「説明は後にしよう。君たちに見てほしいのは、これだ」
迎徒は抱えていた大きな荷物を置き、それにかけられた覆いを手品師のような手つきで取り去る。
現れたのは、廃材から作ったらしい檻と、その中で落ち着かなく動いている獣だった。
「これは……」
「そう、ネズミだよ。君たちだって見たことあるだろう」
迎徒が檻に足をかけると、閉じ込められた白いネズミはきぃっと高い声で鳴いた。
アスの隣で、ナーダがびくりと肩を震わせる。
ファルマは眉を寄せ、考え込むように口元に手を当てる。
「それは見れば分かる。だが、この大きさは……」
「うん、異常だね。ボクもこんなに大きな個体は見たことないよ。もしかしたら、ネズミに似た別種の生き物なのかもしれない。瘴気による変異か、それ以外のものか……この場で推論を言うのはよして、話を戻そうか。このネズミが普通じゃないのは、大きさだけじゃない。こいつがおそらく、眠り病の原因なんだ」
「先ほどもそう言っていたな。どうしてだ? その根拠は?」
「君たちのやり方と同じで、罹患者の生活環境から推測したんだ。ただ、ボクには時間がいくらでもあるからね。君たちが見落としてしまうようなどうでもいいことまで観察できる。例えば、近くの地面とか」
「……穴?」
「うん。眠り病が発生した人の住居を見ているうちに、近くの地面が柔らかく掘り返されてるのに気が付いたんだ。ちょっと深く掘ってみたら、モグラの巣穴みたいなものに行き当たった。そこを行き来していた動物がいると見当をつけて張り込んで、こいつを捕まえたんだ。そういえばそこのお医者さんは、地面から高い所や隙間のある家屋には患者が少ないと言っていたね。ちなみに、風通しの悪いところに放り込まれてる侵略者には、一人も感染者はいない」
「でも……いや、まさか……」
「子供くらいの大きさの白い影、だったよね? 患者の近くで目撃されていたもの。例えばこのネズミが枕元に居たら、子供に見間違えても仕方ないと思わないかい? こいつはきっと、寝ている人から生気を……君たちが言う、ウルを吸っているんだ。だから夜にしか目撃されない。だから隙間の多い住居に入り込む。以上がボクの推論だ。どうかな? 少なくとも石を投げる手を止めるくらいは楽しんでもらえたみたいだけど」
迎徒は眼鏡を押し上げ、ファルマは豊かな赤毛をぐしゃりと掴んだ。
「ああ、お前の言うことは分かった。……だからってそんなこと、信じられると思うか? 他ならまだしも、侵略者のお前が言うことなんて……!」
しかし迎徒は、愉快そうに肩を揺らす。
「イエス! その反応は織り込み済みさ。だから、生きた検体を捉えるなんて手間をかけたんだ。ボクとしても、検証可能なデータを欠いた主張をするなんて、科学者としての矜持に関わるからね。さて、この集落に孤立した小屋はあるかい?」
迎徒が視線を向けたのは、櫓の側で控えていたナンディだ。
「ぼ、僕ですか? えっと、村のはずれに空き家がいくつか……」
「待て、答えるな。……迎徒。貴様、何をするつもりなんだ」
「何って、臨床実験に決まってるじゃないか。簡単なことだよ。ボクはこいつを檻から出して、一晩過ごしてみる。それで翌日僕が眠りこけていたら、君たちもこのネズミが眠り病の原因であると信じられるんじゃないかな」
「それは……っ、そんなこと、医者である私が認めると思っているのか!?」
「あれ、実験の信頼性じゃなくて、倫理を気にするのかい? 意外だね。ボクが君たちのお仲間にしてきたことを考えたら、こんなの比べ物にもならないよ?」
迎徒はおどけたように肩をすくめて見せる。その口調は、群衆をわざと挑発しているようにも思えた。
狙い通り、静まっていた人々は再び怒りの色を目に宿し始める。ただし、その対象はユウムナではなく迎徒に移っていたが。
「いいんじゃねえの、やらしておけば」
不穏なざわめきを切り裂いて、若い男の声が響く。見れば、そこにいたのは侵略者の青年だった。確か名前は、露呼と言っただろうか。渓谷の民、タクナがその隣で慌てたように立ち上がる。
「おい、露呼……」
「どうせそのおっさん、誰が止めても聞かねえよ。自分の身体使うってんだから、他人に迷惑かけないぶんだけマシだろ。もしそいつが信用ならねえってなら、俺が見張りをしてやる。……俺と、タクナが」
「は? おい、なんで俺も!?」
「同族の俺だけだったら監視の意味がねえだろ。付き合えよ、この前言ってたパーツ譲ってやるからさ」
「ちっ……」
タクナは不承不承といった様子を隠さず、けれど黙って頷いた。
「ありがとう、露呼くん。助かるよ」
「同郷のよしみ……つうか、腐れ縁だ。年寄りのケツを拭いてやるのも若者の仕事だろ」
「ひどいなあ、さっそく老人扱いしてくれちゃって。まあ、事実だけどね」
迎徒はたいして消沈した様子も見せずに肩をすくめると、
「じゃあ、さっそくその空き家に案内してくれる? 後は露呼くんたちに監視を任せていいから。そこの櫓に鐘があるよね? 露呼くんでも付き添いの彼でもいいけど、もし明日の朝、ボクが目覚めなかったら鐘を二回鳴らしてくれ。問題がなかったら一回。その時はボクが皆に頭を下げて回るよ」
ファルマがあっけにとられている間に、話はとんとん拍子に進んでいく。
そして翌日、同じ高山の広場にて。
鐘は、二度鳴った。
*
迎徒は、一晩ただネズミを眺めていただけではない。
翌朝小屋に入ったタクナと露呼が見つけたネズミの尾には、長い糸が括りつけられていた。
牙や爪に触れないように注意しながらそのネズミを野に放つと、ネズミは一目散に高山へ向かって駆けていった。
「おっさんの予想通り、だな……」
迎徒が残した書き付けを手にしながら、露呼は苦笑する。その隣でしゃがみこんでいるタクナは、不満そうに舌を鳴らす。
「事前に俺に言っとけば、発信機くらい作ってやったのに」
「山の中まで電波が届く代物か? 大方の方向が見当つけば、あとは地の利がある現地人に任せるのが一番だ……って、おっさんの遺書に書いてある」
「死んだわけじゃねえだろ、縁起悪いこと言ってやるなよ……」
「死んでもいいと思ってやってるんだろ、このはた迷惑なおっさんは。敵地のど真ん中で昏睡状態になって、まともに世話をしてもらえるなんて期待してるわけがねえ。自分のやりてえことだけやって、あとはお前らに任せるとよ。相変わらず勝手なことばっかりだ」
「……なに人ごとみたいに言ってるんだよ。お、ま、え、も、働くんだろうが。俺を巻き込んだんだから、今度はお前の番だ」
タクナは手にしていた糸の端を引き、逃げたネズミを手元に引き戻す。
「ファルマに……いや、族長全員と、ユバの戦士にも知らせなくちゃならねえ。鼠退治は人手が多い方がいいからな」