ジョカは驚きと怯えが混じった表情で、籠を背に隠そうとする。だが、その手はマルキアとともに現れた背の高い仮面の女によって簡単に抑えられた。
「あ、駄目なのぉ! 取らないでぇっ!」
「それはこっちのセリフよ、ジョカ。食料を採っていいのはその日の採集当番だけ、と決めたでしょうに。皆が好きなように採集をしたら、森の豊かな恵みだってすぐに尽きてしまうわ」
彼女よりもずっと年上に見える年頃のジョカを諭すマルキアの口調は、不自然なほど大人びている。有無を言わさず籠を取り上げられて目に涙をためているジョカのほうが、よほど子供らしく見えた。
仮面の女は籠を逆さにしてわずかな木の実を手のひらに落とすと、恭しくマルキアに差し出す。
「ありがとう、クラウレ。さて、これは決め事通りに貯蔵庫へと戻すわ。……言っておくけど、鍵は厳重にかけておくから、忍び込もうなんて思わないことね」
「……っ!」
そこで初めて、マルキアは一瞬だけプリトナに目を向けた。盗人扱いされたのだと気づいた島の少女の頬が、怒りと羞恥でさっと赤く染まる。
プリトナの反応を見たマルキアは口の端を吊り上げ、意地の悪い笑みを浮かべた。
「それにしても、交渉に持ってくるのがタパパと真珠だなんて……呆れた。あなた、まったく状況を理解してないのね。誰もかれもがお腹を空かせてる中で装飾品なんか持ってきても、取引になるわけがないじゃないの。島の人って呑気な気性が多いっていうのは本当ね。目が開いてても頭をちっとも使わないんだったら、眠ってるのと大差ないわ」
「何よ、あ、あんたみたいな子供に何が分かるの!? 突然出てきて、勝手なことばっかり言わないで!」
「あら、泣き落としが聞かないと見たら今度は恫喝? ふふ、本当に単純なのね。……ねえ、食料を恵んでほしいならいい方法を教えてあげてもいいわよ」
マルキアにつかみかからんばかりに怒気をあらわにするプリトナの頬を、細くしなやかな指がつうっと撫でた。背後の仮面の女がにわかに気色ばむが、マルキアは気にも留めずに少女の耳に唇を寄せてささやきかける。
「あなたが望むなら、いい”お客さん”を紹介してあげるけど、どうしたい? あなたみたいな愚直……失礼、素直で純真な女の子なら、きっと可愛がってもらえるわ」
その言葉を聞いてプリトナは驚愕し、次いで嫌悪に強く顔を歪ませた。
プリトナだって、”お客さん”に”可愛がられる”ということが何を意味しているか分からないほど幼くはない。
「そ……そんなこと……!」
「あらそう? ふうん、かわいそうに。今日もあなたのおばあさんは、お腹が減ったまま眠るのね。あなたのわがままのせいで」
けれど、マルキアはプリトナの最も大切な場所を平気で踏みにじってくる。頬に触れた指がゆっくりと下り、少女の柔らかな唇にたどり着く。
明るい日の下で朗らかな笑みを浮かべていたはずのそこは、今はひどくひび割れて血の気を失っている。プリトナは瞬きもせずに大きな目を見開いた後、噛みしめていた唇を緩め、暗いまなざしをマルキアに向けた。
「……本当に、食料をくれるんですか? 私が、頑張れば……」
「ええ、もちろん。安心して、あなたならきっとうまくやれるわ。さあ、こっちにいらっしゃい?」
プリトナはその言葉にまぶされた毒に操られるように、マルキアにふらふらと歩み寄った。少女の危うい足取りを見るマルキアの紫紺の瞳は、この上なく楽しそうに弓なりに細められる。
プリトナの細い指が奈落へ続く蜘蛛の糸を掴もうとしたとき、それを引き留めるように低く威厳のある声が割って入った。
「プリトナ、探したぞ」
「え……あ、せ、戦士様?」
「食料だ、受け取れ」
がさがさと茂みをかきわけて現れたのは、巨体の男の戦士、チカオトルだ。マルキアには目も向けず、チカオトルは小脇に抱えていた
「これ……果物!? しかも、こんなにたくさん……」
「マリマリだ。緊急時のために溜め込んでたと、気持ちよく分けてくれた。礼を言うといい」
朴訥とした口調で説明すると、チカオトルはプリトナとジョカをまとめてマルキアから遠ざけるように追いやった。何度も頭を下げながら走り去っていくプリトナにおざなりに手を振ると、チカオトルはマルキアに向き直った。
話に割り込まれたマルキアは、戦士を見て小さく鼻を鳴らす。
「マリマリね……家じゅう探させたのに、まだ備蓄があったなんて。まあ、あの子はああいう子だから、仕方ないわね。それにしても、仕留める直前の獲物をかっさらってくなんてお行儀悪いじゃない、戦士様」
「お前に言われる筋合いはない、マルキア。お前こそ好き勝手に食い散らかしてるらしいが」
「人聞きが悪いわね。私がいなかったら森は今頃大混乱よ? あなたたち戦士がしっかりしてないから、代わりに仕切ってあげてるんじゃない」
責めるような言葉とは裏腹に、マルキアはどこまでも楽しそうに笑い声をあげる。チカオトルは眉間にしわを寄せると、感情を表に出さない彼にしては珍しくため息をついた。
「お前が何のつもりかは知らん。だが、病気で皆が不安になってる間くらい大人しくしてできないのか」
「……呆れた。あなたも何も分かってないのね。
「……?」
チカオトルは相槌も打たず、ただマルキアの言葉に首を傾げた。マルキアはやはり上機嫌そうに目を細めると、覚えの悪い子供を相手にするように指を一本立ててしゃべり始める。