蔵の中の失楽   作:nazario

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白の裏の剥落②

「天の変異の戦士、ユウムナ。彼女はあの大崩落以前からダリアと親交があったようだが、頻繁に会いに来るようになったのは彼女が大崩落で不調になってからだ。それはこの集落の者ならよく知っていることだろう。眠りの病が発生したのは、ユウムナのダリアの訪問と時期を同じくする」

ファルマはあらかじめ頭の中で作り上げた文章を読み上げているように、聴衆がうろたえる暇も与えず語り続ける。

「根拠となるのは時期の問題だけではない。戦士はウルを操る力を持つ。我々の傷を癒したり、失われた力を取り戻したり、その効用は様々だ。……私は以前から、ウルを与えることができるならば、ウルを奪うことも可能ではないかと考えていた。特に変異の戦士は、ウルを感知する力が強いようだ。であれば、生きている人間のウルを取り出すことができるのではないか」

 

ファルマの話が進むうちに、不安そうなさざめきが広がっていた。しかし、聴衆の視線は櫓ではなく、広間の向こう側に集まっていた。

「おい、いたぞ!」

彼らは見つけたのだ。白い髪と、黄金の瞳。他の誰とも似つかない、神に選ばれた戦士の姿を。ユウムナは己に向けられた視線を押し返すように、真っすぐに唇を引き結んで立ち尽くしていた。

「何よりも!」

ファルマは力強く叫び、群衆の注意をもう一度惹きつけた。だが、のろのろと振り向く人々の目は、不安になることをまだ聞かなけれないけないのかと訴えているようだ。

「……目撃されているんだ、私が先ほど挙げた、草原と島の住居。その二つの小屋の多くは、窓やくぐり戸が……子供くらいなら簡単に通れるような隙間がどこにでもある。そして、ユウムナはユバの戦士の中でも小柄な方だ。それこそ、子供と見分けがつかないくらいの」

大勢の人が集まっている広場は、不気味なくらいに静まり返っていた。息を呑む音さえ響いてしまいそうなほどだ。

全ての人の視線の先は、硬い顔で立ち尽くす人影に向けられていた。

 

「ユウムナ……」

アスの小さなつぶやきは、一斉に沸き立った声にかき消された。

「戦士様」「戦士様?」「戦士様……!」

群衆から伸ばされた手を、ユウムナは拒まなかった。そのまま、丁重とは程遠い手つきでユウムナは引き立てられ、広場の中心へ連れていかれる。

その動きを全て見ていたのに、アスは彼らを止めることができなかった。アスにも、ユウムナの不振な行動について思い当たる節があったからだ。

目の前で砂になって崩れていった鳥の姿が頭に浮かぶ。なぜあんな荒れ地にいたのか、理由を聞かせてほしい。けれど、こんなふうに責めるようなやり方はあんまりだとも思う。

助けを求める気持ちで辺りを見回すと、櫓の側、ユウムナのすぐ近くで凍り付いたように固まっているケトを見つけた。

 

戦士のまとめ役であるケトなら、この騒動をなんとかしてくれるのではないか。その期待はすぐに無駄だと分かる。ユウムナを見るケトの瞳は、アスと同じように、いや、それよりも強い戸惑いの中にあった。

「ケト、何か言ってやれよ!」

すぐそばにいたヤアヤがケトを小突くが、ケトは人形のように肩を揺らすだけだった。

「わ、私は……」

小さく口を動かすが、目の前のユウムナと視線を合わせることもできずにうつむいてしまう。

 

いつの間にか櫓を降りていたファルマが、ユウムナの正面に立った。

「戦士ユウムナ。あんなことを言ったが、私たちはこの病を引き起こしているのがあなただと、確信を持っているわけではないんだ。何か間違いがあるのなら、ここで正してほしい。……そうでなければ、どうしてこんなことをしたのか、理由を教えてくれ」

「……」

しかしユウムナは、何も言わなかった。正確には、言葉を発さないまま首を横に振り、否定の意思だけを表した。

「……病の原因はあなたではないと言いたいのか、それとも話すつもりはないということか」

ファルマの問いかけには答えず、ユウムナは静かに目を閉じた。その小柄な姿に、視線が突き刺さる。

「何とか言ってよ!」

誰かの悲鳴のような声とともに飛んできた小石は、ユウムナを掠めることもなくその足元に落ちた。

だが、それが群衆の感情の堰を破る大きな一撃となった。

「嘘ですよね、戦士様……?」「俺は信じてますから」「なんで黙ってるんですか」「じゃあファルマが間違ってるって言うのかよ?」「何か言ってくださいよ!」「私たちを」「あの医者には俺も助けてもらったんだ、信用できる」「もう僕、何が本当か分からないよ……!」「そんなひどいこと、あり得ない!」「ずっと私たちを、騙してたんですか!?」

口々に叫ばれる不信と不安は、追いつめられた獣の悲鳴に似ていた。

 

「やめろ皆! 私はこんなことのために、お前たちを集めたわけじゃ……」

「ファルマさん、危ないです! 下がってください!」

櫓の影からディンシャが飛び出し、狙いを外れて飛んできたつぶてからファルマをかばう。その背の後ろには、ユウムナはいない。当然のことだ、ユバの戦士は小石ごときではかすり傷もつかないのだから。もちろん、祈り人に守ってもらう必要もない。

だけど、その心はどうだろうか。身を挺して守ってきた民から疑いの目を向けられ、言葉でも行動でも庇護されない。そんな状況で、少しも傷つかないでいられるだろうか。そんな状況にあっても言えないような秘密を、ユウムナは抱えているのだろうか。

アスは瞬きもできないまま、飛び交う石と怒号をじっと見つめていた。どうして自分は何もしないのかと、自分自身に問いかけながら。

 

「ごめんよ、ちょっと通してね。あいてて、押さないでよ。全くもう、乱暴だなあ」

しかし、その混乱は長くは続かなかった。

群衆をかき分けるようにしながら現れたのは、長身の男だった。その姿を見た瞬間、祈り人たちの目は先ほどとは違う意味で困惑に染まる。

「あいつ……侵略者?」

誰かがつぶやいたのを耳ざとく聞きつけ、男は――迎徒は、にっこりと微笑んだ。

「イエス、その通り! 知らない人もいるだろうから、一応自己紹介しておこうか。ボクは大陸の科学者兼医師兼技術士官、迎徒だよ。キミたちが侵略者と呼ぶ集団に所属していた。まあ、今は虜囚の身だけどね」

迎徒は細い縁の眼鏡に手を駆けながら、明るく笑う。だが、群衆は迎徒にも殺気立った目を向けていた。

再び騒ぎが起きようとしたのを制したのは、やはりファルマだった。

「待て。迎徒と言ったな。私たちは今、重要な話をしているんだ。好奇心で首を突っ込むのはやめろ」

「重要な話? どう見ても私刑でしょ、これは」

迎徒はファルマの尖った声にあくまでのんびりと応じると、足元のこぶし大の石を拾い上げた。

「まあ、それを邪魔しようとしてるわけじゃないんだ。どんなに野蛮だろうとキミたちの文化は興味深いからね。だけど、職業柄どうしても見逃せないことがあったもんでね、口を挟ませてもらおうと思って」

そこで迎徒は言葉を切り、群衆に向かって大きく手を広げた。

「眠りの病の感染源はね、この小さな戦士なんかじゃないよ。ボクはそれを証明できる」

 

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