家元の妹
戦車道。それは、茶道・華道と並ぶ乙女の嗜み。世界中で行なわれているそれは日本でも古くから存在し、様々な流派がある。
現在主流となっているのは、西住流と島田流である。
――戦車道連盟監修『初めての方への戦車道』より
雨が降っている。それはまるで、何か良くないことが起きると思わせるような、それ程までに暗く、激しい雨であった。
「嫌な天気だねぇ……」
黒と茶色が混ざった短髪の女性は、空を見上げて顔をしかめた。そのままテントの中へ戻る。
ここは、戦車道連盟スタッフのテントの1つ。テントの中には女性だけでなく、男性も混ざっている。彼らは、試合中に撃破された戦車と乗員を回収し、戦車を整備する役目がある。
テント内には、観客用に設けられた物よりも更に細かい場所を映すモニターが設置されていた。女性はそれを見つめ、現状を把握する。
「(黒森峰は川の近くを通るか……。だがこの天気だ。ちょいと危険じゃないかねぇ……)」
今回の大会は、どちらも譲れない戦いであった。自身の姪が所属する黒森峰女学園は10連覇を、相手のプラウダ高校は初優勝を賭けた戦い。女性は姪を応援する気持ちもあったが、仕事の関係上、プラウダ高校の隊長がどれだけの思いでこの大会に挑んでいるかも知っている。故にどちらも応援していた。
しかし、アクシデントが発生した。
「っ!」
降り続いた雨のせいで足場が脆くなっており、1両のⅢ号戦車が川へ転落したのだ。この光景を見た女性の指示は早かった。
「回収班、出動急げ! 救護班も一緒に向かうんだ!」
「は、はい!」
「けど姐さん! 本部からの指示がまだ……!」
「んなもん知るか! 指示待ってる間にも戦車は沈むぞ!」
ただでさえテントに響く大声は、更に大きくなる。
「責任は全部アタシが背負ってやる! とっとと動け! モタモタしてっとケツにドライバーねじ込むぞ!」
再びモニターへ視線を向け……女性は思わず1人の姪の名前を叫んだ。
「みほちゃん!?」
この日、プラウダ高校が全国大会初優勝を飾った。
目の前で豚どもがわめき合っている。今回の試合の結果を許せない者たちで溢れかえり、この家の持ち主である姉妹は苛立っていた。
「西住流にあるまじき行為だ!」
「10連覇と言う栄光を、よりにもよって西住家の次女が失わせるなど!」
「彼女は黒森峰に相応しくない!」
「そもそも戦車道にすら相応しくないのではないか!」
今この場にいない勇者は、年寄りたちから罵られる。酷い者は彼女の存在意義すら否定する。
「そもそもプラウダの隊長こそ卑怯者だ! あんな戦いは戦車道ではない!」
「その通りだ! もっと正々堂々と戦う事こそ、真の戦車道だというのに!」
その瞬間、湯呑みをテーブルに叩きつける音が響いた。
「現場に立たない老害が喚くな」
黒森峰OG達を睨み付けるのは、西住流家元の妹。そして戦車道全国大会での整備班班長を務めていた女性だ。
「人間なくして戦車道なし。西住流以前に、戦車道としての基本をお前たちは忘れたのか?」
害虫を見下すかのような冷たい目は、OG達を黙らせる。
「今回の件は、家元が直々に西住みほに言い渡す。罵るしか能の無い老害はとっとと去れ!」
その迫力に気圧されたOG達は、蜘蛛の子を散らすように、慌てて出ていった。
「……ふぅ。ったく、罵りに来たんなら飲み屋で愚痴ってろ」
「ごめんなさい、りほ。貴女にこんな事を背負わせてしまって……」
「気にすんな姉さん。あんたの発言力は大きい。むやみにみほちゃんを庇うような事を言ったら、裏切り者が出るだろうさ」
西住流家元、西住しほ。彼女は今回の試合結果を残念に思うと同時に、娘と生徒が無事で良かったと言う気持ちを持っていた。何せ、娘が仲間を助けるために川へ飛び込んだと聞いたときは、危うく気を失って倒れるところであったのだから。
「……りほ。私はみほに、戦車道から離れるように進言したいと思う」
「そりゃまた何で?」
「あの子は優しすぎる……。それこそ自分を犠牲にしてでも助けようとする。今回の件で分かったわ。あの子に西住流は、いや、今の戦車道は合わないのよ……」
しほの妹、りほは忠告する。
「その事を伝えるなら、言葉は慎重に選べよ? 姉さんは少し不器用だからな」
「そんなこと分かってるわよ……」
娘たちが帰ってきたと使用人から伝えられ、どのように伝えようかと、しほは頭を悩ませた。
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