蔵の中の失楽   作:nazario

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白の裏の剝落⑤

議論に水を差したマルキアの視線は、形ばかりはこの場を取り仕切っていたケトに向けられている。

「……意見とは」

「あら? 私たちがこんなに熱心に話しているのに、あなた方には聞こえていないのかしら? それとも、戦士様の高貴なお耳には小鳥のさえずりなんて届かない?」

ケトが険しく眉を寄せ、反論しようと口を開いたのを先取りするようにマルキアは続ける。

「ええ、そうだったわね。始祖たるユバがいなければ、あなた方戦士は七人いたって何も決められないお人形ですもの。戦うふりだけ一生懸命で、お仕事の後は皆でのんびりお茶飲み話。まったく、羨ましいご身分ね?」

「き、貴様、我々を愚弄するつもりか!」

「これを侮辱と捉えるなら、あなた方は耳だけでなく眼も塞がっているわ。自分の姿も見えていない人間に、他者を導く資格はないと思わない? だから、代わりに私が……いいえ、私たちが決めてあげる。誰が生きて、誰が死ぬかを」

マルキアはケトからすうっと瞳をずらすと、不穏なやり取りを見守っている群衆に向き直った。

「この病に……いいえ、不気味なネズミに対してどうするべきかというのが、今日の議題だったわね。狩ろうとするもの、従おうとするもの、見定めようとするもの。でも、もっと確実で安全な手段があるわ。生贄の儀式を復活させて、ウルを循環させるのよ」

反論する者は、いなかった。祈り人たちはもちろん、ユバの戦士でさえ息をのんでマルキアの発言に耳を傾けている。いとけない毒婦はその反応に満足気に頷くと、両の手のひらで宙をすくって差し出した。

「この都に不要な者をみんなで選んで決めるべきよ。口には出さなくても心で思っていることがあるでしょう? 老人はどうせ先行きが長くないのだから、潔い最後の見本になってほしいわね。不治の病人だって、負担をかけながら生きながらえるよりも皆に感謝されながら死んでいく方がいいわ。子供はたくさんいた方がいいけど、乳飲み子を今育てるのは骨が折れるから先に神の御許に送ってあげましょう。世界が正しい形に戻れば、すぐに新しいのを授かるわよ。正常な世界になってから、元気な子を育てればいいわ」

 

「……やめろ、マルキア」

マルキアの語る甘美で輝かしい世界に、重く低い声がひびをいれた。槌の戦士、チカオトルは岩のように座ったまま、マルキアをにらみつける。

「お前の言葉に従えば、この都に住む者は人でなくなる。最もらしい理由を付けたところで、それはお互いがお互いを喰らう獣の考えと何一つ違わない」

「どうして? 私は私の考える最善を提案しているだけよ。人でなしでも結構、恨まれても上等だわ。……何も決められずにこの狭い檻に囚われて死んでいくより、ずっとまし」

そこで初めて、少女の顔が常に纏わせていた笑みが消えた。最後に吐いた言葉だけは、本音だったのかもしれない。

「さあ、私の話を聞いたところでどうするの? ねえ、戦士様。皆あなたの答えを待ってるの」

すぐに笑顔の仮面をかぶり直すと、マルキアは問いかける。自らに反論したチカオトルではなく、立ちすくんだまま何も言えないケトに向かって。

ケトは迷子のように目を泳がせる。ヤアヤを、ナタリを、ユウムナを、そしてアスを見て、終着点を定められないままもう一度祈り人の方へ戻り、そこで活路を見出したように目を見開く。その視線の先には、ナーダがいた。

 

「そ、そうだ、占い師の意見を聞かせてくれ。星はこの先の未来をどう告げている?」

「わ、私は……」

ナーダには答えられるはずがない。ナーダとともに過ごしてきたアスは、分厚い雲が星を隠している今、星見による占いができないのを知っている。

けれど、この場でそれを言っても不安を煽るだけだ。神秘の力を拠り所にできないと分かれば、自然と人々の考えはより確実らしい方向へと流れていくだろう。

そうなれば、マルキアの考えが支持されてもおかしくない。

「待って、ナーダは今……」

「戦士様は、占いの力を頼りにするのですね? だったら、ナーダの代わりに私が話します」

割り込もうとしたアスの言葉を遮ったのは、渓谷の祈祷師ラルク・オグだ。青い肌に異形の角を持った祈祷師は、落ち着き払った瞳でケトを見据える。

 

「あの大崩落の日から、祈りの力をうまく使えなくなった人は多くいるでしょう。でも、私は違いました。以前よりも難しくなったけど、しっかり準備を行って集中すれば占いはできます。そうして見た未来のために、私は対策をとりました」

ラルクが取り出したのは、いくつかの動物の骨だった。円卓の上に並べられたそれは、一切の穢れを知らないように白い。

「これは、神の使いたる黄金のコンドルの亡骸。あの鳥には、戦士ほどではないけど、ウルを操って希望を導く力があります」

「それは……!」

黙ってうつむいていたナーダが、弾かれたように顔を上げた。けれど、ラルクは一切視線を動かさない。

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人々の混乱と不安が、ざわめきに乗って広がる。その中で、ラルクの声はどこまでも真っすぐだった。

 

「私の他にも、占いや予知の力を持っている人はいますよね? だとしたら、私の行動の理由は分かるはずです。少なくとも私とビシャールには、同じ未来が見えていた。高山の人で、ビシャールから占いの話を聞いた人はいますか?」

その呼びかけに頷くものはいなかった。代わりに、指名されたビシャールーー石の声を聞く高山の占い師は、小さく首を横に振る。

「私は……何もしませんでした……。神の鳥を殺すこともなかったけど、ネズミを追い払うこともしなかった……それに意味がないって、分かっていたから……」

ラルクはビシャールの言葉にほんの少しだけ目元をやわらげると、一度大きく息を吸い込んだ。

「……結論を言いますね。どんな手段をとったところで、ユバの大地は……この世界は、滅びからは逃れられません。だから私は、このまま終わるべきだと思っています。あの大崩落を考えるまでもなく、この世界はもうぼろぼろなんです。そこの住人である私たちだって同じです。誰にでも失ったものはあるでしょう? 癒せない傷を隠して、いびつな姿を取り繕って、どうにか生きているだけ」

ラルクは細い指で自らの頭から生えた角に触れた。

 

「これ以上あがいても、もう元には戻れません。失ったものも、変わってしまったものも、もう二度と帰ってきてくれない。……変わっていったあの子にも、私は何もできませんでした。私の祈禱は無力だったし、ルキュはそんなものを求めていませんでした。でも、どんどん知らない姿になっていくルキュを見るのが怖くて……私はあの子から、逃げてしまった」

ラルクが語るのは、彼女の手伝いをしていたある少女のことだ。ルキュが姿を消したのも、確か大崩落の日だったとアスは思い返す。

「私は、最後にルキュとどんな会話をしたのか、もう覚えてません。いつかは戻ってきてくれるはずだなんて、甘い考えをしてたから……。あの子のことが理解できなくても、せめて側にいればよかった。もう戻ってきてくれないなら、それを受け入れれば良かった! そうすれば、最後の時までは一緒にいれたかもしれないのに……! ……だからこれは、私なりの罪滅ぼしなんです。何をしたって避けられあないなら、滅びから逃げてはなりません。ただ寄り添って、ありのままに受け入れるべきです」

喉を裂くほどに叫んだラルクの眼には、涙が光っていた。その言葉を否定する者はいなかった。

ラルクの隣で身を縮めている、星見の占い師を除いて。

 

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