1.
「っ!!これじゃ近付けない……!!」
暴風吹き荒れるボス部屋。アスナが苛立ちを孕んだ声でそう呟く。
血盟騎士団の方でも何度か敵に攻撃を仕掛けていたが、ここまで一度もその刃が敵に届いたことは無い。
アスナも自身も素早さを活かして敵に接近したが、すんでのところで風に阻まれる。そんな後一歩届かないもどかしさが、彼女が苛立ちを抑えられない原因だった。
「………ふむ、どうしたものか……」
だがこんな状況下でも、他人事のように冷静な男が居た。ずっと盾を構え、観察するようにパピヨンを見つめているヒースクリフだ。
「……ヒースクリフ、貴方の盾でもパピヨンの風は防げないの?」
そんなヒースクリフを咎める様に、棘を含んだ声でアスナがそう聞く。
「私の盾は物理特化だ。直接的な攻撃は防げるが、どうやら風は例外の様だな」
しかしあいも変わらず他人事の様に、憮然とヒースクリフは返す。それよりも自分の盾が通用しない事に、新たな発見が出来たと"関心"を持っている様だった。
「………そう。取り敢えず、このままじゃ埒が開かない。……何かいい案は無いの?」
「私にはさっぱりだ」
アスナの問いかけに対し、興味なさげにヒースクリフは返す。
「……だが、菊花隊は面白い事をしようとしている様だな」
そう言って、今度は面白がる様にヒースクリフは目線を菊花隊の方へと移す。
「……あの人達は何を……?」
その光景を見て、アスナは怪訝な表情を浮かべる。
他のプレイヤーががむしゃらにパピヨンに近づこうとしているのに対し、菊花隊はこの状況で集まって話し合いの様な事をしていた。
幹部の1人であるエインが隊員に何やら説明をしている。
「ちょっと攻略の糸口が見えたもんでね」
すると、背後から別の声が聞こえる。
2人して振り向くと、そこにはスグルの姿があった。なにやら不敵な笑みを浮かべている。
「……どういう事かね?」
興味津々。今まで興味無しと無表情の顔だったのを崩し、こちらも何か試している様な微笑みでヒースクリフはそう聞く。
「その言葉のままだよ。……だが、攻略するにはそこの少女を少し借りたい」
するとアスナの方へと顔を向けてスグルがそう言う。
「え、わ、私ですか……?」
対してアスナは困惑していた。このスグルという男が何をしようとしているのか、全く見当もついていない。
「ああ。……もうこちらの回復アイテムも少なくなって来た。一時的に俺たちのパーティーに入って欲しい。君がいないと恐らくパピヨンに攻撃すら与えられないだろう。……頼む。協力するかしないか、今ここで決めてくれ。作戦はパーティーに入った後で説明する」
淡々と、しかし逃げ道を潰す様にスグルはそう言う。
スグルはあの酒場で会った時、ある程度アスナの性格を見抜いていた。
それは、責任感と正義感を持ち合わせている少女だという事だ。
それも過剰な程に。
だから、この様に頼み込む様に彼女の正義感に付け込めば、協力せざるを得ない状況を作れると、スグルは確信しているのだ。
「…………」
そしてその読みは当たったのか、一瞬考え込む様な表情を見せた後、覚悟を決めた様にアスナは顔を上げてスグルを見やる。
「………分かりました。協力します。ヒースクリフ、良いですね?」
「ああ、構わない」
計画通り。読みが当たったと、スグルは内心ほくそ笑む。
「……ありがとう。取り敢えず、作戦を説明するからこっちに来てくれ」
しかし表情は言葉通りのありがたがる様な顔を浮かべる。正に狸。しかしこの状況であればこれが最適解。
人を見抜く
ゲームスキルでは絶対に手に入れることの出来ないその能力は、四条が刑事として幾つもの修羅場をくぐり抜けて来たからこそのものだった。
2.
「作戦だ。聞け」
一度ボス部屋から出て、スグルがそう言うと、隊員が一斉に耳を傾ける。
その中には、アスナの姿もあった。
「まずは俺たちがこの子の前に出て"盾"になる。つまり暴風攻撃が来たら吹き飛ばされるギリギリのラインまで敵に接近するんだ。何名か吹き飛ばされるかも知れないが、それでも可能な限り接近する。敵の攻撃が止むまでこの子を守り通すんだ」
そう言って、スグルはアスナの肩をポンと叩く。
「さっきの彼女を見てると、敵に攻撃が当たるまであと10メートルと言ったところだった。その10メートルの差を俺たちで埋めるんだ」
スグルの説明に、皆一様に頷く。
作戦としては菊花隊がアスナを敵の暴風から守りながら可能な限り近付く。そして暴風攻撃が止むと同時に、アスナが1人飛び出して敵に一撃を加えると言う作戦だった。
シンプルではあるが、かなり有効的な作戦だ。
「この作戦の肝は"連携'だ。暴風圏内の中、少しでも敵に近づく。そして飛び出すタイミングが少しでも遅れるとまた吹き飛ばされる。各々役割を理解して臨むように。いいな!」
「「「了解!!!」」」
気合を入れるようにスグルが一喝すると、隊員から返事が返って来る。
「り、了解です!!」
緊張気味ながらも、アスナも返事を返した。
そして、ボス部屋に再度入る。
フォーメーション的には、前衛に風避けとして3列縦隊の形で並んでいる。その最後尾にアスナが1人。
まずはジリジリと、パピヨンとの間合いを詰めていく。ボス部屋の中は敵が暴風攻撃をしていなくても常に強い風が吹いている状態で、いつでも暴風攻撃が来ていい様に身構えながら一歩づつ近づいていく。
すると、パピヨンが攻撃のモーションを見せた。
「!!、来るぞ!!!」
隊員の叫びと同時に、暴風が菊花隊を直撃する。
「おうあっ!!!」
「ぐおっ!!!!」
最前列に居た隊員の何人かが、後ろに吹き飛ばされた。
「怯むな!!姿勢をなるべく低くして近付け!!!」
スグルがそう叫ぶと、暴風吹き荒れる中、隊員達はなんとか前に進み出す。
「うわあああ!!!」
一歩踏み出すと、隊員の1人が。
「があっ!!!」
「ダメだっ……っああ!!!」
もう一歩踏み出すと、今度は2人が。
敵に近づいていくにつれて、吹き飛ばされる人数は増えていく。
「ううぅっ!!!先輩!!もう無理っす!!!!」
「ぐうぅっ!!もうちょっとだ!!!辛抱しろ!!!」
泣き言を言うユーリーに対し、檄を入れるスグル。
「後2歩です!!そこまで詰めれば、行けます!!!」
アスナも暴風に耐えながらそう言う。それを聞いてもう一歩、なんとか前に進む。
「これ以上はっ………!!!」
しかし、これ以上はもう限界だ。残っている盾はもう10人を切っている。エインが厳しい表情でそう呟いた。
「これじゃ……届かない……!!」
諦める様に、俯いてアスナは呟く。恐らくこの距離で敵に突撃しても、ほんの僅か届かないだろう。後一歩、後一歩だけ進めれば、どうにかなるのだが………
「アタシの薙刀を使うっす!!!!」
すると、アスナの前からそんな叫び声が聞こえる。顔を上げると、未だに必死に風に飛ばされない様踏ん張るユーリーの姿がアスナの目に映った。
「な、薙刀……?」
「薙刀の方がリーチ長いんすから!!行けるっす!!」
そう言ってユーリーは踏ん張りながらも持っていた薙刀をなんとかアスナに差し出す。
「で、でも私、薙刀のスキルなんて……」
「つべこべ言わない!!アタシが行けるって言ったら行けるんす!!!」
「は、はい!!」
神崎がそう叫ぶと、勢いに負ける様にアスナは薙刀を受け取る。
そして次の瞬間、風が弱まった_____
「今だ!!!突っ込め!!!!」
スグルが叫ぶと、薙刀を両手に持ってアスナは飛び出して行く。
見えない
スグルが最初に抱いた感想は、それだった。初速から全速力。一瞬で駆け抜けて行くその様は、正に"閃光"とも呼ぶべきものだった。
1秒
敵までは、まだ遠い。
2秒
アスナが薙刀を振りかぶる。パピヨンは早くもまた暴風攻撃のモーションを見せる。
3秒
アスナが薙刀を突き出す。それと同時にパピヨンの周りに風が起き始める。
「届けええええええええっ!!!!!!!!!」
渾身の叫びと共に、薙刀の剣先は_________
「フオオオオオオオオンッ!!!!!!」
ボス部屋に、パピヨンの雄叫びが鳴り響く。
HPゲージが、緑から黄色に。
一瞬にして赤からゼロにまで減った。
そして、パピヨンの体は青白い光を帯びて、その大きな羽が実体を無くす様に、ポロポロと崩れて行く。
「………倒した……?」
「……っすかね……?」
スグルの呟きに、ユーリーがそう返す。
2人の目の前に映ったのは、パピヨンの羽が青白い光を帯びて崩れて行く様をバックに、ただただ立ち尽くす少女の姿。
なんとも幻想的な光景だった。
Congratulation
そして、パピヨンが完全に消滅すると、そんな文字が表示される。途端、地鳴りの様な歓声がボス部屋を包んだ。
「すっげー!!見たか!?今の!?」
「俺、速すぎて見えなかったぞ!!」
同時に、アスナの周りに多くのプレイヤーが押し掛ける。
「どうやったんですか!?今の!?」
「ボスを一撃で倒すプレイヤーなんて、初めて見ました!!」
「え?あ、あの………」
どいつもこいつも興奮した様子で、ボスを一撃で倒した英雄に詰め寄る。案の定、アスナは困惑し切った表情を浮かべていた。
「終わったー………」
「ホント、生きた心地がしねーよ……」
一方、菊花隊の面々は疲れ切った表情でその場にへたり込んでいた。無理もない。今日一日大車輪の働きを見せたのだ。総合点で見れば今回の戦いのMVPだろう。
「………ふぅ」
スグルもようやく腰を落とし、安堵の表情を浮かべる。勝てた事もそうだが、彼の中では今回の戦いで1人も死ななかった事に、大きな意味を見出していた。
「……面白いものを見せてもらったよ」
すると、感心した様な声で、スグルに話しかける人物が1人。今日一日ずっと傍観者の立場であった、ヒースクリフだ。
「面白くは無いよ。人の生死が関わってるんだからな。俺は必死に生きる事を考えただけだよ」
そんなヒースクリフに対し、少し顔を顰めてスグルはそう返す。ボス戦だと言うのに何処からどこまでも他人事のようだ。
「………そうだな。……今度は、別の立場で君と会う事になるかもな」
「………どう言う事だ?」
なんだか意味深な事を言うヒースクリフに対し、スグルは怪訝な表情を浮かべる。
「……いや、何でもない。……ともかく、良いものを見せてもらったよ」
それだけ言い残すと、ヒースクリフはその場を去っていく。そんな男の背中を、スグルはジッと見つめていた。
「……先輩?」
「ん?ああ、かん……ユーリー」
すると、今度はユーリーが話しかけて来た。顔をヒースクリフから彼女へと向ける。
「どうしたんすか?」
「……いや、何とかやり切れたなあと」
「もちろんっす!いやー、今回も的確な指示でしたねー。先輩?」
「……褒めても何も出ないぞ?」
「えー、けちー」
久々にこうして軽口を飛ばしあった気がする。
菊花隊が大きくなってから忙しさでそんな余裕もなかったんだなと、このユーリーとの会話でスグルはそれを身に染みて感じていた。
「でも、英雄にはなり損ねちゃったっすねー」
そして、ユーリーは揶揄うような口調でアスナの方を指差してそう言う。ボスを一撃で倒したその英雄は、未だにプレイヤー達から囲まれて称賛の声を浴びせられていた。
「……英雄は俺の柄じゃ無いよ」
「あはっ、先輩、褒められるの苦手っすもんねー」
「……うるさい」
尚も揶揄うユーリーに対し、不服そうな顔でスグルはそう返した。
「凄いよ!!いや、マジですげぇ!!」
「これからアスナ様って呼びます!!」
「アスナ様!」「アスナ様!!」「アスナ様!!!」
して、こちらの方は大盛り上がり。アスナに対して、プレイヤーは過剰な程に持ち上げていた。
「あ、あはは………」
それがどうも気持ちが悪いのか、当の本人は何とも言えない微妙な表情を浮かべている。
そもそも、今回の勝利は自分だけの力では無いと、アスナも分かっていた。だからこそ、自分だけがこうして英雄視されている事に居心地の悪さを感じているのである。
すると、人混みを割ってアスナの前にシンカーがやって来る。
「おめでとう。今回は紛れもなくMVPだったね」
「いえ、私だけで倒した訳じゃありませんから……」
シンカーの褒め言葉に対しても、アスナは微妙な反応を見せる。
「まあまあ、……取り敢えずこれ、渡しておくよ」
そして、シンカーは手のひらサイズの丸い水晶の様な物を、アスナに差し出した。
「これって……」
「ボスのドロップアイテムだね。……一応ラストアタックを決めた人が貰う決まりだから、受け取ってよ」
そう言うと、シンカーはアイテムをアスナに手渡す。
そのやりとりに再び拍手が沸いた。アイテムを受け取ると、アスナは少し俯く。そして何か決めた様に「うん」と呟くと、顔を再びシンカーの方へと向ける。
「……私なんかより、これを受け取るべき人がいます」
そしてその視線を、今度は端の方に向ける。
視線の先には、2人して会話をしているスグルとユーリーの姿があった。その2人を確認すると、アスナは迷わずその方向へと歩みを進める。
「……あの……」
正面に立ち、アスナはスグルに声を掛ける。
「……何かな?」
「これ、受け取ってください」
簡潔に、それだけ言ってアスナは先程シンカーから貰ったドロップアイテムを、スグルの前に差し出した。
「君が貰ったんだから、君の物でしょ?」
少し困った様な笑みを浮かべて、スグルはそう言う。
「はい。でも、それじゃあ私が納得しません」
しかしこの少女、見かけによらず結構頑固な性格らしい。スグルに断られるも、差し出したアイテムを下ろそうとしない。一つため息をつくと、観念した様にスグルはそのアイテムを受け取った。
「皆さんも、異論は無いですね?」
アスナがプレイヤー達に向かってそう言うと、彼らは少しバツの悪そうに頷く。
皆、今回の戦いで菊花隊の実力を目の当たりにした。しかしそれ以上に、後ろめたさがあった。今回の菊花隊の立ち振る舞い。スグルのリーダーシップ。
信頼を得るには、十分過ぎるプレゼンだった。
「……あと、これ、ありがとうございます。これが無かったら、攻撃は届いてませんでした」
続いてお礼の言葉と共にアスナはユーリーに向かって一礼すると、薙刀を返す。
「い、いやー。それほどでも……」
「お前も褒められるのは苦手なんだな」
「うっさいっす」
照れて少しぎこちなくなるユーリーに対し、スグルが揶揄う様にそう言う。
その光景を見て、アスナは少し吹き出した。
「ふふっ、仲、良いんですね?」
「あ、やっと笑った」
笑顔を見せてそう言うアスナに対し、嬉しそうにユーリーが反応した。
「……え?」
揶揄うようなユーリーの言葉に、今度は素っ頓狂な表情を見せるアスナ。それに構わず、ユーリーは言葉を続ける。
「だって君、酒場で出会った時からずっと険しい顔してたじゃないっすか。初めて笑ったところを見たっすよ」
「………あ……」
その言葉に、ハッとした様な表情を浮かべるアスナ。
思えば、デスゲームが始まってから一度も笑わなかった。
何かに勝とうと、この世界でもがこうと必死になり過ぎて、笑う事を忘れてしまっていた。
しかし、目の前の薙刀を持つ女性は違う。
「やっぱ、女の子は笑った方がカワイイっすね」
そう言うユーリーの表情は、満面の笑みを浮かべていた。
「そう……そうです……よね……」
そんなユーリーの人柄に触れたからか、熱いものがアスナから込み上げる。
「ちょ、ちょっと!何かアタシ悪いこと言ったすか!?」
いきなり泣き出したアスナに対し、オロオロしながら慰めようとするユーリー。
「いえ、……なんか……ぐずっ……嬉しくって……」
しかし泣きながらも、アスナは笑っていた。そんな彼女に対し、ユーリーは優しく微笑み、アスナに一歩近づく。
「……もう、考えすぎなんすよ」
恐らく、今までずっと気丈に振る舞って来たのだろう。そう察したユーリーは、右手でアスナの頭を撫でながら諭す様に言葉を続ける。
「……確かにこの世界は理不尽っすけど、それで自暴自棄になったら絶対ダメっす。……冷静さを失えば、人は間違った判断をするっすからね。ですよね?先輩?」
普段から、スグルが口酸っぱく隊員に言い聞かせている事。
スグルの方を見て自信満々そう言うユーリーに対し、困った様にスグルは頷いた。
「だから、この世界を憎むだけじゃなくて、少しは楽しまないと。それが出来れば、君はもっと強くなるっす!!」
「はい……グズっ……はい……」
絶望でしかないこの世界。しかしこの言葉で、アスナは少し救われた気持ちになった。
「じゃあ、これからはそうするっす!!何かあれば、相談に乗るっすよ!ここには女の子が全く居なくて退屈っすからねー」
最後に締める様にユーリーがそう言うと、ようやく泣き止んだアスナが、再度一礼をする。
「……すん……ありがとうございます。……じゃあ早速、相談いいですか?」
「ん、なんすかー?」
そして顔を上げると、アスナは満面の笑みを浮かべた。
「アスナって呼んで下さい。これからお願いします。ユーリーさん。スグルさん」