"菊の番犬"と呼ばれた部隊   作:キングコングマン

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怒り

 

 1.

 

 

 「おはようございます」

 

 「……おはよう」

 

 「……おはようっす」

 

 翌朝、カイトが宿の階段を降りて来ると、ほっとした様な表情を浮かべて、ロビーに居た四条と神崎は挨拶を返す。

 

 「……ノイズはどうだ?少しは治ったか?」

 

 そして、普段通りを装いながら、四条はカイトにそう聞く。

 

 「全然。酷くなる一方です。……それに、ゲームの中なのに何だか頭がボーッとするんですよ」

 

 カイトの発言に、四条と神崎は息を呑む。遂にはゲーム内の思考にまで影響が出始めた。状況が良くなるはずはないとは分かっていたが、もうここまで酷くなっているとは四条も予想外だった。

 

 「そ、そうか……実はな、今日は始まりの街に行く事を中止して、圏内でアイテムを集めようと思うんだ」

 

 四条は遠回しに、そんな提案をする。始まりの街に行くとしても、モンスターとの戦闘は避け難い。ここでカイトの脳を刺激してはダメだ。なので四条は脳に負担が掛かる始まりの街へ行く事よりも、圏内で買い物をする事を選んだ。

 言えるはずが無い。しかしそれは、確実に四条に罪悪感を植え付けていた。

 

 「え、そうなんですか?……まあ、確かにコルは狩をしまくったお陰で沢山ありますからね」

 

 カイトは笑顔になって、そう言い放つ。だがその表情は、二人の心を抉るのみだった。

 

 「……ああ。だから、始まりの街へ行くのは延期だ。今日は街に出て、偶にはリフレッシュするのも良いだろう」

 

 今出来るのは、カイトの脳に刺激を与えない事だけ。しかもそれは付け焼き刃。自分の無力さに四条は思い切り拳を握りしめた。

 

 

 

 3.

 

 街への買い出し。神崎と四条は明るく振る舞う。いつも通り。それがカイトの延命処置になるからだ。

 

 「こっちの回復アイテムも買った方がいいんじゃ無いか?」

 

 「あ、そうっすねー」

 

 表面上は楽しんでいるが、二人の内心は焦りと罪悪感で埋め尽くされている。

 しかしそれを崩す事は出来ない。

 

 「カイトはどう思う?」

 

 「え?、あー、えっとー……なんの話ですか?」

 

 さっきから四条と神崎の後をついて来ていると言うのに、もう一度聞き返すカイト。

 

 「っ……回復アイテムの話だ。多い事に越した事は無いだろう?」

 

 明らかに異変が表面化して来たカイトに対し、少し動揺する四条。神崎に至ってはカイトの表情を見れなくなっていた。

 

 「そうですね。あ、これとかいいんじゃ___」

 

 そして、カイトが一つの回復アイテムを手に取ると……

 

 _______ジジジッ________

 

 アイテムを持った手にノイズが走り、その手をすり抜ける様に、そのアイテムは床に落ちてしまった。

 

 「………」

 

 「………」

 

 「………」

 

 無言、3人とも、今目の前で起きた出来事に唖然とする。

 

 「………あの、少し聞いてもいいですか?」

 

 すると、カイトが震えた声で呟く様にそう聞く。顔は真っ青で額には汗が滲み、明らかに普通の状態では無かった。

 

 

 「……俺、もしかしてこのまま居なくなるんじゃ……?」

 

 

 ここまで来ると、カイトも自分の置かれた状況を理解し始めてしまった。体は動く。健康体そのものだ。しかしそれは、ゲーム内での話。思考は今朝からフワフワし、ノイズに至ってはもう常時手が霞んでしまう様な状態。そんな現実を見せられ、カイトは理解してしまった。

 

 自分はもう、死ぬ間際なのだろうと。

 

 「……そんな事は……」

 

 「でも、俺、一人暮らしですよ……?家に訪ねて来る人間なんて一人も居ません……!」

 

 「……落ち着け、カイト」

 

 震える声で続けてそう言うカイトに対し、四条は両肩を掴んで諭す様にそう言う。

 間違いない。カイトは今、自分が置かれている状況を理解しつつある。呼吸が荒くなって来た。

 

 「もしかして俺、餓死寸前の状態なんじゃ?……そうに違いない……!だって、そうじゃなきゃこんな……!!」

 

 そう言って自分の両手を見つめるカイト。しかし残酷にも、それを嘲笑うかの様に、ノイズの乱れは酷くなっていった。混乱して脳を酷使している。

 

 「やっぱり……!!俺、もうすぐ……!!」

 

 「落ち着け!!カイト!!」

 

 取り乱すカイトを落ち着かせようと、四条は掴んでいる肩に力を入れる。四条の言葉で少し正気に戻ったのか、荒くなっていたカイトの呼吸が、落ち着いて行く。それと同時に両手のノイズも少しばかり治って行った。

 

 「………よく聞け、カイト。これは大事な話だ」

 

 これはもうダメだ。四条は覚悟を決めた様にカイトを見やると、その視線にカイトは一つ、生唾を呑む。

 

 「……デスゲームが始まってから5日間、よくここまで頑張った。お前は強い」

 

 真っ直ぐ、カイトの視線を見据えて、四条はそう言う。建前ではない事は、カイトも直感で分かった。

 

 「……正直、俺はお前に謝る事しか出来ない。どうしてもっと早く気づけなかったのか、俺はお前に殺されても文句は言えない」

 

 四条は続けて後悔するように、地面を睨めつけながらそう言う。その言葉を聞いて、やはりなと、カイトも項垂れてしまった。

 

 

 「……すまない。お前を助けてやれなくて」

 

 

 そして四条はゆっくりとカイトの肩から手を離すと、深く頭を下げて謝る。

 何が刑事だ。何が捜査二課だ。目の前の青年一人を助けることすらできない。四条の心の中はそんな自責の念で埋め尽くされていた。

 

 「……頭を上げてください。スグルさん」

 

 すると、カイトは意外にも落ち着いた声でそう言う。四条にもそれが意外だったのか、少し驚いたように顔を上げた。

 

 「……この5日間、俺は自分なりに戦いました。弱い自分に勝とうと。モンスターに襲われて自害しそうになったあの時から。短い間でしたけど、スグルさんは俺にとっての憧れです」

 

 カイトも真っ直ぐ、四条を見据えて続けてそう言う。もうすぐそこにまで死が迫って来ていると言うのに、確固たる信念を持ったその瞳は、一人の男として立派に成長している証だった。

 

 「だから謝らないでください。俺はむしろ感謝してるんです」

 

 カイトは微笑んでそう言い放つ。屈託のないその笑みは、彼の人柄を表している様だった。

 

 「………本当に強いな。カイトは」

 

 「ははっ、ありがとうございます」

 

 たった5日間。しかしそれだけでも、このカイトと言う男が強い人間である事が分かった。

 

 「ユーリーさんも、これまでありがとうございました」

 

 そして、未だ罪悪感でカイトの顔を見れない神崎に対しても、深く一礼をしてそう言う。

 

 「ま、まだ死ぬって決まったわけじゃ……!これからす警察が見つけ出してくれるかも知れないですし……!」

 

 しかし神崎は諦めがつかないのか、悲痛な面持ちでそう言う。

 

 「良いんです。自分のことは自分が一番良くわかりますから」

 

 悲しそうにそう言うカイトに対し、神崎は「ごめんなさい……」と、その一言だけしか絞り出せなかった。

 

 すると、激しいノイズと共に、カイトの体が淡く光り始めた。

 それを確認すると、カイトの体が恐怖で震え出す。

 

 「ああ、でも、いきなり過ぎるよ……心の準備ぐらいはさせて欲しかったなぁ……」

 

 震える声で、消えていく体を見つめながら、カイトは必死に恐怖を抑え込む様にそう呟く。いきなり直面する"死"という恐怖。まだ若いこの青年がそれを受け入れるには、あまりにも酷な話だった。

 すると、四条が力強くカイトを抱きしめる。存在を確かめる様に、しっかりと。

 

 「ははっ、そう言う趣味だったんですか?スグルさん?」

 

 「……何とでも言えば良いさ」

 

 泣きそうな声で気丈にそんな冗談を言うカイトに対し、しっかりと返事を返す四条。その言葉を聞いて安心した様に、カイトは目を瞑った。

 

 

 「はぁー。でも、もうちょっと生きたかったなぁ……」

 

 

 最期にカイトが名残惜しそうにそう言うと、激しいノイズと共にその場からカイトの姿が消える。

 まるで、そこには最初から誰も居なかったかの様に。

 

 

 「………………」

 

 「………………」

 

 

 無言。あまりにもいきなり過ぎる。ゲームの中だと現実の自分の体の異変に気づかない。そして気づいた時には、もう手遅れ。

 それが、このソードアートオンラインと言うゲームの真の恐ろしい姿だった。

 

 「………神崎」

 

 そして、四条は立ち上がると、一言、何かを堪える様にそう言う。

 

 「………はい」

 

 神崎も何とか言葉を絞り出すように、一言だけ返す。

 

 

 「………茅場晶彦の捜索、これは絶対だ。分かったな?」

 

 「……了解です」

 

 

 2人の目には、確かな憎しみの感情が篭っていた。

 

 

 

 4.

 

 「こっちです。柳井さん」

 

 「悪いな。……やっぱり、餓死か?」

 

 「ええ、今回も若い男性、一人暮らしです」

 

 とある賃貸マンション。黄色のバリケードテープをくぐり抜け、篠塚からの報告を聞くと、柳井は悔しそうに顔を顰める。

 

 「……これで餓死は50人を超えたか……ガイシャはどんな様子だ?」

 

 「名前は大山海斗(おおやまかいと)。IT企業勤務の会社員です。経過からして、死後2日程かと」

 

 「そうか……」

 

 説明を聞きながら、そのまま柳井と篠塚は被害者の部屋に入る。そしてブルーシートのかけられたベッドの上まで歩みを進めると、2人とも合掌をして一礼をする。

 それを確認すると鑑識が丁寧に、ベットの上のブルーシートを剥がした。

 

 「……笑ってるよ」

 

 そこにはガリガリに痩せ細った、ナーヴギアを付けた男性が横たわっていた。

 

 「年齢は?」

 

 「……24歳です……」

 

 「そうか……若過ぎるな……」

 

 篠塚が言いにくそうにそう答えると、柳井は悲しそうにそれだけ返す。しかし、その言葉には確かな怒りも含まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

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