「こんにちは、君は確か、血盟騎士団のアスナだったね。今からお昼かい?」
「え?、あ、こ、こんにちは。ええ、まあ……」
人の良さそうな笑顔でスグルが挨拶をすると、アスナから困惑気味の返事が返って来る。
「……えっと、菊花隊の人達ですよね?なんでユニフォームを脱いでるんですか?」
いきなりの出会いに最初こそ困惑したアスナだが、スグルとユーリーのデフォルトの衣装を見ると、疑う様にそう聞く。
「おっと、顔を覚えてもらえて嬉しい限りだよ。……まあ、こんな役割をしてるものでね、疎まれたり恨まれたりする事が多いんだ。あの衣装で行くとおちおち食事もしてられないから、こうしてカモフラージュさせて貰っている訳さ」
それに対してスグルは困った様に笑い、そう説明する。しかしアスナは尚も疑いを隠せない表情をしていた。
「……信じられないと言った反応だね。……丁度良い。君は確かこれからお昼なんだろう?ならこちらの疑いを晴らす為に、話がてら一緒に食べようじゃないか」
するとスグルは、尚もニコニコ笑いながらそんな提案をする。
「……今、食事を終えたばかりのなのでは?」
尚も警戒心を解かないアスナは、棘のある言葉をスグルに投げかけた。
「まーまー。この世界じゃ食べようと思えばいくらでも食べれるしな。お題はこちらで持つよ」
「経費じゃ下りないっすよー?」
スグルがそう言うと、ユーリーから冷やかしの様にそんな事を言われる。
「……だそうだ。なるべく安いものにしてくれると助かるかな?」
困った様にスグルがそう言うと、アスナにはユーリーとスグルのやり取りが意外だったのか、肩透かしを食らった様な呆けた顔になった。
2.
「それで、君は俺たちにどんな印象を抱いているのかな?」
席に着くと開口一番、スグルからいきなり確信を突く様な言葉が出る。しかし張り詰めた雰囲気は無く、そんな事を聞いている四条もニコニコとリラックスした様子だ。
「……噂は沢山。治安維持と銘打って暴行や恫喝が横行してるとか、意味も無く疑われて酷い仕打ちを受けたとか、……これ以外にもまだまだあります」
「ストップ、良いよ。もう大体分かった」
敵意剥き出しの表情でそう言うアスナに対し、スグルはそれ以上言わせまいと手をアスナの前に出して静止する。
若いな。と言うのが、スグルのアスナに対する感想。目の前の情報に踊らされ、事実と噂の境目の判断ができていない。それはあの場にいた他の攻略組の連中にも言える事だが。
しかし、それならそれでやりようがある。
「どうやら良い印象は持たれて無い様だね」
「ええ、信用してませんから」
どうにも心を開かないアスナに対し、両者とも苦笑いになる。最初にヒースクリフの紹介で出て来た時からそうだが、スグルにはこのアスナと言う少女が何か焦っている様にも感じた。
まるで尋問している様だなと思いつつ、スグルは言葉を続ける。
「なら、信用して貰わなきゃね。……君は見たところ、随分と若い様だが、学生さんか何かかい?」
「……中学生です」
アスナからその言葉を聞いて、占めたと言う風にスグルは心の中でほくそ笑む。
「……そうか、中学生か……じゃあ、現実世界に友達も居ただろう」
そんな本心とは裏腹に、スグルは悲しげな表情をしてそう言う。それを聞いて、アスナの瞳が僅かながらに揺れた。そして、カミソリと呼ばれる男はその表情の変化を見逃さない。
「……俺はな、一人でも多くプレイヤーを現実世界に戻したいと思っている。……君の様な将来ある学生が消えていくのを、もう何人も見た。……正直、君が前線に出るのも、良く思っていないんだ」
スグルはアスナの情に訴えかける様に、そう言う。その言葉に心を打たれたのか、アスナは少し悲しげな表情に変わった。
「……私は、この世界に負けたく無いんです。だから前線に出るし、今まで死んでいった人達のためにも、戦わなくちゃいけない……!」
悲しげな表情から悔しそうな表情へと変わり、独白する様にアスナはそう言う。それを見て、ようやく本心を出して来たなと、スグルは薄く笑う。
「……そうか、君は強い子なんだな……」
そして柔らかな笑みを浮かべながらそう言うと、アスナは悔しそうに俯くその顔を、スグルの方へと向ける。
アスナの中で、菊花隊に対する印象が少し変わった。今までは治安維持と銘打って何をしているのか分からない怪しい集団と言うのが、アスナの菊花隊に対する評価だったが、今のスグルとの会話で、少しは信用して良いかもしれないと思ったのだ。
「………べ、別に、そんな事はありません……」
すると少し顔を赤らめ、恥ずかしそうにアスナはそう返す。こうなれば、ここからはスグルの独壇場。少し心を開いた彼女の隙を逃さない。
「事実を言ったまでだよ。自ら他人の為に動ける事は、生半可な覚悟では出来ない」
「………」
真っ直ぐ、アスナの目を見据えて、スグルはそう言い切る。そのストレートすぎる褒め言葉に、アスナは恥ずかしそうに俯いてしまった。
「……君ほどの人間が身を置くその血盟騎士団とやら、少し興味があるね。……少し聞いても良いかい?」
そしてここぞと言うタイミングで、スグルはそんな事を聞く。
「……元々は、ヒースクリフさんが誘ってくれたんです」
その後は根掘り葉掘り、アスナから情報を聞き出すのであった。
3.
「……酷い大人っすね」
店を出てアスナと別れた後、宿までの帰りの道を歩いていると、呆れた様な口調で、ユーリーがそう言ってきた。
「……何がだ?」
それに対し、白を切る様に憮然とスグルは返す。
「純真な女子中学生の心を弄んだ、警察の人間。現実じゃ問題になるっすよ?」
「人聞きの悪い事を言うな。"任意"で色々と質問しただけだ」
ジトっとした目を向けそう言う神崎に対し、四条は悪びれもせず、そんな言葉を返す。
ユーリーは見抜いていた。彼女も警察、それも警視庁の人間。観察力はスグル程では無いが、ずば抜けて高い。
なので何が狙いで彼がアスナに話し掛けていたのかを、察していたのだ。
「よく言うっすよ。あの子の良心につけ込んで、いろんな事を聞いてたじゃ無いっすか」
不貞腐れた様にユーリーがそう言うも、スグルは悪びれる様子は無い。
「変な事は聞いてないんだから良いだろう」
「そんな事したら警察失格っす。……まあ、ヒースクリフの情報は聞き出せなかったみたいっすけどね」
ユーリーに図星を突かれたのか、スグルは困った様に笑う。
「1番の目的はそれだったんだがな。……どうやら、徹底的に素性を隠しているらしい」
スグルがアスナに話し掛けた理由。それは、彼女からヒースクリフの情報を何か聞き出せないかと考えたからだ。
店の扉の前で出会ったのは本当に偶然だったのだが、スグルはあの一瞬で、ヒースクリフと同じギルドに所属してあるアスナなら何か知っているかもしれないと思い、咄嗟に話しかけた。
しかし、結果は空振り。アスナに勘付かれない様にヒースクリフの素性を聞いたが、彼女が知っている事は、血盟騎士団のリーダーである事と、そのカリスマ性で急速に勢力を拡大していると言う、もう自分達が知っている情報だけだった。
「……しかし、ギルドメンバーにも素性をバラしていないとはな」
が、それが収穫でもある。ギルドメンバーにすら明かさない自身の素性、その謎が、疑惑を深める材料となっていた。
「……こう言うオンラインゲーム上では、個人的な事を聞くのはタブーの風潮もあるっすからね……」
ユーリーはそう言うが、それにしても分からない部分が多すぎると言うのが、スグルのヒースクリフに対する率直な印象だ。
「……"サクラ"に、もう少しヒースクリフについて深く調べてもらうか……」
「……そうっすね」
難しい顔をしてスグルがそう言うと、ユーリーもそれに同意する。
それは、今まで完全に滞っていた茅場の捜索が、確実に一歩進んだ瞬間だった。