蔵の中の失楽   作:nazario

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夢の先の欠落⑤

「戦士、少しいいか」

ファルマは変わらず険しい表情を浮かべながら、二人の戦士を呼び止める。おぼろげな月明りが頼りの薄闇の中で、彼女の髪だけが燃えるように赤い。

「どうしたの。こんなところで待ち伏せ?」

「そういえば、さっきも話の途中で私たちを見たよねー? 何か言いたいことでもあるのー?」

「ああ、あまり人に聞かせたい話じゃない。……といっても、時間が遅いのも事実だ。歩きながら手短に話す」

もう夜更けと言ってもいい時間だというのに、ファルマの表情には疲労はない。けれど、その横顔には言いしれない不安の影があった。

 

「率直に聞く。ダリアのウルはどうだ。戦士にとっては、どのように見えている」

思いがけない質問に、アスは目をまたたく。一緒の部屋にいたとはいえ、ダリアのウルなんてちっとも意識していなかった。だが、ユウムナは特に驚く様子もなくその問いに答えた。

「……普通の人より減ってるねー。それに、なんか元気ない感じだったようなー」

「やはりそうか……」

大きくため息をつくと、ファルマはアスに目を向けた。

「ユバの戦士は風邪なんてひかないだろう。それでもあえて聞くが、人間がなぜ病にかかるか分かるか?」

さらに意図の見えない質問に戸惑いながらも、アスは正直に自分の考えを伝える。

「え、分かんない。体が弱いから?」

「そうだな、それも一つの正解ではある」

 

ファルマは小さく微笑むと、

「子供達には、病気の精霊が体に入ると熱や咳、腹痛が出ると説明している。この精霊は寒くて不潔なところや空腹が好きだから、体調が悪くなったら精霊が嫌がることをして追い出せと」

「あったかくしていっぱいご飯食べろってこと?」

「そうだ。それが体が持つ回復力を高めつのに最も有効な手段だ。細かな理屈はあるが、だいたいそれだけ分かっていれば問題はない」

「じゃあ、ダリアもその通りにすれば回復するんじゃないの?」

「私もそう思っていた。けれど、あの崩落からいつまで経っても、ダリアの体にはその回復力がまったく戻らないんだ。私はそれが、ウルと関係しているんじゃないかと思っている」

ファルマは指先を顎に当て、アスたちよりも自分自身に言い聞かせるように説明した。

 

「この都に来てから、通常ではありえないような傷や病が回復していく様子を何度も見てきた。もしかすると、不調を治すためには患者の体力だけでなくウルが必要なのではないか……あるいは、ウルでなければ治せない症状が、今のダリアを蝕んでいるのかもしれない」

「……ってことは、ウルを集めてダリアにあげれば元気になるの?」

「どうだろうな……私は医者だから、ウルを集めるということがどうなのかも、それが体にどう作用するのかも分からない。祈りの力を与えてくれるのは確かだが、それが良いことばかりではないとも思う。私の周りでも、ウルを与えられた前後で別人のように変わってしまったものを何人か知っているからな」

 

ファルマはそこで言葉を切り、立ち止まった。

「けれど、それでもやってみる価値はあると思う。幸い、高山には力のある精霊も残ってるし、ガリヤみたいにウルが扱える人間もいるからな。いろいろと試してみるよ」

アスには半分も理解できない話だったが、ファルマは先ほどよりもすっきりとした顔をしていた。自分の考えを言葉にしたことによって、何かを掴んだのだろう。

先ほどから黙り込んでしまったユウムナの代わりに、アスは背伸びしてファルマの肩を叩いた。

「そっか、頑張れ!」

「ああ。ありがとう、戦士!」

少しだけ目じりをやわらげて微笑むと、ファルマは重そうな鞄を持って診療所へと帰っていった。

 

「ダリア、治りそうだって。良かったね」

「……」

ユウムナはダリアの部屋を出てからずっと、浮かない顔をしている。目覚めない彼女を案じているのかと思ったが、ファルマが解決法を示した今でもその表情は晴れない。

「治りそう……かなー。私にはそんな風に思えない……」

「え? どうして?」

聞き返しても、ユウムナはうつむくばかりだ。

「ファルマだって言ってたじゃんか、試してみなきゃ始まらないって」

「……でも、はっきり治るなんて言ってないでしょー?」

「治らないとも言ってないじゃん、どうしてそんな暗い顔してるの?」

「……アスには分かんないよ」

珍しく突き放すようにつぶやくと、ユウムナは大きくため息をついた。

なんだか分からないけど、ユウムナも落ち込んでいるようだ。もしかしたら、ダリアと仲が良かったから不安になっているのかもしれない。

そうだとしたら、余計にそんな顔をするべきではないと思う。

 

「ねえ、ユウムナ。そんな暗い顔してたら、ユウムナだって病気になっちゃうかもよ? ダリアのことが心配なのは分かるけど、僕らにもできることをやったらいいんじゃない?」

「できることって何? 昨日だって全然ウルを集められてないんだよー?」

「う……まあそうだけど、それはそのうちなんとかなるだろうし……ほ、他にもできることはあるじゃん! ほら、お花を持ってお見舞いに行くとか!」

「……そんなの意味ないよー。私が行ったって、気味悪がられるだけだしー……」

ユウムナは両の拳を固く握る。変異の戦士は、奇妙な色の髪や肌をもって生まれてくる。その外見と飛びぬけた戦闘能力を理由に、彼らを恐れる祈り人がいるのは確かだ。

 

だけど、それでも。

「ダリアと友達だったんでしょ? だったら気味悪いなんて思うはずないよ。それにダリアって、そういうのも面白がってくれそうじゃない? 『戦士様のお見舞い、とってもがおーだね!』とかさ」

「……そう、かな」

ユウムナの声に、少しだけ明るい色が混じる。その機を逃さず、アスは畳みかけるように話す。

「そうだよ! だって、病人のお見舞いに行く戦士なんて聞いたことないもん」

「……うん、確かにそうかも」

そこでようやく、ユウムナは少しだけ口角を上げた。

「ありがと、アスちゃん。なんかちょっと、元気出たかもー」

「あはは、僕は何もしてないって。そうだ、綺麗な花が生えてる場所を教えてあげるよ! 昨日、ナーダと一緒に見つけたんだ! 朝になったら一緒に行こう!」

顔をあげたユウムナの手を引いて、アスは神殿へ向かって走り出す。

けれど、月に背を向けて進めば進むほど闇は濃く、行く先を飲み込んでいくかのようだった。

 

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