1.
「状況は?」
「全くもって。……茅場はこのゲームが発売される2週間前から、行方を眩ませています。……恐らく、相当念入りに準備していたんでしょう。会社のサーバーはダミーだったので、恐らく雲隠れした茅場の元に本サーバーもあるはずです」
警視庁捜査二課。『SAO事件対策本部』と筆字で書かれた部屋には、課長の柳井とその部下の男が居た。デスゲームが始まってから5日。事件の対応に追われているのか、柳井の目元にはくっきりとクマが浮かび上がっている。
「……進展、無しか……関係者への聞き込みは?」
「茅場と繋がりのある東工大出身の後輩に何人か。……皆、一様に知らなかったと言った様子です」
柳井の問いかけに、部下が資料を見ながら眉間に皺を寄せてそう返す。この男の名は、篠塚和樹(しのづかかずき)。四条や神崎と同じく捜査二課の刑事で、課長である柳井の部下であり、懐刀だ。
「今のところは茅場の単独犯行の可能性が高いか……」
「ええ、ですが皆、あまり驚いている様子はありませんでした」
「と、言うと?」
篠塚の意味深な発言に、柳井は怪訝な表情を見せる。
「……以前から茅場は、常々"この世界に永遠に住めれば良いのに"と口も漏らしていたそうです。……当時は皆、冗談だと受け流していた様で……」
「動機付けも完璧と言う事か……」
こんな未曾有の大事件、起こす事を予測しろと言う方が無茶な話だ。しかし事後報告を聞くと、何故もっと早く気付けなかったのかと言う後悔の念が湧いてくる。
だが、後悔ばかりしていては事件は解決しない。
「それで、"例の件"は?」
続けて柳井がそう聞くと、篠塚は一層険しい顔になった。
「………そちらは深刻です。家族や同居人が居る世帯では何とかなっていますが、大学生などは一人暮らしも多いです。通販などで購入した被害者は住所を割り出せますが、店舗の受け取りともなると特定は困難です。……全力を上げて販売店舗などの情報から自宅を特定していますが、既にチラホラと………」
「……もう5日だ。この時期に見つからないとなると、その人達は……」
悲痛な面持ちで篠塚がそう説明すると、柳井は悔しそうに拳を握る。
このデスゲーム、最悪のシナリオはもう表面化し始めていた。
「四条と神崎の様子は?」
「そちらは大丈夫です。点滴による栄養補給で容態は安定しています」
「そうか………」
篠塚の報告に、柳井はほっとした様にそう呟く。
「見舞いの一つにでも行きたいが、今はそれすらも惜しい。……俺が蒔いた種だ。この事件、あの二人を絶対に元の世界に戻さなければ……」
山の様に積まれた報告書を見ながら、柳井は決意した様にそう呟く。
茅場明彦の行方は、未だに分からない。
2.
「やった!」
「ナイスっす!カイトさん!!」
一方、こちらはアインクラッド。とある草原ではカイトがモンスターを一人で倒していた。
最初の頃と比べると動きも立ち回りも良くなり、今は四条と神崎の足手まといにならないぐらいには成長している。
「よし、今日はこれまでにしておくか」
すると、四条はメインメニューを開き、15時を過ぎた事を確認すると、そんな提案をする。
「え?、でもまだ全然日も落ちてないですよ?」
この4日間、レベル上げのために朝から陽が沈むまでモンスター狩りに勤しんでいたので、カイトは疑問の声を上げる。
「ギルドを立ち上げたっすからねー。なら、専用の"衣装"も必要じゃないっすか」
それに対し、今度は神崎が嬉しそうにそう言ってくる。ギルドを作ると言う事は、チームを作ると言う事だ。ならば、そのチームを象徴する様なユニフォームが必要になって来る。
「俺は別に良いと言ったんだけどな。神崎がどうしてもと譲らなくてな」
「良いじゃないすかー。こう言うのは気持ちっすよ!気持ち!!」
苦笑いになる四条に対し、神崎は興奮気味にそう返す。どうやら衣装云々は神崎の提案らしい。
「それに、もうレベル上げも他プレイヤーより随分上がったと思いますし、そろそろ始まりの街の方へ戻ってもいいと思うんすよね」
続けて神崎がそう言うと、四条は考えるように顎に手を当てる。
「……確かにそうだな。もう十分強くなった。明日辺りから戻って警備に当たるのも良いだろう。それとギルドメンバーのスカウトもしなきゃならないしな」
どうやら四条も神崎の案に賛成の様だ。
______ジジッ、ジジジッ________
すると、耳に深く残る様な不快なノイズ音が聞こえる。
「またっすか?カイトさん?」
神崎がまたかと言う風にカイトの方を向いてそう呟く。彼の方向を見やると、そのノイズ音とともに両手が霞んでいた。
昨日の夕飯の時より酷くなっている。
「今日の朝からこんな感じなんですよ。段々酷くなってますね。バグか何かでしょうか?」
「それは無いと思うっす。この世界は"カーディナルシステム"って言って、何か不具合があったりすると強制的に修正されるプログラムAIが組み込まれているんすよ。アバター表示の不具合なんて、カーディナルが見逃すはず無いと思うんすけど……」
神崎がそう説明すると、二人とも首を傾げる。しかしゲームの不具合以外に何か問題があるのは考え辛い。
「…………」
一人、四条だけは深刻な面持ちでカイトの事を見つめていた。
3.
それから街に戻り、四条達は衣装を着替えにNPCが営んでいる服屋へと寄る。
「おおー!カッコいいですね!このデザイン、ユーリーさんが考えたんですか!?」
「ふふーん。そうっすよー?コンセプトは"栄えある帝国軍人"!!カッコいいっしょー?」
自作の衣装をこれでもかと言うくらい見せびらかしながら、鼻高々にそう言う神崎。
神崎デザインの衣装は、日本の旧帝国海軍の士官服をモチーフとしたもので、上下白の軍服に長ブーツと言う、シンプルながらにピシッと決まったものだった。男子は白ズボンスタイルでブーツの色は黒。そして女子は白スカートに黒タイツスタイルでブーツの色は白と言う棲み分けもされている。
そして左胸元には、小さいながらキラキラと存在感を放つ、銀色の菊花紋章が輝いていた。
「メインメニューから着替えれるんで、ささっ。二人とも早速!」
こう言う服装にこだわる所はさすが女子と言った所だろうか。待ちきれないと言う風に、神崎は早く着替えるよう二人に促す。
「えっと……あ、これかな?」
メインメニューから、"ユニフォーム"と言う項目を開くと、一番上の欄に新しく追加された衣装がカイトの目に入った。
「ん?、菊花隊?」
ユニフォーム名には、"菊花隊 衣装"とシンプルに書かれた文字が映っていた。
「アタシ達のギルドの名前っす。菊は日本の国花とも言われるっすからね。最初は警察と同じ旭日章にするって先輩と話したんすけど、それだとアタシ達が警部ってバレちゃうんで、菊花紋章のエンブレムにして、そのままギルド名にしちゃおうって感じっす!」
神崎が自慢げにそう言うと、カイトはなるほどと納得した様に頷く。菊花紋章は日本国家の代表とも言える花だ。それをモチーフにした部隊名となると、自然とカイトの背筋も伸びた。
ユニフォーム欄をタップするとまるで魔法少女の様に体が光り、デフォルトの衣装から、白軍服の衣装にフォルムチェンジする。
「おおー、良いじゃないっすかー」
ギルド衣装に着替えた二人を見て、満足そうにそう呟く神崎。筋肉質の四条はともかく、線が細めのカイトも白軍服が様になっていた。
「……着た感じは動きにくさとかは無いな」
「そりゃ、ゲームっすからね。刀が本物より軽いのと同じっす」.
動きやすさを確かめる様に体を動かす四条に対し、神崎がそう返す。
着心地はデフォルトの衣装となんら遜色は無かった。
「じゃあ、アタシも……」
そして神崎も慣れた手つきで衣装を変える。こういう時更衣室に行かなくて良いのは、ゲーム特有の便利さだろうか。
「……どうっすか?」
女性verの菊花隊の衣装に変えると、神崎が四条に対し感想を求める。
「……どうって、その……良いんじゃないか?」
対して四条は、少し困った様に頬を掻いて目線を逸らしながらそう返す。
ピッシリとしたスーツの様な、体のラインが出やすいこの衣装はスレンダーな神崎の体型にピッタリで、大和撫子の様な凛とした雰囲気を纏っていた。
「……むー、良いっすよー。アタシは体のメリハリがありませんからー」
しかし四条の感想にご不満なのか、神崎の口から出たのは子供っぽい言葉で、拗ねるようにそう言う。
「そんなこと言ってないだろう?その……なんだ、似合ってるんじゃないのか?」
手で後頭部を掻きながら恥ずかしそうにそう言う四条。なんとも素直ではないがそんな反応で良かったのか、神崎は「……へへっ」と照れくさそうに笑った。
______ジジッ、ジジジっ、ジジッ________
すると、またノイズ音が響く。
「あ、まただ……」
ノイズと共に霞んで行く自分の両手を見ながら、少し不安がる様な声でそう言うカイト。段々と酷くなって行くそのノイズは、ここ数時間で一気に増えた。
「またっすか?もー、カーディナルは何やってるんすかねー?」
「バグにしては修正が遅すぎますね。……何か別の問題でもあるのでしょうか?」
神崎が困った様にそう言うと、カイトは不安そうにそう返す。
「……………」
その光景を、やはり四条は深刻そうな面持ちで見つめていた。
4.
その後、夕飯も食べて宿に戻ると、自室で神崎は明日の準備をしていた。明日からは始まりの街へと戻る。そのための回復アイテムや装備などのチェックをしていた。
______コンコンッ______
すると、部屋の扉が2回ノックされる。
「はい、誰っすか?」
「俺だ。神崎」
「……先輩?」
扉の向こうの声は、紛れもなく四条だった。しかし何だか深刻そうな口調だ。
こんな時間に何の様なのだろうか?神崎は良からぬ妄想でもしているのか、自身に汚い所が無いか念入りに確かめている。
「……神崎?」
「ああ、すみません!今出るっす!」
中々出てこないので四条が聞き返すと、神崎は慌てて扉のほうへと近づく。
期待を胸に扉を開けると、そこには深刻そうな面持ちをした四条が居た。
「今、時間良いか?」
「も、もちろんっす!ささっ、中入って!」
急かす様に神崎がそう言うと、四条はゆっくりと部屋の中へと入って行く。
「そ、それで、今日はどう言った御用件で?」
そして入り口の扉をガッチリ閉めると、期待するかの様に神崎はそう聞く。
「………カイトの事だ」
対して四条は考え込む様な険しい面持ちでそう答えた。期待したものとは違ったが、何やら深刻そうに呟く四条に対し、すぐさま神崎も仕事モードになる。
「カイト君……って事は、あのノイズが関係してるって事っすか?」
神崎の推理に、四条は黙って頷く。そして、次に四条が発する言葉に、神崎は心底驚かされる事となる。
「……もしかしたら、カイトはもう長くないかも知れない」
「………え?」
四条から出た衝撃の言葉に、遅れて気の抜けた返事を返す神崎。
「な、長くないって……どう言う事っすか?カイト君は強くなって来たし、モンスターももう一人で十分倒せます。……自殺でもしない限り、この世界でカイト君のHPがゼロになる事は無いと思うんですが……」
「違う。そっちじゃない」
神崎の説明に、四条は首を振って否定する。では、何が問題なのか?
「……神崎、このデスゲームが始まって、何日経った?」
「えっと、今日含めて、5日っす」
四条の問いかけに、神崎が指を折ってそう返す。
「そうだ。……神崎、確かナーヴギアが稼働している時は、現実世界で身体を動かす事は不可能だったな?」
「はい、動かすにしても、第三者の力が必要不可欠です。……でもそれがカイト君と何の関係が………あ……」
すると、最悪の想像をしてしまったのか、神崎の表情がみるみる青ざめて行った。
「……お前も気付いたか。カイトは確か一人暮らしだと言っていた。……もしデスゲームが始まって誰もカイトに接触しなかった場合、アイツはこの5日間、一切飲まず食わずでゲームをプレイしてる事になる」
考えうる最悪のシナリオ。それはこの世界でHPが無くなる事では無く、現実世界にあった。
「で、でも!それなら何でアタシ達は……」
「俺らは職場でナーヴギアを起動した。他の職員が対応に当たった事は容易に想像できる。……しかし、カイトは……」
『うぅっ……ぐすっ……俺、現実世界でも孤立してて……どこにも居場所が無かったんです…….』
四条は初めてカイトと会話した時の事を思い出す。もしあの言葉が本当だったとした場合、第三者がカイトを見つける可能性は……
「で、でも!警察が何とか見つけるんじゃ……!!」
何か救いは無いのかと、悲痛な面持ちで神崎はそう言う。しかし四条は難しそうな表情になる。
「俺もそう思いたい。……だが現に5日経ってカイトの体に異変が出て来ている。……恐らく栄養失調で上手く脳波が拾えなくなって来て、あのノイズが起きているんだろう。……今日の夕飯の時、俺がカイトに対して聞いた事を覚えているか?」
「………あ……」
四条の問いかけに、今度は神崎の表情が絶望に染まった。
『カイトは、ナーヴギアを何処で手に入れたんだ?』
『え?、普通にゲーム屋ですけど?』
『………そのゲーム屋は、家から近いか?』
『いや、会社の近くのゲーム屋で受け取ったんで、結構離れてますけど……』
通販ならば、まだ救いがあったかも知れない。何故なら配達先の住所
が割れるからだ。しかし店舗での受け取りとなると、捜索は困難を極める。それが受け取った店舗と自宅が離れていれば尚更だ。
「………もう餓死寸前なんだろう。俺らが出来る事は、現実世界で警察がカイトを見つける事を祈るしか無い」
そう言う四条も、悲痛な面持ちだった。
「………この事、カイト君には言うんすか?」
「………言わない方がいいだろう。ゲームの中ではどうにもすることが出来ない。この事を言っても、カイトが混乱するだけだ」
重い空気の中、これからどうするのか、四条と神崎は話し合う。カイトがもう餓死寸前というのはあくまで四条の推理であるが、それにしては状況証拠が残り過ぎている。
神崎も認めたくは無いが、カイトが今死にかけの状態なのはほぼ確定だった。
しかし現実とは違い、ゲーム内ではケロッとしている。
その事実が、このゲームの本当の恐ろしさを物語っている様だった。
「……カイト君にはずっとこの街、いや、ずっとベッドか何かで寝てもらうっすかね?この状況で脳を使う事は得策とは思えないっす」
こんな状況、経験した事など皆無だ。ゲーム内で本人はピンピンしているのに、現実では死に掛け。
どう対策していいのか神崎も、そして四条すらも分からない。
「……ベッドで寝てもらう為に、なんて説明するんだ?」
「それは……」
四条がそう言うと、神崎は黙りこくってしまう。もう5日も経ち、カイトが餓死するかも知れないと言う事実に気付くのが遅すぎた。
「今その事実を言ってカイトを興奮させれば、死期を早めるだけだ。……俺達が今出来る最大限の事は、なるべくカイトの脳に刺激を与えない事だ」
もうナーヴギアが上手く脳波を拾えないほど、カイトの脳は衰弱している。そこへ"お前はもう死ぬかも知れない"と告げれば、弱った脳にさらにダメージを与えるのは目に見えて明らかだった。
つまり、全てが遅すぎたのだ。
「……とにかく、カイトにはこの事は秘密だ。俺達にはどうすることも出来ない」
どうしてもっと早く気づけなかったのか、今となっては、後悔の念ばかりが湧いて来る。
目の前の人物を助けられないと言うのは、刑事である二人にとって悔し過ぎるものだった。