ISを改変して別の物語を作ってみた。   作:加藤あきら

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第四章『過去と現在、それを結ぶ真実‐Attack_the_Phantom‐』

  1

 

 篠ノ之束は剣崎結城の下へと帰ってきた。だが、元気がない。よく見ると目が赤く、涙の跡がうっすらと見える。

 

「おかえりなさい束さん。どうしたんですか? 元気ないですね」

 

 結城は分かっていながらも、そう問う。その問いに対して正直に答えてくれることを期待せずに。

 

「なんでもないよ。あはは」

 

 なんでもない、と言う割には覇気がない。笑いも乾いているし、誰が見ても何もないだなんて思うことはないだろう。春樹を失う前の篠ノ之束のテンションを知っている者からしたら、随分と落ちぶれたようにも見えるだろう。

 だが、結城は知らないのだ。落ち着いた風格が本来の篠ノ之束の姿だと思っている。だから、彼女の苦悩を理解できていないのだ。精神的に追い詰められている彼女の事を、根っこの部分まで知ることが出来ない。

 

「…………」

 

 沈黙が続く。

 結城はISの資料に目を通していくが、束は特に何かをすることもなく、どこを見ているのかも分からなく、溜息をずっと吐いている。もう何回目の溜息なのだろうか。結城は五回目以降は数えるのを止めてしまったため、もうこれで何回目なのか分からない。

 

「はぁ……」

 

 さて、今ので何回目だろうか。

 あたかも何かを聞いて欲しいと言わんばかりの態度なのか、それとも本当に上の空になってしまっているのか、彼には分からない。分からないから、いったい何があったのかも聞こうとして、喉まで出かけていた言葉が出ない。この雰囲気は、どちらかというと聞いて欲しくないように見えてくるから、という理由もある。

 つい数十分前まではうるさいくらいに議論を続けていたというのに、この静けさは何だろう。この深夜帯に男女が密室で二人きりでいるというシチュエーションは、いささかいい気分にはならない。これが男の性なのか、篠ノ之束の事を意識してしまう。

 これは恋心とは違う。篠ノ之束の事に対してはそんな気持ちを抱いているはずもなく、ただ単にこのシチュエーションで気持ちの変化を起こしてしまっているに過ぎない。

 このまま沈黙を続けている訳にもいかない。篠ノ之束から話しかけるような雰囲気は全くなく、ここは彼から話しかけるしかない。

 

「あ、あの……束さん。そんなに溜息して、どうしたんですか? よく見れば、目も赤いし、えっと、涙の跡も見えてますよ」

 

 ぎこちない言葉使いになりながらも、気になっていたことをすべて聞く。

 結城は話してくれることを期待して話しかけたわけじゃない。この沈黙を破るために話しかけたのだが、意外と束は質問に答えてくれたのだ。

 

「え? あはは、ばれちゃった? まぁ、こんな感じじゃばれるよねぇ。ごめんね、気を使わせちゃって。あのね、一夏と箒ちゃんは、イギリスで春樹に会っているみたいなの。えと、春樹っていうのは……私の初恋の相手なんだ」

 

 このことは初めて聞いた。特に気になるのは春樹という篠ノ之束の初恋の相手の事。

 

(え? 春樹って、もしかして……)

 

 結城は気づいた。春樹、というのは世界で初めて現れたISを操縦できる男性の一人。織斑一夏とともに発見された男、葵春樹の事ではないか、と。いや、それ以外は考えられない。一夏が束とこの組織内で関わりがあるのだ。まったく関係ない別人の春樹ということは考えにくい。ましてや一夏と箒の任務先で会うなんて、葵春樹本人以外考えられないではないか。

 

「剣崎君なら知っていると思うけど、春樹っていうのはISを動かせるもう一人の男、葵春樹の事だよ。彼にはたくさん助けてもらったし、私の事を大事にしてくれた」

「その……束さんは、春樹さんのどこが好きなんですか? どうして好きになったんですか?」

 

 結城にとってタイムリーな話題だ。先ほど休憩した時にシャルロットとした会話の中に、自分と布仏本音のことがあった。内容としては恋心の話。自分には恋愛の経験はないし、人を好きになるという事がよく分かっていない。そうなるほど男女の距離が縮まったことが無いのだ。それに身近な恋愛沙汰といえば小鳥遊孝之と祇条楓のこともある。二人の関係を見てきたが、恋愛の本質的なところはまったく見えてこないのだ。

 だから、自分の気持ちも、本音の気持ちも、よく分からないのだ。

 だから聞いた。

 

「私が彼を好きになった理由は、いつもそばにいてくれたから。私の事を支えてくれたから。絶望的な状況にあっても、私の事を必死に励ましてくれた。彼は私のわがままも笑って聞いてくれた。とっても楽しい時間を、彼は私に与えてくれた。どんな辛いときでも楽しい時間に変えてくれた」

 

 次々と羅列していく彼女が抱く春樹への気持ち。

 それを聞いて結城は複雑な気持ちになってしまう。こんなにも健気で本当に彼の事が好きな彼女をほったらかして葵春樹はいったい何をしているのかと思ってしまった。イギリスだなんて遠いところにいないで彼女の下へと今すぐにでも飛んで来いよ、と思う。

 そのとき、篠ノ之束の精神は限界に来てしまった。

 

「は、る、き……。うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 春樹! 春樹ぃ……!! なんで私の隣にいないの!? あんなにも守ってくれるって言ってくれたのになんで!? 会いたいよ……。抱きしめて欲しい。彼を感じたい。ねぇ春樹ぃ……会いに来てよ……」

 

 彼女は泣き喚く。大好きな人が隣にいない不安や苦痛。貯めこんだストレスがここで爆発してしまった。きっかけは、結城の質問。正直、彼はとんでもないことを聞いてしまったと感じた。地雷を踏んでしまったと思った。

 だが、彼は何もできない。彼女の心を癒せるのは葵春樹ただ一人なのだから。

 だから、彼はここに居て、ずっと束の近くに居てあげることにした。何もできなくとも、今の彼女を一人にすることは危険だと感じたから。これが本当に正しい行動か分からないが、この行動が正解だと信じる。

 篠ノ之束が壊れてしまっては困るのだ。誰も幸せになれない。だから、春樹の代わりになれないのは分かっていても、とりあえず傍にいてあげる事だけは――。

 

 

  2

 

 

「何なんだよコイツら!! 硬過ぎる。こんな装甲、どうやって作るんだよ!!」

 

 ブルーノは叫ぶ。突然現れた鎧のヒト型兵器。鈍色のボディには何かしら嫌な雰囲気が漂っているように感じる。目の前の無人兵器は心を持たないが故に、どんな残酷なことでも平然とやってのける。無慈悲に人を押しつぶすために生まれたような重装甲。その重量故移動速度は遅いが、自身をホバリングさせることによって機動力を確保している。

 ゆっくりだが、着実にこっちに向かってきている鎧のヒト型兵器を、春樹、ブルーノ、そしてキャシーの三人は一機ずつ着実に仕留めていく。数は減っているものの、それでも人を押しつぶすのには十分すぎるほどの数だった。

 

「ぺちゃくちゃ喋ってないでアレをぶっ壊しなさいよ! 一機でも多く!」

 

 しびれを切らせたキャシーは、ブルーノの発言にイライラしてしまっていた。

 

「分かってるけどよぉ、俺の装備は前ほど決定力のある火力を持つ武器がないんだよ。物量で攻めるようにしてるから」

「この脳筋野郎!! そんなんだからアンタはモテないのよ! もうちょっとスマートにいかないの!?」

「それはこっちの台詞だキャシー! お前だって火力馬鹿なだけじゃねえか! ちまちまと攻撃するのが面倒くさかっただけの短気女がっ!!」

「うるさい!! 今の状況分かってんの!?」

「十分すぎるほど分かってるよ! おい、春樹! アレをもう一回使うわけにはいかないのか?」

 

 春樹は二人の言い合いには参加しようとしなかった。この絶望的な状況に気を紛らすような会話は一切しようとしなかった。この場で一番余裕がないのは彼なのかもしれない。無駄口を叩くような余裕など、今の彼にはなかった。

 

「おい春樹! またアレを使うわけにはいかないのか!?」

「何言ってんのよアンタは!」

 

 ブルーノの提案に答えたのは春樹ではなくキャシーだった。

 

「アレはそう易々と使っていいものじゃないのは分かっているでしょ!? あんなものを乱用したらそれこそ世界が取り返しのつかないものへと変わってしまうの!」

「分かってるよ。ダメ元で言ってみただけだよチクショウ!」

 

 二人がそんな会話をしている最中、春樹は一人黙々と鎧を潰していた。バスターライフルの高出力ビームで装甲を溶かしていく。しかし、もうエネルギー残量も少ない。このままでは先に力尽きてしまうのはこちらだろう。

 

(こんなところで終わってたまるかよ。俺はまだ、束さんに何も伝えてないんだ)

 

 春樹は必死に鎧を潰していく。突っ込んでくる鎧を確実に打ち抜き、その動きを止めさせる。もういくつ潰しただろうか。数えていなかったから詳しくは分からないが、二〇は確実に潰している。だが、この狭い地下に次々と侵入してくる鎧たち。いったい、どこからこれほどの数を引っ張り出してきたというのか。どこからこの鎧はやってきたというのか。

 この地下に響き渡る炸裂音と金属音。ビームによって溶かされた金属が、この地下の温度をとんでもないものへと変貌させる。ここの光景はまさに地獄だった。

 確かに数は減らした。一夏と箒の退路を確保した。だが、それが限界。誰よりも圧倒するほどの実力を持った彼らでも、数で押されれば呆気ないくらい弱くなる。今の状況はISの有利な要素をなくしてしまっているのだ。ISの最大の強みである、ほぼ無制限な高速の立体機動にある。だが、このような狭い場所ではそれは発揮できないのだ。

 出口はもう塞がっている。一夏と箒が脱出した後、すぐに閉じてしまったのだ。大量の鎧のヒト型兵器によって。

 

「キャシー、お願いがある」

「なに? 春樹」

「俺とブルーノでもう一度穴を空ける。その隙にお前は脱出して一夏たちの援護に回ってくれ」

「ちょっと待って! 三人でもヤバいのに私が抜けるわけには――」

「いや、大丈夫だ。こっちにはアレがある。問題はない」

「それはダメよ!」

「これしかないだろう! 俺たちは目的を達するまでは死ねない。それが終わるまでは死ねないんだ……」

 

 キャシーは黙り込んでしまう。そして、ブルーノも。残された道は、世界の摂理を無視する禁忌。それが神への冒涜だとしても、彼らはやるしかないのだ。その結果、どのようなことが起こるのか分からない。

 それでも。

 

「分かったわ。春樹、ブルーノ、お願いね」

 

 春樹とブルーノは頷く。

 出来る限り、近づく鎧を排除してからフォームへと入る。ブルーノと春樹は手を繋ぎ、一瞬にしてその姿を消した。

 

 

  3

 

 

「一夏さん、箒さん、どうしましたの……?」

 

 セシリア・オルコットは一夏たちに連絡を取ろうとしていたが、繋がらなかったのだ。ついにブルー・ティアーズの修理も終わり、これから合流しようとしたというのに、こんな不吉なことがあっていいのだろうか。

 また、なにかよくないことに巻き込まれてしまっているのではないか、と不安になる。

 色んなことがありすぎた。布仏本音の誘拐未遂の現場に立ち会い、帰ってきたイギリスでは襲撃を受け、一夏たちと離れ離れに。連絡が取れたかと思えば、数十分後には連絡が取れなくなってしまった。

 今回の事件、動いている組織は一つではない。もっと多くの組織が動いているのだろう。でなければ、ここまでの規模の事件は立て続けに起こらないはずだ。

 

「セシリア! 『亡国機業(ファントム・タスク)』からこんな文書が届いたぞ!!」

 

 ドアを開け、叫びながら入ってきた男はドゥーガルド・フィリップスというLOE社の社長だ。そして、彼は確かにこう言った。『亡国機業(ファントム・タスク)』と……。とても不吉な名前だ。そして、社会の裏を知る人間ならばその名前は必ずと言っていいほど耳に入ってくる。元々、ISを奪うだけの組織ではなかったようだが、あるときを境に、奴らはISを奪い去ることに集中し続けた。その目的は不明。戦力の独占か、あるいはその他に理由があるのか。

 ともかく、『亡国機業(ファントム・タスク)』から届いた文書は次のような内容だった。

 この件から身を引け、そうすればチェルシーは返してやる、と。

 そんな内容、信じるわけがなかったが、無視できる内容でもなかった。そんな約束は嘘っぱちに決まっている。身を引いてしまえば、絶対にチェルシーは帰ってこないだろう。かと言って動いてもチェルシーは殺されてしまう。そして、情報がこちらに漏れているということも、奴らには筒抜けだろう。だから、ここを襲撃されるのも時間の問題だ。

 なら、どうするか。

 動くしかない。ここで身を引けば、チェルシーが用意してくれた情報が無駄になってしまう。

 それに、気になることが一つ。

 なぜ、両親が働いていた会社に『亡国機業(ファントム・タスク)』がいるのかということ。

 その真実を掴み取るためにやるべきことは一つ。

 

「襲撃してくる奴らを迎撃して、一夏さんたちと合流する。それが、わたくしがやらねばならぬこと」

「何を言っているセシリア?」

「ドゥーガルドさん、わたくしはやらねばなならないことがありますわ。ですから、一刻も早くここから逃げてください。もちろん、ここにいる社員の方々全員で」

「セシリア、死ぬんじゃないぞ?」

「理解が早くて助かりますわ。ありがとうございます、ドゥーガルドさん」

 

 ドゥーガルド・フィリップスは察していたのだ。これからセシリアがやろうとしていることを。それが昨日に行ったブルー・ティアーズを改修する目的であったということを。

 そして、彼は企業を支える社長でもある。ここで情に流されてはいけないことも十分に分かっているのだ。だからこそ、ここはセシリアに任せるしかない。今、ここを守れるのは彼女しかいないのだから。

 

「では、ドゥーガルドさん、逃げ延びてください。そして、わたくしも生き延びますわ」

「ああ、分かった」

 

 セシリアは走り出す。この部屋から出て、外へと出る。もう外は暗い。これから向かうのは両親が設立した会社、Cunard_Black_Sky_Lineだ。そこに何が待ち受けているのか、彼女には想像もつかない。だが、親友のチェルシーだけは何としてでも助け出す。それが、彼女の行動する理由であり、想いである。

 

「行きますわよ、ブルー・ティアーズ! 再びわたくしと共に舞い踊りましょう。友人たちを守るのです!」

 

 彼女の体は光に包まれ、青い装甲が身についていく。リファインされた流線型のボディと強力な装備は、どんなものでも撃ち抜くだろう希望を感じられる。今の彼女が頼りにできるのはブルー・ティアーズただ一人。

 

「!?」

 

 そのとき、何かの声が聞こえたような気がした。聞きなれない声のようだったが、今は空中だ。誰かが話しかけてくるわけがない。通信も切れているし、話しかけてくる人などいないはずなのだ。

 

(幻聴……? いえ、でも、確かに声が。いえ、そんなことはありえませんわ。今はただ、目の前を向いて飛ぶだけです)

 

 彼女は様るの暗闇へと姿をくらました。

 

 

  4

 

 

 一夏と箒の二人はCunard_Black_Sky_Lineのオフィスビルへとたどり着いていた。

 現在、チェルシーと同じ舞台の人たちと合流し、オフィスビルの付近を調べている。

 

「チェルシー隊長がこのオフィスビルの裏口から入っていったのですが、そこにはもう見張り番がいるんです。正面突破は難しいですね。おそらくISを装備しているでしょうし」

 

 隊員の一人がそう言う。双眼鏡で確認したところ、そこに居たのは一夏と箒と関わりのある人物。特に箒とは因縁深い関係だ。

 

「スコール……か」

 

 あの金色のボディカラーに、繭のようなバリア。そして、その繭の糸を使った脳への直接攻撃兵器を使う彼女がそこに立っていたのだ。

 

「やはり、この案件には『亡国機業(ファントム・タスク)』が絡んでいたんだ。どうやら、一夏の予想通りだな」

「ああ、アイツらとの決着はここでつけてやる」

 

 一夏は力強く宣言する。どうやら、春樹と再会できたことによって、気持ち的に立ち直ることが出来たようだ。

 

「しかし妙だな。そう思わないか一夏?」

「ああ、俺もそう思う。それに、彼らが言うにはここは――」

「セシリアの両親が設立した会社という話になっているな。だけど、どう見たって普通のオフィスビルにしか見えない。そんなところになぜゼロ・グラビティが運び込まれ、『亡国機業(ファントム・タスク)』がいるんだ?」

「それを調べるために攻撃を仕掛けるんだろ? スコールにそのことを聞き出す。それが俺らがやれることだ」

 

 現在、チェルシーの部隊によってオフィスビル周辺のチェックが行われている。遠くから見た感じだと、警備役は一人にしか見えない。だが、そんなことあるわけがないのだ。絶対にその近くに襲撃に対抗する何かがあるはずなのだ。

 

「織斑一夏さん、チェックが完了しました。目視できるだけで一〇以上の兵器がスタンバイしているみたいです。形状は中世の鎧のようなヒト型兵器という話です」

「了解。そうか、春樹たちの施設を襲ったあの兵器がここにも。つまり、あの襲撃も『亡国機業(ファントム・タスク)』によるものだった、ということか」

「一夏、どうする? 突っ込むか?」

「それしかないだろう。一気に接近して短期決戦だ。それが今取り得る最善手だと思っている」

 

 一夏と箒はお互いに頷く。二人は見つめ合い、タイミングを取る。息を吸い込み、吐き出す。その工程を終了したところで二人はISを身に着ける。その瞬間――急激に加速した白と赤のISはスコールへと突っ込む。

 あっという間に詰まるスコールとの距離。一夏は雪片弐型を握りしめ、スコールへと叩き付ける。

 ガキンッ!! という金属音。

 一夏の目の前には白い繭があった。これがスコールの操るISの装備。鉄壁の盾とも言えるそれは、どんな火器を使っても貫くことは不可能だろうと思える不気味な存在。そして、人の脳を弄りまわす趣味の悪い兵器でもある。

 初撃は失敗に終わってしまった。これで腕の一本を持っていくつもりだったが、どうやらそう簡単にはいかないらしい。

 

「クソッ!!」

 

 一夏はそんな言葉を吐きながら一度距離を取る。

 目の前にはスコール。彼女は笑いながら話しかけてくる。

 

「あらぁ、久しぶりじゃないお二人さん。性懲りもなく私たちの邪魔をしてくるだなんて、運命の赤い糸で繋がっているんじゃないかしら? じゃあ、今度は物理的に私と糸を繋ぎましょ?」

 

 艶めかしい言葉使いをしながら、彼女は繭の糸を一夏と箒へと飛ばす。それはまるで生き物のように縦横無尽に動き回る。

 二人は、あの糸の恐ろしさを知っている。特に箒は一度あの糸に襲われ、脳を弄られた経験を持っている。あんなものに脳を弄りまわされることなど、絶対にさせてはならない。あのときは無事だったが、次も無事だなんている保証はどこにもないのだから。

 

「絶対にあの糸に捕まるな! いいな!?」

 

 箒は一夏へと警告を飛ばす。

 二人は飛び回る形で繭の糸を回避していく。一本を避けても次々へと無数にある糸はこちらへと迫ってくる。

 近づけない。苦しい表情をする一夏は見てしまった。スコールが、にやりと笑う様を。

 嫌な予感がする。また時間がゆっくりと流れるような感覚に陥ってしまう。

 息苦しい空間から解き放たれた瞬間、二人が見たものは鎧のヒト型兵器であった。

 その重装甲が、二人に襲い掛かる――。

 

 

  5

 

 

 セシリア・オルコットはロンドン市内上空を飛び回る。丁度ロンドンの象徴とも言える時計台――ビッグ・ベンの上空を飛んだ瞬間だろうか。嫌な予感がする。とても、不気味で、凶悪で。

 

「!?」

 

 セシリアは急旋回してビッグ・ベンから飛んできたビームを回避した。

 ハイパー・センサーにはISの反応。

 ついに来た。暗部組織との直接対決がついに開始される。

 彼女はスターライトmkⅣを握りしめて、接近してくるISに照準を合わせる。次は自分の番だと言わんばかりに正確無比な射撃を繰り出す。

 襲撃を仕掛けてきたISはレーザーがヒットしようが構わずこちらへと接近してくる。どうやら、ブルー・ティアーズの弱点を知っている者のようだ。このISは中距離から遠距離というレンジに対応したものであり、接近を許してしまえば苦戦を強いられること間違いない。

 だが、もうそれは過去の話。接近戦が苦手だった過去のブルー・ティアーズではない。最初の改良は後退用のスラスター強化による遠距離を保たせる改良。そして、昨日行われた改修によって得られた接近戦用装備。接近戦用ショットガン。拡散範囲の小さいものを採用することで、目の前の敵を確実に吹き飛ばす。その弾速も相まって、その対応はほぼ完ぺきなものとなるだろう。

 

(さぁ、こちらへいらっしゃい。このスターライトのビームを掻い潜ってこちらへと来たところで、ショットガンがアナタを吹き飛ばしますわ)

 

 敵はシールドエネルギーの残量など気にしていないかのようにこちらへと近づいてくる。

 目の前まで接近してきた八本の脚のようなものを背中に持つISは、その足でセシリアに攻撃を仕掛けようとするが、セシリアはすばやくショットガンを取り出してトリガーを引く。散弾が敵ISの腹部にクリーンヒットし、その衝撃で後方へと飛ぶ。

 

「なんだ、これは……!! 聞いていたのと違うぞ!!」

 

 八本の脚を持つIS、アラクネを操る女性はそう言った。そのISを操る女性の名前はオータム。一夏たちと死闘を繰り広げた一人である。

 

「ふふふ……。アナタが持っている情報は古いものですわ。今のブルー・ティアーズは一味も二味も違いますのよ!!」

 

 不敵に笑いながらセシリアは再びスターライトmkⅣに持ち替える。

 オータムは接近さえできればこの戦いは終わりだと考えていた。だからこそ、シールドエネルギーの残量など気にせずに無理やり接近してきたのだ。なのに、まだ戦いは終わっていない。

 彼女は回避に専念する。これ以上の攻撃を受けるわけにはいかない。

 だが、セシリアが敵をそう簡単に逃がすわけはなかったのだ。見ると、セシリアの背中に装備されているビット装備であるブルー・ティアーズⅡが無くなっていた。それはつまり――。

 

「なっ!?」

 

 オータムは目の前に出現したビットに驚きの声を上げた。

 これが、ブルー・ティアーズの力だ。縦横無尽に動き回るビット装備を持つこのISは射程圏内に入れば、それはすでに狩猟の標的に過ぎなくなる。確実に相手を撃ち落とす、それがブルー・ティアーズのコンセプトであり、その完成系である。

 あとは、乗り手の問題。こ

 の扱うことが困難な武器たちをいかに自分の手足のように使えるか、それだけなのだ。

 そしてそれをセシリアはやってのけた。別に彼女は特別な才能を持って生まれたわけではない。最初はISの適性など一般的には下の方であった。しかし、絶え間ぬ努力によってセシリアは代表候補生という立場まで上り詰め、こうやってISを自分の手足のように扱うことができるレベルまで到達した。

 ビット装備など、ISの業界では初めての試みだ。無線で小型のビーム砲を複数飛ばし、それをイメージ・インターフェースによって操縦者の脳波で操る。つまり、目の前の事に集中しながら複数のビットの軌道をそれぞれイメージする必要があるのだ。

 そんなこと、普通の人ではできっこない。だが、セシリアはやった。

 そして、こうやってオータムはビットの軌道と砲撃に翻弄されてしまっている。

 

(アベンジャーという奴らに比べたら大したことありませんわね。それに、今回は相手が一人だけ。接近はこれ以上許しませんわ)

 

 だが、その思いが叶う事はなかった。相手だって馬鹿じゃない。自分の予想が外れたからといって、そのまま負けるわけがないのだ。

 

「何ですか、この反応は!?」

 

 セシリアが驚くのも無理がない。突然、ハイパーセンサーには無数の赤い点が表示されたのだ。それは、こちらへと向かってくる。

 

「くくく……あははははははははは!! 馬鹿が、このままやられるかっつーの!!」

 

 背中に羽を付けたジェット機が装着されているIS――いや、これはISじゃない。シールドエネルギーが存在していないのだ。つまり、これはISとは違う人型兵器ということだ。

 レーザーブレードを持つタイプとライフルを持つタイプの二つが存在している。

 

「これはいったい……まさか、そんな!」

「私が何の準備もせずにお前に攻撃を仕掛けたと思ってんのか? 本当にそう思ってんなら頭の中はお花畑なんだなぁ。さて、今度はこのフライングゴーレムがお前を襲うぞ。死ぬ覚悟はできたか?」

 

 セシリアは何のアクションも起こさない。いや、起こせなくなっているのだ。目の前に訪れた死の恐怖に体が震えて次の行動に移せないのだ。頭も上手く働かない。このままでは殺されてしまう。

 

(駄目ですわ、このままでは殺される。動かないと、動かないと殺されてしまいます。早く……早く動かないと!!)

 

 ライフルを持ったフライングゴーレムがセシリアへと銃口を向ける。照準はOKだ。あとはオータムが支持を飛ばせば無数のゴーレムがセシリアを襲う。

 

「撃て!!」

 

 オータムは宣言した。ゴーレムは一斉にトリガーを引いてビームをセシリアへと照射する。

 その時――セシリアは何とか体を動かした。間一髪だった。もう少し決断が遅かったらゴーレムにズタズタに引き裂かれていただろう。

 

「ちぃ、避けたか。だが、それだけだ。ゴーレム、遊撃モードに移行、ブルー・ティアーズを粉々にしろ」

 

 無数のゴーレムは一斉に動き出し、セシリアを囲むように舞う。

 そして、一斉にセシリアへと攻撃を仕掛ける。ライフルを持つゴーレムは休むことなく、正確な射撃を永遠と続けている。レーザーブレードを持つゴーレムはひたすらセシリアに近づき、その身を切り裂こうと行動する。

 セシリアの動きは完全に制限されてしまった。

 だが、彼女が獲得した技術はこんな状況だからこそ輝く。ブルー・ティアーズが得意とする戦況は、一対複数となったときの突破力にあるのだから。

 だからこそ、セシリアは歯を食いしばる。目の前の恐怖に打ち勝とうと、自分にムチを打ち付けるかのように自らに罵声をぶつける。

 

「こんなことで恐れていて情けないですわねセシリア・オルコット。それでも代表候補生になったISの乗り手ですか? ふざけるんじゃありませんわ! 攻撃なさい、攻撃なさいよ、この軟弱者がっ!!」

 

 セシリアは叫びながらビットを飛ばす。八基ものビットなど、並のIS操縦者では扱う事などできないだろう。少し前まで、BT兵器をずっと前から扱ってきた自分ですら四基のビットを扱うだけで四苦八苦していたのだ。それが倍の数になった。セシリアの確固たる意識がなければたどり着けなかった領域だ。

 仲間と共に楽しい日常を取り戻したい。

 両親の謎の死の真実を掴みとりたい。

 たった二つの望み。だが、その二つが何よりも重要なのだ。自分の下へ転がり込んできたチャンスを捨てる訳にはいかない。自分の願望が叶うのならば、自分はどこまでも行こう。どこまでも努力をしよう。努力するだけなら、何も失わない。むしろ自分に何かを与えてくれるものなのだから。

 だが、行動に移したことで犠牲者が生まれようとしている。

 そんなことは許さない。犠牲者など、誰一人として出すものか。

 

(そうよ、わたくしのワガママで誰かが傷つくなんて、そんなのわたくしのプライドが許しませんわ。そのせいでどれだけの人が悲しむか分かりませんもの。それに、軟弱者のわたくしは、そんな責任を背負いたくありませんわ。だから、自らをもってして解決しなくてはなりません。それが――)

 

 セシリアはレールガン、Sir_Lancelotを取り出す。アベンジャーとの戦いで使った危険な代物。だが、先の戦いでその威力は確認済みだ。ISの方にも何にも問題がないことも確認済みだ。だからこそ、今使う。一回のメンテナンスで撃てる数は決まっているが、そんなことを考えている場合じゃない。

 今はセシリアの想いを放つとき。

 

「それが、わたくしのやるべきこと。やらなくてはならないことですわ!!」

 

 八基のビットを使い、ゴーレムも、オータムも、狙って動きを制限する。ビットから放たれるビームの嵐は、それだけで脅威だ。無人機であるゴーレムはそれだけで落とされるものも出てくるだろう。だが、ここはロンドン市内の上空。セシリアはゴーレムを逆に壊さないようにしていた。そのギリギリのところを撃っていたのだ。

 

「さて、これで終わりにしましょう」

「お前、何を言ってやがる!!」

 

 そんな風に喚くオータムもセシリアの猛攻撃に歯が立たない。むしろゴーレムが邪魔で思うように立体的な軌道を描けなくなってしまっていた。それでビットから発射されるビームの回避がより一層難しくなってしまっていた。

 

「さぁ、踊りながら滅びなさい……。わたくしとブルー・ティアーズが奏でる円舞曲(ワルツ)で!!」

 

 セシリアはレールガンのトリガーを何度も引く。青白い閃光と、真っ赤な火花を散らしながら砲身から物凄いスピードで投射物が何発も放たれる。白く輝くそれを目視することなどできない。気が付いたときにはオータムや無数のゴーレムの目の前にある。

 ビットから放たれるビームを踊るように避けているオータムやゴーレムに対し、正確な射撃が行われていたのだ。

 ゴーレムはその身一つ残らなかった。すべてが木端微塵になり、塵となって空中にまかれる。

 そして、オータムのIS、アラクネのシールドエネルギーはその衝撃を吸収しきれない。そのISが持ちゆるエネルギーをすべて消費してパイロットを守りきる。それだけで力を使い果たした。シールドエネルギーを失ったISの装甲は紙も同然だ。ましてやISが持つ装備など、並の兵器を上回る特別仕様だ。

 オータムは、攻撃する術も、守るすべも失ったも同然なのだ。

 

「さて、色々とお話を聞かせてもらえないでしょうか?」

 

 セシリアはビームインターセプターをオータムの首元に突き立てる。

 

「これも、仕組まれていたっていうのかよ……。なぁ、セシリアよぉ……私はお前に何も言えない。こうなったからには死ぬしかないんだよ」

 

 その時――セシリアの目の前からオータムが消えた。いや、消えたのではない。下へと落ちていったのだ。

 セシリアのハイパーセンサーにはISの反応が消えていた。つまり、オータムはISを解除してそのみ身一つでこの上空から落ちたという事。彼女は何が起こったのか分からなかった。気付いたときにはもうオータムを目視できないところまで来ていた。だから、ISのズーム機能を使ってオータムが落ちていったであろう場所を探索する。

 そして、そこにあった。

 ロンドンの象徴、ビッグ・ベンの頂点に、その身が刺さっていた。時計は赤黒い液体に染められつつあった。

 

「まさか、そんなことが……。ISとしての機能は生きていた。空を飛ぶことは出来たはずなのに、それを行わずにそのまま落ちていった……? あの人は、いったいどうしたっていうの!?」

 

 意味不明だった。まさか、オータムが自ら進んで死にに行ったというのだろうか。

 セシリアは頭を悩ませる。先ほど戦った人間が、こうやって死んでしまうというのは少々堪えるものがある。あんな無残な死に方ならなおさら。だが、ここでうじうじやっている暇はない。早く一夏と箒に合流し、チェルシーを助け出すという目的は達成されていない。

 

(くっ……!! 一夏さん、箒さん、そしてチェルシー……! 待っていてくださいね)

 

 セシリアは飛ぶ。一夏と箒が待つ目的の地、Cunard_Black_Sky_Lineへ。

 

 

  6

 

 

 突然現れた鎧のヒト型兵器に一夏と箒は反応できなかった。その重い図体が襲い掛かる。あの重量でのしかかりを食らえば、シールドエネルギーがとんでもなく削られるだろう。特にシールドエネルギーを犠牲にしている一夏の白式はこの攻撃を食らう訳にはいかない。

 だが、このタイミングでどう避けれというのか。突然すぎるタイミング。四方八方から囲まれる形で、鎧はもう目の前まで迫っているのだ。

 

(景色がゆっくり流れているように感じる……。ああ、俺はこんなあっけなく負けちまうのか。俺は春樹に再会できて浮かれてたのか? まったく、兄離れできない気持ち悪い奴だな俺は)

 

 走馬灯のように今まで春樹たちと過ごした日々が頭の中でリピートされる。

 その時だった。目の前で炸裂音がする。その衝撃でシールドエネルギーが削られるが、致命傷じゃない。こんなものは蚊に刺された程度である。

 

「なんだ!?」

 

 一夏は目の前で起こったことが信じられない。鎧は吹き飛ばされていたのだ。

 箒も唖然としていた。

 そして、スコールは突然の刺客に歯を噛みしめる。

 

「キャシー、相変わらず馬鹿火力ね、アナタのISは」

 

 スコールは諦め気味な声で言う。そこにはダークレッドのISが立っていた。

 しかし、スコールの口ぶりから彼女はキャシーの事を知っているらしい。どのような繋がりなのかはよく知らないが、おそらく過去に何度か衝突があったに違いない。

 

「キャシー……なぜここに」

 

 箒はつぶやく。目の前に突然現れた女。見た目は小さくて小学生か中学生に間違えそうな幼い容姿とは裏腹に、とんでもなくISの操縦が上手く、高火力の扱いにくい武器をいとも簡単に扱う存在。それがキャシーだ。

 彼女は金髪をなびかせながら、余裕な表情で言う。

 

「応援に来たわよ二人とも。私が来たからには絶対に勝てるわよ、この勝負は」

 

 確かな勝利宣言。それは、一夏と箒を奮い立たせるのに十分なものだった。一遍絶望を見た瞬間に、希望がそこにやってきた。こんなご都合主義みたいなことがゆるされてもいいのだろうか。だが、そんな事を気にしている暇はない。目の前のスコールを倒し、残りの鎧を破壊し、チェルシーを助け出すことだけを考えればいい。

 

「全機散開!! 私はまず鎧を何とかする。その間のスコールの相手はあなたたちに任せるわ」

『了解!!』

 

 キャシーの命令に一夏と箒は応答する。

 この戦闘が行なわれ、市民が逃げ出してしまっていて一般人の影を見ることはない。ここは完全にIS操縦者だけの戦場。

 さぁ、反撃の時だ。

 キャシーは鬼神のごとく、腰部に装着されている超火力のレールガンや、両手に握られているビームライフル。それらで鎧を次々と破壊していく。レールガンの投射物によってその装甲は貫かれ、衝撃によって装甲のほとんどがグチャグチャになり、ビームによってそのボロボロなボディを溶かしつくす。その流れるような作業にはまったく無駄がなかった。

 

「凄い……。これがキャシーの実力なのか。こんな奴と俺は戦ったのかよ」

 

 フランスでの出来事を思い出す。直接一夏とは手合わせをしていなかったものの、あのとき春樹が来てくれなかったらおそらく戦闘することになっていただろう。こんな奴が敵ではなく仲間となったことを一夏は心底安心した。

 そして、一夏はスコールを見つめる。

 

「アハハ……。やっぱり、これは負け戦なのね。教えてもらった通りだわ。どんなに抗っても運命は変えられない。この状況も、仕組まれていたことなの?」

 

 意味不明なことを言い出すスコール。一夏も箒も、この言葉は理解できそうにない。これが仕組まれたこと? 何を言っているのか。

 

「何を訳の分からないことを言っている? それは、お前が降伏したのだと取ってもいいのか?」

「ふざけるな……。じゃあ、今までの私たちはいったい何だったの? こんなところで終わるわけにはいかない。終わるもんですか。私は生きるためにこの道を選んだのよ」

 

 箒の言葉には答えない。スコールは延々と独り言を続ける。

 

「お前らを殺してやる。そして、私は生き残るの! さぁ、私に脳みそ弄らせてぇ、とっても気持ちいいことをしてあげるからぁ!!」

 

 いきなりだった。スコールはいきなり狂ったような言葉を使い出し、声も上ずっている。

 そのスコールを見た一夏と箒は共に悪寒を感じた。追い詰められた人間が、傍から見たらこのように映るものだと知ってしまったからだ。もしかしたら、フランスで追い詰められた自分らは、このように痛々しい雰囲気を醸し出していたのだろうか。

 

「死ねえええ!!」

 

 スコールは叫びながら糸を飛ばしてくる。だが、その精度はガクッと落ち込んでいた。まるでがむしゃらに攻撃しているようだ。いや、実際そうなのだろう。彼女は冷静じゃなくなっている。

 一夏と箒は余裕な表情で繭の糸を避けていく。スコールに接近し、一夏は雪片で、箒は空裂と雨月の二本の刀でスコールを斬り付ける。だが、さすがは繭のバリア、そう簡単に貫くことが出来ない。こうやって目的の守護者をやっているだけある。鉄壁の防御を持つスコールをここに置いた理由もうなずける。

 

「くっ……そう簡単に切らせてはくれぬか」

 

 箒はそうつぶやき、繭の糸を回避するために一度後方へステップ。一夏も続けて後ろへステップし、剣で繭の糸を弾き飛ばす。

 

「なんだよ、勝利は目の前だってんのに……! アイツの強固な繭を貫くには――」

「私に任せて!!」

 

 キャシーがこちらへと向き直す。彼女の腰部のレールガンが展開されており、それで眉を貫こうとしているのだ。それを悟った一夏と箒は、タイミングを見計らって左右へ飛び、その場から離れる。

 

「これで、アンタは終わりよ。さっさと道を開けろォォォ!!」

 

 レールガンから真っ赤な火花が発生し、青白く光った投射物がその砲身から発射される。

 その投射物は正確に繭へと直撃し、凄まじい衝撃を生み出す。後ろのオフィスビルの一部が崩壊し、白い煙が舞い上がる。ひと風が吹いて、その煙が払われると、スコールが倒れていた。そして、その繭はボロボロになって使い物にならなくなっていた。

 なんという破壊力。こんなものがあんなにコンパクトになってしまっているこの現状はまったくもって恐ろしい。ただ、発射できる数は発射時の熱の関係で制限されてしまっているのがせめてもの救いか。

 

「はぁ……使いすぎたなぁ。もうレールガンの砲身がもたない。これ以上は使うことが出来ないなぁ」

 

 そんな事をキャシーがつぶやき、スコールの下へとゆっくり近づいていく。

 

「さて、色々とお話を聞かせてもらおうかな」

「私たちだって……利用された人間に過ぎないんだ。私は、オータムは、完全に捨て駒にされたんだ」

 

 覇気のない言葉で言うスコール。

 

「どういうことだ?」

 

 一夏は問う。彼女は捨て駒にされた。つまり、その裏側では何かが行われていたという事。それが何か知りたい。ゼロ・グラビティの強奪、『亡国機業(ファントム・タスク)』とアベンジャーの関係、そして、このCunard_Black_Sky_Lineのオフィスビル。それが繋がったときに何が分かるというのか。正直、一夏には想像がつかない。

 

「……私は、私たちは『亡国機業(ファントム・タスク)』になり――」

 

 スコールが何かを言おうとしたときだった。彼女の身から突然ISが外れ、待機状態になる。その突然の出来事に驚き、次の瞬間――目の前には大きなコンクリートの壁が降ってくる。その下には……スコールがいた。

 大きな音を出してコンクリートが地面に叩き付けられる。コンクリートの粉じんが舞い、視界が遮られる。だが、そんな中でも確かに目に映ったものがあった。

 赤黒い血が、流れている。

 

「なんだよ……これは」

 

 一夏は目の前のコンクリートの壁の隙間から流れている血を見てそうつぶやいた。箒も唖然としていた。

 一方、キャシーはなんだか苦しい表情をしていた。

 コンクリートの粉じんが風によって流れ、視界が鮮明になる。すると、そこにあったのは銀のペンダント。スコールのISの待機状態のものだ。それが、スコールの血によって赤く染色されていた。

 箒は恐る恐るそれを拾い上げる。

 

「一夏さん! 箒さん!」

 

 後方から声がする。その声はセシリアのものだった。

 

「セ、セシリアか……」

「どうしました――これは……。そうですか、分かりました。お二人も戦っていましたのね。ところで、そちらの女性は?」

「申し遅れました。私の名前はキャシーといいます。アナタなら知っていると思うけど、春樹の仲間の一人です」

「何ですって!? あの、春樹さんは今どこに!?」

「今はもう一人の仲間と一緒に戦っています」

「そうですか、分かりました。彼はちゃんと生きているのですね」

 

 セシリアは安心したような表情になる。いや、実際そうなのだろう。もう一度あの頃の幸せで楽しい時間に戻れるかもしれないのだ。目的の一つが、これで達成されたようなものだから。

 だが、今はそれで安心しきっている場合ではない。

 このオフィスビルの地下へと続く階段。そこにゼロ・グラビティとチェルシーがいるはずなのだ。

 

「では行きましょう。チェルシーはこの先に居るはずです。どこにいるのかも、彼女が残してくれたデータによって大体は分かります。あとはハイパーセンサーに頼りながら探しましょう」

 

 三人は頷く。

 ここに揃った四人は、『亡国機業(ファントム・タスク)』を殲滅すべく、チェルシーを助け出し、ゼロ・グラビティを奪還するべく、その足を進める。

 ISを解除し、階段を下りていく四人。ISのハイパーセンサーの機能だけを利用し、誰かがいればすぐに分かるようにしているのだが、人の反応はひとつしかなかった。

 最初はハイパーセンサーの不具合か何かだと思った。だから、他の三人に一夏は聞く。

 

「なぁ、俺のハイパーセンサーがおかしいのか? 人の反応がチェルシーらしき人物以外ないんだけど」

「それは私も同じだ。いったい何が起こっている?」

 

 箒はそう答える。それに続いてセシリアもキャシーも、同じような状態になっていたのだ。つまり、ここにはもう人がいないという事。見張りもなしで、ゼロ・グラビティとチェルシーを放置しているという事になる。

 その真相を探るため、四人はチェルシーの下へと駆ける。

 ハイパーセンサーの反応を頼りに進んだ四人は一つの部屋にぶち当たる。

 四人は腕部分だけISの装甲を展開。それぞれ武器を握りしめ、キャシーのカウントで突入タイミングを揃える。左手の指が三つ、二つ、と折りたたまれていく。最後の一本を示したとき、武器を構えている右手にはより一層力が籠められる。

 キャシーによるGOサイン。

 一夏はドアを蹴り破り、四人は一斉に部屋の中へと突入する。

 しかし、そこにあったのはハイパーセンサーの反応通り、チェルシーひとりとゼロ・グラビティだけしかいなかった。

 

「チェルシー!!」

 

 セシリアはチェルシーの下へ駆け寄る。どうやら怪我もないし、意識を失っているだけだった。ゼロ・グラビティも傷ひとつない。これで一安心といきたいところだが、根本的な疑問点は何一つ解決していない。

 今回の事件の原因はいったい何だったのか。アベンジャーの襲撃があったと思ったら、次は『亡国機業(ファントム・タスク)』が現れた。奪われたゼロ・グラビティは無事で、チェルシーも無事だ。だが、この場には不気味なことに人がいないのだ。まるで、最初から自分たちをここに導くために起こした事件のよううにも感じる。だったら、なぜスコールは必死になってここを守っていたのだろうか。

 

(いったい何が起こっているんだよ……! スコールは死に際に“利用された”と言っていた。だけど、いったい誰に、どういった目的でやった行為なんだよ)

 

 一夏は目を強く瞑り、必死に今回の事件の要因を探る。だけど、あまりにも情報が少なくて、判断するのには不十分すぎる。何一つ分からなかった。

 その時だ、突然この部屋の照明が落ち、プロジェクターが起動し始めたのだ。

 

「な、なんだ!?」

 

 箒は驚きの声を上げる。

 そして、スクリーンに映された映像は、若い男女二人。

 それを見て、セシリアは、こう言った。

 

「お父様? お母様? なんで、どういうことですか!?」

 

 何らかの会議の映像なのだろうか? 音声はノイズだらけで何を言っているのか分からない部分もある。だが、これだけは聞き取れた。

 

『私たち「亡国機業(ファントム・タスク)」は、世界のISを保護し、隔離することにある』

 

 確かに言ったのだ。セシリアの母らしき人物は、確かに『亡国機業(ファントム・タスク)』と。

 

「なんですか……これは……。こんなの、ありえませんわ。なぜ、わたくしの、お母様と、お父様が、『亡国機業(ファントム・タスク)』に関わっていますの!?」

 

 一夏と箒は言葉が出なかった。『亡国機業(ファントム・タスク)』の生みの親、それはセシリアの両親だったという真実に、呆気にとられてしまっているのだ。

 映像は進む。映像と音声にノイズを交えながら、これまでの組織の動きをまとめるかのようなものだった。

 そして、映像が切り替わる。画面にはセシリアの両親だけが映されている。

 

『セシリア、元気? この映像が流れているということは、「亡国機業(ファントム・タスク)」がISの事業から手を引いたという事ね。だから、この映像を見ているセシリアに伝えなくちゃいけないことがある』

 

 セシリアは真剣にその映像を見る。その様子は、両親が暗部組織を立ち上げた人だったということに絶望している顔ではなく、両親が残した自分へのメッセージをしっかりと聞くために、心に刻みつけるために、とても真剣な表情だった。

 

『わたしたちは「亡国機業(ファントム・タスク)」を立ち上げた。それはIS、いえ、コアに導かれて起こったと言っても過言ではないわね』

 

 意味が分からない。こんな組織を立ち上げたのは、両親の意思ではなく、なんだというのか。一夏は頭を抱える。新たな情報は、この事件の真相を突き止めるどころか、逆に謎を深めるだけのものだったからだ。

 一方、セシリアは表情ひとつ変えないでいた。

 

『たぶん私と夫はこのあと殺されるでしょう。それがこの世界の摂理らしいから。この世界を壊すにはレポートの内容を知ることが必要よ。でも、それを知るとコアに殺されてしまう。やつらは意識を持っている。そして、この世界を――』

 

 そこで映像が乱れる。音声もグチャグチャだ。何を言っているのか聞きとれない。まるで狙ったかのようなタイミングで映像が乱れている。もし、このノイズが人為的なものだとしたら、ISの真実を隠さなくてはならない理由があるのか、知られては困ることがあるのか。

 

『世界の構造を創り変えるには、真実を書き綴ったレポートが必要なの。私は暗部組織でいる間にそのレポートを見てしまった。その内容を知ってしまった。私と夫はセシリアの元から離れることにした。いつ殺されるかわからないから。レポートを書いた霧島直哉と同じように』

 

 霧島直哉、この名前を聞いた瞬間、一夏と箒は妙な感覚に陥った。吐き気がしてくる。なぜだかは分からない。だが、急に気分が悪くなってしまったのだ。

 

(レポート、霧島直哉、その内容……? くっそ、なんだよこれ! 頭が、痛い)

 

 映像が元に戻る。

 

『最後に、なぜ「亡国機業(ファントム・タスク)」がISを集めていたか教えましょう。それは――』

 

 また映像が乱れる。この乱れ方は、人為的にやっているとしか思えない。重要な部分だけくり貫いているように感じるのだ。だったら、なぜ乱すという面倒くさい事をする? ただ単にそこだけ映像を削除してなくしてしまえばいいのに。

 映像はこれで終わった。

 セシリアは、脱力したようにその場に崩れ去った。とんでもない情報を与えられて、彼女の頭の中で情報の整理が追い付けないのだろう。

 一応、これで任務は完了した訳だ。これで一夏と箒は日本へと帰国することになる。

 箒は妙な感覚に陥りながらも、任務が終わったことに安堵していたときだった。

 セシリアがこちらを向き、こう言った。

 

「一夏さん、箒さん、お願いがあります。わたくしを、一夏さんの仲間にしてくれないでしょうか?」

 

 その言葉はとても弱々しい声で発された。

 だが、その目は本気だった。

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