戦闘の後に長い話を聞かされたせいで、気が付けば日暮れに近くなってしまった。
体を動かしてないから疲れてはいないが、気持ちは何となく重い。
岩道を自分の影を踏むようにとぼとぼと歩いていると、アスは道端に誰かを見つけた。
その小柄な姿は、長い上衣の裾が地面に着くのも構わず、うつむいて花を摘んでいる。
水晶のように澄んだ紫の瞳がこちらへ向くより早く、アスは駆け出していた。
「ナーダっ! たっだいまー!」
「きゃっ! せ、戦士様!?」
ユウムナにされたように後ろから抱きついてみると、ナーダ・シウは分かりやすく驚いてかわいらしい声を上げてくれた。
なるほど、確かにこれは楽しいかもしれない。
「何それ、花? 何に使うの?」
「あ、これは……戦士様が帰ってくる前に、お部屋に飾っておこうかと思って」
「へえ、綺麗だね! 都の中にもこんな花咲いてたんだ!」
「ふふ、そんなにじっと覗いたらお花が照れてしまいますよ」
悪戯っぽく笑うと、ナーダはアスの手を柔らかく振りほどいて立ち上がった。
ナーダは女性の中でも小さな方だが、子供のような背丈のアスと並べば、頭一つ分くらいは背が高い。
「せっかくだから、一緒に帰ろうよ」
とアスが手を差し出すと、ナーダは素直にその手をとった。
だがその表情からは、いつのまにか先ほどまでの笑みは消えている。
「戦士様、今日はいつもよりもお帰りが遅かったですね。何かあったのですか?」
「ん? ああ、たいしたことじゃないよ。ただ話し合いが長引いただけ」
「本当ですか? 今日の狩りでお怪我や傷を負われたのではないのですか?」
「まっさかぁ! 侵略者ならともかく、魔物相手に怪我するわけないよ。どうしたの、占いで悪い結果でも出てたの?」
「いいえ、そうではありませんが……」
とナーダは歯切れ悪くつぶやき、消えた言葉の代わりのようにつないだ手を強く握った。
ナーダは、星を使った占いを生業としている娘だ。占いの精度は驚異的と言っていいほどだが、本人はその正確さを持て余しているきらいがある。ユバの都に来たばかりの頃には、自分の占いが見せる恐ろしい未来に耐え切れず、両の目を塞いでしまっていた。
今はその恐怖を乗り越えて再びまぶたを開いているが、どんな未来を見てしまったのか、理由も語らずに悲観的な眼差しを見せることもある。
良くも悪くも能天気な自分とは大違いだと、細い指先を握り返しながらアスは思う。
「今日のナーダはずいぶん心配性なんだね。僕が魔物なんかに負けると思ったの?」
「違うんです、ただ、日が中天を過ぎてもお戻りにならないので、何かあったのではないかと考えてしまって……一度そう思うと、頭からその考えがなかなか消えてくれないんです」
「ってことは、お昼からずっと僕の心配してたんだ。いやあ、そんなに長く一つのことに集中できるんだからすごいよね! 僕だったらどんなに頑張っても絶対に眠くなっちゃうもん」
冗談めかして言うと、ナーダは少しだけ表情を緩めた。
慎重なのは良いことだけど、あまり思いつめすぎるのは決して良いことではないだろう。特にあの大崩落以来、ナーダは眉間にしわを寄せていることが増えたような気がする。
何か、彼女の息抜きになるようなことがあればいいのだが。
と、アスは深く考える前にナーダを誘ってみることにした。
「ねえ、僕、明日の昼は暇なんだ。一緒に出かけてみない?」
「……すみません。お誘いを断るのは大変心苦しいのですが、他の戦士様の狩りに同行する務めがあるのです」
「誰かに代わりに頼めばいいよ、ケトには僕からも言っとくし」
「そんな、無責任です」
と言いながらも、ナーダの瞳は迷うように揺れている。すでに気持ちは、アスの提案に惹かれ始めているのだろう。
あともう少し押せば、言いくるめることができそうだ。
「ナーダ。祈り人は僕ら戦士の戦いを遠くから見守って、祈りの力で助けてくれる大事なお仕事なんだよ? そんな暗い顔じゃ僕らの元気だって出ないよ。明日は休んで、しっかりナーダの元気を取り戻さなきゃ」
「……暗い顔、してますか」
「うん! パウラに怒られたタラコナみたいだよ!」
「……ふふ。そんな情けない顔で務めを果たすわけにはいきませんね」
「よし、決まりね! どこ行こうかなー」
ようやく笑顔らしい表情を見せたナーダの手を引き、歩幅の差を埋めるためにアスは飛び跳ねるようにしながら歩く。
せっかく一緒に過ごしてるんだから、自分の呑気さがちょっとでもナーダに移ってくれればいいのに。
そう思いながら歩く道に、寄り添った二つの影が長く伸びていた。