ISを改変して別の物語を作ってみた。   作:加藤あきら

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第二章『進化の軌跡 -Zero_Gravity-』《通じ合う心》

  1

 

 織斑一夏と篠ノ之箒はセシリア・オルコットが用意した飛行機に乗り、イギリスへと向かっていた。

 その飛行機は完全にプライベートジェットなのか、席は極端に少なく、その代わりにものすごくゆったりできるスペースがそこに広がっていた。目の前のテーブルにはホットコーヒーがあり、良い香りが鼻を刺激させる。一夏はそのコーヒーを一口飲み、セシリアに質問する。

 

「で、セシリアの依頼がなんで春樹を追う手がかりになるのか……そろそろ話してもらえないか?」

 

 一夏は何より気になっていた事柄について質問した。

 

「そうですわね。そろそろいいでしょう。一夏さんはここ最近、春樹さんに出会いましたか?」

「え……あ、ああ。会ったよ。熾天使(セラフィム)とは違ったISを操っていた。それに、見知らぬ仲間を連れていたよ」

「やはり……。一夏さん、箒さん、これはとても重要なことです。イギリス、ロンドン市内で春樹さんによく似た人物が目撃されていたことが分かりました。おそらく、彼も何らかの情報を掴んで動いている可能性がありますわ」

 

 一夏と箒は眼を見開いて驚いた。つい最近までフランスで出会ったばかりだというのに、今度はイギリスに春樹はいる。彼は様々な国を転々としているというのだろうか。いったい何の目的があるのだろうかと、二人は思わず考え込む。

 そして、箒は一つ考えを述べた。

 

「もしかしたら、今回の『アベンジャー』の動きを知ってイギリスに来た可能性もあると……?」

「はい、その通りです箒さん。もっと言えば、今回のLOE社のイベントに来る可能性だってあります」

 

 このセシリアの言葉を聞いて、一夏は決断した。今度こそ、春樹としっかり話して何をやっているのか聞き出すのだと。絶対に、絶対に……。

 一夏がそのような事を思っている傍ら、篠ノ之箒はそんな一夏を見てとても心配になっていた。今の彼は、春樹の事で頭がいっぱいになっている。セシリアの任務など二の次だ、と考えている様にも見えてくる。

 正直、今の一夏は見ていられなかった。

 今にも崩れそうな精神状態。

 葵春樹という支えでギリギリ立っていたれる状態。その支えがなくなった瞬間、一夏の精神状態はいったいどうなってしまうのか。今度こそ、再起不能な状態になってしまいそうな気がしてくる。

 だからこそ、今は恋人である自分が支えになってやるしかないと思った。

 

(ここは、私が引っ張っていくしかない)

 

 箒はセシリアに質問することにした。

 

「セシリア。だが、目的はそれだけではあるまいな? もっとあるはずだ。セシリア個人の目的というものが」

 

 箒は今まで思っていたことを正直に言った。

 

「ふふ……。そうですわね。箒さんの言う通りですわ。わたくしにも、もちろん目的はあります。ですが、それをあなた方に話すわけにはいきません。これはオルコット家の問題ですから。いくらわたくしの親友だからと言って、こればっかりは話せません。でも、行き着く行動は同じ。『アベンジャー』と戦う。これはわたくしとあなた達二人に共通すること。ですから、依頼した任務の内容だけを考えていればいいですわ」

 

 箒は今のセシリアの言葉で、彼女がどのようなことを思って話したのか、それを何となくだが理解した。

 彼女にも何らかの目的があって行動している。だが、それで仲良しごっこをするつもりはないらしい。今のセシリアの話し方を見る限り、彼女の主たる目的は葵春樹ではない。オルコット家の問題と彼女は言った。つまり端的に言えば、あなたたちに良い情報を与えるから自分に協力しろ、ということだろう。

 

「それで? 俺たちはどう動けばいい?」

 

 一夏は作戦内容を確認する。

 

「一夏さんと箒さんはいつでも動けるように、新型IS付近に待機していてください。『アベンジャー』が襲撃を仕掛けてきたらすかさず戦闘を行って身柄を拘束します。どう? シンプルで分かりやすいでしょう?」

 

 たしかにそれはシンプルだ。だが、作戦内容については、だ。問題は敵の情報で、それが分かれば対策を講じることができる。戦闘を優位に進めることができる。

 一夏はセシリアに尋ねた。

 

「じゃあ、敵の情報は何かないのか? 使うISの武装、人数、何でもいい、敵に関することはなにか分からないのか?」

「一つだけ。『アベンジャー』はあるレポートを探しているようです。ですが、わたくしたちはそのレポートについて何も知っておりませんわ。なぜ『アベンジャー』がLOE社を襲うのか……。有益な情報ではありませんが、わたくしたちが知る情報はこれくらいです」

 

 一夏と箒は頭を悩ませた。『アベンジャー』がやろうとしていることが見えてこない。ならば、視野を広げた方がいい。その組織一つだけではなく、その他の組織も絡んでいるとしたら、奴らのやろうとしていることが見えてくる。

 

「もしかしたら、奴らにとって今回の襲撃は間接的な利益があるのかもしれない。『アベンジャー』とは違うもう一つの組織がLOE社の新型ISを狙っていて、そのもう一つの組織はレポートについて何かを知っているとしたら……」

「ISを奪うことを目的としている組織といえば……」

 

 箒がそうつぶやいた後、ここにいる三人は言葉を揃えて言う。

 

亡国機業(ファントム・タスク)

 

 と……。

 箒はすかさず一夏の方を見た。昨日、『亡国機業(ファントム・タスク)』と戦ったばかりなのだ。そして、人を殺してしまうということを経験した。それで一夏は精神的に落ち込んでしまったのだ。そして、今回の任務に絡んでくるであろう組織がそれであった。

 だが、箒の心配はいらなかった。

 この時の一夏は自信に満ち溢れていた。

 だが……。

 

(やはり……これも葵春樹の力だというのだろうか。春樹、お前は一夏の何なのだ? どうしてここまで一夏の原動力となる?)

 

 箒は分からなかった。一夏にとっての春樹という存在が。一夏のここまでの執着心。もはや家族だから、という理由を超えていると思えてくる。

 ただ、箒には分かるまい。女である箒には。

 彼にとって葵春樹という存在は、一夏にとっての到達点とも思える存在だった。同じ男として、憧れの存在。何をやってもうまくやってしまうような兄貴。そういう存在である。どうにかして春樹を超えていく存在になりたい。そういう想いが一夏にはあるのだ。

 

――意地があるんだよ、男の子にはな。超えたい壁があるなら、それをよじ登るだけだ。

 

 一夏にとって、この言葉こそが春樹に執着するなによりの意味がここに集約している。

 箒は傍らにいる一夏を見つめ続けた。

 どうしても、箒には分からない。そこまでする意味が。

 なぜそこまでして一夏は春樹にそこまでの想いがあるのか。

 やはり、春樹に嫉妬してしまう箒であった。

 

 

  2

 

 

 翌日、八月五日。午前一一時二三分。更識クリエイティブ地下施設にて。

 剣崎結城は再び篠ノ之束の下へ出向いていた。

 昨晩、一人で考えていた。篠ノ之束という、ISを制作した生みの親からのお誘い。それはとても危険な香りがぷんぷん漂っていて、どうもきな臭い話。神に選ばれたかのごとく、とてつもないスピードでISに関する知識を身に着けていく自分。光が見えたかと思った。とてもまぶしい光が差し込んでいたかと思ったら、気づけば奈落の底。光さえ入らない真っ暗な場所へのお誘い。いや、ほぼ強制に近い勧誘だった。

 

――ともに、ISを悪用する奴らを退治するだって?

 

 正直ゴメンだと思っていた。なぜ、わざわざ普通の男子高校生の自分が、そんな場所に行かなくちゃいけないのか。訳が分からなかった。

 身の安否は保証できない場所。

 死ぬ可能性がある場所。

 人を、殺める奴らがいる場所。

 そんな場所に誰がいたいと思う? いないはずだ。誰だって自分が恋しい。自分が可愛い。死にたいわけない。

 そういう考えでいた。

 昨日までは。

 だけど、結城はスマートフォンに映る写真を見て心変わりした。

 ISを開発するだけじゃ妹の夢も叶わないかもしれない。

 友人たちが、危険な目に合うかもしれない。

 そしてなにより、布仏本音の身の安全が心配だった。その身を狙われ、今でもその危険は去ってすらいない。

 だったら、そいつらを守るにはどうしたらいい?

 考えた。だけど、答えはすぐそこにあった。

 篠ノ之束。

 彼女の組織なら、友人たちを守ってくれるかもしれない。

 だから――

 

「篠ノ之束さん……」

 

 結城は束を前にして、真剣な表情で言う。

 

「俺を、あなたの下で働かせてください……!」

 

 結城は頭を下げる。

 それに対し。篠ノ之束は笑顔で返事を返した。

 

「ありがとう、剣崎結城君――」

 

 しかし、束の言葉を遮るようにして、結城は「ただし」と付け加えて言う。

 

「俺の周りの奴らを守ってくれると言ってくれるなら。小鳥、由実、孝之、祇条さん、簪さん、それに……布仏本音。俺の大切な友人たちを守ってくれると言うのなら、俺はこのままあなたついていきます」

 

 篠ノ之束はそんな彼を見て微笑んだ。

 

「そんなこと……お安い御用だよ。剣崎結城君の願いは私たちが叶えてあげる。だから、君も私たちの願いを叶えるために協力してください」

 

 彼女は右手を差し出す。

 剣崎も右手を差し出して、握手を交わす。これが、協力関係になったという証。ギブ・アンド・テイクの約束をしたという証だ。

 たくさんの想いがその握手には含まれていた。綺麗な部分も、汚い部分も。

 

「さて、見事私たちは協力関係になることができたわけだけど、実はこれからここに来る人物がいるんだ。私たちの知り合いで、協力関係になってくれる人物。剣崎君と一緒で、ギブ・アンド・テイクの下に協力関係になった人。まずはその人と顔見知りになっておこうか。その他にも剣崎君と一番関わることになる整備スタッフもいるけど、それはまた後でね」

 

 結城はちょっと考え込んだ。織斑一夏に篠ノ之箒、それと更識簪の姉である更識楯無を戦闘要員に置き、その他のスタッフによって形成されているこの組織だが、そこに新たに入ってくる人物となると……。それに篠ノ之束とギブ・アンド・テイクの取引をして、というのが引っかかる。

 結城があごに手を添えて考えていると、束の通信機が鳴った。

 束はその通信に出ると、そのお客さんが来たということを伝えられたらしい。

 結城と束はエレベーターの扉付近で待機することにし、その人物が現れるのを待つ。

 

「で、その人っていったい誰なんです?」

「見れば分かるんじゃないかな? 君ならね」

 

 束がそう答えた瞬間、エレベーターがこの地下施設に到着した。その扉が開き、エレベーター室内から現れた人物は金髪でなんとも可愛らしい女性であった。彼女は知らない人物を前に少し戸惑い気味であるが、それには目もくれずに結城は自分の考えに浸る。

 

(いや、待て、この人物をどこかで見たような気がする……。金髪で、この組織に関わりがありそうな人物、織斑一夏と篠ノ之箒、更識楯無、日本IS学園……。そうだ、この人物は――)

 

 ようやく考えがまとまった結城は目の前の少女に声をかける。

 

「もしかして、あなたはシャルル・デュノアさんじゃ……」

「え、僕のこと知ってるの?」

「ええ、まぁ。フランスの代表候補生の一人ですからね。それに、あなたは三人目の男でISを動かせる人だ。有名じゃないわけないじゃないですか。……それにしてもなぜそのような女性の格好を? ま、まさか……、確かにあなたは女性とも取れる中性的な顔立ちですけど、女装趣味は自己満足で済ませてくださいよ……」

「ち、ち、違うって! あ、えっとね、これには複雑な事情があって……」

「複雑な……事情だと……? あなたの女装趣味は一言じゃ表せないものなのか……!?」

 

 と、結城が好き勝手に言ってしまったが最後、結城の頭に鉄拳制裁が下るのはもはや必然であった。

 頭の上から発せられる鈍い音、それは頭蓋骨が粉砕したのではないかと錯覚させるほどのもので、音のみならず、その衝撃はそう思わせるのに十分な威力を持っていた。その制裁を下した人物はおなじみ織斑千冬である。

 

「こら、あまりデュノアを困らせるな。初対面だからと言って私は容赦しないぞ剣崎」

 

 思わぬ登場人物に驚きを隠せない結城。ここにはISの開発者である篠ノ之束と初代ブリュンヒルデ――第一回IS世界大会モンド・グロッソ優勝者であるあの織斑千冬、それにフランスの代表候補生でなおかつ世界で三人しか発見されていない男でISを動かせる一人、シャルル・デュノアという、滅多に見られないメンツが揃いに揃っているのだ。結城は思わず歓喜してしまう。ISに憧れを持つ一人として、これほどラッキーなことがあるだろうか。いや、ない。ないわけないではないか。

 

「すみません……。っていうか束さん、ここにはあの織斑千冬さんもいるんですか!?」

「うん、そうだよ。ちーちゃんも協力関係の一人。ま、私のアシスタント的な位置なんだけどね。IS学園の教員としての仕事もあるし」

 

 なるほど、と思ってしまう。弟である織斑一夏がこの組織で戦っているのだ。その姉がここにいてもおかしくはない話だ。

 と、納得したのもつかの間。束からは更に衝撃的なことを口にする。

 

「それと、さっきも言った通り、このシャルロット・デュノアちゃんも私たちの協力関係になってくれるから」

「はい。……って、ちょっと待ってください。この人の名前はシャルル――」

「ああ、お前は知らないんだったな。というより、知ってるわけもないか」

 

 結城の言葉を遮るようにして、千冬は言った。

 

「ここにいる彼女はシャルル・デュノアではなく、シャルロット・デュノアという名前だ。それに、男ではなく女だ。おっと、これは機密事項だ。ここだけの話でお願いする」

「なんだって……?」

 

 結城は驚愕する。思わず目の前の彼……いや、彼女を見る。そして、自分の失礼気周りない言葉たちを思い出して自己嫌悪になってしまう。

 

「あ、ああ! すみません! そんなつもりじゃ……本当にごめんなさい!!」

「いやいや、大丈夫だよ、分かってくれたなら。それと、織斑先生が言った通り僕が実は女の子だっていうのは秘密だからね」

「はい、分かりました……」

 

 お話の一区切りが終わったところで束が仕切り役として声を出す。

 

「じゃあ、私の組織の新入生が揃ったところで、これからのお話をするよ。まず、剣崎君は私と一緒にISに関する研究をすることになるから。だからとにかく私についてきて」

「はい」

 

 束はシャルロットの方へと向き直し、

 

「で、シャルロット・デュノアちゃんはちーちゃんと一緒にISの模擬戦。一夏たちをサポートしてあげるには強くならなくちゃね」

「はい、分かってます! 織斑先生、よろしくお願いします」

「ああ、みっちり扱いてやる。授業じゃ経験できない様な訓練を期待していろ。ははは」

 

 千冬のいつも以上に楽しそうな顔に、シャルロットは不安を感じた。どれほど辛い訓練を強いられるのか怖くなる。だけど、それでヒーヒー言っていられない。自分で決めた道なら、泣き言言わずに進んでいくしかない。

 

「じゃあ、それぞれ解散。じゃあ、剣崎君、私についてきて」

 

 結城とシャルロットはそれぞれ違う方向へと歩いていく。シャルロットは振り向き終わる前に結城に手を振って別れの挨拶をする。結城も手をあげて軽く挨拶を返すと、正面を向き直す。

 これから二人はそれぞれの道を歩き出す。だけど、それは完全なる一本道ではない。必ずこの二つの道は合流して同じゴールに向かうことになるだろう。結果は一つでも、それに至るまでの過程は無数にあるのだ。無数にある道のどれかをこの二人は選んだに過ぎない。その道は無数に枝分かれしている。まるでアドベンチャーゲームの選択肢かのように、上手くいけばトゥルーエンドに行けるかもしれない。もしかしたらバッドエンドに行ってしまうかもしれない。危うい選択肢を今後、この二人は迫られるだろう。そのときに選ぶ選択は一つ。それが吉と出るか凶と出るかは誰にも分からない。

 現実はやり直しができない。選択肢を選んでしまえば、そのまま突き進むしかないのだ。だが、ゲームと違い、決められたシナリオを突き進んでいる訳ではない。良くない方向に転んだとしても、ここにいる全員で、良い方向へ修正すればいい。

 だから――どんな選択肢を選ぼうと、一番いい結果を残すのだと二人は誓う。

 絶対に、ハッピーエンドを目指すんだ。

 

 

  3

 

 

 一夏たちがイギリスに着いたのは深夜の三時だった。ただ、これはイギリスの時間であり、時差を考慮すると日本時間は午後一二時ということになる。

 イギリスに着いた一夏たちは一度セシリアの家へと行くことになっていた。一度そこで休息を取り、一〇時から始まるLOE社の新ISの完成披露会に行くことになる。そこからは何が起こるかは分からない。ただ、高い確率でISとの戦闘になることだけは分かっていることだ。

 一夏と箒はそれぞれ一つずつ部屋を用意してもらった。

 一夏は軽い夕食――いや昼食を、チェルシーというセシリアの専属メイドに用意してもらい、それを食べる。

 七時間後にはLOE社のイベントが始まる。そこで葵春樹に会う事はできるのだろうか。一夏は僅かな可能性にかける。どうしても、彼と話しをしたい。話しをしないと、伝えたいことも伝えられない。

 一夏はベッドに座りながら携帯電話から春樹のメールを再び見る。箒に見せたメールではない。いや、正確には、完全な本文ということになるだろう。春樹から届いたメールは布仏を助けろ、という内容だけではなかった。本当は、その前に一夏に対してのメッセージが備え付けられていたのだ。

 

 

 一夏、お前がいま辛いのは知っているよ。なんせ、随分もの間いなくなってた親友と再会できたと思ったらまともに話せないままいなくなっちまうんだもんな。

 それに、お前は生死をかけた戦いに勝ってしまった。人の命を奪っちまった。さぞ、辛かっただろう。

 ただ、それを今後どう思い、どう行動していくのは一夏、お前次第だ。俺は残念ながら何もしてやれない。

 よし、じゃあ俺からとっておきの情報を教えてやる。近々お前の下にセシリアがやってくるはずだ。そのときにイギリスに来てくれるか、と聞いてくるはずだ。そしたらな一夏、イギリスに来い。きっと俺がいるはずだ。その時にちょっと話しをしようぜ。本当に、わずかな時間だけどな。

 じゃあ、イギリスで待ってるよ。

 

 

 この内容を一夏は別に保存していた。今回の一夏の原動力はこれだったのだ。イギリスに行けば、春樹に会える。それだけを考えて彼は行動をしていた。

 だから、今の彼にとってはセシリアの事はどうでもいいのかもしれない。一番に優先すべき事項は春樹に会う事。一夏の中ではそうなっているのだ。

 なんと危うい状況か。友人の事を蔑ろにしてまで、一夏は行動を起こそうとしている。そして、このような一夏を止められるのはほんの少数だろう。一番に思い浮かぶのはなにより春樹本人だろうか。もしくは……。

 

「一夏、入っていいか?」

 

 ノックが聞こえたかと思えば、箒の声が聞こえてくる。彼女こそ、今の彼には必要な存在なのかもしれない。周りが見えていない一夏を注意してあげられるのは彼女だけなのだから。恋人としても、幼馴染としても、そしてクラスメイトとしても、今の彼を目覚めさせてあげられるのは――。

 

「箒か? いいぞ」

 

 一夏の許可を取ると、扉からはラフな格好になった箒が現れる。キャミソール姿になった箒は少々艶めかしさを醸し出していた。元々スタイルが良い箒だからこそかもしれない。だけど、その瞳の奥にはそのような雰囲気は感じられない。

 

「一夏、隣に座ってもいいか?」

「あ、ああ、いいぞ」

 

 その姿とは裏腹に、とても真剣な表情をして一夏に近づき、座る。何か思いつめたような表情をするものだから、一夏はどうしていいのかも分からずにたじろいでしまう。

 

「どうしたんだよ箒。何か話でもあるのか?」

「そう……だな……その通りだ。一夏、聞きたいことがあってだな……その……。いったいどうしたのだ一夏? 祭りの時から様子が変だ。急にやる気になって、私は不思議でたまらない」

「別に、どうしたってことはないよ。祭りには春樹の忠告があったから来ただけだし、ここにだって、セシリアの依頼があったから俺と箒はここに来ただけだし」

「うそだ」

「は?」

 

 思わない箒の返答に一夏は心臓が跳ね上がる思いをした。

 

「一夏、お前は何かを隠しているはずだ。あんなにも落ち込んでいたお前をここまで駆り立てる存在が一夏の中にあるのだろう? 葵春樹――アイツの存在がお前の中にあるのだろう? だから教えてくれ。アイツから何を言われたのだ?」

 

 あまりにも的確な指摘に一夏は押し黙ってしまう。はっきり言って、こんなことは箒に知って欲しくない。あまりにも気持ち悪い自分の想いを。未だに兄離れできていない自分を好きな人である箒に知って欲しくないのだ。

 

「ち、違――ッ」

「違うわけがない。小さいころはお前らと良く遊んで、四月に一夏と春樹に再開して……そんなお前らを見てきた私が分からないわけないだろう。一夏の目を見つめるとよく分かる。その先には春樹の存在があるから……」

 

 箒は一夏に顔を近づけて目の奥を見つめてくる。逆に箒の瞳に吸い込まれそうな感覚に陥りそうになりながら、箒の瞳から視線を離すことができなかった。

 

「箒には何でもお見通し……ってわけか」

 

 一夏はよく分からない感情に襲われる。新しく支えになってくれるような存在に出会えた気持ちと、恥ずかしすぎて箒を払いのけたい気持ちと、今は一人になりたい気持ちと、誰かの身に寄り添いたい気持ちと、たくさんの感情が混濁してわけが分からなくなってしまう。今にもわけも分からず叫びたいような、そんな衝動に駆られる。

 が、そこに。

 一夏の身が急に後ろに倒れていき、ベッドにその身が落ちる。

 彼の身の上には箒の体があり、抱きしめられていた。彼の顔のすぐ横に彼女の顔があり、静かに語りかけてくる。

 

「大丈夫だ一夏。あのとき言った通り、一夏には私がいる。私も、一夏のよりどころになりたい。一夏、お前を支えてあげたい。一夏が私にもしたように、お前を助けてやりたいのだ。だから……」

 

 だけど、一夏は無表情であり続けた。女性に泣いている姿なんて見せてられない。先日まで目先の事から逃げて、泣いて、弱音を吐き続けていたからこそ、もう自分は泣くことすら許されないと思っているし、前に進まなくてはいけない。

 だから――

 

「箒、ありがとう。俺はどうかしてた。二回も言われなくちゃ分からないなんてな。箒、俺はお前を信じる。だから、今までの俺を許してくれるか? あんなにも情けなかった俺を許してくれるのか?」

 

 その答えは言わない。わざわざ言う必要なんてない。

 箒は一夏の口をふさいでいた。

 それはとても甘く、心が温まっていくものであった。長く長く、お互いの存在を確かめるように、お互いがお互いの口をふさぐ。

 このとき、この二人の間に確かな絆が生まれたのだった。

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