"菊の番犬"と呼ばれた部隊   作:キングコングマン

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後悔

 

 1.

 

 「……………」

 

 完全に陽が落ち、ここは菊花隊の本部。司令室では、これ以上に無いほど険しい顔で報告書を見つめるスグルの姿があった。

 今回の任務、結果としては大失敗に終わったと言っていい。タイタンズハントの尻尾は掴めず、それ以上に情報の要であるピー太を失ってしまった。

 

 「すみません!!自分がもう少し早く向かっていれば……」

 

 スグルと向かい合う様に立つユーシが、深々と頭を下げる。

 責任感の強い彼の事だ。今回の任務は彼が主導で行った事もあり、一層罪悪感を覚えていた。

 

 「……頭上げろ。後悔もいいが反省する事だ。幸い人は死んでない」

 

 「ですがピー太は……」

 

 「……過ぎた事をとやかく言うな。それに、蘇生は出来るじゃないか」

 

 「ええ……」

 

 ピー太のアバターが散った時、ピー太からアイテムがドロップした。

 亡骸の様な光を帯びたその羽のアイテム名は、「ピー太の心」と設定されていた。

 プレイヤーとは違い、ビーストは一度HPがゼロになっても蘇生のチャンスがある。

 しかし、その条件はかなり厳しいものだった。

 

 「47層、思い出の丘ですか」

 

 「ああ、それに3日以内じゃ無いと、二度とピー太は蘇生出来ない」

 

 2人とも険しい表情で言葉を続ける。ただでさえ攻略の難しい47層のダンジョンの最奥。そこに3日以内で向かわなければならない。

 それと、この条件にはもう一つ難関が立ちはだかる。

 

 「メイの様子はどうだ?」

 

 尚も深刻な表情でスグルはユーシに尋ねる。対して、またしても後悔する様にユーシは顔を歪ませた。

 

 

 「……相当参っています。ピー太がやられた事もそうですが、視覚共有したまま攻撃を受けました。恐怖は相当だった筈です。精神的にかなり来ていると……」

 

 

 視覚共有を切っていれば、まだ良かったのだろう。しかし、ピー太はメイの指示を聞かずに"独断"で少女を庇った。

 その一瞬の間に共有を切れと言われても、無理のある話だった。

 

 「思い出の丘まで行けそうか?」

 

 「…………」

 

 スグルの問い掛けにユーシは無言を返す。最後の難関、それはビーストを使役しているプレイヤーも一緒に行かないと蘇生出来ない事だった。

 しかし、今のメイにそれが可能なのか?ユーシは首を縦に振れない。

 

 「……ともかく、メイには向かってもらう他ない。……まだ3日ある。今はお前が側に居てやれ」

 

 「………分かりました」

 

 力なくユーシがそう返すと、肩を落として司令室から出て行く。

 そしてそれと入れ替わる様に、今度はユーリーが入って来た。扉を閉めると、自分の分の報告書をスグルに手渡す。

 

 「……ユーシ君、相当責任感じてるっすね」

 

 「普段殆どミスを犯さない奴だ。その分やらかした時の反動は大きい」

 

 報告書を受け取りながら、少し考え込む様な表情でスグルは言葉を返す。

 

 「ふーん。まるで先輩みたいっすね」

 

 「冗談じゃないぞ」

 

 少し冷やかしを入れて来たユーリーに対し、釘を刺すスグル。

 

 「分かってるっすよ。……でも、まさかピー太が他のプレイヤーを庇うのは、予想外だったっすね」

 

 「……どう言う意味だ?」

 

 なんだか意味深な事を言うユーリーに対し、スグルも深堀りする。

 

 

 「β版の頃からそうなんすけど、基本ビーストって使役しているプレイヤーだけを守る様にプログラムされてるんすよ」

 

 

 「……つまり、他のプレイヤーを庇う事はあり得ないと?」

 

 それに関しては、スグルも違和感を感じていた。メイがピー太に指示をした上でそうなったのならばまだ納得出来るが、報告書によればピー太はメイの指示を聞かずに真っ先に襲われていた少女を庇ったらしい。

 

 本来ならプログラミングされていない筈の行動。

 

 何かあるのだろうか?

 

 

 「バグか?」

 

 「それか、正規版に移行する時に何か修正が入ったのかも知れないっす。……言ってもこの世界でのビーストテイマーなんてかなり少ないんで、断定的な事は言えないっすけどね」

 

 「………幸い、ビーストテイマーはまだ菊花隊本部(ここ)にもう1人居る。"あの子"にもそこら辺聞いてみるか」

 

 考え込む様にスグルがそう言うと、ユーリーは嬉しそうな表情に変わった。

 

 「シリカちゃんっすね!任して下さい!アタシが聞いてみるっす!!」

 

 何故だかやる気満々の様だ。対してスグルは意外そうな表情を見せる。

 

 「なんだ?もう仲良くなったのか?」

 

 「えへへ、シリカちゃん、いい子なんすよねー。正に元気印!って感じで。妹が出来たみたいでちょっと嬉しくて……」

 

 少し照れる様な表情を見せ、恥ずかしがる様にそう言うユーリー。しかしそれなら話は早い。同じ女性同士、話もしやすいだろう。

 

 「じゃあ、シリカの方は頼んだぞ。報告書は受け取った」

 

 「了解っす!!それでは、失礼します!!」

 

 最後に一礼をすると、ユーリーは楽しそうに司令室から出て行った。

 

 

 

 2.

 

 

 トラウマというものは、その人物の精神性に左右される。

 残酷ではあるが早い話、心が強ければトラウマにならないし、心が弱ければその出来事をずっと引きずってしまう。

 

 その点ではメイという少女の心は、深いトラウマを負ってしまっていた。

 

 自分の判断の弱さが、ピー太を死なせてしまった。

 最後に見たあの光景。自分の何倍もの身長があるモンスターが、躊躇なく襲ってくるあの光景。

 

 「っ!!………」

 

 自室の端、月明かりだけが僅かに差し込む暗い室内で、メイはこれでもかと言うくらい身を縮こませる。僅かながら、その体は震えていた。

 

 後悔と、恐怖と、自分に対する情け無さ。

 

 精神性と言う点では、メイはまだ未熟過ぎる。しかしそれを自覚しているからこそ、彼女の中でトラウマはどんどん大きくなってしまっていた。

 

 

 _________コンコン、_____________

 

 

 すると、扉の方からノック音が聞こえてくる。しかしメイは返事を返さない。

 

 「………メイさん、居ますか?ユーシです」

 

 名前をを聞いて、メイの肩がピクンと跳ねた。

 

 「…………」

 

 しかし、メイは反応を示さない。

 

 「………ここには居ないのかな?」

 

 反応が無いので、ユーシはその場から立ち去ろうとする。

 

 

 ___________ギィーー………___________

 

 

 すると、扉がゆっくりと開いた。メイの姿はまだ見えない。ユーシは一つ、生唾を飲んで再び扉へと近づく。

 

 「………メイさん、入っても良いですか?」

 

 「………………はい………」

 

 ユーシの問いかけに対し、本当に聞こえるか聞こえないかぐらいの声でメイはそう返した。

 一歩、ユーシは部屋の中へと歩みを進める。中はやはり暗い。ある程度見渡すと、窓のある一角、部屋の隅で俯いて座っているメイが居た。

 ユーシはゆっくりとメイの元まで歩いていく。

 

 「………お話、出来ますか?」

 

 「……………」

 

 ユーシの問いかけに対し、メイは無言で首を振った。

 

 「……分かりました。でしたら、自分はここに居ます。落ち着いたら、話をして下さい」

 

 そう言って、ユーシは更にメイに近づいて隣に座る。再び、メイの肩がピクンと跳ねた。

 

 「……嫌でした?それなら、もうちょっと離れ……」

 

 距離が近すぎたかと、再びユーシが立ちあがろうとする。

 

 「…………」

 

 しかし、メイは無言のままユーシの裾を握る。そして精一杯の意思表示なのか、俯いたまま静かに首を振った。

 ユーシもそこまで察しの悪い男では無い。なるべく刺激をしない様に、ゆっくりとメイの隣に腰を下ろした。

 

 

 

 3.

 

 菊花隊の本部には、中庭がある。

 ただ仕事をするだけではつまらないだろうという事で、憩いの場を設ける意図としてリーダーのスグルが考案したものだ。

 幸いゲームの中なので植物が勝手に成長する事もないし、いつも綺麗な花が咲き、中庭の中心には立派な噴水がいつも水を噴かせている。

 そんな噴水の淵に、ポツリと座る少女が居た。

 まだ中学生になったか、なってないであろうかの顔立ちと小さな身長。栗毛の髪を両サイドに纏め、左肩には薄い青色の龍の様な生物が居る。

 少女の名は、シリカ。

 ユーシが襲われるゴブリンから救い出した、ビーストテイマーだ。

 彼女はボーッとしながらに噴水の流れをただただ見ている。

 

 「ここに居たんすか、シリカちゃん」

 

 そんなシリカに、声を掛ける人物が1人。

 

 「あ、ユーリーさん。こんばんは」

 

 「こんばんは。なーに?思い詰めちゃった様な顔してー?」

 

 互いに挨拶をし、ユーリーは明るく振る舞ってシリカの隣に座る。

 対してシリカは対照的に表情に影を落とした。

 

 「いえ、その……今日の事、考え込んじゃって……」

 

 シリカは思い出す。確かにユーシによって助けてもらったのは感謝しているが、それ以上に他人のビーストを死なせてしまった事。それに罪悪感を感じていた。

 

 「もー、それは結果論だよ。アタシ達は1人でも多くこの世界から現実に戻すのが目的。だからシリカちゃんが助かった時点で、アタシ達の仕事は達成したんだよ?」

 

 「で、でも……」

 

 それは同じビーストテイマーだからだろうか、シリカは更に暗い表情になる。

 ユーシに連れられ、ここに来るまでに、メイと会った。彼女は他の隊員に抱えられながら、自分のビーストの名前を泣きながら連呼していた。

 ビーストは、使役するプレイヤーを守る様にプログラミングされている。

 もしあの時ピー太が助けてくれなかったら、その立場は逆のものになっていたかも知れない。

 そう思うと、シリカの中で一層罪悪感が大きくなってしまう。

 

 「あの人に、なんで言えば……」

 

 泣きそうな表情で、シリカは後悔の言葉を口にする。

 それを見て、困った様にユーリーは頭を掻いた。しかし、ここまで罪悪感を感じているという事は、この子が優しい証拠でもある。それが確認出来ただけでも充分だ。

 

 「_________えい!!」

 

 「え?、きゃ、きゃあ!!」

 

 そして、突如としてユーリーは嬉しそうに笑いながらシリカに抱きつく。

 

 「いっちょ前に責任なんか感じちゃってー!この、この!」

 

 「ちょ、やめて下さい!ユーリーさん!どこ触って……」

 

 リラックスさせる為なのか、ユーリーはシリカにくすぐりを敢行。少し表情が赤くなった。

 

 「やっ……!あんっ!……」

 

 あらぬところを弄られている気がするが、ここでは割愛させていただく。しかし今のシリカにとっては、この温かさが嬉しかった。

 そしてひとしきりシリカを堪能した後、ユーリーはシリカの両肩を掴み、真っ直ぐと彼女を見据える。

 

 「シリカちゃん、ビーストテイマーって蘇生が出来るの、知ってる?」

 

 「……え?」

 

 思ってもいなかった情報に、シリカは目を丸くする。

 

 「47層、思い出の丘。3日以内にそこに行けば、ピー太も蘇る」

 

 「ほ、本当ですか!?」

 

 ユーリーからその言葉を聞いて、今までの暗い表情から一転、ようやくシリカは明るい顔を見せる。

 

 「おー、良い顔!!やっぱり女の子は笑った方がカワイイっすねー」

 

 どこかの閃光にも言った言葉。

 それを聞いて、シリカも少し恥ずかしがる様な表情を見せた。

 そして、今度はシリカが真っ直ぐユーリーを見据える。

 

 「………今回は、わたしのせいでピー太が亡くなっちゃいました」

 

 そこまで言ってシリカが一つ、深呼吸をすると、今度は覚悟を決めた様な顔付きに変わった。

 

 

 「わたしも、ピー太の蘇生に連れて行って下さい」

 

 

 どうやらこのシリカと言う少女は、優しいだけで無く強さも持ち合わせているらしい。

 

 

 

 


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