純黒なる黒龍の戦記物語   作:キャラメル太郎

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第十九話  小さな異常

 

 

柔らかいベッドの上に居るのは、女神オリヴィア。そして『殲滅龍』リュウデリア・ルイン・アルマデュラ。本来は滅多に人前に現れない存在がしかし、冒険者ギルドの受付嬢に紹介された宿で眠りこけていた。朝日が射し込んで眩しさに目が覚めるオリヴィア。傍らには小さい姿のリュウデリアが未だ眠りこけている。

 

早起きは三文の徳とは良く言ったものだ。早起きをすれば健康に良く、勉学や仕事等が捗るという意味を持つこの言葉。オリヴィアにとっては不審がられる事も無く、リュウデリアの眠る姿、寝顔をこれでもかと堪能する事が出来る。

 

この安らかな眠りを甘受している、今は小さな純黒の黒龍が、実は見上げる程の巨体を持ち、古今無双の権化だと誰が思うだろうか。いや、誰も思わず気付かなくていい。知っているのは私自身で良いのだ。独占欲が溢れそうだと自覚しながら、リュウデリアの翼の生えた背中を優しく撫でた。

 

毛皮があり、手入れをされた犬や猫の方がふわふわで滑らかな感触なのだから、リュウデリアの硬い鱗を撫でるよりも気持ちが良いのだろう。だが、オリヴィアは2つを並べられたら毛皮に一瞥すること無く、リュウデリアに飛び付くだろうと自信を持って言える。確かに硬い。『英雄』の渾身の一撃を受けて掠り傷一つ付かない優れ物だ。だがそれが良い。というよりも、リュウデリア()という部分が全てを占めている。

 

 

 

「……っくあァ………っ!」

 

「うん?起きたか?」

 

「……あぁ。お前は基本俺よりも起きるのが早いな……」

 

「少し早起きすると良いことがあるからな」

 

「……ほう……そうなのか……」

 

「ふふ。眠そうだな」

 

「……あぁ」

 

 

 

起き抜けで眠気が飛ばず、確りとした受け答えが出来ていない。寝惚け頭で会話しているリュウデリアの事をクスクスと笑い、オリヴィアはベッドから起き上がった。洗面所に向かって顔を洗い、髪の寝癖を直す。身嗜みを整えたら寝室へ戻って服を自分の物に着替え、リュウデリアを抱き抱える。部屋の鍵を持って部屋を出て鍵を閉め、1階へと降りていった。

 

前日と同じように朝食を出してもらい、ゆっくりと食べると、その頃にはリュウデリアの目と頭も起きてきた。毎度のように食べ物を浮かせて口に運んでいき、オリヴィアはリュウデリア観察をしながら軽めにサラダを食べて終わった。

 

今日やることを予め決めておかなくても、やることはもう決まっているようなもの。今日やること、それは図書館に行って知識を高めることである。リュウデリアはスリーシャに常識等を教えてもらったが、それでもスリーシャが教えるには限界がある。そこで、周りが知っていて当たり前だと思われる知識を手に入れる。

 

役に立たないかも知れないし、役に立つかも知れない。だが知って置いて損をすることは無いだろう。リュウデリアはオリヴィアの体を登って定位置の肩の上に乗り、オリヴィアが席を立って出発する。図書館の場所は知っている。食べ歩きを適当にしていたら偶然見つけたのだ。

 

宿の鍵を返してから街道に出て歩き始める。そこでフードを被っておくことは忘れない。美人なら美人で大変なものである。視線を集めてしまうのは慣れたものだが、それでも気にならないと言えば嘘になる。まあ、その容姿を褒められれば、あっという間に他がどうでも良くなってしまうものなのだが。

 

歩きながらチラリと肩に乗っているリュウデリアを見やる。目敏く見たことを感じ取ったようでパチリと目が合った。どうやら見ていたことがバレてしまったらしい……と、ニコリと微笑むと、なんとリュウデリアも軽めだが笑みを浮かべた。オリヴィアは固まる。初めて笑いかけてくれたのだ。

 

 

 

「……っ」

 

「……?如何した」

 

「いや……何でも無い。今日はやけに暑いな……」

 

「お前達にとって適温だと思うが?それと、そのローブは少しの温度調整も出来る。お前が暑いと感じるのは気のせいだ」

 

「…………………………いや、気のせいではない。熱いんだ」

 

「そうか……?」

 

 

 

フードを深く被ってしまい、顔が見えないので良く解らないという顔をしているリュウデリアだが、オリヴィアは今顔を見られる訳にはいかない。何せ今は顔が朱に染まってしまっているからだ。顔が熱い。手で団扇のようにして扇いで風を送り、顔の熱を冷ます。まあそれでも、控えめに笑ったリュウデリアの顔が脳内で反芻されていた。

 

若しかして認めて貰えている……?そう考えても不思議ではない。そもそもな話、リュウデリアは警戒心が強いが、いきなりやって来て傍に居るなら兎も角、オリヴィアはリュウデリアの掛け替えのない友人の命を救っている。警戒はすれど、命の恩人という面が大きいので、誠意を持って接していれば、意外と簡単に認めて貰える。

 

龍は恩を仇では返さない。敵対すれば慈悲も無いだろうが、少なくとも恩がある者を邪険にはしない。そしてオリヴィアは恩人の命の恩人という、かなり大きなアドバンテージがある。更にはここ最近の行動はリュウデリアにとって好印象だったので、今のように笑いかけてくれるくらいには気を許してくれているのだ。

 

 

 

「さて、着いたな」

 

「どれ程の本が有るのか楽しみだ」

 

「んー、出鼻を挫くようで悪いが、此処は所詮街の中にある図書館だ。王立図書館と比べれば断然量が少ないし、質も下がると思うぞ」

 

「いや、今はその程度で良い。先ずは世界について。種族や種族ごとの文化の違いや身体の作り、魔物の特徴や種類などを知りたい。最初から小難しいものを読んでも、恐らく俺には理解出来ん」

 

「勤勉だな。普通の龍はそんなこと知ろうとも思わないだろうに」

 

「念の為だ、念の為」

 

 

 

話しながら、オリヴィアとリュウデリアの両名は図書館の中へと入っていった。図書館は恐らく想像した程度の広さしか無い。棚に頭文字順に並べられ整理整頓が行き届いた本の数々。千冊は有るだろうそれは、見慣れた人からすれば至って普通の図書館だ。だがリュウデリアは図書館を初めて見る。一冊に情報が詰まっていると考えると、これだけでも十分情報の山に見えるのだ。

 

図書館に並ぶ本の数々に感嘆としているリュウデリアにクスリと笑って、受付の前を通り過ぎて本の棚に歩みを進める。此処は本に傷を付けなければ使い魔の同伴も許されているので、受付カウンターに居る職員はチラリと見ただけで何も言ってこなかった。

 

図書館の中では飲食が禁止で、大きな声での会話を厳禁としている。他の人の迷惑になるからだ。なのでリュウデリアとオリヴィアも顔を寄せ合って小声で話をしていた。先ず何の分野から借りるのか。そう言う話をしている。取り敢えずリュウデリアは世界の共通の常識に付いて知っておこうと思い、その類の本がある棚を探し始める。

 

本が置いてある棚の横には、何系のものが置いてあるのか大まかに書いてあるので、それを目印に目当ての本を探していく。そして2人でタイトルを追いながら見ていると、割と直ぐに目当ての本が見付かった。オリヴィアが手に取って読める場所を探す。見渡して探していると、リュウデリアはその場で捲って見せてくれと言う。

 

確認するために一応目を通しておくという事なのだろうと思い、最初の数ページを開いて見せた。だが、リュウデリアはもっと早く最後まで捲って見せて欲しいという。取り敢えずは頼まれた通り最初から結構早めの速度で最後まで捲っていくと、リュウデリアはもう本を棚に戻して良いと言った。

 

オリヴィアは指示通り本を棚の元あった位置に仕舞おうとして本を持つ腕を上げた所で気付いた。もう戻していいということは、若しかしてリュウデリアは今のだけでもう読み終わったというのか。言われて少し経ってから気付いたオリヴィアは少し驚きながらリュウデリアを見ると、リュウデリアは見つめられている理由が分からないようで首を傾げた。

 

 

 

「いやちょっと待ってくれるか?まさかとは思うが、もう読んだのか?」

 

「……?あぁ。為になる内容だった。一枚の区切りをページと言うんだったな?ならば136ページに大まかな地図と名前が載っていたから、初めて俺が居る大陸の形を知った」

 

「……136ページ……本当だ」

 

「さて、次を読んでいこう。読んで初めて自覚したが、こういうのは得意のようだ」

 

「……そうみたいだな」

 

 

 

オリヴィアは言葉に出さないが、心の中では吃驚していた。唯確認するために捲ってくれと言っているのだと思ったら、1秒も掛からないような捲る速度よりも早く読んで理解していたとは。速読なんてレベルでは無い。瞬間記憶力と理解力が頭抜けて違いすぎる。こんな芸当、一体どれだけの者達が出来るというのか。普通に考えても、そう居ない事だけは理解するだろう。

 

その後もオリヴィアが本を手に取ってパラパラとページを捲り、本当に読んでいるのか、理解しているのか解らない速度で一冊を読み終わっていく。勿論、オリヴィアは捲っている本人だが読めている訳が無い。そもそも文一行ですら読み切れる訳が無いのだから、リュウデリアが行っている凄技は到底出来っこない。

 

それからもリュウデリアは本を読み進めていき、読んだ本の数が3桁に入ろうかという具合での事だった。オリヴィアの肩に伏せてゆったりとした姿勢で読んでいたリュウデリアが突然、勢い良く頭を上げた。何かに気が付いたように目が鋭くなり、天井しかない上を見つめる。本を読んでいた時との変わりように、何かを悟ったオリヴィアは本に伸ばしていた手を引っ込め、真剣な表情でリュウデリアを見た。

 

 

 

「如何した?何かあったか?」

 

「……一瞬だったが、俺と同じ龍の気配と魔法を行使した際の魔力の気配を感じた」

 

「龍……?つまり、その龍がこの近くで魔法を使ったということか?」

 

「近く……なんてものではない──────この街に小規模な魔法を使ったようだ」

 

「小規模……何系の魔法を──────」

 

 

 

 

 

「──────きゃあぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

 

 

 

「──────対象は生物だ」

 

「私達に直接の害があるかは分からないが、見てみるか?」

 

「俺以外の龍がやったことは確実だ。それに……俺も興味がある」

 

「なら決まりだな」

 

 

 

図書館の中にまで聞こえてきた女性の叫び声。耳を劈くような声に、即座に何か異常が起きたのだと理解した他の図書館利用者も、何が起きたのだろうと興味が先走って図書館の出入口へと向かっていく。オリヴィアもローブについているフードを被り直して同じように図書館の出入口へと向かっていった。

 

叫び声からして、場所は恐らく近い。図書館から出て来たオリヴィアとリュウデリアは、人集りが出来ているのを肉眼で確認し、少し早歩きで人集りが出来ている場所へ近付く。すると、近付くにつれて人の悲鳴が聞こえてきた。野次馬として集まった人集りの何人かは一目散にその場から走って逃げていった。

 

フードを被っているオリヴィアの横を、少しの恐怖を滲ませた表情を浮かべた男性や女性が走って行った。事態は見た人が逃げ出すようなものだったらしい。少しずつ人集りから人が走って逃げていき、偶然人と人の間に出来た隙間から中の様子が見えた。一瞬の事だったが、それだけで何が起きているのか二人は理解した。

 

人集りは円形に形を作っており、その中心に悲鳴の正体があった。見えたのは、恐らく悲鳴を上げただろう倒れて肩から出血し、手で押さえている女性と、人集りの中から率先して事態の収拾を図ろうとした正義感の強い男性二人が、口を大量の血で濡らした目の充血している男性を必死に取り押さえている。どう見ても、取り押さえられている男性は正気ではない。

 

オリヴィアは早歩きで人集りの傍まで着くと、人集りの野次馬をしている男性に話し掛ける。此処で起きたことを尋ねる為だ。残念ながらオリヴィアとリュウデリアはこの場に居なかったので何が起きたのか知らない。まあ、二人はもう既に何が起きたのか予想がついているのだが、一応確認としてだ。

 

 

 

「えーっと、俺も他の人から聞いただけで詳しくは知らないんだけど、今取り押さえられている男が突然、隣で歩いていた女性に掴み掛かって肩に噛み付いたらしいんだ」

 

「ふむ……なるほど。分かった、ご苦労」

 

「え、あ…はい」

 

 

 

「まあ、予想通りだな」

 

「あぁ。しかしこれは……また繊細な魔法だな」

 

「どういう原理であんなにも凶暴化しているんだ?恐らくだが、あの座り込んでいる女の肩は食い千切られているぞ」

 

「──────生体電流の操作だ」

 

「生体電流?」

 

 

 

オリヴィアは首を傾げる。人間と神の体付きは似ているが、元が神という別次元の存在なので、生体電流と言われても良く解らないのだろう。そもそも生体電流とは、人間の体内に流れている、とても微弱な電気のことだ。 血液やリンパの流れ、脳や心臓等の人体に於いて重要な部位も、この生体電流が動かしており、人間が生きていく上で欠かすことの出来ないものだ。無くて動くとしたらゾンビ位のものだろう。

 

つまりリュウデリアが言った生体電流の操作というものを噛み砕いて説明すると、魔法によって取り押さえられている人間の男性の体内に流れる生体電流を意図的に操作し、弄くることで今のような暴挙を起こさせ、凶暴化させているのだ。だがその生体電流は本当に極めて微弱な電流だ。それを強すぎず弱すぎず操り、脳を弄って今のようにするには、とても繊細な魔法技術が求められる。

 

リュウデリアから説明を受けたオリヴィアは納得がいったと頷いた。そして考える。恐らくその魔法を使用したのは、先程リュウデリアが気配で感じ取った龍だろう。だがリュウデリアが言うには、感じ取った気配は一瞬であったとのこと。つまり、気配の主である龍は、その一瞬の間に人間の体内に流れる生体電流を操ったということになる。

 

原理を解明して絡繰りを説明するのは簡単だったが、リュウデリアは今の自身には出来ない芸当だと認めている。リュウデリアが得意としているのは高火力による広範囲殲滅型の殲滅魔法である。一生物の体内に流れる生体電流なんて、極めて微弱な電流だけを操るのは至難の業だ。そしてその技術を今は修めていないので、出来るか分からない。

 

恐らく今リュウデリアがやれば、強く弄りすぎてやられた人間は言葉一つ話す前に廃人となって倒れる事だろう。リュウデリアは認める。こと魔法の繊細な技術に関しては、気配で感じ取った龍の方が上である……と。

 

その後、取り押さえられている男性は、取り押さえている男性二人を跳ね飛ばした。驚異的な腕力だ。恐らく生体電流で肉体のある程度の枷も強制的に外したのだろう。だが、騒ぎを聞き付けた憲兵が数人やって来て、暴れていた男性を力尽くで取り押さえた。怪我をした女性は、暴れていた男性の婚約者だそうで、今は暴れる男性を牢に閉じ込めておき、女性は怪我を診て貰っている。

 

突然の騒ぎだったが、その元凶がリュウデリアではない、別の龍であるということを、オリヴィアとリュウデリアだけが知っている。そして二人は同じ事を思った。この街では近い内に、何かが起きるということを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、どういう事だ。話が違うぞッ!!」

 

「細けェことを気にすんなよ。ちょっと人間を弄っただけじゃねーか」

 

「我々は計画を立てて動いているッ!!計画の始動は()()()()ッ!!その前に変な警戒心を持たれたらどうするつもりだ!?」

 

「チッ……うっせェなァ。テメェ等がチンタラやってんのがわりーんだろうが。これ以上なんか言うんだったら殺すぞ?テメェもあんな風になりてェのか?」

 

「……ッ……あと3日なんだ。大人しく待っていてくれ」

 

「へーへー」

 

 

 

大きな影に向けて、己の内に燻る怒りの感情を抑えつけて姿を消す人の影。大きな影……龍は、人の影が消えた場所を鼻で笑い、大きな欠伸をしてから寝る体勢に入った。

 

つまらない暇な時間を睡眠に当てようとしている龍は、眠る前に一つ思い出す。一瞬だけ街の上に姿を現し、魔法を使用する一瞬だけ、自身の同じ龍の気配を感じ取った。あれは勘違いでは無い。確実に、街の中に龍が居る。それを確信した。

 

龍は眠りながら面白そうに口の端を吊り上げる。どうやら面白い事になりそうだと。これからが楽しみだと、喉の奥からクツクツとした悪意の孕んだ声で嗤った。

 

 

 

 

 

 

リュウデリアとオリヴィアの予想通り、二人が居る街で何かが起きようとしている。

 

 

 

 

 

 

 

 








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