大災害。のちにそう呼ばれる日、その瞬間彼はアキバの街にいた。
エルダーテイルと呼ばれたゲームの世界が現実に変わっていく中、周囲の騒然とした雰囲気の中で彼が考えた事は突然の事態に泣き叫ぶことでも、ゲームのキャラになれたことにただ純粋に喜ぶ事でも無く、注意深く自身の獲物を探す事であった。
いつもより幾分か澄み渡った視界で慎重に”生まれたばかりの者”を探す。それは傍から見れば他人を食い物にするような人物の行動で実際そうなのだろう。だが、彼は困っている人を助ける好人物である前に純粋に自身のレベルを上げたいと願う只のゲーマーだ。経験値は稼げるときに稼ぐそれが普段戦闘などで手に入らない類の者ならなおさらだ。
彼の名前はクラマ。勿論実際の名前では無く、ゲーム内のプレイヤー名だがこれからは文字通りその名が自分の名前となるだろう。かといってそこまで愛着のある者でもない。昔から者に名前を付けるのは苦手で、この名前もどうしてもいい名前が決まらずベットに寝転がった時に目に入った物の名前を単純に並び替えたものだ。別にラマでもクラでもいい、クラマがこのエルダーテイルの世界に入ろうと決めた瞬間に二つ名や異名をとる事は絶対条件と決めていたのだからプレイヤー名など些細な問題だ。それだけ、名前に悩む時間を惜しむだけクラマはこのエルダーテイルの世界に魅了されていた。そしていつしかこの世界はクラマにとって本当の現実へと変わっていたのだ。だからこそ、この混乱のただなかにいてもクラマのやる事はいつもと変わらなかった。
エルダーテイルには12のメイン職といくつものサブ職業があり、冒険者と言われるプレイヤーはメインとサブから一つずつ選択することになる。メインとサブの違いはその名の通りゲーム内でステータスに関わるものとなる。メイン職で覚える者は基本的に敵と戦ううえで重要となる攻撃スキルや回復スキルなどで職業によってかなり極端にバラつくものもある。例えば前衛職と呼ばれる者達は自分を回復する魔法が苦手で中には覚えられない職業もある。後衛職の中には神祇官のように魔法と物理攻撃を半々覚える者もあるが馬鹿みたいに前に出たり魔法で攻撃していればいいというものでは無く他の職業に任せた方がいいという場面がほとんどだ。彼らが重きを置くべきはダメージ遮断魔法であり、前衛の補助や防御力の低い後衛を守るための補助をした方が勝利に貢献できるというものだ。メイン職業の選択というのは自分のこの世界での生き方を決定するものであり、ゲーム開始時に選んで以降変更は出来ない。
反面、サブ職業はゲーム内で何度も変更ができそれを生かして上位職というものも存在する。12という決して多くない選択肢から分かれたプレイヤーにとってサブ職業とは他人と自分を区別する上でとても重要な要素だった。サブ職業にはメイン職業の欠点を補うモノから戦闘と全く関係の無い生産職と呼ばれるモノまで幅広く存在する。メイン職が同じでもサブ職が違えばステータスや特技に結構な差が出るのは割と当たり前であり、割と棲み分けがされていると言えるだろう。しかし、所詮はサブ……という意見が多い冒険者にとって基本的に重要なのはメイン職でありサブはあくまで個性という小さなものにすぎないという意見が圧倒的である。バリバリ前衛の剣士が多少魔法を使えたところで何になる。後衛の魔法職が毒付の杖を作ったって殴りに行けなど誰も言わないだろう。サブ職業など所詮は趣味の領域下手に戦闘系のモノや際物を持つより安定したものを選んでおけばいい。ましてや戦闘の邪魔になるものなどは必要ない。だから、エルダーテイルでは個々の欠点はサブ職業では無くパーティなどを組むなどをして互いに補うことが重要とされている。
だが、どんなゲームにもそれが出来ないものというものがいる。最初のメイン職の選択に失敗してしまった者、何らかのトラブルでその職業としての役割をはたせなくなった者、自身の性格からまともな人物とは組めなくなった者など様々なものがおり、そう言った者達は大規模戦闘がメインの大手ギルドからは当然断られてしまうし、戦闘にあまり拘らない中小ギルドの中でも浮いてしますことが多い。クラマもその一人だった。
祭司。それがクラマのサブ職業である。
エルダーテイルにおいては珍しい冠婚葬祭を始めとする催し事を行える職業で、祭司が祝福や祝辞をしたりすると対象に様々なボーナスを与える事が出来る。その効果は経験値二倍や攻撃力アップなど戦闘に役立つものから自身が売るアイテムの売値を上げるなど生活面に至るものまで様々だ。と、ここまではかなりいい職業のように思えるが意外にこの職業はマイナーだ。というか人気が無い。
第一に転職条件だが、祭司は最初から選択できるものでは無く『聖職者(神父/シスター)』と『お祭り好き』という二つの職業の特技を集めたうえで特定のクエストをクリアする必要がある。この条件は中々初心者には敷居が高く最低でもメインのレベルが50を超えないと厳しいと言われるほどである。
第二にボーナスを与えられるとはいえその状況がとても限定的で使いどころが難しい。生まれたばかりの子に祝福をという感じの条件があるが、冒険者に関しては赤ん坊からスタートできる筈も無くゲームを始めて48時間以内という制限で使える。婚約に関してはゲーム内でプレイヤー通しが結婚などという名の一時の現実では味わえない優越感に浸れることから多く、クラマもよく式に呼ばれて祝福などをするので機会はある。先日も旧知であるとあるハーレムギルドのマスターの式に呼ばれたことがある(今月はもう5回目だ)。割とお遊びとはいえ目の前でモテモテのハーレム野郎が居るのはちょっとイラッとするが、仕事なので今度重婚プランという名の修羅場を待ちかけようと思う。あいつならそれすらも平然と乗り越えそうだが。葬式などは戦いを生業とする冒険者には多いと思われがちだがこいつら(自分もだが)は死んでもある程度したら神殿で生き返るのであまり機会が無い。スキルの発動時間も死後1分以内とかかなり短かったりする。一応大地人と呼ばれるこの世界のNPCは死ねば二度と生き返らないので弔う事には意味があるが……
そして第三に祭司にはバグ・調整不足と呼ばれるすさまじい経験点の計算式があり、まともにゲームをやるとレベルを維持することはまず不可能でありレベル70を超えた者はまずいない。先日行われた公式発表でも現在の上限レベルである90に達しているものはヤマトサーバーにはいないと言われている。
(もっとも今の上限は恐らく100だがな)
今日この日というのはエルダーテイルにとってもかなり重要なめでたい日になる筈だった。12番目の拡張パッチ『ノウアスフィアの開墾』。それが実装されるべき日が今日4月10日なのだ。今回は上限レベルが解放され、レベル100まで自身のレベルを成長できるようになるという噂でそれを楽しみにしていた多くのプレイヤーがログインした事だろう。しかし、そんな希望に満ち溢れた空想とは裏腹に現実は厳しかった。
その日エルダーテイルはゲームではなく現実になった。
PCの画面越しに見ていた風景も、キーボードに触れていた手の感触も、思い思いの体勢でプレイしていた筈の身体も今や自身の分身である冒険者と一体化してしまっている。戦闘を想定して作られた冒険者の肉体は多くの者が戸惑うだろう。中にはネカマ等のゲームとリアルで性別の違うものはその大きな際にしばらくはまともに行動できないだろう。
何もかもがゲームと同じで世界自分たちの命はHPという緑色のバーと数字で表示されるそんな世界。
「誰かがそのうち言うだろうな。これはゲームでは無い現実だって」
そんな事は今の光景を見ていれば誰だってそのうち分かる。今重要なのはこの現実にどう対応するかだ。クラマはそれを他人に教えてやるほどお人好しではない。他人では無い、指を空中で動かせば出てくる『フレンドリスト』という場所に登録された者達にならいいかもしれない。だが、クラマの知る限り自分の忠告でどうこうなるものなどこのリストの中にはいない。殆どの者はそう遅くないうちに、一部の者はもしかしたらクラマより早くこの世界に適応するだろう。ましてやフレンドリストの上部と最下部にいる同じギルドのメンバーにおいてはクラマが偉そうに忠告をした時点でたとえ遠い大地においてもすぐさま飛んできて余計なお世話だとクラマを殺しに来る可能性すらある。一応冒険者であるクラマは死んでも大神殿で生き返れるだろうが、この異変が起こった後だとそれは恐らく・多分という前置きの後に続く言葉であり確証はない。恐らく生き返れるだろうが、PKそれもギルメンのせいでこの異変最初の被害者になるのは勘弁願いたいところである。
今やるべき事とは当初の予定通りゲーマーとして、自身の為になる事をすることである。
「………」
集中して周囲を見渡す。冒険者はある程度近づいた相手の大まかなステータスを観る事が出来る。大体は冒険者/
「み~つけた」
冒険者/
この異変最初の獲物『柚葉』と名の付いた少女に一歩ずつクラマは近づくのだった。