城に近づける。
「お前に乗ってもらいたいんだよ。ISにな。だからさ、まだまだ先の話になるけど、中学校を卒業したらIS学園に入学するってことを考えてもらえないかな?」
これは結城が出来なかったことを妹にやってもらいたい、代わりに夢を兼ねてもらいたいという自分勝手な願い。それを妹に押し付けようとしている。そんな自分を嫌悪した。
だけど……。
「うん。兄ちゃんの夢は私が叶えてあげる。だって……あの……その……だ、大好きな兄ちゃんの夢は私の夢でもあるんだから……!!」
「え……。うん、ありがとう小鳥。兄ちゃん少し気持ちが楽になったよ」
小鳥の頭を撫でる結城。それをされた小鳥もちょっと嬉しかったりするのだ。
小さい頃から空を飛ぶことを夢見ていた結城の影響を受けたのか、小鳥も空を飛ぶという事にはちょっとした憧れを持っている。これも小鳥がお兄ちゃんっ子で、飛行機の話やらなんやらを小鳥に話聞かせていたせいだろう。
「だけど、条件が一つ」
小鳥はビシッと人差し指を立てて、
「兄ちゃんの夢は私の夢。なら、私の夢は兄ちゃんの夢なの。だから、兄ちゃんもISへの夢を諦めちゃ駄目だよ。できれば兄ちゃんが作ったISに乗りたいな」
「…………考えておくよ」
結城は素直に任せておけ、とは言えなかった。それがたとえ、妹のお願いだったとしても。
3
七月二四日。
夏休みが始まって三日ほど経った。この日は、皆のスケジュールが合ったということで、渋谷までみんなと買い物に出かける約束になっていた。
その皆とは、小鳥遊孝之、霧島由実、祇条楓の三人である。
「おーい、結城ぃ!! 準備できてるかぁ!?」
と、外からうるさい声が聞こえてきた。その声で顔を確認せずとも誰か分かる。あの特徴的な声はどう考えても由実である。家が隣同士で、しかも部屋の窓から数メートル先に由実の部屋の窓がある。時々、この窓越しにお話しをしたりするのだ。今回はその窓からこちらに由実が叫んでいるのだ。
いう加減鬱陶しくなった結城は窓を開けて、
「うっせーな!! 準備は出来てるよ。もうちょっとしたら外に出るから待ってろよ」
「その前に結城、一つ聞いて良い?」
「あ? なんだよ?」
由実は一呼吸おいて、そして妙に低い声でこう言った。
「結城、そんな装備で大丈夫か?」
「……大丈夫だ、問題ない」
某ゲームの有名な会話の振りをしっかりと回収して、しかも表情まで再現して結城は言い放った。それを見た由実は硬い表情が段々と崩れてきて口角が上がって笑い声をあげてしまった。
「ぷ、ぷぷ……あはははは! いやぁ、結城もそういうの分かるようになって来たねぇ! 私は嬉しいよ。うんうん」
「お前は時折、そういうネットスラング使ってくるからな。いい加減覚えたよ。それから、あまりそういう言葉使いしない方が……」
「大丈夫だもん! ネットスラングはそういう話が分かる人って知ってる人しか使わないから!!」
「そうか、それなら安心だ。由実が世間一般に痛い子認定をされないかとハラハラしてるんだ。そりゃあ、それで夜も眠れない――」
「そんなのはもういいんで早く外に出てくださいさっさと出かけましょう」
由実は息継ぎもしないで、しかも早口でそう言った。
結城も溜息を吐きながら分かったよ、とあきれ声で言いながら階段を下りていく。
玄関の前まで行くと、妹の小鳥が出てきた。
「あ、兄ちゃん出かけるの?」
「ああ。いってきます、小鳥」
「うん。いってらっしゃい」
そんな短い会話を終わらせて、ドアを開けると外には既に由実が家の前に立っていた。彼女が結城の姿を確認するなりこう言った。
「ずっと結城の家の前でスタンバってました」
「ハイハイそういうのは良いんで駅に向いましょう時間の無駄です孝之たちが待ってる」
早口で、棒読みで、しかも冷たい目をしながら結城はそう言った。
由実もさっきはノってくれた結城がこんなにも冷たい反応をするとは思わず焦りだす。しかも、一人でさっさと先に行ってしまう結城を見て更に焦ってしまった。
「ま、待ってよ結城ぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
4
横浜駅に着いた結城と由実の二人は、楓と孝之に合流した。
この二人はあえて約束の時間より少し遅れてきたのだ。ちょっとでも楓と孝之の二人きりの時間を作るために。
「おっせーぞ。結城、それに由実!」
「すまんな孝之。由実のお腹の調子が悪いみたいでトイ――」
「違う違う違ーーーーう!! そんなんじゃないから。ね? って何よ二人してニタニタと笑いやがって!」
そんな三人のやり取りを見ていた楓は、オロオロとしながら静かに声を出す。
「あ、あの……。由実ちゃんをイジメるのは……やめてください……」
ちょっと涙目になりながら弱々しく言い放つ姿は凄い破壊力があった。こんな子こそが世界を平和にするには必要な存在なのではないか、と思ってしまうほどだ。
言うなれば小動物的な存在だった。しかも、元々小柄の体型に黒髪のポニーテール、清楚な感じの白いワンピースを着ているもんだから、その可愛さに思わず声を出すのを忘れていた。女である由実もである。
「あ、あはは。あー楓ちゃん。可愛いよ楓ちゃん。ハァハァ」
由実は目の色を変えながら楓に迫る! それを見た結城は由実の事を止めようとする。いや、止めなくてはならない。それこそが結城に課せられた責務なのだから。
「早まるな由実! お前は本来の目的を忘れているんだ。思い出せ、俺たちがやろうとしていることを……!」
「…………ハッ!? わ、私はいったい何を……?」
そんな由実に孝之は優しげな声でこう言った。
「由実は、夢を見ていたんだよ。とても幸せな夢を。だけど、現実を見てごらん。この……世界を……!」
なんていう悪ふざけを堂々と横浜駅の前でやっている三人に対して楓は、弱々しい声でこう言った。
「あの……こんな茶番はもうやめて行きましょう? もうちょうどいい時間ですし」
「「「はい、わかりました……」」」
意外にも毒のある一言に、結城と孝之、由実の三人は反省の声を上げたのであった。
5
渋谷へと着いた四人はとあるお店の水着売り場へと来ていた。とは言っても買い物するのは由実と楓の二人ぐらいで、男子二人は正直この二人に付き合ったようなものだった。
「にっしっし……。楓の水着は私がコーディネイトしてあげるから。しっかりとここで待っているのよ! どこかに勝手に行かないように!」
結城と孝之の二人ははいはい、と適当に返事をしながら二人は男性用の水着売り場へと避難する。男子二人で女性用水着売り場に居続けるのは他人の目を気にしてしまい、メンタルがガリガリと削られてしまうからだ。
「はぁ……。由実の奴、めっちゃ気合入ってんな」
「なぁ結城」
「なんだよ孝之」
孝之は決意を決めたかのようにこう言った。
「由実はさ、家に帰ってもあんな感じなのか? お兄さんの事、未だに引きずっていたりは……」
「なんだよ急に。たぶん大丈夫だよ。あいつは今まで遊ぶときはあんな風にハイテンションだったじぇねえか。それに、たとえ引きずっていても……俺たちが気にするべきじゃねえ。そこは触れないでおこうぜ。まぁ、必要なときは相談にのらなくちゃだけどな。……それこそお前はどうなんだ、って話だよ」
「そうなっちゃいますよねぇ。ま、俺は大丈夫さ。亮兄さんのことは既に吹っ切れてるよ」
「それならいいんだよ。由実だってそんな感じだって。急にそんな心配してどうしたのさ?」
「いやさ、お前らが駅に着く前によ、祇条さんとお話してたんだよ。そん時にさ、家族の話になって……。祇条さんのお姉さんが七年前に行方不明になったらしい」
「なっ!?」
結城は驚いた。
実は小鳥遊孝之の兄と、霧島由実の兄は七年前に謎の失踪を遂げていた。これは祇条楓の姉が失踪した年と同じである。
単なる偶然だと思いたいが、関連性があるのではないかと思ってしまうのだ。
それは孝之も同じだった。何か関連性は無いのだろうかと、楓にこちらの事情も話して詳しい事を聞き出した。
その結果、七年前に楓の姉が失踪したその詳しい時期と孝之と由実の兄が失踪を遂げた時期が同じだったのだ。
そして、その姉の名前を聞くと、更にとてつもない事が分かったのだ。
楓の姉の名前は祇条七海。中学校の時に孝之の兄の亮が付き合っていた女性と同名だったのだ。
その事を話すと楓も思わず驚いたそうだ。
それはそうだろう。自分の姉と同じような境遇の人物がいて、それでもって恋人同士だったと聞けば驚かざるをえない。
「そりゃ驚くよな。俺も聞いた時には心底驚いたよ。まさか兄さんの恋人が祇条さんの姉で、しかも同い年ときた」
「この事を由実には?」
「言ってない。言えるわけ、ないじゃないか……。あいつがこの事を知れば、きっとあいつの兄貴もそれに関係あるんじゃないか、手掛かりがあるんじゃないか、って何もかもを捨ててそれだけに突っ走るだろうぜ」
「だからこそ、完全な確証を持つまでは何も伝えないと?」
「ああ。その通りだ。ないものも追いかけて人生を棒に振る可能性もあるからな」
その時、由実はこちらへと駆け寄ってきた。どうやら楓の水着コーディネートが完了したらしい。
結城たち二人は会話を一旦やめてそちらへと向かうことにした。
再び女性用水着売り場へと戻ってきた二人は周りの視線に精神をガリガリと削られながらも試着室の前へとやってきた。
「さてお二方。これから始まりますのは祇条楓による水着ファッションショーで御座います。心ゆくまでお楽しみください。では、どうぞ!!」
とは宣言するものの、楓が試着室から出てくることはなかった。
慌てて試着室を覗き込む由実。
「どうしたの? なにかトラブル!?」
「違うよぉ。でも無理……。恥ずかしすぎて無理!」
「ぐぬぬ……。ええい、ままよ!」
と、由実は勢いに身を任せて試着室のカーテンを勝手に、しかも勢い良く開け出したのだ。
そこには白いフリフリのビキニを身につけた小柄な少女が恥じらいながら立っていた。
「あ、あ、あぁ……。こんな……。酷いよ由実ちゃん」
「そんなことよりもどうよ男ども。では感想を聞きましょう。はい、孝之君!」
「え!? 俺!? そ、そうだなぁ……」
言葉を考える姿を妙に気にする結城と由実。それに、先ほどまで由実の暴挙で泣きそうになっていた楓も好きな人のコメントには気にならずにはいられないようだった。
「祇条さんの小柄で可愛いらしい体型にはそのフリフリがとても似合ってるよ。あと、個人的にグッと来たのは頭のお花のワンポイントだね。それはもう可愛さ倍増、てか?」
お前、本当にチェリーボーイか? と疑いたくなるコメントなのではあるが、褒めに褒めまくった内容であったので由実はあまり気にしないことにした。
だけど由実より、今は楓の反応の方が重要だろう。
いま彼女はあまりの恥ずかしさに気が滅入ってしまっていた。それは、孝之に可愛いと言われたからだ。好きな人にそんなことを言われた暁には、今後目を合わせる事すら出来なくなってしまうだろう。
「あれ? 祇条さん、俺のコメントはダメでした!?」
しかし、孝之は祇条の気持ちには全く持って気づく様子はなかった。
「ねえ、結城?」
「なんだよ由実」
「あの二人、上手く行って欲しいね」
「そうだな」
「と、いうことで……。わさわざ東京まで出てきたんだもの。今日は遊びまくるわよ! それであの二人も距離が近づくわよね?」
「そうなればいいな」
結城は何だかんだで親友の幸せを願ってしまう。楓という女の子は悪い人には見えない。ちょっと気は弱いけど、孝之に一途なのは見ていて分かる。それに何より傍から見てお似合いの組み合わせだと思う。
この二人がくっついて付き合うことで孝之が幸せになるのなら、自分はどんなことでも協力しようと思った。
6
今日はとても疲れた一日だった。
空はすっかり真っ黒になってしまい、周りの建物のネオンやらで照らされている。
今の今までずっと遊んでいた。
ゲームセンターやカラオケ、果てはさらにショッピングなどと財布の中身はもうスッカラカンに近い状態にまで痩せてしまっていた。
孝之と楓の距離はそれなりに縮まったと思う。できる限りその二人を一緒にするようにしていたからだ。
「今日は楽しかったね。ね、楓!」
「うん。とっても楽しかった……。またみんなで遊ぼうね」
まだ告白する勇気は持てなくても、それでも確実に前には進んだ一日だった。
結城がそんな風に思っていた瞬間――いきなり地鳴りが起こったのだ。しかも、ちょっとだけ揺れている。
「な、なんだ!?」
渋谷駅に近づくにつれ人が増えていく中で、周りの人たちも驚いて声をあげている。
もちろん、由実も楓も孝之も驚いて声をあげていた。
よく見れば、一部に人が集中して行くのが分かる。あれは地下歩道がある道路の近くだ。
結城はおもわず由実たちに何も言わずそっちに走っていってしまった。
「お、おい結城! お前どこに行くんだよ!」
孝之の声は結城に届かなかった。そして彼は一人で人混みの中へと消えていってしまった。
7
結城はとある地下歩道の前まで来ていた。そこにはちょっと多めの人に、それに警察官までいたのだ。
いったいなにが起こったのか、それを知るために適当に人に話しかけ、現状を聞いた。
それによると、この地下歩道で爆発物が爆発したらしい。それにしては大した被害は出ていない。ちょっと離れた自分たちのところまで揺れたのだ。もっと悲惨な状態になっていてもおかしくはないのだが……。
(いったい何がどうなって…………。あぁ!?)
結城の目に飛びこんで来たのは女の子が誰かに引きつらていく光景だった。しかも、ご丁寧に声を出されないように口を塞いでまで。
しかも、それに気づく人物はいなかった。謎の揺れの正体を知りたいが故の野次馬ばかりで、そっちに気をかける人物などいなかった。たとえ気づいても助けようとする人物はいなかったのだ。
(なんだよあれ……。おいおい、あれって無理やり連れて行こうとしてねえか!?)
結城は人混みを掻き分けてその子の下へと行こうとする。誰もあの子を助けようとしない。いや、それどころか気づかないという始末だ。
だからこそ、彼は行動する。困ってる人がいれば、動こうとする勇気を持って。
「ちょっとアンタ! この子を何処へ連れていく気だ? この女の子の知り合いなのか?」
と言いながら女の子を連れて行こうとした人物の腕を取った。その人物は女性だった。
そしてその隣には希望に満ちた顔で助けを求める様な表情をしている。
以上の事から考えれることは、とにかくこの女の子は助けを求めているという事実。
「答えろよ。アンタは一体何を――」
その時、女の子を連れ去ろうとした女性は舌打ちをしたかと思えば結城を突き飛ばして走り去る。
結城は慌てて起き上がると、その女性を追いかける。そこまでする理由なんて大したことじゃない。
ただ、なんとなくだ。もしかしたら、あの女の子の表情が彼をここまでさせる理由なのかもしれない。
自分が来たことで、あの子に希望を与えた。今更あの子の希望を絶望に変えたくないのだ。
だから彼は走る。
向こうは人ひとりを抱えて走っているから追いつくことは可能なはずだ。だって、どう考えても走るスピードはこちらの方が速いはずなのだから。
なのに――なかなか追いつけない。
女の子を連れてる女性は裏路地等を巧みに使ってスピードというアドバンテージの差を埋めているのだ。
だが、それも長くは続かない。走るスピードの差は少なくなってはいるが、スピードが上回ったわけじゃ無いからだ。
徐々に差を埋める結城は手を伸ばす。彼女の手を握ろうとする。彼女も彼の手を握ろうとする。
そして――手を、握った。
結城は半ば無理矢理こちらに引き寄せた。
バランスを崩すその女の子を連れ去ろうとした女性はその女の子の手を離すことで転倒を防ぐ。
それに従い、その女の子は結城の胸に飛び込む形となった。
「うぉッ!? 大丈夫か?」
返事を返そうとする少女の言葉を遮るように逃げるぞ、と叫んだ結城は、その女の子を連れて走り出す。
さて、ここからが問題だ。
先ほどまではこちらの方が走るスピードが速かった。だけど、今はその逆なのだ。今度はこっちが女の子を抱えて追いかけられる側となった。
(ちくしょう……! このままじゃ追いつかれてまたこの子が連れ去られちまう。どうする?)
結城は考える。この状況を打開する何かを。
裏路地から抜け出した結城はある人物に出会う。それこそ彼の親友のか小鳥遊孝之だった。
「おい結城! お前一体どこに――」
「そんなことより後ろのあの女を止めてくれ! 追われてるんだ!」
早口で叫んでそのままどこかへ走っていってしまった結城に、孝之は混乱するだけだった。詳しい事情もなにも分からない孝之はなるようになれ、と裏路地から飛び出してきた女性にタックルを食らわした。その女性は突然のことに対処出来ず転んでしまった。
その間に結城と女の子は遠くへと逃げる。
結城が考えたのは木を隠すなら森の中。なら人を隠すなら人混みの中。と言った風に、目指すのは渋谷駅前、スクランブル交差点。
あそこまで人がごった返してる場所に潜り込んでしまえばこっちのもの。探すのは困難だろう。
結城は走る。その傍の女の子も残り少ない体力を振り絞って走る。
ゴールは目前。後ろを確認すると、少し遠くにあの女性が走っているのが見える。
(やっべ! 早く、早くあそこに隠れないと……!)
そして結城たちは人混みの中へと紛れていく。
スクランブル交差点はいつも人が絶えない。それこそ早朝四時とかにならない限り、いつも人がうじゃうじゃいる場所。
結城は信号待ちをしている人たちに混ざり、身を潜める。
(これで何とか……。頼む、見つかるなよ……っ!!)
傍の少女も現状を理解しているのか、しっかりと身を潜め、目立たないようにしていた。
そして、信号が青になり信号待ちをしていた人たちは動き出す。
結城は駅に向かう人たちに紛れて駅の中へと入って行く。偶然にもちょうど帰宅する人が多かったのだ。
二人は横浜行きの電車に乗り込み、ようやく一息つけれる状態になったのだ。
「よし。あいつはもう追ってこないな。どうやら撒く事ができたみたいだ」
このタイミングでようやく彼女は口を開く。
「ありがとう。私は布仏本音っていうの」
「あ、ああ。俺は剣崎結城だ。で、なんだったんだ、あの女は?」
「分からない……。でも、ちょっと心当たりならあるよ。それはきっとお姉ちゃんの事だと思う」
「お姉さん? 何かあったの?」
「夏休みに入ってからどこかに行っちゃって、連絡も取れなくて、何か関係があるのかなぁ……?」
結城は感じた。
どうにも自分はとんでもない事に首を突っ込んでしまったのではないのか、と。
だが、自分の悪い癖で何か力になれないだろうか、と思う自分がそこにいるのだ。だからこそ、色んな事を聞こうとしてしまう。
「と、ところでそのお姉さんは一体何をやってる人なの?」
「IS学園の三年生。整備科の主席だよ。あ、あと生徒会の会計やってる。ちなみに私は書記長やってるよ~」
「…………」
結城は正直なんてこった、と思ってしまった。姉妹揃ってIS学園の生徒。つまり、自分の夢を叶えている人物のひとりだということだ。
そして、整備科の主席ほどの人物が今回の事件に関わっているとすれば、必然的にIS絡みのということになる。
まさかこのタイミングでこんなことになろうとは思わなかった。
「どうしたの?」
「ねえ、布仏さん。突然だけど俺の夢の話、聞いてくれないかな? ごめんね、初対面の人に話すようなことじゃないんだけど……」
「別にいいよ。聞いてあげる」
「ありがとう。……俺はね、空を飛ぶことに憧れていた――」
結城は自分の夢を語った。
それは自分の妹に何度も聞かせた話から、先日妹に告白したISに関してのことまで。
自分はISに乗りたかった、ということ。
IS学園に行っている男が羨ましいということ。
それを初対面の布仏本音に打ち明けた。
すると、それを聞いた彼女は、
「あのね。ゆっきーのその話、正直、自分はどれだけ幸せ何だろうって思った。私はISを動かす事が苦手だからってちょっと不幸なんだって思っちゃってた。ま、だからこそ整備の道に進もうと思ったんだけどね。ゆっきーはその夢、諦めちゃうの? 足掻こうとは思わないの?」
とりあえず、いきなりあだ名を付けられているのは気にせず、結城は妹に言われた言葉を思い出す。
――兄ちゃんの夢は私の夢。なら、私の夢は兄ちゃんの夢なの。だから、兄ちゃんもISへの夢を諦めちゃ駄目だよ。できれば兄ちゃんが作ったISに乗りたいな。
そして結城は思う。もしチャンスがあるなら夢を叶えたい。俺の夢を受け継いてくれる妹の為にも、自分はISというものに携わりたい。
だから――
「ねえ、布仏さん。もし俺が夢を諦めたくないって言ったら……なんとかなるのか?」
「うん。私はあの更識クリエイティブの社長の娘さんとお友達なんだから! 命の恩人のゆっきーには恩返ししないと!」
結城は本当にとんでもないことに首を突っ込んでしまったようだった。
でも、自分にとって有益なこともある。これらの事から逃げようだなんて思わない。どんなことだって勇気をもって望む事こそが大事なのだから。
「布仏さん、お願い……してもいいかな? 俺に、ISを教えてくれ!」
「うん。いいよ、私に任せてよ!!」
剣崎結城は自らISの世界へと飛び込む。
自分はISにすら乗れない普通の男だ。だけど、自分に何ができるのだろうか? そう考えれば自ずと答えは出た。妹のため、自分の夢のため、結城は道を切り開いて突き進む。
ここに、また新たなヒーローが生まれた瞬間だった。
突然の主人公追加に驚かれた人も多いでしょう。
でも、裏からサポートする主人公が欲しかったのでやっちゃいました。
一夏は苦悩する主人公。春樹は人知れず活躍するミステリアスな主人公。そして結城は裏からサポートするいうなれば“光”の主人公です。
だからこそ、明るいキャラクターであるのほほんさんこと、布仏本音にヒロインを務めてもらいました。
ちなみに結城の周りのキャラクターは今後きちんと役割りが与えられますので大丈夫です。まぁ、謎が提示されましたからご存知でしょうがね。
少しの間、Episode6を書くために時間を頂きますことをお許しください。
またお会いしましょう。
では。