ダダたちが稽古をしていた大岩を大きく迂回して、アスは都の北側へ足を向ける。日当たりの悪い荒地が続く北側は居住区どころか農作地さえまばらで、すれ違う人なんているはずもない。
雑草もろくに生えない白茶けた土を踏みしめながら、アスは先ほど自分がヤアヤの申し出を断った理由について、ぼんやりと考え始める。
面倒だったわけではない。むしろ、ダダやヤアヤの中に混じって体を動かせば心のどこかにある鬱屈した気分は簡単に吹き飛んでしまいそうだと感じていた。アスの頭は単純だから、胸を占めている不安や迷いさえも、他のことをしているうちにすぐに忘れてしまう。それは良いことのはずなのに、どうしてだかとても恐ろしいことのようにも思えていた。
「やりたいこと……やりたいことねえ……」
小さく呟く声は、冷たい風にかき消されていく。
そういえば、ユウムナは今頃何をしているのか。ダダの頼みを断ったようだが、そうまでしてユウムナがしたいこととは何だろう。ユウムナは気まぐれに見えても面倒見がいいから、よっぽどのことがなければ人の頼みを無下にしたりはしないはずなのだが。
だから、ユウムナは見つけているはずなのだ。自分自身にとって『よっぽどのこと』を。
戦いのない平和な日々の中で、アスはいまだに何をしてよいのか分からずに戸惑っている。キサラに神話や教養を教わることは戦士である自分にとっては意味がないだろうけど、ヤアヤたちのように戦闘技術を磨くのも何かが違う気がする。そんな漠然と言い訳をしながら何も始められないアスにとっては、自分がやるべきことを見つけたユウムナがうらやましくもあり、少し寂しくもある。
堂々巡りの思考にため息をついたその時、アスは遠くで何か動くものを見つけた。
「あれ? ……おーい、何してるの?」
枯れ木の向こうに動いた影は、しかしアスの呼びかけには答えない。聞こえているのかいないのか、じっと小さくうずくまっているだけだ。
「? ユウムナ……だよね? ねえ、何してるのってばー!」
木々の隙間から遠目に見たって、その特徴的な白い髪の毛はすぐに分かる。
けれど、繰り返し呼んでみても、ユウムナらしき人影は、ついに振り返ることなく木々の向こうへと消えていった。
「なんだよ、無視なんて感じ悪いなあ。それにしても、あんなところで何をしてたんだろ?」
アスは不満をあらわにしながら、ユウムナがいたあたりに近づいて周囲の様子を確かめてみる。しかし目に映るのは茶色く痩せた枯れ木ばかりで、面白そうなものは一つもない。薄寒い雰囲気に思わず身を震わせた瞬間、アスは張り出した根の上にぽつんとたたずんでいる、妙なものを見つけた。
「……? ユウムナ、これを見てたのかな?」
それは、姿だけで言えばコンドルに似ていた。ただし、その羽は見慣れたものとは違い、頭の先から尾羽まで雪のように真っ白だった。天の変異の戦士のような異質な姿には、神秘的な美しさを感じる。
その珍しさに、アスは思わず雪像のような鳥に向かって手を伸ばす。しかし、その頭に指先が触れた瞬間、コンドルの首は吹き飛んだ。
「……っ!?」
いや、首だけではない。嘴が、翼が、鉤爪が、音もなくさらさらと崩れ落ちていく。アスは慌てて手を引っ込めるが、純白のコンドルの崩壊を止めることはできない。目の前に確かにあったはずの鳥の姿は、数度瞬きをする間に手のひらくらいの砂の山になってしまった。
「……なんだよ、これ……気持ち悪い……」
アスは無意識に自分の人差し指を、ローブの裾にこすりつけていた。けれど、触れたところが砂のように崩壊していく不気味な感触は、そう簡単に拭い去れるものではなかった。
誰かが作った彫刻が、たまたまここに放置されていたのだろうか。触れただけで崩壊してしまうほど風化した彫刻を、訪れる者さえいない荒野に? そこに偶然ユウムナとアスが通りがかったのか? 悪戯にしては地味だが、何かの意図があったと考えるには手がかりが少なすぎる。
誰の仕業か突き止めようととしても、コンドルがいたという証拠になるのは目の前のわずかな砂埃くらいだ。それさえも、すぐに風に吹かれて散ってしまった。
「……やめた。考えるのは僕の仕事じゃないんだ。もうさっさと帰ろ」
半ば自分に言い聞かせようと意識しながら、アスは枯れ木の林に背を向けた。急ぐ用もないのに自然と歩調は早まり、再び大きな道に戻る頃には走り出していた。
来るときに抱えていた煩悶は一切解決していないが、そんなことは頭からすっかり消え去っていた。とにかく、どうしようもなくナーダに会いたかった。