人と人の手によって創り出された世界に神はいない。
それでもそこに神という概念を求めてしまうのは、太古の昔より紡がれる人類の遺伝子に刻まれた、ある種の本能というものなのかも知れない。
ぼんやりとそんなことを考えながら、くすんだ黄赤色のショートボブと縁なし眼鏡が特徴的な女性ダイバー――焚き火の横でクルミは、目の前で片膝をついて祈りを捧げる少女を半目して眺めていた。
クルミはELバースセンターに勤めるスタッフの一人である。
彼女の役割は発見・保護されてからあまりELバースセンターに顔を出さないELダイバーの様子見――即ち、定期検診にあった。
故に今、ごつごつとした岩の上に腰を下ろした彼女の目の前で祈りを捧げる少女もELダイバーということになる。
(72人目のELダイバー『ディネ』……感謝という感情に基づいて生まれたとされているけれど、あれじゃまるきり信仰心よね……)
頭の中でELダイバー『ディネ』の情報を反芻する。
ディネは∀ガンダムの世界を再現した『ディメンション・
近未来チックやサイバーチックな意匠の他のELダイバーと違って、彼女は褐色肌で、布と紐、それと骨のようなアクセサリで構築した露出の多い前時代的な恰好をしており、灰色のジャギーウルフカットに、赤い目、コヨーテを丸ごと模った毛皮を被っているが特徴的だった。
幅の広い感謝という感情の中でも、いわゆるGBNという世界や大地に対する感謝の――言ってしまえばこちらで自由に身体を動かせることへの――感情に基づいて生まれたと推測される彼女は、他の比べて信心深い性格をしている。
その影響なのかは定かではないが、機能美と効率によって設計されたせせっこましいセントラルロビーや機械的な空間では落ち着かないとして、こうして広大な『ディメンション・
他にもガンダムXの世界を再現した『ディメンション・
そんな彼女が機能美と効率が集約されたELバースセンターに自ら顔を出すはずもなく、こうしてクルミがわざわざ出向くということになっていた。
それでもGBNを旅している『セレス』や隠居暮らしが好きな『フミ』と違って、どこにいるかハッキリとしているのでまだマシな方である。
「すまない。待たせてしまった」
「ん、お祈り終わったの?」
「ああ」
小さく頷くディネを、クルミはじっと見る。
最低限、隠すとこは隠した姿は際どくまさしく破廉恥で、ほぼ胸に被せただけのような布は下半分が露出しているので見ているこっちが恥ずかしい気分を催してくる。
本人はそういったことに無自覚なのもあって、形の良い顔できょとんとしているのが、それがギャップとなっていっそう如何わしいと思えてしまうのは、そういったジャンクフードとも言えるものを摂取しすぎてきた弊害なのだと内心で自嘲する。
少なくともディネ本人は自分の格好に何も疑問を抱いていないあたり、他のELダイバーと似て純粋なのだろう。願わくば清らかなままであってほしいと思う。
そんな煩悩染みた思考を脳内の隅に追いやり、口を開く。
「……そのお祈りさ、いつもやってるの?」
「やっている。毎日欠かすことなく、朝夕晩の三回」
「へぇ」
自分から訊いておいて、今の相槌は失敗だったかなと思う。
ディネはそんなことを気にすることもなく、小首を傾げた。
「変わってるだろうか?」
「いんや、あんたの感情に基づいての行動なんだから、むしろ正しいと思うけど。ただちょっと不思議な感じがしてさ」
「不思議?」
「ディネは神様って信じてる?」
「神様、か……」
ふむぅ、と顎に手を添えてディネは考える。
「……確認するが、神様とは世界を創造した存在、というものであっているだろうか?」
「まぁ、それであってると思う」
「そうか。なら私は神様を信じている」
「ほほぅ? ちょっと意外かも」
「第一、私たちの存在が奇跡みたいなものだからな」
「それは確かに」
「それに、少なくとも私にとっての神様とは、君たちのことだからな」
言われて、眼鏡の奥で意外そうに目を見開く。
「……自覚がなかったようだ」
「いやいやいや、そりゃ確かに広い目で見ればGBNを創ったのは私たち――というか前任者だけど」
「そうだ。君たちがGBNという世界を創り、データという感情によって私たちが生まれる土壌を作ってくれたのだから、これを神様と言わず何と言おうか」
そう語るディネの目は真剣だった。
面と向かって言われてしまえば、クルミもクルミで否定することはできず、曖昧な相槌を返すことしかできなかった。
嬉しいような、恥ずかしいような、誇らしいような、それらがない交ぜになった何とも形容しがたい感情に、クルミはわざとらしく咳ばらいをして、眼鏡をかけ直す。
「――そろそろ焼けたようだな」
「え、なに? 何か焼いてたの?」
「ああ。私式ワイルドグルメ、というやつだ」
「へぇ、ディネ式ワイルドグルメ!? そうなんだ! すごいじゃん!」
焚き火の中からアルミホイルのようなもので包まれたものを、ディネは長い木の枝に器用に取り出しながら、得意気に口角を吊り上げてみせた。
「焼き芋?」
「のようなものだな。食べるか?」
「いいの? じゃ、遠慮なく」
熱さを抑えるため、さらに布で包まれたそれを受け取り「あちち」と暫く手の平で転がす。
GBNでは基本的に空腹になるということはないが、満腹になるということもない。
ただそこに味わうという味覚のみがフィードバックされるだけだ。
カロリーも栄養値も気にする必要がない。
味を堪能するという一点においては、ことGBNは最大限のスペックを誇っていると言ってもいいだろう。
すっかり焼き芋のようなものだと期待して、慎重にアルミホイルを剥がすと――動物の脚のようなものが臭み消しに使用されたであろうハーブに巻かれた状態でそこにあった。
「……なに、これ」
「兎の脚をハーブで巻いて、塩胡椒で味付けしたものだが?」
「でもさっき焼き芋のようなものって……」
「銀紙に包まれた姿が焼き芋のようだろう?」
「見た目がもう完全に脚なんだけど……」
「毛皮や爪、余分な血管は処理してある。安心して食べるといいぞ」
「うん……」
「では、いただきます」
「いただき……ます……」
ゲーム内とは言え、初めて食べた兎の肉は鶏肉のような味わいで思いの外、美味しかった。
クルミの横で美味しそうに齧りつくディネを見ると、先ほどまでのガッカリ感は霧散していた。
「後で定期健診でデータ抽出用の注射するから」
「んぐっ!? ――こ、今回はやらなくていいと思うのだが?」
「だーめ。あんたたちはまだまだ解らないことが多いんだから。そうやってまた面倒事になったら大変でしょうに」
「うぅ……肌に針を刺すとは度し難い発想だ……うぅぅ、いやだぁ……もっとマシな方法はなかったのかぁ……」
青筋を浮かべて唸るディネを見てふふっと微笑みながら、クルミは月の浮かぶ空を見上げた。
(余剰データによって誕生したのがELダイバーだって
もしかして本当は遥か遠い星からやってきたアパリッショナル型宇宙人かも、とありえないことを考えながら、逃げだそうとしていたディネの腕を掴んで逃がさないクルミであった。
ディネはしゅんとした顔で諦念をありありと浮かべて、兎の脚のハーブ焼きをもそもそと齧っていた。
【ディネ】
72人目のELダイバー。
一人称は『私』 二人称は『君』『呼び捨て』など。
褐色肌に赤い目、灰色のジャギーウルフカットをした姿。
服装はいわゆる前時代チックなもので、布と紐、骨のようなアクセサリーで構築した露出の覆い格好。
コヨーテの毛皮を被っている。
GBNという大地に対する「感謝」という感情に基づいて生まれた存在(これは恐らくリアル側で身体的障害があるダイバーたちが、GBNでは自由に身体を動かせることへの感謝からきているのではと推測されている)で、他のELダイバーと比べて信心深い面がある。
普段は落ち着いた性格だが、近未来チック――機械的な空間が苦手らしく、そこに来ると落ち着きがなくなる。
また注射といったものも非常に苦手。
∀ガンダムの世界観を再現した「ディメンション・C.C.」で活動していることが多い。乗機はモビルドールディネを押し込んだ『ワイルドスモー』。
【ワイルドスモー】
ブロンズカラーで、手足に爪上のブレスレット型パーツを装備している以外は原型機の同様の装備をしている。
特徴として頭部にオオカミを模したペイントが施されている。
通常のスモーよりも一回り大きいが、これは中にモビルドールディネが押し込められているため。
【モビルドールディネ】
ディネのモビルドール状態。
手首内側にビームバルカン、太腿部分にビームナイフ、腰にヒートナタ、腕部にブレスレット形状のIフィールド・ジェネレーターを装備している。
【クルミ】
ELバースセンターで働くスタッフの一人。
一人称は『私』 二人称は『あんた』『あなた』『~さん/くん/ちゃん/先輩/呼び捨て』など。
くすんだ黄赤色のショートボブで、縁無しメガネをかけた女性。
黒インナーの上から白衣のような衣装を纏い、聴診器型のインカムを付けている。
ELダイバーの状態を確認する定期健診を行う人物。
お調子者な部分こそあるものの、周囲と比較すると幾分まともな性格をしている。
普段はELバースセンターなどに来ないELダイバーを探して接触するという役割をこなしている。
個性的な仕事仲間やELダイバーたちに振り回されている苦労人。
リアルでは「シラクモ・クルミ」という名前の女性。
第二次有志連合以降に入ってきた新人だったのだが、運営側の人間として初めて3人目のELダイバー『マティ』を発見・保護したことからELバースセンターのスタッフとして正式に配属されてしまった。
カツラギ主任を「おじさん」と呼んでは注意されている所をよく目撃されている。
母方の旧姓は「カツラギ」であり、どうやら苦労人の血には抗えないらしい。