「……で、都の奴らはなんて言ってるんだ」
尋ねる形にはなっているが、メクティコはアスの方を向こうとはしていない。
生い茂る木々に隠れるようにして、アスたちは寺院に近づいていた。その道中で見かけたネズミは、学者連中でさえ数えるのが馬鹿らしくなりそうな数だった。小さい獣の鳴き声とうごめく音は雨だれのように響き、戦士の神経をますます苛立たせている。
「マルキアがなんかごちゃごちゃ言ってたけど、このまま戦えってことで決まったみたいだよ」
「ふん、んなの分かり切ってるだろうが」
吐き捨てるメクティコの瞳は、寺院の背にある山脈を見据えてぎらぎらと光っている。正確には、山の土手腹に空いた洞窟、その奥に潜む大蛇を見ているのだろうが。
「我々が聞きたいのは、あの蛇に一撃食らわせる方法……」
「だよねー」
チカオトルのつぶやきをユウムナが受け継ぐ。その小さな指は、矢羽根を整えては矢筒に戻すというだけの行為を何度も繰り返している。
「単純に考えてさー、いつも通りみんなで一気に攻めればいいんじゃないのー?」
「一気に、ねえ。口で言うのは簡単だが、どこまで通用するのかは疑問じゃないかい?」
ヤアヤは槍を一振りすると、穂先を蛇が消えた岩穴へと向けた。
「遠目から見てる限りじゃ、あの鱗は相当に固そうだ。せめて腹か頭を狙いたいが、そのためにはあいつの動きを止めなくちゃいけないだろう? でも、半端にちょっかいをかけるだけじゃ遊び相手にすらならないだろうな。尻尾の一振りであたしら皆谷底に真っ逆さまなんて、笑えないね」
「じゃあ、頭を使って倒すのはどうだよ。獣を狩るのと同じように、罠をかけるんだ」
ナタリの案は、やはりヤアヤに否定された。
「駄目だね。どうやって落とし穴を用意するんだい? これからあたしらだけで昼も夜もなく穴掘りをするのか? あの馬鹿でかい体がすっぽりと収まるくらいの大穴を掘ったら、あたしらの足場さえなくなっちまいそうだが」
「じゃあ、兵糧攻めはどうかな? あいつがネズミを食うなら、洞窟に入っていくネズミを狙って片っ端から狩ればお腹減って暴れる元気もなくなるでしょ。ネズミを減らすっていう本来の目的も達せるじゃん」
「……それでは時間がかかりすぎる」
アスの提案は、暗い顔のケトに一蹴された。
わざわざ議論するまでもなく、分かり切っていた答えだ。だが、あえて言葉にすることでお互いの認識を共有していく。自分たちには前進するしか道はないのだということを刻み付けるために。
「……アス」
それまで沈黙を保っていたメクティコが、静かに名前を呼んだ。いつもとは違う雰囲気に首をかしげながらそちらを向くと、メクティコは手ぶりで通信機を外せと伝えてきた。
怪訝に思いながらも、とりあえずその指示に従って通信機を服の中にしまう。これで、都とのやり取りは一時的に不通になる。
「どうしたのさ、メクティコ」
「ちょっと都の奴らに……特に高山の祈り人には、聞かれたくない案を思いついたんだ。それを話す前に確かめたいんだが……おい、ユウムナ」
「なにー?」
「あのネズミはウルを集めて蛇に運んでる。それで間違いないんだな?」
「そうだと思うよ。あの洞窟の中、ウルが集まってすごいことになってるのが分かるもん。ネズミがいっぱいいる寺院もなかなかだけど、洞窟の中はたぶん比べ物にならないくらいの濃度だよー」
「つまりあいつは、ネズミの肉や皮じゃなくてウルそのものを餌にしてるってことだ」
メクティコはそこで言葉を切り、確認をとるように戦士の面々を見回した。子供相手に星見を指南していたときのナーダを、アスは脈絡なく思い出していた。
「落とし穴はともかく、ナタリが言った罠ってのは悪くない考えだ……洞窟からクソ蛇を誘い出して、頭を叩き潰す。化け物とはいえ、急所をやられたらさすがにくたばるだろう」
「待ってよ、誘い出すってどうやって?」
「決まってるだろ、餌だ。あいつがウルに寄ってくるなら、それをちらつかせてやればいい。な、アス」
「え、僕?」
「当たり前だろ。お前の術が一番ウルの力を分かりやすく使ってるんだから」
メクティコはユウムナの背から勝手に矢を奪うと、地面にがりがりと線を引き始める。卵から長い管が生えたような気味の悪い絵は、どうやらあの巨大な蛇を表しているらしい。
「いいか、あいつの住処は洞窟だ。あの中は瘴気が濃い上に視界も悪いから、そこで勝負を仕掛けても勝ち目がない。だが、ウルに寄ってくる習性があるなら話は別だ。あの大寺院でアスに術を使わせて、まずは奴をおびきだす。チカオトルの旦那とナタリは、寺院の尖塔の足元で待機してくれ。そこで俺が合図を出したら、塔を思い切りぶち折れ」
メクティコは地面に塔の絵を描き、その先端から蛇の頭に向けて矢印を引っ張る。
名前を出されたナタリは、大げさに目を見開いて見せた。
「おいおい、いいのかよ。あの寺院を壊したら高山の姉ちゃんたちが黙ってねーと思うけど」
「……必要な犠牲だ。都が復興すれば、また再建の機も訪れよう」
チカオトルが険しい顔をしながら頷いた。メクティコは賛同者に気をよくした様子も見せず、淡々と続ける。
「寺院の作りは頑丈だが、あんたら二人の馬鹿力があればどうにかなるだろう。ここ最近の鬱憤を晴らすつもりで、思い切りぶちかませ」
「そりゃあいいな。本当、このネズミどものせいで色々溜まってるもんな……いや、あんまり発散しすぎないようにしないとな! 俺の戦いは契りの神殿が本番だから!」
ナタリは顎を上げてからからと笑った。順調に話が進んでいくのを見守りながら、アスはこの作戦の要が自分自身であることを思い出し、慌てて割り込む。
「ちょっと待ってよ、ウルで蛇をおびき出せたとしてもさ、蛇は僕にまっすぐ向かってくるんじゃないの? そこを狙って塔を倒すなんてこと、本当にできるわけ?」
「なるほど、そこであたしらが出てくるってわけか」
もはや何がなんだか分からないくらいぐちゃぐちゃに書き込まれた線を覗き込み、ヤアヤが腕を組む。
「そうだ。ヤアヤとケトは蛇の足止めをしながら、アスの身を守れ」
「蛇に足はないけどね」
愉快そうに混ぜっ返すヤアヤに、メクティコは思い切り顔をしかめる。
「……寺院を巣にしてるネズミがたかってくるなら、ついでにそいつらも血祭りにあげろ。ユウムナは俺と一緒に行動だ。全体の様子を見つつ、蛇がこっちの狙い通りに動くよう誘導する」
「簡単に言ってくれるねー。ま、いいけどさ」
勝気に唇を吊り上げ、ユウムナはメクティコの手から矢を取り戻した。立ち上がって蛇の絵を足で消し、メクティコはアスの目の前に立ちはだかる。
「どうだ、アス。都で大口を叩いた威勢はもう消えちまったか? 蛇に噛まれるのが怖いなら、側で俺が手を握ってやっててもいいぜ」
「……はっ、冗談きついよ」
ここまでお膳立てを整えられて、嫌だと言えるものがいるだろうか。いや、ありえない。
アスが考えるべきことは、思っていた以上に単純だった。巨大な敵、果たすべき役割、そして信頼できる仲間たち。この戦いに血がたぎらないなら、それはもはや戦士ではない。