蔵の中の失楽   作:nazario

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洞の底の崩落③

戦闘の後に長い話を聞かされたせいで、気が付けば日暮れに近くなってしまった。

体を動かしてないから疲れてはいないが、気持ちは何となく重い。

岩道を自分の影を踏むようにとぼとぼと歩いていると、アスは道端に誰かを見つけた。

その小柄な姿は、長い上衣の裾が地面に着くのも構わず、うつむいて花を摘んでいる。

水晶のように澄んだ紫の瞳がこちらへ向くより早く、アスは駆け出していた。

 

「ナーダっ! たっだいまー!」

「きゃっ! せ、戦士様!?」

ユウムナにされたように後ろから抱きついてみると、ナーダ・シウは分かりやすく驚いてかわいらしい声を上げてくれた。

なるほど、確かにこれは楽しいかもしれない。

 

「何それ、花? 何に使うの?」

「あ、これは……戦士様が帰ってくる前に、お部屋に飾っておこうかと思って」

「へえ、綺麗だね! 都の中にもこんな花咲いてたんだ!」

「ふふ、そんなにじっと覗いたらお花が照れてしまいますよ」

悪戯っぽく笑うと、ナーダはアスの手を柔らかく振りほどいて立ち上がった。

ナーダは女性の中でも小さな方だが、子供のような背丈のアスと並べば、頭一つ分くらいは背が高い。

「せっかくだから、一緒に帰ろうよ」

とアスが手を差し出すと、ナーダは素直にその手をとった。

だがその表情からは、いつのまにか先ほどまでの笑みは消えている。

 

「戦士様、今日はいつもよりもお帰りが遅かったですね。何かあったのですか?」

「ん? ああ、たいしたことじゃないよ。ただ話し合いが長引いただけ」

「本当ですか? 今日の狩りでお怪我や傷を負われたのではないのですか?」

「まっさかぁ! 侵略者ならともかく、魔物相手に怪我するわけないよ。どうしたの、占いで悪い結果でも出てたの?」

「いいえ、そうではありませんが……」

とナーダは歯切れ悪くつぶやき、消えた言葉の代わりのようにつないだ手を強く握った。

 

ナーダは、星を使った占いを生業としている娘だ。占いの精度は驚異的と言っていいほどだが、本人はその正確さを持て余しているきらいがある。ユバの都に来たばかりの頃には、自分の占いが見せる恐ろしい未来に耐え切れず、両の目を塞いでしまっていた。

今はその恐怖を乗り越えて再びまぶたを開いているが、どんな未来を見てしまったのか、理由も語らずに悲観的な眼差しを見せることもある。

良くも悪くも能天気な自分とは大違いだと、細い指先を握り返しながらアスは思う。

 

 

「今日のナーダはずいぶん心配性なんだね。僕が魔物なんかに負けると思ったの?」

「違うんです、ただ、日が中天を過ぎてもお戻りにならないので、何かあったのではないかと考えてしまって……一度そう思うと、頭からその考えがなかなか消えてくれないんです」

「ってことは、お昼からずっと僕の心配してたんだ。いやあ、そんなに長く一つのことに集中できるんだからすごいよね! 僕だったらどんなに頑張っても絶対に眠くなっちゃうもん」

冗談めかして言うと、ナーダは少しだけ表情を緩めた。

慎重なのは良いことだけど、あまり思いつめすぎるのは決して良いことではないだろう。特にあの大崩落以来、ナーダは眉間にしわを寄せていることが増えたような気がする。

何か、彼女の息抜きになるようなことがあればいいのだが。

と、アスは深く考える前にナーダを誘ってみることにした。

 

「ねえ、僕、明日の昼は暇なんだ。一緒に出かけてみない?」

「……すみません。お誘いを断るのは大変心苦しいのですが、他の戦士様の狩りに同行する務めがあるのです」

「誰かに代わりに頼めばいいよ、ケトには僕からも言っとくし」

「そんな、無責任です」

と言いながらも、ナーダの瞳は迷うように揺れている。すでに気持ちは、アスの提案に惹かれ始めているのだろう。

あともう少し押せば、言いくるめることができそうだ。

 

「ナーダ。祈り人は僕ら戦士の戦いを遠くから見守って、祈りの力で助けてくれる大事なお仕事なんだよ? そんな暗い顔じゃ僕らの元気だって出ないよ。明日は休んで、しっかりナーダの元気を取り戻さなきゃ」

「……暗い顔、してますか」

「うん! パウラに怒られたタラコナみたいだよ!」

「……ふふ。そんな情けない顔で務めを果たすわけにはいきませんね」

「よし、決まりね! どこ行こうかなー」

ようやく笑顔らしい表情を見せたナーダの手を引き、歩幅の差を埋めるためにアスは飛び跳ねるようにしながら歩く。

せっかく一緒に過ごしてるんだから、自分の呑気さがちょっとでもナーダに移ってくれればいいのに。

そう思いながら歩く道に、寄り添った二つの影が長く伸びていた。

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