ログ・ホライズン 迷ひ子の宿舎   作:fukayu

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初心者

 柚葉は正真正銘の初心者である。

 中学三年の始業式が終わった後これから始まるであろう受験戦争という名のプレッシャーに負けそうになり、現実逃避手段としてこのエルダーテイルというゲームを買った。というのが今回の事の顛末である。昔から争い事が苦手で戦うよりはどこか現実逃避してしまう癖がある。自分でも悪い癖だとは思っているのだがそう簡単には代えられない。このゲームだってモンスターと戦うというよりは街でお買い物をしたり色々な職業になれるというファンタジー的な何かを求めて買ったのだ。こういうオンラインでほかのプレイヤーと繋がるタイプのゲームは柚葉にとって初めてのモノだったし、周りに詳しい知り合いもいなかったので何かの区切りらしいノウア何とかの開墾というものがある日に初めてログインした。きっと何か新しいものが始まる日なら自分と同じく初めての人も多いだろうという期待を以ての事だ………彼らとちゃんとしたコミュニケーションが取れるかというのは別として。

 

「こ、ここはどこですか?」

 

 誰に言うでもなくうわ言の様に口に出す。

 柚葉の記憶が正しければ自分はパソコンの前でジュースを飲みながらプレイしていたはずだ。ゲームを始める時の自分のステータス打ち込んで、名前も自分の名前と同じ柚葉と決めてさあ、ゲーム開始というところでこの状況だ混乱しないはずがない。

 周りの木々や建物はまるで現実のような質感を持っており、行きかう人々は肌の色も髪の質感も生きている人間と何ら変わりない。違う所と言えば人や物の上に”ステータスバー”が存在しているくらいだろう。少しでもこの手のゲームをプレイした事のある人間ならばいくらなんでもこれはおかしいと思うはずだ。事実、柚葉も始めは何かおかしいという実感はあった。しかし、あまりこの手のゲームをプレイしない柚葉にとっては何が当たり前で何がおかしいのかその区別が曖昧だった。行きかう人々の中には混乱している者達もいるが、中にはひどく落ち着いた人たちもいた。だからこれは何かのイベント?にいきなり入ってしまったのかと勘違いしてしまったのだ。

 

(困りました。右も左もわからない。こんな事ならちゃんとチュートリアル受けていればよかったです!)

 

 普段は某国民的RPGから配管工が活躍する物語、沢山のロボットが出てくるゲームなど色々なモノに手を出している柚葉だが悪い癖として説明書を読まないというのがある。やってるうちにわかるだろうとせっかく自動でチュートリアルが入る親切なものですら高速で読み飛ばし、結局クリアした後でまだ知らないコマンドがある事に気が付くという事がままあった。よく言えばせっかち、悪く言えば最近の甘ったれたプレイヤーである。

 今回も始めるにあたって自身のアバターを作ることになったのだが、素直に本来の自分のステータスを打ち込み、名前まで現実と同じにするというオンライン初心者にありがちなミスをしてしまった。そしてチュートリアルも当然のように流し読みしようとしていた。柚葉的にはこのゲームはただ単に現実逃避の一種であり、それも長くは続かないと心の中で思っていたからだ。どんなに逃避しようと受験という現実は迫ってくる。なら、自身の大事な時間をチュートリアルなんかに割いてはいられない。限られた時間しかないなら最大限このゲームを楽しんでやろうと、そう思っていた。そう思っていただけなのだが、

 

「なら、あなたは幸運ね。もうその心配はないわ」

 

「え? わわ!」

 

 突然かけられた声に驚いて、まともな返答は出来なかった。それどころか、驚きすぎて尻餅をついてしまったぐらいである。ドシーンという効果音が出たかと思うぐらい大げさに転んだ柚葉は確かにあるお尻の痛みに耐えながら声がした方向を見る。

 

「あなたの嫌いな押し付けがましい説明はもう受けなくてもいい。あなたは自分で自分の道を進めばいいの。もう、憂鬱な現実に怯える必要も無いわ。今からはここがあなたの現実。精一杯楽しむも良し、堕落したまま終わるのも良し。全てあなたの自由よ」

 

「あなた、は?」

 

 女の子だった。柚葉よりも幾ずんか小柄な10歳くらいの少女。黒い髪を肩まで伸ばし、その先端に髪留め代わりに付けた白金の鈴と頭の上に可愛らしくちょこんと生えた狐の耳そして左右で色の違う瞳がが特徴的だった。お人形みたいなという表現をよく聞くが、黒と朱色に輝く眼から発せられる光が確かに少女が生きていることを証明している。

 確実に年下だと思われるその外見から想像もつかないほど大人びた雰囲気に一瞬気押されてしまうが、お尻の痛みが和らいでいくのと同時に柚葉の方も気が落ち着いてきた。

 

「え、と。どういうことかな?」

 

「……」

 

 先程の言葉の意味を聞くために六歳下の弟と話す時のように目線を下げて少女に問いかける。必殺相手の目線に立って話す交渉術だ。どこかの黒いエゴシエーターも言っていたまずは相手の話を聞く、分かり合えなければアークション!だ。

 

「……」

 

「あ、あの」

 

「……」

 

 しかし、相手の目線に立ってあげるというのは必ずしもいいやり方では無いようで、少女は一度柚葉が話しかけた後しばらく口を開かなかった。

 

(な、何か気に障る事をしてしまったのでしょうか!?ッハ、もしかして背伸びをしたい年頃なのでは!?)

 

 不機嫌そうにする少女を見て咄嗟に思い付いたのは、柚葉自身はそうでもないが柚葉も今現在そういう年頃だったと言う事だけだったが、柚葉以外の多くのプレイヤーはアバターを現実とは違う姿で作成しており見た目と中身が一致していないと言う事はよくある事だ。中にはこういう対応をされてよく思わない人もいるだろう。

 

「す、すみません。私今このゲームを始めたばかりなんですが、いろいろ教えてもらえませんか?」

 

「………ッチ」

 

(し、舌打ち!?)

 

 少女から発せられた微かな音に狼牙族(ウルフヘア)に設定した自身の人間時より発達した耳が反応する。しかし、

 

「あ、お姉さん初めてなのですか~!それは災難なのです!冒険者――俗に言うNPCで、これからお姉さんの冒険のサポートをするのですよ~」

 

 少女は第一印象からひどく離れた可愛らしい声で柚葉に対して話し出す。

 

「え、NPC?なんですかそれは?」

 

「ノンプレイヤーキャラの略でこの世界の村人Aみたいなものだと思ってくればいいです」

 

 突然豹変した少女に戸惑いながらも柚葉は話を聞く。少女の話によるとこれはこのゲームのチュートリアルで先ほどは読み込み時間の為に柚葉の質問に答えられなかったのだという。この第一印象から大きく変わった可愛らしい少女はこの世界の案内人の一人だと言う事でこれからいろいろ教えてくれるらしい。

 

「この世界には大きく分かれて二種類の人がいます!一つが私たちNPC――冒険者と呼ばれる人で、もう一つはお姉さんたちプレイヤーの皆さんなのですよー。こちらは大地人と呼ばれているです。ほら、冒険者(私達)と違って大地人の皆さんは落ち着いているですよね?」

 

「本当です」

 

 周りを見ればステータスバーに冒険者とついている人は皆立ち尽くして叫んだり、座り込んだりしているが大地人とついた人々は冒険者を見て驚きはするものの普通に装備や食べ物を売っていた。

 

「今日は新パッチの「ノウアスフィアの開墾」が導入されたので私達(冒険者)はまだ、正常に動けてないのですよ」

 

「そ、そうなんですか。そんな忙しい時に……来ない方がよかったかな?」

 

「いえいえ、そういうお客様に対応するのも私達(冒険者)の役目なのです!」

 

「そんなに小さいのに偉いですね。鈴音ちゃん」

 

「あン!?」

 

「あ、あれ?」

 

「あ、いえいえ。全然平気なのですよ。にぱー」

 

(今、すごい殺気?を感じた気がしたのですが?)

 

何の気無しに呼んだ彼女の名前に反応してか一瞬少女の視線がまるで射殺すような鋭いものに変わった気がしたが恐らく気のせいだろう。だって鈴音(彼女)はこんなに愛らしく可愛いのだから。

 

「これからお姉さんには、このゲームに慣れてもらうために簡単なクエストをやってもらうですよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、なんであいつがここに居やがるんだ!?」

 

 柚葉と鈴音という少女から少し離れた場所でクラマは周りの現実を認められない冒険者(プレイヤー)立ちと同じく茫然と立ち尽くしていた。

別にこうなったのは今更ながらログアウトできない事実に気が付いたわけでもこれからどうしようとか言う理由でもない。他の連中はどうか知らないが、別にクラマはこのまま帰れなくても一向に構わないし目的だってちゃんとある。彼がこうしているのはこの災害ともいえる現象が起こってから最初の獲物にしようと決めた少女が思わぬ人物と遭遇したからだ。二人の少女のうちの片方、鈴音という小さい方の少女には見覚えがあった。

 クラマは自身のフレンドリストとブロックリストの先頭に最初に登録してある名前を確認する。『鈴音』今獲物に決めた柚葉とかいう少女と会話をしている少女と同じ名前だった。ゲーム時代から周囲から際立ったプレイスタイルで『魔法少女』という二つ名まで持つ彼女がなぜあんな見るからに初心者丸出しの少女と会話しているのだろう?

 

「クソ、近づけねえ」

 

 知らない仲では無く、むしろ先日も行動を共にしていたくらいだが、無邪気に会話をしている鈴音を見て完全に話しかける気が失せた。彼女のあんな笑顔は本当に久々にみる。いや、現実での付き合いは無かったのであくまでボイスチャットで聞いた声から想像したものだが……彼女のあんな無邪気な笑顔を見てしまえばクラマでなくても近づけないだろう。むやみに近づいて邪魔をすれば後でどんな目に合うか知れたものじゃない。

 

(まさか、アイツも俺と同じ理由で?だとしても今合流するのは得策じゃねえ。俺に残された時間は48時間。少しのロスも許されねえ!)

 

 「ノウアスフィアの開墾」が導入されると決まったその日から決めていたこの計画は例えこの災害にもあの少女にも邪魔はさせない。時間内にノルマを達成しなければ今までコツコツと積み上げてきたものが全てパーだ。それだけは絶対に認められない。

 

(まずはあの柚葉とかいうのをヤる!これは決定事項だ)

 

 黒髪の魔法少女とターゲットが離れるのを待ち、慎重にクラマは追跡を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全く、あれで隠れたつもりなのかしら」

 

 暗殺者(アサシン)という職業はその名の通り闇に隠れて対象を狙う職業だ。全職業最高の攻撃力を持つ反面防御は紙であり、敵からの攻撃は例え一撃でも無視できないものがある。彼女たちにとって敵に見つかりにくいというのは利点であり、また見つからないようにすることは絶対の条件である。故に暗殺者(アサシン)の天敵は同じく相手を影から狙う絶対の攻撃を持つ暗殺者(アサシン)である。そんな職業に就く彼女は意外にも戦闘などでは自ら敵の前に姿を現すという戦法をとる事が多い。これは過信でも暗殺者(アサシン)としての戦い方を知らないわけでもない。最高の攻撃力を持つ暗殺者(アサシン)は言い換えれば最高に警戒すべき相手であり、そのスキルによって普段は隠れているが一度視界に捉えれば嫌がおうにも視線は外す事が出来なくなる。それはゲームをやり込んでいればやり込んでいるほど嵌る罠であり、彼女はその二つ名持ちという認知度から例え戦闘禁止エリアでも油断はできない相手として注目されている。これは一種の牽制であり、情報収集の一環である。

 あの間抜けな大祭司殿はまんまと彼女の罠に掛かってしまったという訳だ。まぁ、罠に掛かったと言えばあの柚葉とかいう少女の方がひどい有様だがあれはこちらを子供だと思って舐めた態度を取ったのが悪い。今まで彼女はそういう態度を取った相手を悉く相手にしてきたがそれは例え今日ゲームを始めたばかりの哀れな子羊でも変わりない。結果的にあの少女を追いかけていった大祭司殿共々仲良く死ぬことになるだろうが舐めた態度を取ったあちらが悪い。

 

「さてさて、この大災害最初の被害者はどちらになるのかしら」

 

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