蔵の中の失楽   作:nazario

27 / 44
※今さらですが、この辺からねつ造が激しくなってくるのでご勘弁ください。
具体的には、高山の寺院周りを色々書いていくことになるかと思います。


白の裏の剝落④

迎徒が眠りについたその日の夕暮れ、ユバの都で大集会が開かれた。場所は都の中央の神殿の一角、普段戦士が寄り合って話し合いをしている広間だ。

入り口に面した南側、すなわち太陽を背にする位置は、この都の中で最も位が高い者にしか許されない。かつては始祖ユバがいたそこに、今は七人の戦士が座っている。

アスは前に立つケトから一歩引いたところで胡坐をかき、無意識のうちにため息をついた。協調性のない戦士たちがこうして全員揃ったのは驚きだが、それが良いことだとは思えない。

性格も力も違う戦士たちはの意見が一致したことは、始祖ユバを失った大崩落のあの日から今に至るまで、一度もない。都の危機だと言われても、今回だって戦士の意見が揃うことはおそらくないだろう。ただでさえ、綺麗に結論が出る話題ではないのだから。

 

戦士の前に置かれた円卓を取り囲むように、いや、さらにその外側に描かれた人の円を埋め尽くすように、祈り人たちは集まっていた。一応は族長やまとめ役などが内側に来るように配慮はされているらしいが、中心的な役割でないものたちもも輪の一員に加わろうとばかりに身を乗り出している。その熱気が離れたアスのところまで伝わってくるようだ。

 

だが、祈り人たちとは対照的に、戦士の座は冷えた空気に包まれていた。

ケトは一応その中心に立っているが、自ら望んだというよりも追い立てられてそこにいるという色が隠せない。

そんな厳しい顔のまま、ケトはそれでも口を開いた。

「では、タクナ。迎徒の見張りを終えて、今把握できている情報を教えてくれ」

高い所から指名されたタクナは、臆する様子もなく立ち上がって訝しげに問い返す。

「あ? さっきファルマとあんたには話しただろうが。もう一回同じことを話せって言うのか?」

「ああ、そうだ。お前の話の後にここに来た者もいる。私から話すよりも、自らの眼で事態を観測していたお前の話の方が正確だろう」

「……ちっ。融通利かねえな、戦士様は」

タクナはいらだたし気につぶやくと、円卓を囲む面々に向かって声を張り上げた。

 

「俺と露呼……この侵略者が迎徒のおっさんが籠った小屋を見張ってたことは皆知ってるだろ。今日の朝、おっさんが起きないのを確認してから、俺たちはそっから這い出てきたネズミを追っかけた。そいつは集落から出て、高山の方へと向かっていった。行き先は、大寺院のある一番でかい山だ」

「待ってください、それは……!」

物音を立てながら立ち上がったのは、高山の祭司、マイヤだ。平時は穏やかで控えめな彼女がタクナの話を遮ろうとするのを、ファルマが手の動きで止めた。

「……餌を喰ったなら、獣は必ず巣に帰る。腹の中にあるのがオレたちから吸ったウルでも同じだろう。つまり、その山の中にネズミどもの住処があるんだな」

ライカ村の狩人、イメラがタクナの言葉を引き継いだ。荒んだ目つきの中に、生命を狩ることを生業にする者にしか出せない説得力があった。その雰囲気に気おされたのか、イメラが出した結論に異を唱えるものはいなかった。

 

場を仕切り直すように、ケトは剣の柄を一度床に打ち付けた。

「情報はこれで共有できたな。では、これより本題に入ろう。今後、我々がどうするべきか……」

「んなもん決まってるだろ、山狩りだ! オレたちをこんな目に会わせたネズミどもを、一匹残らずぶち殺す! そうだろ、戦士様!」

イメラは膝を立てて座ったまま、鋭く吼える。その言葉に頷く者は、ライカ村の若者たちだけではない。瘦せこけた顔の中で奇妙に光る眼には、閉鎖的な日々に耐えかねたくすぶりが溢れはじめているようにも見えた。

その怪しい一体感を、再び立ち上がったマイヤが打ち壊す。

「待ってください! 大寺院があるのは神の山です! そこに住まうものは、獣といえど神の使いと同じです! 考えもなしにそれを殺すなど、そんな恐ろしいこと……!」

「だったら黙って死んでいけって言うのかよ!? 気味の悪い白鼠に頭までかじられておかしくなったんじゃねえのか!? ああそうか、お山暮らしのてめえらには大して被害が出てねえもんな、俺らが滅んでも痛くも痒くもねえか!」

「そうは言っておりません! 第一、私たちが草原にどれだけの物資を送ってきたと思っているのですか!?」

イメラに張り合って叫んだあと、マイヤは自らの声に驚いたように身を硬直させた。そして悔しそうにうつむきながら、

「……私も、あのネズミが病の原因だということは否定しません……けれど、寺院の祭司として、山狩りを許容することはできません。あのネズミは魔物でも侵略者でもなく、私たちが暮らす大地からやってきたものなのですよ? 精霊様でさえ弱ってしまっている今、自然の一部を闇雲に攻撃するのは正しいことなのでしょうか。むしろ私たちは、この病とともに生きる形を模索するべきではないかと考えます」

 

「……僕は違う考えですが、山狩りに反対なのは同じです」

柔らかな声とともに手を挙げたのは、ナルワラだ。その後ろに控える島の民のたちは、細身の少年に信頼の眼差しを向けている。

「都の外に戦いに行くとなれば、どうしても戦士様たちに頼らざるを得ません。しかし、ネズミを殺すと言っても、まだその巣もどのくらいの群れがいるのかも分からない。海図を持たずに荒れた海に漁に出れば、手練れのロトイテであっても消耗は必須です。もしかすると、途中で手傷を追うことだってあるかもしれない」

この広間に居並ぶ族長たちの中では、ナルワラは明らかに幼い。だが、歴戦の面々に少しも臆することなく、少年は堂々と自らの意見を述べた。

その目元に涙の痕があるのを、いったい何人が知っているだろうか。胸の前で手を組む癖は、彼の聡明な幼馴染みを真似たものだった。その持ち主は、大崩落の日を境に姿を消してしまった。

「確かに、眠りの病は僕らを苦しめ続けています。僕だって、多くの仲間が弱っていくのを見守ることしかできないのはとても辛いです……けれど、新たな戦士を授かる手段もない中で戦士様を失えば、それこそ最も取り返しがつきません。事は慎重に進めるべきだと、島の民は考えます」

 

アスはそれぞれの言い分を聞きながら、見えないように膝の上の拳を固く握った。

徹底的な戦いを望むイメラ、未知の害獣を恐れながらも寄り添おうとするマイヤ、慎重を期したうえで病の根絶を願うナルワラ。

どの意見も正しく、従ってどの意見にも反論の余地がある。どれだけ時間をかけたところで、全員が納得する結論には落ち着かないだろう。

今は同じ都の中で暮らしているとはいえ、ユバの大地の各地に住まっていた民族は決して一枚岩ではない。今まで大きな諍いが起こっていなかったのは、侵略者という外からの敵があってこそだ。

しかし、今問題になっているのは高山からやってくる獣であり、しか病による被害の多寡は民族によって異なっている。その差が、事態に対する切迫感に直結していた。

この分では、間違いなく議論は荒れる。その考えを読んだように、甘やかな声が響いた。

「あら、皆さん勝手なことばかり言うのね。私はまず戦士様の意見を聞くべきだと思うけど」

瞬間、広間に毒気が広がったように感じた。マルキアは、髑髏の仮面を取り去って幼い顔にとろけるような微笑みを浮かべていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。