それでは、どうぞ。
黒森峰女学園の戦車庫。ティーガーなどの重戦車を格納するために広大となっているこの場所で、戦車道履修生たちは集まっていた。
大勢の生徒の前に立つのは、隊長のまほと、副隊長のみほ。
生徒たちはざわめく。しかしそれは、みほを糾弾するような物ではなく、前の試合について話があることを察し、その話とは何かを推測する声であった。中にはみほを心配する声もある。
「静かに!」
まほの鋭い声が響き、車庫に静寂が訪れる。再びまほが口を開いた。
「今回の全国大会、非常に残念な結果となった。一部の生徒やサポーターからは、副隊長を非難する声が上がっている事は、皆も周知の筈だ」
履修生たちは顔をしかめる。彼女たちは、何故みほがフラッグ車から離れたのかを知っている。戦車の水没とは非常に恐ろしく、今回水没した戦車に搭乗していた生徒の中には、その事がトラウマとなってやむ無くチームを離脱した者もいた。それがもし自分達だったらと思うと体が震え、そして増水していた川に飛び込むというみほの行動には驚かされた。彼女が動かなければ死者が出ていたかもしれないと思うと、ゾッとする話である。
しかしながら、その事を知らない者は、母校の敗北と言う面だけを捉え、裏で何があったかも知らず、みほを糾弾した。あの場に居なかっお前たちが偉そうに言うなというのは、この場に居る履修生たち全員が思っている事である。
「今回の件、根本的な要因として、私の采配ミスにある」
「えっ……?」
まほは、ざわめく生徒達の事を気にせず、話し続ける。雨で地盤が弛んでいるところを、効率を優先するがあまりその危険性が頭から抜け落ちていたこと。迂回となっても安全な道を選ぶべきだったと告げた。
その事を告げられて初めて、履修生たちも「何でそんな初歩的なことに私たちは気付かなかったんだ」と後悔した。誰か1人が気付き、隊長に進言することで、何かが違っていたかもしれないのに。
「私自身が、意見具申すら出来ない空気を作ってしまっていた。……申し訳ない」
深く頭を下げるまほに、履修生たちは困惑するばかりだ。なぜ副隊長ばかりでなく、隊長までもが頭を下げなければならないのか。支える筈の自分たちが頭を下げるべきなのに。
「そして副隊長から、話がある。……みほ」
「はい」
みほが、3年生達の前に立った。
「先輩方の最後の大会を、こんな形にしてしまって、ごめんなさい!」
大きな声で謝罪し、頭を下げた。しかし3年生たちは困惑するばかりである。
「そ、そんな! 頭を上げてよ!」
「そうよ! みほちゃんが居なかったら、チームメイトが死んじゃってたかもしれなかったんでしょ!?」
「そうそう! 誰かが死んじゃう思い出なんかより、ずっと良いって!」
「でも、先輩がどれだけ10連覇を目標にしてきたか……!」
そんな時、3年生の1人が、みほの前に立つ。
「みほちゃん」
「先輩……」
「私たちは、みほちゃんが優しくて、勇気ある娘なんだって思う。私たちですら動けなかったのに、みほちゃんは凄いよ。だから、これ以上自分を卑下しないで。みほちゃんが助けた子たちも、きっとそう思ってる」
先輩からの言葉に、みほの目には涙が溜まる。もっと責めてくれても良かったのに、それでも何処か、不思議な安心感があった。
だからこそ、これからの話というのは非常に辛いものであった。
「今回の件について、お咎め無しと言うのはおかしいと、OGの方々は指摘している。そして話し合いの結果、次のような処分となった」
罰を受けなければならないと言うことに、履修生たちは暗い顔になる。そして、まほの次の言葉は何かを待っていた。
「西住みほを、副隊長から解任。また除隊と転校処分とする」
「……え?」
そう呟いたのは誰だろうか。一瞬の間の後、一気にブーイングが殺到する。
「何でですか! 何で副隊長だけが!」
「そうですよ! OGの方々は何言ってるんですか!」
「私だってOGの判断は納得いかない!」
まほの怒声に、車庫の中は静まり返る。
「だが先ほど言った通り、お咎め無しと言う判断を下せば周囲からの反発が相次ぎ、最悪の場合、学校内でのいじめに発展する可能性もある」
いじめとは、何が原因で、いつ発生するか分からない。「黒森峰は家族贔屓する」と言う理由で、他の履修生がいじめ等の被害に遭うこともあり得るのだ。
「また、最初に話した、みほへの非難の声。それは彼女にとって精神衛生上よくないと言うのが、西住家全員で話し合った結果だ」
西住流家元もそのように判断を下したと言われれば、黙るしかない。履修生たちも、まほも、悔しさで拳を握るしかなかった。
黒森峰女学園の学生寮。みほが転校のために荷造りしていると、ドアをノックする音がした。
「はい?」
「私よ。入って良いかしら?」
「あ、エリカさん。うん、良いよ」
入ってきたのは、銀髪が美しく、少しツリ目が特徴的な生徒。彼女の名前は逸見エリカ。中等部の頃に、みほと副隊長の座を賭けて勝利したものの辞退。そして、手加減されたことに怒り、みほに平手打ちしたこともある生徒である。
「もうこんなに片付いてるのね……」
「うん。片付けてみると、部屋を広く感じちゃうな」
備え付けのベッドと机だけになり、質素に感じる室内。そこに寂しさを感じるのはエリカの気のせいだろうか。
「あんた、噂じゃ戦車道の無い学校に行くって話だけど、本当なの?」
「……うん」
「……他の人も、戦車道から抜けたものね」
みほの除隊処分が告げられた後、彼女と同じフラッグ車に乗っていた生徒たちも、相次いで戦車道を辞めた。
『みほさんだけに全ての責任を押し付けるわけにはいきません!』
それが、彼女達の言い分である。
「私、今迷ってるんだ。自分のやりたい戦車道が何なのか、まだ分かってないんだ」
「……だから、見つめ直すって事?」
「うん。それに、今は少し疲れちゃって……」
「……そう。なら、何も言わないわ。部外者の私が口を挟む事じゃないわね」
エリカは部屋を出ようとしたが、立ち止まり、最後に告げた。
「もしまた戦うことがあったら……もうあの時のような手加減はしないでよ」
「勿論。全力で行く事を教えてくれたのは、エリカさんだもん」
お互いの微笑みを、夕陽が照らしていた。
みほの部屋を出た後、エリカは早足で廊下を歩いていた。自販機とソファのある休憩所に着くと、ソファに座り込み俯いた。
「何でよみほ……! ようやく、ようやくあんたの事を見れたと思ったのに……!」
その目から大粒の涙が溢れ出す。
かつてエリカは、「西住流は強く、堂々と、王者であるべき」という考えを持っていた。だからこそ、いつもオドオドとしているみほの在り方が気に食わず、突っ掛かる事もあった。
しかし、ある時に戦車を整備していた女性から問われたことがある。
『あんたは、西住という家名だけを見てるのかい? あんたは本当に西住流を理解していると言えるのかい?』
『名前越しで人を見るのではなく、行動で人を見な。西住流に当てはめて人を見るのは、お門違いってもんさ』
後にその整備士も西住家の女性と知って驚いたのだが、行動で人を見ると言うのを意識し始めた。「西住みほはどのような人間なのだろう」と。
今まで彼女に対する評価は「人の事を見ている優しい人物で、だけど優柔不断だったりすることがある」だった。しかし今回で新たに、「人のために勇気を出せる人物」という面を見れたのだ。
「もっと貴女や隊長の事を見たかったのに……!」
しばらく静かに泣いた後、袖で涙を拭った。
「……みほはみほなりに、探そうとしている。なら私は私なりに、黒森峰でやってみせるわ!」
そうしてエリカは、隊長であるまほを支えることを、決意したのであった。
次回からいよいよ、原作スタートです。次回をお待ちください。