なお、今回は『フェイズ エリカ』の若干のネタバレがありますので、ご注意下さい。
西住家の長女であるまほと、次女のみほ。2人は正座をした状態で、母からの説教を受けていた。
「確かに作戦としては、川の近くを通る方が効率的だったかもしれません。しかし雨による増水と足場が脆くなっている可能性を考える事も、隊長としては必要です。今回は10連覇というプレッシャーもあり、効率的な戦術を選んでしまったことは仕方の無いことかもしれませんが」
「申し訳ありません……」
次にしほは、俯いているみほに対して話をする。
「みほ。フラッグ車の車長たる貴女が、戦車を放り出すとは何事ですか」
「で、でも、戦車が川に落ちたら、仲間が……」
「……では貴女は、他の戦車が敵戦車に撃破されそうになった時、例え己がフラッグ車でも自身を盾にして守るのですか? それがチームの敗北になったとしても、貴女はそれで良かったと思えるのですか?」
「それは……」
「今回の試合、3年生は10連覇と言う目標のために、切磋琢磨してきたのです。その努力が、水の泡になったのですよ」
みほは、息が詰まりそうな気持ちになった。今までの練習で、先輩たちが大会優勝を目指すことを話している様子を、何度も見たことがある。
だからこそ、自分のせいでその目標を砕いてしまったのだと言う、自責の念が彼女を襲った。
それと共に、仲間が溺れ死んでいたかもしれないと思うと、見捨てた方が良かったのかと疑問に感じてしまう。
その2つの思いが、みほを苦しませていた。
「……ここまでが、西住流家元としての言葉です」
「お母様……?」
「お母さん……?」
温くなったお茶を一口飲んで、小さく息を吐く。そして、今度は自分の言葉を告げた。
「みほ。貴女がパンツァージャケットを着たまま川に飛び込んだと聞いて、私は気を失いそうになったわ」
「ごめんなさい……」
「だからこそ、無事だったと聞いて……私は……!」
しほの声は徐々に弱っていき、そしてハンカチで涙を何とか拭った。
「貴女は本当に優しい子。仲間を思うことが出来る。だからこそ貴女の後ろを付いていく人がいる」
「お母さん……」
「……けどね、みほ。優しさは時に弱みになってしまう。他の人から見れば、その優しさが却って侮辱になることもある」
その時、みほは思い出した。黒森峰女学園の中等部に入学し、戦車道チームに入ったばかりの頃。“とある生徒”と副隊長の座が賭かった勝負をしたことがあった。
あの時、自分が負ければいざこざは納められると思い、負けたのだが……
『それじゃあアンタの仲間は、何のために戦って撃破されたのよ!』
そう言われて平手打ちされたのを今でも覚えている。
「あなたは優しすぎる。私は怖いのよ、みほ。仲間を思うあまり、本当に自分を犠牲にするんじゃないかって」
西住流家元として、しほは時に厳しく娘たちに接した事もある。だが、しほとて人間。その加減を間違えて2人を怯えさせてしまう事もあった。その度に夫と妹にその事を注意され、そして埋め合わせをするかのように親子の時間を作っていた。
だからこそ、母として娘を愛してる以上、命の危機に晒されるようなことをして欲しくないのだ。
みほは、そんな母としての姿を見て、申し訳ない気持ちで一杯になった。
「……お話は、これで以上です。疲れたでしょうから、早めに寝なさい」
「……ごめんなさい、お母さん」
「お話はもう終わり。これ以上謝ること無いわ。まほ、引き留め過ぎてすまなかったわね」
「いえ、そんなことは……。失礼します」
まほが妹の手を握って退室すると、しほは大きく息を吐いた。別の襖が開き、妹のりほが入ってくる。
「……流石に言えなかったか」
「思ってた以上に、みほは責任を感じてるみたいだったわ。俯いてることも多くて、話してる間もずっと泣きそうな顔……。そんな状態で、『戦車道から離れなさい』って言えるわけ無いじゃない……」
「だよなぁ……」
2人揃って、これからどうするかと大きくため息を吐いた。
夜。まほの部屋のベッドに、みほは居た。眠れないならいつでもおいでと言われ、お言葉に甘えて姉の布団に潜り込んだのだ。
「狭くないか、みほ?」
「うん、大丈夫。ありがとうお姉ちゃん」
幼い頃、怪談をテーマにした番組を観てしまって寝られず、姉と同じ布団で眠ったのを思い出した。
「……ごめんな、みほ」
「お姉ちゃん?」
「お母様の言う通りだった。雨で足場が脆くなっていることを、私は考える事が出来た筈だった。だけど私は勝利を目指すあまり、その結果が……」
「気にしないで、お姉ちゃん。私も、あそこを通るときは『大丈夫』って気持ちがあったもん。私も気付けば良かったな」
「……そうか」
するとまほは、みほの事をギュッと抱きしめた。
「みほ……。西住流だからという気持ちに捕らわれないでくれ……。このままだと、いつかお前が壊れそうで、私は怖いんだ……」
「お姉ちゃん?」
「何でもかんでも立ち向かおうとすると、いつか壊れてしまう。嫌になったら、分からなくなったら、時には逃げることも大切なんだ」
「逃げても、良いの……?」
「あぁ。一度その場から離れて、考え直すことも大事だと私は思っている。お姉ちゃんだって、疲れて勉強したくない時なんかは、適当な理由付けてサボる事だってあるんだぞ?」
「ふふっ、何か意外かも」
姉の意外な一面を知って、みほはクスクスと笑う。ようやく笑った妹の姿に、まほはホッとした。
「……私、仲間を見捨ててでも勝った方が良いのか、仲間を助けるべきなのか、分からなくなっちゃった。自分のやってきた事が正しかったのかも、分からなくなっちゃって」
「うん……」
「私のやりたい戦車道が何なのか、分からなくなっちゃった……」
「……そうか」
まほはゆっくりと頭を撫でる。姉の体温と撫でられる心地よさで、みほはゆっくりと眠りに就いていった。
次回は、学校でのみほの境遇です。更新をお待ちください。