何を瞳に捉えるかも知らずに
夜の帳が下りて、辺りは虫の音しか聞こえない程の静寂だ。
ビジネス街である第1区や治安の悪い第2区ではこのような光景はあり得ないであろう。
現在、俺は河川敷の川辺を歩いている。
最近は色々あったからなぁ。
疲れた時はこうして河川敷の傍を歩くことにしている。
河川敷からは第2区のネオン街の光が遠巻きにだが見える。
そして夜にこの河川敷に訪れたのも理由がある。
俺は顔の前で十字に腕を組むと、高笑いを発する。
「クックク....フハハハハハ!!隔絶した世界、ここに我を押し込めたつもりだろうが残念だったな機関の人間よ!我は確かにここに居る!これこそが我が防衛機構の一つ、アブソリュート・レゾンデートル!!!我が実存は....何者にも侵されはしない!!!」
決め台詞を口にする。
この時間の河川敷は人っ子一人おらず、また静寂に包まれている為、外で言いたかったこういう口上を言うのに適した場所なのだ。
人っ子一人いない自然の中というのはこの付近ではこの場所しか該当する所がない。
誰にも見られず言いたいセリフを言って気持ち良くなることが出来るのだ。
現に周りには人の気配はまったくない。
心置きなく決め台詞を言えたのだ....これほど嬉しいことはないだろう。
さっきから夜景を見ながらもこんな風に決め台詞を言い続けている。
しかしそれだけあって喉が渇いてきたなぁ。
この河川敷、人気がないのは良い所だが自販機が高架下付近にしかないのが偶に傷なのだ。
高架下には偶に人が居たりして少し不気味な雰囲気がする。
あまり近づきたい場所ではない。
しかし、今日はもう課題も終えている。
だからこそ、もう少しここに居たい気持ちもあった。
なので高架付近の自販機へと歩みを進める。
見るとホットコーヒーやお茶などのホットドリンクが売ってあった。
今日の夜は妙に冷える。
これでも買っておこう。
そう思っているとふと高架下に目を向けてしまう。
不気味だと思っていても、そういう場所はどうにも見てしまうのだ。
微かに高架下の手前の所までは街燈が照らして明るい。
見ると誰かが壁にもたれて座り込んでいると分かる。
人が居るな.....どんな人か分からないし、近寄らないどこう。
そう思った瞬間、その人の上半身が壁を滑り、頭を地面に激突させる。
そうしたことで街燈で照らされた領域に頭が入り、その人物の顔や髪が見えた。
くすんだ金髪の女性。
そして見覚えのある横顔。
それこそここ最近見たような.....。
「あ、あれってもしかして.....」
昨日話した金髪の女性。
俺が触れた非日常の存在。
立ち入ることを拒否した非日常の象徴がこんな所になんで居るのか?
いや、それ以上に....。
「あのぐったりとした様子....それにあの倒れ方なら頭を打っているはず。なのに身じろぎ一つ取ることもない.....ッ!」
どうみても普通の様子じゃない。
もしかしたら重傷なのかもしれない。
彼女はあの時、俺の察していた推測を否定しなかった。
となれば追手に傷つけられて命からがらこの高架下で身を隠すことにしたのだろうか?
何はともあれ、様子を見に行かないと。
あの時俺が手当した人だ。
それにここはいわば俺の庭。
そんなところでもし彼女が傷つき、そのまま衰弱して命を落としたのだとしたら寝覚めが悪い。
なにやらおかしな運命のような物を感じてしまう。
俺は高架下へと走って向かう。
あの日、彼女に言われるがままに背を向けた俺。
だから....俺は.....。
距離が近くなると、昨日見た時よりも目に見えて傷が多くなっている。
もはや着ているライダースーツも破れている箇所が所々あってボロボロだ。
「なぁ...大丈夫か...!おい!意識があるなら返事しろ!!....えっと....女ァ!!」
彼女の傍まで歩み寄ると、しゃがみ込んで肩を揺らす。
まずは意識があるかどうか確認する必要があるからだ。
しかし呼びかけている途中に、俺はこの女性の名前を知らないことに気づく。
思えば彼女の名前をあの時聞かなかったな。
いや、どちらかといえば話さなかったと言った方が正しいだろうか?
起き上がってすぐ辺りの様子を確認するほど警戒心が強い彼女だ。
俺に対して関わるなと言っていたし、下手な情報を与えないようにしていたとしてもなんらおかしくはない。
名前を呼べずに、漠然と女ァ!と語気強く呼びかける。
すると....彼女は目を開けて口を開く。
「あ~~~、うぅぅぅ.....」
言葉にならないような唸りを苦し気に上げる。
そしてこちらに視線を向けると、あの時よりも一層気だるげな視線を俺に向ける。
「あ~、なんだ....またお前かよ....奇遇だな...ッ....。」
「いや、俺からしてもアンタまた倒れているのかって感じだけど....って、そうじゃない!大丈夫か我はさっきから聞いているのだ!大丈夫か!!」
どう見ても前よりも傷だらけだが、彼女の口から自身の状態の認識を聞きたかった。
彼女は裏の世界の人間だ。
俺にとっては重傷に見えても、彼女にとっては大したことがないかもしれない。
すると彼女はかったるそうに返事する。
「うっせぇな、頭に響くんだよ.....身体は大したことない。でも頭の方はヤバいな。正直次は跳べない。あー...頭痛い.......」
彼女は苦し気に顔を顰める。
というよりこの傷で身体の方は大したことない認定なのか....。
彼女の認識に驚きつつも、引っかかりを覚える。
「頭がヤバいとはどういう....それに跳ぶって、もしかしてそれが貴様の超能力か!」
食いついた瞬間、彼女は嫌そうな目で俺を見やる。
あっ....なるほど、そんな余裕ないってことか。
確かにぐったりとしている相手にこんなことで食いつくのは非常識だ。
あの日、彼女から聞けなかった分、能力の全容を知れると思うと聞いてしまったのだ。
反省しよう。
「すまない....。と、とにかく深く聞かれるのが嫌なら聞かないし、外で一夜を明かすよりも室内の方が良いだろう?そのっ.....我がアパートに再び招待してやろう!!フハハハ!我が慈悲は底がないことを知れェ!!」
明らかに彼女の様態を気にするなら、こんな高架下よりも自分の家の方が良いに決まっている。
それに一度彼女を家に招いたこともあるのだ、自分も最早気にしない。
清潔にした方が傷にも良いだろう。
だが、仮にも見目麗しい女性を家に招くのだ。
やはりどこか照れくさくて、設定に走ってしまう。
自分の家に女性を招くどころか、人を入れたこと自体が初めてなのだ。
慣れていないのだ。
いや、女性を招くことを慣れているのもどうかと思うが。
色々考えつつ、彼女に肩を貸して歩き出そうとする。
身体が密着したからか、彼女からモワッとした匂いがした。
あれからずっと外で追手との逃走劇を繰り広げていたのだろうか?
いやだが、別に嫌ではないが....。
てかそもそも逃走がどうとか追手がどうとかは彼女が明言していないからこそ、まだ俺の妄想の域を出ないのだが。
彼女は俺を支えに立って歩いており、顔を不意に上げる。
すると彼女は何かに気づいたかのように足を止める
顔を上げると、俺たちが向かう先。
一人の人影がポケットに手を突っ込んで立っている。
彼は高架を抜けたすぐに立っており、こちらの様子は見えていないはず。
だというのに、こちらを見据えているかのように動かない。
そして何よりも.....
「......ッ。」
肩を貸している彼女が息を飲んだ。
見やると、冷や汗を浮かべている。
そして向こう側から声が聞こえてきた。
「ありゃ....俺が追っかけてンのは一人なんだけどなァ....一人増えてやがる。まァ?俺はアレの回収が出来ればそれでいいんだけどさァ....」
まるで蛇が背筋を這いずっているかのように思わせられるほど、ねっとりした口調で話すとゆっくりと向こうの人は歩みを進める。
追っかけているのは一人。
そして横の彼女の様子を見るに、俺の追手が居るとかそう言う妄想は....本当だったということか!?
俺が自身の妄想が正しかったことに驚いていると、そんなことお構いなしに目の前の奴は言葉を続ける。
「アァ?そうだよなぁレイカさんよォ?どうせ使いすぎで暫く転移できねぇんだろ?ならもう諦めてさっさと活性剤....こちらに渡してもらおうかァ?」
彼はそう言って手を前に差し出す。
...コイツ、レイカって名前だったのか。
そう思って彼女を見る。
すると、彼女は不敵な笑みを浮かべている。
「コイツはアタシが作ったもんだ。....だからどうするかはアタシが決める。お前らにはやらねぇ.....。」
顔に刻まれた三日月のような好戦的な笑み。
彼女から気迫を感じる。
正直、下が縮み上がりそうだ。
しかし目の前の人影は首を傾げる。
その時にちょうど高架下の影の部分に入ったからか、顔がしっかりと見えた。
その目の下にはクマがしっかりとあり、片耳ピアス。
ブカブカのパーカーに身を包んだ男性的なショートヘアの女。
その女はまるで理解できないと言った様子で言葉を続けた。
「アァ?状況分かってンのかてめェ.....選択できる立場じゃねェだろ。....へへっ、そんな態度で良いのか?ちょうど一人居るわけだしなぁ?」
彼はそう言いながら、俺を一瞬見て笑う。
そう言って彼は腕を突き出し、人差し指をピクリと一瞬動かす。
その瞬間、隣の彼女が俺を突き飛ばした。
コイツ....まだこんなに動けて!!
何をいきなりするんだ!
そう叫ぼうとした瞬間、彼女の身体を赤い線が走る様に出来る切り傷。
彼女は痛みから顔を歪め、後ろにバタンと倒れ込む。
そしてその直後ゴォォ!!と頬を強風が撫でた。
「ハッハー!大当たりィ!!どうやらてめェは周りの人間からやった方が効率よく潰せそうだ....。」
「オイ!れ、レイカ!!!」
しかし目の前で彼女が吹き飛ばされたことでいつの間にか名前で呼んでしまっていた。
彼女の方に歩み、しゃがむと彼女を見る。
胸元に出来た傷。
傷自体は浅い。
しかし確かに血が滲んでいる。
なんだか見覚えのある傷だと思えば、他の体についている傷も同じく線のようだ。
であればコイツにずっと追われていたと考えた方が良いだろう。
彼女が押していなかったら俺がアレを受けていたのか?
ただ指を動かしただけで人に切り傷を付けた。
未知の方法で。
そんなの恐怖の対象以外の何者でもない。
それに奴は....俺を狙った。
奴は彼女が俺を庇うと見越して攻撃したのだろうか?
ここでは本来なんら関係ないはずの俺までも狙われる。
そう考えると足が震える。
もう既に踏み込んでしまっている。
彼女の忠告した領域に。
あんな原理も分からないような意味不明な攻撃なんて、どうしようもないじゃないか!!
そう思い、恐怖に押しつぶされそうな時、彼女が俺の手を引く。
耳を寄せると、彼女は言葉を吐いた。
「一つ、頼んでも...いいか?..アタシの、足の....ホルスターの中.....中身を川に...捨てろ...」
途切れ途切れではあるが、そう伝える。
ホルスターの中?
そう思って彼女の足元のポケットのようなものを見る。
助けた時からなんだろうって思ってたけどコレってホルスターなんだ。
その中にはケースに包まれ、中に紫がかった液体の入った注射器のような物。
これが奴の言っていた活性剤だろうか?
何気にこんなもの作れるなんてすごいなこの人。
しかし彼女は何故ここまでずっと持っていたのに、俺みたいな素人に捨てろなんて。
...もしかすれば目の前の相手がこの薬を持ったらまずいことになるのだろうか?
活性剤と言っているくらいだし。
そして河に捨てろって言うことで持っている事よりも渡さないといったスタンスなのだと俺には分かった。
これもただの中二病の妄想だ。
だがそれでも、意味の分からない状況に放り込まれたような状態ではその妄想も留意するに値する事柄だった。
俺がホルスターから注射を取り出すと、彼女は唸りながらも立ち上がる。
フラフラと小刻みに振れる上体。
しかしそれでも彼女は目の前の女を睨みつけていた。
「オイ....テメェが何をそこのパンピーに言ったか、想像はつくぜェ.....俺ァ確かにテメェを追い詰めた。今のテメェの様子じゃ自慢のテレポートも出来ねぇだろうからなぁ。なら、なんでお前がこの河川敷にそんなになってまで転移したのか....方針を変えたんだ。逃げ切ることを諦め、活性剤を渡さないことに重きを置いた.....川の中に注射を捨てて、俺達に渡さないようにするつもりなんだろォ!?そこのパンピーが河に注射を捨てて逃げるまで、時間を稼ぐつもりなのが手に取る様に分かるぜ、手に取る様になァ.....。」
女は勝ち誇ったように笑う。
そして手を彼女に対して突きつけた。
「だけェどよォ、俺の攻撃は風だ。本来風で人は切れねぇ。竜巻だってありゃ巻き上げられた材木や砂塵に当たった結果、切れている。だけど、俺が切れると思ったら、切れるんだよ。俺たちはそういう存在だもんなレイカさんよぉ?なぁ、パンピー...てめぇは風を避けて河まで逃げ切れるかなァ?それに...たとえここでもし上手く注射を河に捨てられても、探す手間が出るだけで俺じゃない適した人材が水底を探すぜぇ?お前のやろうとしていることは、無駄なんじゃねェか?アァ?どうやら...転移で頭使いすぎて、もう頭が回ってねぇみてェだなァ。」
笑みを浮かべながらレイカに彼女に問いかける。
しかし、彼女は反応しない。
彼女は、もう後に退けないのかもしれない。
それは言うなれば彼女は俺に命運を俺に託したと言えるのではないか?
「じょ、冗談じゃない......」
そんな物を俺に託されても荷が重すぎる。
俺はただの高校生だ。
中二病で、非日常に興味を抱いているだけの高校生。
確かに彼女に関わった。
彼女が複雑な背景があるのを知ってて関わった。
自分が助けた人だから、そんな人がまた苦しんでいる様を看過するわけにはいかなかった。
だから駆け寄ったんだ。
頼まれても居ない、寧ろ拒絶された。
だからこれは俺の勝手な正義感、今の状況だって自業自得だ。
求めていた非日常に踏み込んだ結果。
でも、だからって急にこんなこと、受け入れられるわけ......。
俺が戸惑っていると、女はにやりと笑う。
「おい、そこのパンピー。その注射針をこっちに投げろォ。もし投げるなら....お前だけは確実に助けてやる。」
助けてやる....!?
それは本当に.....!?
いや、相手はレイカ?をあんなに攻撃したような奴だ。
俺の場合も助けてくれるとは限らない。
しかし...ここで河に駆け出しても助かるとは限らない。
ましてや目の前の女が言っているのだから、投げた方が無事な可能性は高いだろう。
でも....レイカと呼ばれたあの人。
彼女が俺に注射針を渡した。
あんなにも逃げ回っていたのに、一度手当しただけの俺に。
それほどまでに彼女は追い込まれていて、その中でも俺を信じてくれたんじゃないか?
信じていないとしても彼女は俺に託したんだ。
今まで逃げてきた日々を....その原因であるこの注射針を。
注射針は握ってて分かるがかなり頑丈だ。
正直踏んでも壊れないと思う。
どうする....どうすればいい。
俺は......。
女は更に言葉を続けた。
「安心しろよォ?俺ァパンピーには優しいからよォ...俺の事を信じられねェのもよく分かる。だから...少しの間、10秒くらいは考える時間をやるよォ、俺みたいなプロと違ってパンピーは考えるのが遅いからよォ....。」
そう言う女。
10秒って充分短いじゃないか!!
無茶苦茶だ!!
二つに一つ。
女の言う通りにするか、レイカ?の言う通りにするか。
どちらにせよ危険は変わらない。
そのことを意識すると、鼓動が緊張で早くなり、息が荒くなる。
すると、不意にレイカがこちらに目線をやった。
「好きに...しろ.....自分の為に動く....それがきっと正しい...わるい....関係ないって言っておいて....頼んじまって.....」
そう言って彼女は自嘲するかのように笑った。
そうだ、彼女の言う通り自分の命の為に動くことは悪い事じゃない。
それどころか生物として考えればそれが正しい行為だ。
だけど....身体が動かない。
その笑みはどこか見覚えがある。
あの日、忘れられない....忘れてはいけない記憶。
『....は変わらず...まま.......』
あの日見た彼女の姿。
『祥太郎君は...は変わらず...まま.......』
ずっと幼い頃から一緒に居て、正直...憧れていた人。
そんな彼女は俺を押して、代わりに瓦礫に潰されて......。
『祥太郎君は私が...は変わらず...まま.......』
とても痛いはずなのに、俺に笑顔を向けていた。
心配させまいと振る舞っていた。
自分でも、自分がこの後どうなるかなんてわかっていたはずなのに。
『祥太郎君は私がいなくなっても、あなたは変わらず、....そのままの.......』
俺に行けと言った。
助けを呼んできて、と俺は言ってほしかった。
そしたら幾らでも駆けずり回ってやる。
意地でも助けられる人を探してやるつもりだった。
だからこそ、そう言われた時足が動かなかったんだ。
それじゃまるで自分が手遅れと分かって、自分の生命を諦めているようではないか。
彼女は震えるだけのガキだった俺を安心させるように、笑った。
そして、彼女は自分がいなくなると分かって俺にこう言ったんだ。
『祥太郎君は私がいなくなっても、あなたは変わらず、カッコつけで、でも誰かの為に頑張れる。そのままの貴方で居てね。』
あの人はあの頃の俺の中二病をカッコつけと言っていた。
そりゃまだ小学生の子供が言っている事だ。
微笑ましくはあっても、痛くはない。
彼女は心配だったんだろう。
自分が居なくなったこと...自分の死を目の当たりにしたことをきっかけに、俺が変わってしまうことが。
だからこそ、俺は変わらない。
変わっちゃダメだ。
変わったら、あの人の想いはどうなる。
あの日、青い光を見た日に俺は大切な人を失った。
いや、逃げたんだ。
彼女を見て、怖くて逃げた。
目の前の死に、耐えきれなかった。
彼女の行けという言葉に飛び付いて。
とても、後悔した。
これほどの事故なら問題になるはずと思っていた。
でも現実は違う。
ガス爆発と報道され、犠牲者の名前は上がらない。
あれはガス爆発なんかじゃない。
あの光は.....
世界はあの人のことを居なかったことにしてしまった。
あの時に背を向けなかったとしても、俺に出来ることはない。
それでも.....背を向けたことは確かなんだ。
だから絶対に忘れない。
忘れたくない。
なら、今どうするべきかわかるはずだ。
あの時のあの人と同じ。
俺は逃げるべきじゃない。
この状況に背を向けたら、あの頃と同じなんだ。
でも、どうする?
彼女に従って河川の方に行こうとしても、途中で攻撃される。
そして相手に従えばレイカ?のこれまでの頑張りを否定し、尚且つ助かる保証もないのだ。
どうする...この注射器をどうすれば........
そう思って手の中の注射器を見る。
ん?注射器.....?
注射器と言えば、注射する為の物だ。
これも中のタプタプと入った緑の液体を体内に注射する為の物だろう。
彼女はあの女に渡さないと最初に言っていた。
つまりは渡さなければ良いのだ。
ならば中身を地面にぶちまけるか?
いや、どうだろうか?
正直薬品が何かは分からないし、どんな能力者が居るか分からない。
しかし、水の中に放り込んでも無駄と言うくらいだから液体を操作する能力を持つ人が居てもおかしくないのではないか?
ならば....俺がやることは一つだ。
正直、これが何かは分からない。
活性剤と呼ばれていることは分かる。
だが、もしこの液体を誰にも渡さないようにするにはどこが一番安心か?
それは紛れもなく人体だ。
人体で作用して、なくなれば目の前の奴らは絶対に取り出せない。
そしてそれが出来るのは......。
正直、どうなるかなんてわからない。
死んだり、何か影響があるかもしれない。
でも、ここで逃げたり、従ったりしても死にそうだ。
ならたとえ注射で死んでも、誰かに殺されるよりかは怖くない!!!
俺はゆっくりと顔を上げる。
悟られるな。
俺が怖がっている事を。
こんな状況では少しでも優位を取られるとダメだ。
精神的優位でさえ!!
幸い、俺には自分を誤魔化す為の鎧があるじゃないか。
彼女に変わるなと言われて、痛くても続けたあの鎧。
俺の言葉は理解しづらく、そして俺もこの間だけは弱い俺ではなくなる。
俺が思い描いた、終焉の観測者。
六分儀流死風に!!
「ク..クク....フフフフ......フー八ハッハハハハ!!アッハハハハハ!!!!」
「...あ?おい、もしかして壊れちゃった?...勘弁してくれよめんどくせぇ.......」
女は面倒そうに後頭部を掻く。
しかし、俺はそんな彼女を他所に、そのまま注射針を振り上げる。
それを見て彼女はニヤリと笑みを浮かべる。
俺が投げると思ったのだろう。
「話が分かる奴で助かるよ。壊れちまったかと.....」
「壊れた?違う!!我は壊れたのではない!これが真の我!六分儀流死風だぁぁぁぁぁぁ!!!!」
そう叫ぶと振り上げた注射針を、そのまま自分の腕にぶっ刺した。
凄く痛い。
でも、それを無視してレバーを押し込む。
薬品をゆっくりではあるが、体内に入っている。
それを見て、予想外だったのか女は声を上げる。
「テメェ!イカレてんのか!!!どんな薬品か分からない癖に、こんなこと.......」
「フハハハハ!!!だから貴様は間抜けなのだ女ァ!!!俺を誰だと心得る!!!!?俺は全ての多重並行世界のわりを見据え、その終りを書き換える男、終焉の観測者、六分儀流死風だぞ!!!貴様らの野望など、全て丸っとお見通しだ!!だからこそ、我が、我自身の体一つで、貴様らのか細き糸のような下らない企みなど打ち砕ける!!!!」
そして相手が驚いている間にも注射針を押し込み続けて、遂に液体を全て体内に打ち込める。
ゆっくりと引き抜くと、地面に放った。
「お前.......」
唖然とした様子で俺を見るレイカ?
そして俺はそんな彼女をスルーして女に対して決めポーズを取る。
「これで貴様らの手に渡すことはなくなった....悔しいだろう!さぞや、悔しいだろうなぁ!!パンピーと呼んでた人間に計画を台無しにされるのは!!ねぇねぇ今どんな気持ち!?どんな気持ちだ女ァ!!!フハハハ愚昧な人間を見下ろすのは気分が良いぞ!!!!」
俺が言葉を吐き続けると、目の前の女がプルプルと震える。
そしてそのまま顔を上げると、鬼の形相で口を開いた。
「このォ野郎ォ....虚仮にしやがって.....そもそもォ....俺ァ男だよォォ!!!!!!」
その叫びと共に彼は足を上げると、地面を勢いよく踏みつける。
その瞬間、ヒュゴォォォォ!!!と斬るような音がする。
目の前の彼女は横に避ける。
俺も、横に避けようとして足を踏み出した瞬間....視界が揺らぐ。
な、なんだ......?
なにがどうなって....。
足がふらつきながらも、横に避けるも腕に赤い線が走る。
鋭い痛み。
見ると、裂傷。
だが、それでも足がふらつく。
そして急激に頭が痛くなる。
「ずっ...っぅ....ぅぅあぁぁ.....頭が.......」
なんでこんな....
そう思っていると、ハッとする。
注射を打ってから、つまりどんな薬か分からないのに打ったことで弊害が出ているということだろうか?
膝を付いてしまう。
そんな俺を見て、奴は笑う。
「ハッ、確かにテメェの言う通りだ、でもよぉ...そこまで俺を虚仮にしやがったんだ。ズタボロになるまで斬って、俺がすっきりするまでテメェら嬲るからよォ....精々愉快に鳴いてくれよォォ!!!!?」
そう言って彼は手を交差するようにした後、振り上げる。
また風を起こす気なのだろうか。
来たるべき斬撃に身構えたその時、頭の鋭い痛みが今度はすっーとした冷感に変わる。
まるで脳髄まで冷水に付けたような、頭の中にメントールで突っ込んだかのような感覚。
それど同時に視界が明瞭になっていき、そして.....。
「なんだよ....これ......。」
それはあの日見た青い光とよく似た色の光の粒。
それが纏まって、まるでマンガなどでよくあるような斬撃の形になってこちらに跳んできているのが見えた。
目の前のレイカの手がそれにあたる。
すると赤い線が走る様に表皮が裂けて血が滲んでいた。
これは....もしかして、アイツの......。
斬撃は俺を庇うように立っているレイカに集中的に当たる。
そして俺の右肩にも当たった。
「っ....つぅ.....!!」
レイカは痛みに顔を歪める。
それを見て、奴は叫ぶ。
「足りない足りない足りないねェ!!もっと発情期の猫みたいに唸ってみろよ!!見えない攻撃に怯えて失禁してみせろォ!!ハハハ、滑稽でならねぇ!!やっぱ俺の能力は最強だぁァァァ!!!!!」
奴はそう得意げになって笑う。
やっぱりそうだ。
あのアレはアイツの飛ばしている斬撃だ。
奴は見えないことに得意げになっている。
....なら、俺が見えてしまえば。
その優位性は崩せるんじゃないか?
「次は転がってみたらどうだ!!?えぇ!!!?」
今度はそう叫ぶ。
すると、レイカに対しては右側から、そして俺に対しては左側から斬撃が飛んでくる。
「レイカ!右斜め、前に転がれ!!」
「っ!!?」
そう叫ぶと、彼女は何事かと言ったように見る。
目と目が合う。
痛々しい傷。
赤い線が身体の至る所に走って血が出ている。
それでも彼女は立っているのだ。
だからこそ、次の攻撃は避けないと。
出欠量が増加すればいずれ命も.....。
だから頼む。
言う事を聞いてくれ.....。
そう思っていると、彼女は何かを感じ取ったのか前に転がる。
俺も避けるように前転した。
風がぽふっと高架に当たる。
それを見て、奴は固まる。
その顔は信じられないと言った様子だった。
「は....?ど、どういうことだァ...?ただのパンピーが....俺の攻撃が見えてる?そ、そんなわけがない!!そんなわけ....お、おい!見えてんかよォ!!」
「どうだかな?俺は終焉の観測者、未来が見えてるのかもしれない....貴様の未来もな!!!」
「痛ェんだよォテメェ!!!」
彼はいきなりそう言うと、手をまた振り上げて振り下ろす。
コイツ....いきなりこちらの心を痛めつけてきやがった......!!
前のレイカはもう息が荒く、ふらつきも激しくなっている。
奴を見る。
可愛い顔にブカブカのパーカーを着ていてわかりずらかったが腕がやはり折れてしまいそうな程細く弱弱しい。
女の子に見間違えてもおかしくない。
なら....少なくとも肉弾戦をしても勝てるかもしれない。
俺には見える。
あの様子では、レイカには見えない。
なら.....!!
奴に向かって走り出す。
相手はそれを見て狼狽える。
今まで見えないことで人との戦いで優位を取ってきたからだろうか?
確かに考えてみれば、見えない攻撃をする相手に突っ込んでくるような無謀な奴など、彼の言う所のプロではいないだろう。
でも、俺は素人だ。
それに、なぜだか分からないがあの攻撃が見える。
やはりあの薬の影響か...まぁ詳しいことは分かんないし、今はどうでもいい!!
「ヒッ....し、死にに来たってわけねェ!!望み通りにしてやんよォォォ!!!!!」
奴はそう叫ぶ。
しかし今までとは声色が少し違う。
奴は確かに動揺している。
これは空元気だ。
目の前に青い斬撃がこちらに3本飛んでくる。
滑り込むようにその隙間に入る。
そして今度は跳んできた4本の線。
今度は下の地面にしか隙間がない。
なら、スライディングの要領で!!
スライディングするが、正直こんなことあまりしたことがないので、腕に当たる。
腕に当たると表皮が裂けて血が滲む。
痛い。
痛いが...ここで止まるともっとやられる!!
そう思ってすぐに立ち上がって駆け出す。
すると奴はあからさまに狼狽する。
「ま、まぐれだ....まぐれだこんなの!!運だけ野郎がぁ....そう悪運がずっと続くと思うなァ!!」
そう言って更に斬撃を飛ばす。
避けられる物は避けろ。
避けられないなら受ける!
少しでも相手に猶予を与えちゃいけない!
俺は常に奴が飛ばす風を感じて、それに逆らい走り続ける。
走り続けると、もう奴はすぐそこだ。
「うぉぉぉぉおおおお!!!!!!」
切れた皮膚が焼けるようにジンジン痛む。
しかしそれすらも打ち消す為に叫ぶ。
すると、その様子を見てあからさまに相手に恐怖の色が見える。
「ッ、止まれ!止まれ止まれ止まれ!!止まれよォ!!!ッぅぅぅうああああ!!!!!」
そう叫ぶと後ろを向いて走りだす。
...足、おっそ。
遅い足のソイツに跳びかかると、そのまま押し倒す。
「ッぅつ止めろォォ!!放せ!!!放せよォ!!!!!触るなァ!!!!!」
暴れる奴を地面に押さえつける。
本当に力が弱い。
腕も、というか身体も華奢だ。
奴が抵抗するのと同じくつむじ風のように風が俺を包む込み、身体を傷つける。
痛い....。
「ッゥアアアアアア!!!」
痛みに耐えながら、奴の腕を膝で押さえつけて腕を振り上げる。
すると急に風が止み、彼の目から涙が滲む。
「ひっ...や、やめろ....な、なぐるなぁ....うぅ.....」
尋常ではない程の驚きよう。
なぜだかこちらが悪い事をしているようだった。
だが、こちらも攻撃され続けた身だ。
だからこそ....
試しに拳を大きく振りかぶった後、殴らずに拳をほっぺに付けた。
すると面白いくらいに震え、痙攣を起こす。
「は、はっ...!な、殴るな、殴らないで....ひっ....はっ.....」
その様子は何か、尋常ではない様子。
なんだ...さっきまで自分を最強とまで言っていた男がどうしてこんな怯えてる.....?
彼の様子の変わりように戸惑っていると、視界の隅から足が伸び、彼の顎を蹴り飛ばした。
「かきゅっ....!」
「えぇ.....。」
間抜けな声を上げて白眼を向く彼。
その様子をポカーンと眺めながらも、黒いブーツを見て後ろを振り返る。
そこにはぜぇぜぇと荒い息を上げながらもレイカが立っていた。
「....話は後で聞く。確か家に行くとか言ってたな。....邪魔するぞ。」
「あ、あぁ.....うん。」
状況があまり理解できずに生返事になってしまう。
とにかくこの白眼剥いている奴をここでほったらかしにしておくのも色んな意味でまずいだろう。
目の届く範囲に置いておかないと。
そう思って気絶している奴の肩を貸すようにして運ぶ。
軽いな。
まぁそれ以前に身体中痛いからこれするのもきついんだけど。
やっぱ一発殴っておくべきだったかな.....でも異常に怯えていたし.....。
そういえば、俺が彼の攻撃を見えていたことについてレイカは聞かないのだろうか?
いや、それを言うなら彼女があの薬を作ったならこうなることは知っているのか?
なんにせよ説明もないのによく注射を打ったものだな、俺。
正直六分儀として振る舞わなかったら出来なかっただろう。
フッ、やはり我は不可能を可能にする男というわけだな!
そう思い、にやけていると彼女がこちらに視線を向けた。
その表情はどこか複雑な表情だった。
「...ありがとな、それと....ごめん。」
「?...な、なにがだ.....?」
俺が聞き返すと、それも後で話すと言わんばかりに彼女は前を向いて歩みを進める。
俺は女みたいな男の軽さを感じつつも、俺の家に帰るはずなのになぜか先を進む彼女の後を尾いていく。
さっきまで雲に覆われていた月は雲から抜け、月光で下界を照らす。
しかし、俺達はそれに気づくことはなかった...。
男の娘に馬乗りになる主人公
絵面がやばいっすね。
主人公の持つトラウマとも言える昔の記憶、そして男の娘の拳に対する恐怖。
そして能力。
んにゃぴ....よく分からないですね(すっとぼけ)