ビシャールに会いに高山に行きたいから、着いてきてほしい。
ナーダの申し出を、アスはすぐに了承した。
理由は聞かなくても分かっていた。きっと、占いができないことに関係しているのだろう。詳しい事情は分からないが、ナーダとは親しい仲のラルクにも相談ができていないらしい。そのせいで、ナーダの様子はいつになく不安定だった。
だが、戦士の自分ではナーダに助言を与えることも、優しく支えることもできない。民族は違うが同じ占いの力を持つビシャールがナーダの力になってくれるのなら、アスにとっても嬉しいことだ。
しかし、ビシャールの住む高山の集落に近づくうちに、ナーダとアスは異変に気が付いていた。
旅人らしき姿を、常より多く見かける。しかも、そのすべてが二人と同じく高山に向かっているらしい。
「ねえ、今日って何かあったっけ? お祭りとか」
「まさか。お祭りなんて華やかなもの、もうずいぶん前から取りやめになってると思いますが……もしかしたら、私の知らないところで何かあるのかも……」
言い終わらないうちに、数人の男の集団に足早に追い抜かされた。やはり彼らも、行く方向は同じようだ。
「急ごうか」
ナーダとアスは、どちらともなく歩調を早める。占いが使えなかったとしても、何か奇妙なことが起こっているということは誰の目にも明らかだった。
*
二人が高山の集落にたどり着いたのは、ちょうど日が中天に差し掛かるころだった。今日も空は真っ白な雲に覆われ、太陽の光を直接浴びることはかなわない。
「なんだろう、あれ?」
集落に着いてすぐ目についたのは、中央の広場にある人だかりだった。
あるものは立ち、あるものは座り込み、けれどその視線の先は定まっている。どうやら、広場の中心にある
「戦士様、私たちも近くに行ってみますか?」
「んー……でも、ナーダはヴィシャールに会いに来たんでしょ? 寄り道しない方がいいんじゃないの?」
小さく会話を交わしながらも、二人も櫓と周辺の人々に目を向けずにはいられない。アスたちの後にも、集落にやってくる人の流れは途切れない。新たにやってくる人々も、櫓に向かって真っすぐに歩いていく。
やはり、何か目的があって彼らは集まっているのだろう。
アスがぼんやりとその様子を見ていると、中央に向かう人々の中によく見知った顔を見つけた。
「お、アスじゃん」
人だかりを離れて近づいてきたのは、鉈を持ったユバの戦士、ナタリだった。
「ナタリ……行事なんかに君が顔出すなんて、珍しいね」
「そうでもないさ、俺は噂話が好きだからな。面倒で仰々しい儀式は嫌いだけど、なんか面白そうなことやるって聞いたらすぐに飛びつくぜ。アスもそのつもりなんだろ?」
「いや、僕らはちょっと別の用で……」
「へえ、じゃあここに来たのは偶然か。まあいいさ。面白そうなことになりそうだからちょっと見て行けよ」
ナタリは親し気にアスに近寄り、肩を組んだ。アスのやや張り詰めた雰囲気をものともしない様子は、豪胆とも無神経ともとれる。
「これ、誰が何のために人を集めてるの?」
「どうだろうな、俺も詳しいことは知らないよ。なんとなく人の流れについてきたら、ここに来ちゃった感じ?」
「何だよそれ、じゃあナタリだって偶然ここに来たみたいなもんじゃないか」
「そいつはどうだろうな? ほら、見てみろよ」
ナタリに促され、アスは集まった人々に目をやる。よく見れば、その顔ぶれは驚くほどに多くの民族が入り混じっていた。
険しい顔で何事かを話しているのは、草原のイメラとキサラだ。その近くでは、マルキアがいつもの取り巻きを引き連れて、楽しそうに目を細めている。隅の方で肩身が狭そうに、けれど真剣な面持ちで櫓を見上げているのはモアナとプリトナだ。
「祈り人って、なんだかんだ縄張り意識が強いだろ。これだけたくさんの奴らが集まってるのは、それこそ祭りくらいのもんだ。それにな、ここに来てる奴らの中には遊んでる余裕なんてないくらいに切羽詰まった顔だってある。そんな奴らがわざわざ来てるんだから、話を聞かせるために呼びつけたって思うのが自然だろ。そうでもしてまで聞かせたい何かがあるってこともな」
ナタリの口調は軽薄だが、その言葉には説得力があった。何か重要な話があって呼び出されているのだとしたら、祈り人たちのものしい雰囲気にも納得がいく。
「ま、全部俺の思い込みかもしれないけどな。予想が外れたところで、それはそれで楽しそうだし」
「……」
「あ、タクナだ。おーい! その隣の奴、誰?」
「げ、戦士。お前まで来てるのかよ……」
ナタリは顔見知りを見つけたのか、騒ぎを遠巻きにしていた若者二人に向かって走っていった。
アスはナタリの背中を見送って、改めて群衆を見回す。
ナタリの言う通り、集まっている中には各民族の指導者的な役割の者も見られる。また、ヤアヤやケトなど、ユバの戦士もそろっているようだ。
だが、顔ぶれは様々だが、集まっている人数自体はそれほど多くない。
「……違う。今ここに来れる人は、きっとこれだけしかいないんだ……病気のせいで……」
独り言ちたアスがわずかに身震いしたその時、櫓の上に背の高い人影が現れた。
「……ファルマだ」
医者という立場のせいか、ファルマは高山の集落外にも顔が広い。集まった人々の中にも知己がいたのか、安堵したようなため息が広がる。
その音をかき消すように、ファルマは朗々と話し始めた。
「忙しい中、この集落にまで呼び立ててすまない。皆に聞いてほしいのは、もちろん都を脅かしている病の話だ。この病の原因を、我々は突き詰めつつある」
「っ!?」
いきなり事態の核心をつく発言に、アスは驚きを隠せなかった。
驚いたのは聴衆も同様で、砂嵐のように動揺が吹き荒れる。その反応を予想しきっていたように、ファルマは一層声を張り上げて話し続ける。
「だが、結論だけを話しても信じられないだろうから、まず患者の特徴から話そう。彼らが深い眠りに陥っているのは周知のとおりだが、医学的な見地から見た共通点として、患者の生命力が……ウルがとても少ないという点がある」
ファルマの言葉に、アスは眠り続けるダリアの姿を思い出していた。思えば、彼女が最初の患者だったのかもしれない。
ユウムナとともに彼女を見舞ったあの時には、眠り病がこんなに広がるなんて思っても見なかった。
「病に罹ったものの共通点は他にもある。知っている者もいるかもしれないが、この病の罹患者はの数は集落によって差がある。高山は初期こそ立て続けに患者が現れたが、今では一人も新たな感染者が出ない日もある。だが、草原と島の集落は患者は増える一方だ。私たちは、その理由は各集落の環境にあると考えている」
いつの間にか、聴衆は水を打ったように静まり返っていた。集まっている人々は若者が多いはずだが、誰も無駄口を叩かずにファルマの話に耳を傾けている。
「草原と島の集落に共通しているのは、住居の形態だ。昼夜の寒暖差の激しい高山と渓谷に比べ、開放的で隙間の多い造りが多い。それは森も同じなのだが、森は小屋が樹上に建てられている。……それだけが病を招いているとは言い難いのだが、もう一つ、感染者が多いところで必ず目撃されているものがある。子供の頭ほどの大きさの、白い影だ」
白い影。その言葉に、妙に胸騒ぎがするのはなぜだろう。
そういえば、ユウムナはどこにいるのだろう。あの目立つ容姿なら、人ごみの中にいたってすぐに見つかりそうなものだけど。
ファルマはそこで一度言葉を切り、少しの間目を閉じた。再びまぶたを開いた時には、その梔子色の瞳はある人物を射抜くように厳しく細められていた。
「ここまで言えば、推測が立つものもいるだろう。眠りの病の感染源……その正体は、ユバの戦士、ユウムナではないかと考えている」