1.
ビーストテイマー
直訳すれば『猛獣使い』
このアインクラッドにおいて、剣のスキルが重視されるこのゲームのシステム上、ビーストテイマーを名乗るプレイヤーは少ない。
しかし、剣を使う以外のメリットを得られるのが、このビーストテイマーだ。プレイヤーのHPを回復してくれるビースト。予期せぬ攻撃からプレイヤーを守るバリアを張ってくれるビースト。背に乗る事ができて、フィールドの危険地帯を回避出来るビースト。
使う人間やビーストによってその能力はまちまちだ。
そんなビーストテイマーを、菊花隊も1人抱えている。
________ピィーーーーーッ________
早朝の菊花隊本部。1人の少女が指笛を吹くと、大空に一つの影が浮かび上がる。
「おいで」
一言そう言うと。少女は自身の左腕を差し出す。そしてその影は少女を見つけると、左腕に向かって急降下し始めた。
近づくにつれて、シルエットがハッキリと浮かび上がる。大きな翼、鋭い目付き。翼の角度を器用に変え、スピードを落としてピタッと少女の左腕に止まった。
「お帰り。ピー太」
少女が愛おしそうにそう言うと、ピー太と呼ばれた"鷹"はそれに応える様に頬擦りをする。
この少女の名は、メイ。菊花隊の幹部の1人だ。
菊花隊唯一のビーストテイマーであり、使役するビーストは鷹。その主な任務としては、『偵察』が挙げられる。
鷹匠のビーストテイマー
部隊内ではそんな呼ばれ方をする彼女だが、身長は部隊内でも下から数えたほうが早く、気弱ですぐ驚いたりするので何かと小動物の様な扱いを受ける。
「……よし。今日も異常無し」
そう呟いて、メイは安心した様にリストにチェックを入れていく。
今彼女がしているのは、巡回警備。なぜそれを彼女が任せられているかと言うと、少々特殊な能力を持っているからだった。
「今日もいい天気だったねー、ピー太ー。突風に突っ込んだ時はちょっとビックリしたけど……」
それは、使役しているビーストとの視覚共有。見渡しの良い空から鷹の視覚を共有出来ると言う事は、偵察や捜索を行うに当たっては非常に有利になる。
なので攻略組によって層が攻略された時などは、情報収集の為に彼女の能力が多いに役に立つ。安全な空から密度の高い情報が得られるので、桜花隊に次ぐ情報の要とも言って良いだろう。
___________
「し、失礼します……」
目の前の扉をノックし、緊張の面持ちでメイは司令室へと入って行った。
「お疲れ様。何か問題はあったか?」
まだ早朝だと言うのに、スグルはもう書類に目を通している。
「い、いえ。いつも通りです。巡回の報告書が出来ましたんで、チェックお願いします……」
尚も緊張気味で、メイは報告書をスグルに差し出す。
「お、もう出来たか。……確かに受け取った。ピー太もお疲れさん」
「ピィ」
続けてピー太にも一言言うと、言葉が分かっているのか短く返事を返す。
「今日の仕事はこれだけだ。後はゆっくり休んでくれ」
「は、はい!ありがとうございます」
そう言って、メイは深々と頭を下げる。それに対してスグルは苦笑いを浮かべた。
「……そんなにかしこまらなくても良いぞ?いつも緊張してちゃ疲れるだろう?」
「あ、あぅ……そうなんですが……」
メイの弱点として、このあがり症が挙げられる。
基本的に緊張感のある現場では固まってしまうので、実際に取り締まりをする実働部隊には配属出来ないのだが、それでもこの能力は菊花隊にとっての命綱と言って良かった。
「……とにかく、今日はもう仕事は終わりだ。次の巡回までゆっくりしててくれ」
「は、はい……失礼します……」
最後は萎れる様にそう言うと、入った時よりも低い腰でメイは出て行く。扉が閉まったのを確認すると、スグルは軽くため息をついた。
「……もうちょっと、自信が付けばなぁ……」
_________
「はぁ……」
本部の廊下。がっくしと肩を落としながら、メイは歩く。
「また緊張しちゃったよぅ。ピー太ぁ……」
「?」
慰めてもらおうとピー太に話しかけるも、鷹のピー太から返ってくるのは首を傾げる動作のみだった。
彼女とて、自分のあがり症を治したいと思っている。
「……みんなしっかりしてるのに、私だけ……」
その理由の一つとして、菊花隊のギルドメンバーは自分の意思を持って行動してるプレイヤーが多い。
だから緊張もせずにズバズバと意見を述べる事が出来るし、その上で行動力も高い。
「この前の会議だって、私だけ黙ってるだけだったし……」
そんな人たちと比べているからこそ、メイは自分を卑下してしまっている。あまりにも落ち込んでいるからか、ピー太が「ピィ?」と心配する様な鳴き声を出した。
「あれ、メイさん」
すると、前の方から声が聞こえる。
咄嗟に顔を上げると、同じく報告書を持ったユーシが前の方から歩いて来ていた。
「お疲れ様です。早朝の哨戒ですか」
「は、はい。ユーシさんは報告書を?」
ユーシの手には、先程メイが出した何倍もあるであろう報告書が握られている。
「ええ。14層でアイテムの強奪事件があったので、それの後処理を」
「す、すごいですね?もう今月に入ってから3件目じゃないですか」
「まあ、仕事ですから」
尊敬の眼差しを向けるメイに対し、少し照れる仕草を見せて素っ気なく返すユーシ。
「私は、この辺りをグルグル回ってるだけなのに……」
そんなユーシと自分を比べてか、再び俯いて暗い声でメイは呟く。そんな彼女を見て、ユーシは軽くメイの肩に触れた。
「そんな事ないですよ。空からの偵察はメイさんにしか出来ませんから」
「あ、ありがとうございます……」
手放しのユーシの褒め言葉に、真っ赤な顔で俯いてメイはそう返す。
「…………」
「…………」
しかし互いに次の言葉が見つからないのか、なんとも奇妙な沈黙が流れてしまった。
「……それでは、僕は隊長に報告してきますんで」
「え?あ、は、はい。お気をつけて?」
ただ報告書を出すだけなのに何を気をつける事があるのだろうか。天然なメイの発言に、ユーシも少し吹き出してしまう。
「ぷっ、何を気をつけるんですか。相変わらずメイさんは面白いですね」
「え、あっ、うぅ……」
ユーシにそう言われて、再び顔を赤くして俯くメイ。
「それでは、失礼します」
最後にそう言うと、ユーシはメイの横を通り過ぎて司令室の方へと向かって行った。その背中を、何処かボーッとメイは見つめる。
「……どうしよピー太。ユーシさんに話しかけられちゃった」
2.
「……そうか、ちょっと度がすぎるな。オレンジとは言え、やり方は悪質極まりない」
「ええ。タチが悪いのは自分の手は汚していないところっす
。シルバー・フラッグスの件も、奴らが噛んでいるかと」
司令室。険しい面持ちで話すのは、スグルとユーリー。
彼らはちょうど今、とある犯罪者ギルドについて話している。
「尻尾は掴んだいるのか?」
「そっちはサクラの方が裏も取ってるんで大丈夫っす。でもリーダーの方が厄介そうっね。自分で手を汚してないんで、表示はグリーンのままらしいっす」
「……他のグリーンプレイヤーに紛れ込めるって訳か」
眉間に皺を寄せた難しい顔でスグルは呟く。
プレイヤーに表示されるアイコン。ほとんどのプレイヤーは、その色は緑だ。しかしPKなどを犯したプレイヤーには、オレンジのアイコンに色が変わる。そしてそれを続けた場合、その色は真っ赤に染まる。
オレンジやレッドならばグリーンと比べてかなり目立つので容疑者の発見は容易だ。
しかし、グリーンに紛れ込んでいるとなると、捜索の難易度は一気に跳ね上がってしまう。
それを逆手にとって動く犯罪者ギルドは、菊花隊にとってもかなり厄介な存在だった。
「せっかく向こうが尻尾を見せたんだ。今はどの層にいるか、検討は付くか?」
「恐らく35層っすね。迷いの森でグリーンのギルドと紛れているって情報があるっす」
「迷いの森か……」
腕を組み、スグルは考える。彼自身もあそこには行った事があるが、1人では突破するだけでも困難な場所だ。
その上で人探し。それもグリーンに紛れ込んでいる。鬱蒼とした森の中、それを"人の目"で探し当てるのは不可能に近い。ならば、別の手段だ。
「………空から、だな」
スグルがポツリと呟くと、ユーリーは驚いた様な表情を見せる。
「………メイちゃんを行かせるんすか?」
「ああ」
「……でも彼女、実働部隊としては……」
ユーリーはメイを向かわせる事に躊躇している様だ。言いにくそうに口籠る。
「メイにオレンジをどうこうしてもらう訳じゃない。今回は偵察だ。あの森に居るプレイヤー達をしらみ潰しに探索してもらう。その上で別の隊員がマークをすれば良い」
「なるほど……」
スグルの説明にユーリーも納得した様に呟く。
メイはハッキリ言って戦闘や確保にとことん向いていない。そのまま向かわせてオレンジと対峙させたら、言い方は悪いが足を引っ張ってしまうだろう。ならば探索に専念させておいて、別の部隊に確保を任せれば良い。
「会議だ。今回は5名で行く。その内幹部は2名」
「2人行かせるんすか?メイちゃんは確定として、後1人は?」
ユーリーの問いかけにスグルは少しばかり腕を組んで考える。必要なのは、冷静な判断力と人を見分けられる能力。
そして彼の中で決まったのか、ゆっくりと口を開いた。
「もう1人はユーシだ」