「おー、ユウムナがまたちゅーしてる。いいなあ」
タクナの隣に座っている戦士が、焚き火の向こうを眺めて歓声をあげた。
「構ってほしいならお前も向こうに行けばいいだろ。俺は忙しいんだよ」
タクナは思い切り顔をしかめ、ナタリを追い払う仕草をする。だが、若い戦士は立ち上がるでもなく、かと言ってタクナの作業を慮るでもなく、ただ不満気に唇を尖らせた。
「えー、冷たいこと言うなよ。それに、俺が行っちゃったらタクナは寂しいだろ」
「馬鹿言え。あ、こら、その部品に触るなよ。整備中なんだから」
なんでこいつら、こんな呑気に話してるんだ。露呼は目の前の二人のやりとりを眺めながら、思わずため息をついた。
もともと露呼は宴なんかに参加するつもりはなかった。だが、タクナから迎徒の見張りに付き合った借りを返せと言われれば、断るすべはなかった。
敵同士だったとはいえ、せっかくできた友人だ。年齢が近いという以上の親しみは感じているし、侵略者の技術を教える者とこの地での振る舞いを教える者として、お互いに恩恵のある関係を築けていると思っている。だから今だってさっさと帰りたいのをこらえて、機械いじりをしているタクナの側にいるのだが。
だが、ただ時間を潰していればいいと思っていたのに、まさか戦士が寄ってくるとは。
「っていうかさ、タクナだって俺にああいうことしてくれてもいいんじゃないの?」
「なんだよ、ああいうことって」
「ちゅーしてほしいって言ってんの。分かるだろ?」
細かな部品から遠ざけられたナタリはタクナの肩を掴み、そこに顎を乗せた。
さっきからこいつら、なんか距離が近いんだよな。露呼も一応すぐそばにいるのだが、このナタリという戦士の視界には入っていないようだ。そして、タクナもまた露呼の存在をすっかり忘れているらしい。
「……なんでお前にそんなことしなくちゃいけないんだよ」
「餞別だよ、餞別。命を懸けた冒険に出るんだからさ、ちょっといい思いしたいんだよ」
「他の奴を探せよ。俺がお前にそんなことしてやる理由なんてねえ」
「理由なんて必要か? いつも契りの時はいっぱいしてくれるじゃん。この前の夜だって……」
がり、と耳障りな音が鳴る。やすりをかけていたタクナの手元が狂ったようだ。
「お前……ふ、ふざけんな! あれはだって、お前がどうしてもしろって言うから……!」
「だから、今だってそう言ってるじゃん。ほら、お願い」
「……っ!」
タクナは顔を赤らめながら戦士を振り払うが、本心から嫌がっているわけではなさそうだ。
……俺はいったい何を見せられてるんだ。もう一度心の中でぼやくと、露呼は密かにため息をつく。
ところが、くるりと身を翻したナタリは、無関心を決め込んでいた露呼に近寄ってきた。
「あーあ、振られちまった。他の戦士は餞別もらってるのに、俺は何もなし。どころか小言ばっかり。やってらんないなー」
目を逸らしてさり気なく逃げようとしたが、見透かされたように壁に手をついて退路を塞がれた。
やむなく、露呼はナタリに向き直る。
「……なんだよ。俺に用かよ」
「命を張ってくる戦士様に、お前からねぎらいの気持ちはないのかって聞いてるんだよ」
「ねぎらい……?」
「簡単だよ、こうするんだ」
とナタリは露呼の胸元を片手で掴むと、
「んむっ!?」
あっさりと唇を奪った。戦士の頭で半ば塞がれた視界の端で、タクナが目を剝いたのが見える。
ちゅ、と軽い音を立てて離れると、ナタリは悪気もなく首をかしげる。
「あれ、もしかして初めてだった?」
だが、そんな言葉は突然の接触に混乱している露呼の耳には届かない。
「し、信じらんねえ。人前で、こんな、き、き……」
「なんだよ、侵略者だって行ってきますのちゅーはするだろ」
「しねえよ!」
やけになって大声で叫ぶが、ナタリの視線はすでに次の獲物に向けられていた。
「じゃ、次はタクナね」
「次って……お前な、露呼を巻き込んでかわいそうだと思わねえのかよ……」
「命を懸けた戦いに行くのに、ちゅーの一つももらえない俺の方がかわいそう。ほら、早く」
「一つは今奪ったとこだろ……ああもう、分かったよ。すればいいんだろ、すれば」
タクナは小さくため息をつくと、眉をしかめながらもナタリの頬に手を添え、口づける。すぐに唇が離れようとするが、その瞬間、それまでされるがままだったナタリが空いている手を伸ばしてタクナの後頭部を抑え込んだ。
「ん……おい、てめ……っ、ん、あぅ……っ!」
一度は逃げかけた灰色の髪が、強引に引き寄せられる。その隙間からちらりと見えた耳は、真っ赤に染まっていた。あとの文句は、貪欲な戦士の口が飲み込んでしまった。
悲惨なのは露呼だ。戦士に首根っこを掴まれたままだから、タクナとナタリの口づけを目の前で見せつけられる状態になっている。二人の舌が絡み合う音さえ、生々しいほどに聞こえてしまった。
「んぅ……っ、ぁ、も、いいかげんに……ん……っ」
タクナが諦めて力を抜くと、二人の口づけはますます深くなる。先ほど自分に与えられたものとは比べ物にならないほど濃密なそれに、露呼は瞬きもできずに見入っていた。
ナタリが満足する頃には、タクナの息は完全に上がっていた。長い口づけから解放されると、タクナはそのまま背の低い戦士の首筋に顔をうずめる。
「ありがと。元気出たよ」
「……やっぱり俺、お前のこと大っ嫌い……」
吐息に混ぜてそれだけをつぶやくと、タクナは戦士を突き飛ばすようにして体を離した。
その衝撃で我を取り戻し、露呼も慌てて戦士の手を振りほどく。
「な、なんでこんなこと人前でできるんだよ……てめえらやっぱり頭おかしいだろ、この蛮族め……!」
震える声で睨まれても、ナタリはからからと笑っていた。
「よく言われるよ。じゃあな、帰ってきたら三人で続きしようぜ」
そして、二人に向けて明るく手を振って走り去っていく。
いまだに感触の残る唇を無意識に撫でながら、露呼は呟く。
「……お前、趣味悪いな」
「うるせえ!」
タクナが投げつけた工具は、避けなくてもかすりもしないほど的外れのところに飛んでいった。