「いやあ、退屈だねえ露呼クン」
「……」
「あ、そういえば最近日が長くなったと思わないかい? こんな未開の土地でも、天体はちゃんと動いてるんだね」
「……」
「それとも、ボクらが暇を持て余してるだけなのかな。今更戻りたいとは思わないけど、やっぱり向こうにはいろいろあったからねえ。実験道具も、研究材料も。そういえば……」
「……ああもう、うるっせーなおっさん! 無視してるんだから話しかけんなっつーの!」
露呼と呼ばれた青年は、苛立ったように手元の楽器をかき鳴らした。でたらめな手つきで弾かれた弦は、それでもきれいな和音を奏でた。
迎徒はようやく露呼の気を引くことに成功し、満足そうに眼鏡のブリッジを指で持ち上げる。
反応を示してしまったことで何かのタガが外れたのか、露呼は勢いよく立ち上がって迎徒をにらみつけ、不平をまくしたてる。
「だいたい、なんで俺に付きまとうんだよ! うっとうしいんだよいい加減! 話し相手が欲しいなら他の奴らを探せ!」
「だって、振瑠クンも怜央クンも、雷弩だってこの間の崩落に巻き込まれて行方不明じゃないか。侵略者組もずいぶん少なくなっちゃったねぇ」
「それでも他にいるだろ! あの軽歩兵の奴らとか!」
「あの子たち、話しかけてもあんまり会話が成立しないんだよねぇ。皆自分のことで手いっぱいだから、独り言みたいで寂しいんだよ」
「俺に話しかけても同じだろうが、そんなもん!」
「同じじゃないよ、今まさに君が証明してくれてるじゃないか」
「てめっ、それはお前がしつこいから……! ……はぁ、ったく」
言い返そうとしたところで、まさしくそれが迎徒の思うつぼだと気が付いたのだろう。露呼は頭をぐしゃぐしゃとかき回すと、再び地べたに座り込んで楽器を取り直した。
「……暇なのは分かるけどよ、あんただって棒でアリの巣なんかいじってんじゃねえよ。それでも俺らの科学技術担当かよ」
「いや、アリじゃないよ。多分ネズミだと思う」
「……」
二度目のため息の代わりに、露呼の指は複雑な旋律を弾いた。
よくもあんなに素早く指が動くものだと、迎徒は密かに感心する。
「それにこれ、遊んでるんじゃないんだよ。簡易な日時計を作ろうと思って……」
「そんな話、俺にしてどうするんだよ。俺はもうあんたには協力しねえって決めたんだ。研究だろうと戦いだろうとな」
「つれないね。そんなに蛮族たちとの演奏会が楽しいかい?」
「ああ、楽しいよ」
露呼は、かつては侵略者の兵の一人だった。突出した働きはないがそこそこ真面目に任務を果たしていたのに、ユバの戦士たちに鹵獲されてからすっかり変わってしまった。今だって、かつては憎みあっていた彼らとともに音楽を奏でるため、楽器の練習に余念がない。興味を持つ程度ならまだしも、楽器を自作してまで演奏会に加わろうというのだから、その情熱はたいしたものだ。もしかすると、こっちが本来の彼なのかもしれない。
もう一度同じ旋律を弾くと、露呼は小さく舌打ちを漏らす。
「……やっぱり駄目だ、音が狂ってやがる」
「ふうん、ボクには全然分からないけどね……って露呼クン、どこ行くの?」
「タクナって奴が機械に詳しいらしいから、そいつに見せるんだよ。雷弩のおっさんがいねえんだからしょうがねえだろ」
「……君ね、自分が侵略者だってこと忘れてないかい? ユバの大地に暮らす彼らにとって、君は家族や友を殺した憎い敵なんだよ?」
「んなこと言ったら何もできねえだろ。俺はここでうずくまってケツをミミズにつつかれてるだけの毎日なんかごめんだ」
「いや、ネズミだってば」
軽口をたたきながらも、迎徒はひっそりと感心のため息をついた。当たり前のことだが、迎徒や露呼の行動には、捕虜として様々な制約が課されている。もとより束縛を嫌う彼なら不平不満が溜まって自棄になってもおかしくない環境なのに、露呼の価値観は驚くほど冷静だ。
「なるほどね、君は意外に変化に積極的なんだな。やっぱり若者は違うねえ、君みたいなのがこれからの世界を変えていくんだろうねえ。イエス! 面白くなりそうだ!」
「また爺さんみたいなこと言いやがって……とにかく、俺はもう行くからな。話し相手が欲しいならモグラにでも頼め」
「だからネズミだって……ああ、聞いてないね」
遠ざかっていく背中を見送りながら、さして残念でもなさそうに、迎徒はつぶやく。
「それにしても、ボクらのお仲間はなにしてるんだろうね? この土地を奪うのを諦めたとは思えないけど……」
砂を盛って作った土台に、迎徒は慎重に棒を突き立てる。
それは奇跡的なくらいにまっすぐ立ったが、すぐに吹いた風によってあっけなく倒された。