蔵の中の失楽   作:nazario

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花の影の災厄②

キサラたちと別れたところで、アスはもう一度天を仰ぐ。まだ日は高く、小屋に戻って眠ってしまうには早い時間だ。行く当てがあるわけではないが、ひとまず人が集まるところに向かえば、誰か話し相手にでもなってくれるだろう。

そんな思惑を抱えて都の中央へ向かって歩いていくと、何か賑やかな音が聞こえた。固いものがぶつかり合うような高くて軽い響きは、かつて何かの祭りで聞いた太鼓の音色にも少し似ている。

かん、かん、と小気味よく鳴る音に誘われ、アスは遠目に見える人だかりへと近づいていく。その音を生み出している者たちは、分厚い一枚岩の上にいた。太い街道が集まるところにどっしりと置かれたその岩は、ある時は踊りなどを披露する舞台として、またある時は子供たちの遊び場として使われている。

現在大岩の上で行われているのは、木剣を使った戦闘訓練らしい。簡素で動きやすい服装に身を包んだ若者が、肌に汗を浮かばせながらお互いを打ち合っている。その顔ぶれは、渓谷の民が多いだろうか。しかしよく見れば、中にはよく見慣れたものもあった。

 

「……あれ、ヤアヤに、ケトもいる? 何やってるんだろ」

 

赤銅色の髪をなびかせながら、ケトとヤアヤはそれぞれの相手と訓練をしている。木でできた武器は、普段の戦いで使っているものよりもずっと軽いのだろう。激しい打ち合いが続いていても、二人の顔には疲れの色は見られない。

 

「はあっ!」

 

ヤアヤが一歩踏み込むと同時に勢いよく切り上げると、相手が持っていた木剣が甲高い音を立てて弾き飛ばされる。相手の少女は空になった両手をぽかんと眺めると、悔しそうに肩を落とした。

 

「……参りました」

「ああ。途中までの動きは良かったが、中盤から疲れのせいで打ち込みが雑になってるよ。もっと膂力をつけたほうがいいんじゃないか?」

「そんな簡単に……っ」

 

と言いかけた少女は唇をぐっと噛み、黙ってヤアヤに向かって頭を下げた。あの子は確か、ダダと言ったか。渓谷の民の一人で、名のある狩人の子孫らしい。しかし、長い髪の下の顔は、まだ子供と言って差し支えないくらいの幼さだった。打ち負かされた悔しさを隠さないまま、ダダは落ちた木剣を拾いに舞台を降りていった。

残されたヤアヤは手持ち無沙汰そうに何度か素振りをしていたが、すぐにアスの視線に気が付いた。

 

「……お、アスか。何してるんだい、こんなところでお散歩かい?」

「いやいや、それは僕が聞きたいよ。ケトもヤアヤ姐も、みんなして何やってんの? 新しい遊び?」

「遊びとは、ずいぶん侮られたもんだね」

 

アスのあけすけな物言いに、ヤアヤは木剣を肩に担いで苦笑した。アスの言葉にいちいち目くじらを立てないのが、短気なヤアヤにしては珍しい。

それをいいことに、アスは浮かんだ疑問をそのまま口にする。

 

「だって、僕たちユバの戦士に鍛錬なんか必要ないでしょ。いくら練習しても戦士の能力は変わらないって、僕だって知ってるよ」

「そりゃそうさ。でも、だからといって毎日遊んでいるわけにもいかんだろう。体は鈍らなくても、気持ちの問題だよ」

「……あたしが、お願いしたんだ」

 

二人の会話に小声で割り込んできたのは、先ほどヤアヤに打ち負かされた狩人の少女、ダダだった。ヤアヤの助言に噛みついた時ほどきつい言い方ではないが、声には幾分かの硬さが残っている。この打ち合いを遊びだと称したアスに苛立っているのだろうか。

その雰囲気に若干気おされつつも、アスはダダに問いを重ねる。

 

「ダダが? なんのために?」

「戦士様じゃなくて、あたしが強くなるためだよ。そうすれば、何かの時に役に立つかもしれないだろ? 戦士様がしばらく侵略者と戦ってないみたいだから、頼み込んで稽古をつけてもらおうとしたんだ。まさか、他の人までこんなに集まってくるとは思わなかったけど……」

 

と、ダダは少し気まずそうに周りを見回す。平たい岩の上で訓練用の武器を握っているのは、ざっと十人はいるだろうか。ケトの相手をしている長髪の青年も、確か同じく狩人だったと思う。以前見かけた時には大きな弓を背負っていた気がする。

 

「あれ? そういえば、ダダ……だっけ? 君の武器も剣じゃなくて弓だったよね?」

「そうだけど」

「どうして弓の訓練じゃないの? 強くなりたいんだったらそっちの方が……って、あれ? なんか僕、まずいこと言った?」

 

ダダの表情がいっそう険しくなるのを見て、アスはようやく自分が失言したらしいことに気がつく。しかし、一度口から出た言葉は取り消せない。

ダダは深く眉間にしわを刻むが、すぐに大きく肩を落とし、うつむいてしまう。口をつぐんだダダに代わって、ヤアヤが話を引き継いだ。

 

「……ユウムナには断られたんだよ」

「ユウムナが?」

「そうだ。やらないといけないことがある、とかなんとか言ってね。だから代わりにあたしが来たんだ。ケトは暇そうにしてたからついでに連れてきた」

「暇では、ふっ、ない!」

 

短い槍で青年の鋭い突きを捌きながら、ケトはヤアヤの言葉を否定した。青年は余裕そうなケトの態度に歯噛みし、さらに激しい攻勢に打って出る。弓とは間合いも戦い方も全く異なるだろうにケト相手にあれだけ戦えるのだから、この青年も相当の訓練を積んでいるに違いない。

その勢いにアスが目を奪われていると、打ち込みの音に紛れて小さなつぶやきが聞こえた。

 

「……戦士様にとったら、こんなの子供の遊びに過ぎないって思うかもしれないけど」

 

それは、顔を上げたダダの声だった。落ち着かない様子で木剣の柄を弄びながらも、その目はしっかりとアスに向けられていた。

 

「あたしたちだって、何かできることを探したいんだ。せっかく時間があるんだから、少しでも強くなって皆を守りたい。もう、侵略者に負けて惨めな思いをするのは嫌なんだ」

「……そっか。ごめん、遊びなんて言って」

「いいよ、別に。あたしの剣が未熟なのは、自分だって分かってるし。弓だってまだまだなんだから、もっと修業しないと」

 

そこで初めて、ダダは少しだけ口角を上げた。後ろ向きな言葉とは裏腹に、少女の声には確かな意思が感じられる。

黙って話を聞いていたヤアヤは、ダダの頭に腕を置いて寄りかかる。

 

「まあ、たまには他の武器を使うのも目新しくていいんじゃないのか? さて、ダダ。もう今日はお終いかい?」

「……やめない。戦士様から一本取るまで、絶対諦めないよ!」

「うし、よく言った。アス、あんたもやってくかい?」

 

好戦的に笑って、ヤアヤは木剣の切っ先をアスに向けた。アスたちが話し込んでいる間も、その背後では打ち合いの音や気合の声が響き、活気があふれている。石造りの舞台に上がってその一員になるのは、なかなか楽しそうなことに思えた。

しかし、アスはヤアヤとダダの間で視線をさまよわせたあと、小さな頭を横に振る。

 

「ううん、やめとくよ。多分ここには、僕のやりたいことは見つからないと思うんだ」

「そうか。暇だからってあんまりだらだらするんじゃないよ? 次の戦いで体が鈍ってたら、みっちり鍛え直してやるからね」

 

大きく口を開けて笑うと、ヤアヤはダダに向き直って木剣を構えた。再び響き始める打ち合いの音を背に、アスはまたあてどなく歩き始めた。

 

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