1.
翌日、正式サービスの開始の日。捜査二課の会議室に四条と神崎は来ていた。SAOをプレイするためである。
「サービス開始は正午、12時からなんでそれまで先輩に軽く説明だけでもしときましょうか」
「ああ、頼む」
ゲーム初心者の四条としては神崎のアドバイスはかなりありがたい。元々βテストで腕を慣らしている神崎は得意げに説明を始める。
「まずこのゲームは剣が主役のゲームっす」
「剣?だからソードアートなのか?」
「そうっす。名前の通りっすね。こう言うファンタジー系のゲームは魔法とかの要素があるのが通例なんすけど、このゲームは武器が殆ど剣しかないっすからね。だから"剣自体のスキル"が重要になってくるゲームなんすよ」
剣のみのゲーム。それはつまり武器の相性の差が無くなり、自身のゲームの腕前が如実に出ると言う事でもある。
それと四条には一つ強みがあった。
「まあ、先輩には向いてるゲームじゃないっすかね?警察剣道の大会でも準優勝だったじゃないっすか」
「ゲームと現実じゃあ違うだろう」
四条は謙遜するがリアルとほぼ同等の経験が出来るフルダイブのVRならば、彼の現実世界での剣道技術もSAOでは無駄にならない。それほどまでに現実に近いのがこのゲームなのだ。
「まあ、レベルアップをすると強くなるってのもあるっすけどね。レベル何上がると"スキル"が覚えれるんで」
「スキル?必殺技みたいなものか?」
「厳密にには違うっすけど大体似た様なもんすね。スキルを覚えておくと色々便利っすから。それとこのゲームはボスを倒すとレアなドロップアイテムが貰えるんすよ」
「ドロップアイテム?」
また知らない単語が出て来た。四条は聞き慣れない言葉に首を傾げる。
「モンスターとかの敵を倒した時に出てくるアイテムっす。ボスを倒した時はレアドロップって言って持ってるだけでステータスにもなるんすよ!!」
神崎が興奮したように説明するが、四条は未だピンと来ていない。ゲームをしない故、知らない単語が後輩の神崎から出て来る度に微妙な表情になっていた。
「……まあ、こんなもんすかね?後は実際にやってみてもらった方が早いと思うっす」
このままでは埒が明かないと四条の表情を見た神崎がそう思ったのか、ナーヴギアを手渡す。
「まずはオフラインで操作とかルールに慣れてみましょう」
「……まあ、そうだな」
何か釈然としないが、四条もそうした方が早いと感じたのか、神崎からナーヴギアを受け取る。
「電源を入れてナーヴギアを装着したら、"リンクスタート"って言って下さい。そしたら音声認識でゲームが始まるんで」
「なるほど……分かった」
短く返事をすると、四条はヘッドギアの横に付いていた電源のスイッチを入れ、頭に装着する。
「何だか違和感が凄いな……リンクスタート!」
四条が勢いよくそう言うと耳元から微かな電子音が聞こえ、何やら機械然とした起動音が聞こえる。
しかし辺りの景色は変わらない。会議室の中だ。しかし機械は起動しているっぽいのでもうフルダイブは完了しているのだろうか?
「ほう、現実と殆ど変わらないじゃ無いか。会議室もリアルに再現されている」
感心したように四条が呟くが、その光景を神崎は唖然として見つめていた。
「何だ神崎、お前ももうゲームを始めていたのか」
視界の端に神崎を見つけ、最先端の科学に触れているであろう四条が少し興奮気味で話しかける。
「………先輩、ヘッドギアのつける位置、逆っすよ?」
2.
フルダイブ型のVR機器と言うのは、まさに革命であり、人類の科学の歴史において間違いなく語り継がれて行く様な発明だ。
それまで目と耳でしか得られなかったバーチャルの情報が肌や鼻、はたまた味覚までもがこの世界で享受出来る様になった。
「うおっ!神崎!今風が吹いたぞ!」
そんな最先端の科学に、四条優と言う男も大興奮している。リアルと変わらない感覚に視線をキョロキョロさせて色々確かめている様だ。
「あははっ!最初はアタシもそんな感じだったっすねー」
それを見て神崎も初めてフルダイブ型のVRに触れた時を思い出したのか、感慨深そうな表情で四条を見つめていた。
「物とかも触ると、ちゃんと感触があるっすよ?」
「何!?本当か!」
神崎からそれを聞いた四条はスタスタと彼女の方へと近づいて行った。
「……何やってるんすか?先輩」
すると四条は興味深そうに神崎の顔をペタペタと触り始めた。
「……本当だ。凄いな。確かに感触がある……」
感心した様に四条は呟くが対して神崎は少し顔を赤らめて一歩引いた。
「アタシで確認しないで下さいよ!!」
「いいじゃないか?ゲームだろ?」
「ゲームの中にもデリカシーってもんがあるんすよ!!」
普段ならこの様な事は一切しない四条であるが、VRの世界に居ると言う興奮と、これはゲームだと言う意識が彼の中にあるのか、どうにもデリカシーの無い行動を取ってしまったらしい。
全くもう、と神崎が呟くと一つ咳払いをして呼吸を整える。
「まずは操作っすね。さっきチュートリアルで武器を選んだと思うんすけど、アイテム欄を開いて装着してみて下さい」
「おう、分かった」
神崎の言葉に素直に頷く四条。ゲーム初心者特有のぎこちない操作をしながら、多少の時間を掛けながらも、この世界の"肝"である剣を装着する。
「おー、やっぱ先輩は日本刀っすか。似合ってるっすねー」
四条の腰に青い光を帯びながら現れたのは、長めの日本刀だった。服はこのゲームの世界のデフォルトの西洋風の服装なので多少違和感があるのだが、神崎には好意的に捉えられた。
「……違和感が凄いな。本物の日本刀よりかなり軽い。これで本当に斬れるのか?」
「……何で先輩が本当の日本刀の重さを知ってるのか分かんないっすけど、やっぱそこはゲームっすからね。操作性とかも考えてるンスよ」
日本刀をブンブンと振り回しながら感触を確かめる四条。そしてある程度振り回すと、目線を神崎の方へと向けた。
「そういや神崎、お前は何の武器を選んだんだ?」
目の前に映っている神崎は四条と同じく西洋風のデフォルトの服装だ。
するとそれを聞いた神崎は待っていましたと言わんばかりに得意げな顔になる。
「えぇー、気になるっすかぁー?先輩ー?」
「………今興味が無くなったな」
ここまで自慢をしたいのがバレバレなのも珍しい。それを感じ取った四条も少し意地の悪そうな顔をしてそう言う。
「ちょ、冗談すよ!!まあ、アタシはβテスト版の方で作ったアバターがあるんで、そっちに変えるっすね」
そう言うと、四条とは対照的に慣れた手つきでアイテム欄を操作する。
すると目の前から神崎の姿が一瞬消えた。こう言うところはゲームっぽいと言ったところだろう。そして数秒後にまた目の前に神崎"らしき"人物が現れた。
「……お前、神崎か?」
目の前に現れたのは高身長で足が長く、真っ青な髪をポニーテールに纏めた大人の雰囲気を持つ女性だった。肩やへそ、下半身は太腿の上部まで肌が見えるほど露出が多く、艶やかな唇と目元にある黒子は色っぽさを出している。
「……なんすか?何か言いたそうっすけど」
神崎のアバターは、現実とはお世辞にも似ていないものだった。
「いや、だってお前……それ……」
ここまでなら四条も文句は言わなかったかもしれない。これはゲームの世界だ。警視庁捜査二課所属の神崎由里子と言う人間は童顔で髪をショートに切り揃えていて、どっちかと言うと可愛い系だ。だが今目の前にいるのは露出多めで、色気全開のしなやかな長髪を靡かせた美女だ。
しかし、最大のツッコミ所はそこでは無い。現実とあまりにもかけ離れた"体型"を持ってして現れたのなら、流石の四条も突っ込まざるを得ない。
「何というか……もうちょっと、現実に寄せても良かったんじゃ無いか?」
だって目の前の神崎はどう見たってアルファベットで表すなら6番目か7番目くらいに出て来そうなほどのバストサイズだったからだ。
現実の神崎はスレンダーでスラっとしているからこそ、四条の目には違和感の三文字にしか写らない。
「……いいじゃないっすか!!アタシだって好きで貧相に生まれた訳じゃ無いンスから!!ゲームの中でくらい夢見たっていいじゃ無いっすか!!!」
何がとは四条は言ってないが、神崎は言葉の雰囲気と視線で察したのか、悲痛な叫びをあげる。
「あー、うん、そうだな……」
流石に涙目でそう捲し立てられると、四条も反応に困ってしまう。現実とあまりに違う神崎の姿にまだ戸惑っている様だ。
「あー、それでだ神崎。そろそろ武器を見せて貰っていいか?」
この話はしない方がいいと思った四条は本題の武器の話題へと移る。
「……そうっすね」
神崎もこの話題はもうお終いにしたいのか、一言それだけ言うと、顔を赤く染めて無言でアイテム欄を操作し始めた。
「へえ、薙刀とかもあるのか」
神崎が装備した武器、それは四条の日本刀よりも数段長い薙刀だった。アバターの高身長も合わさり、絵になる姿だ。
「アタシはβ版の頃からこれを使ってるっすからね。高校と大学でも薙刀はやってたんでやっぱり使いやすいンスよね」
すると1回、2回と神崎は素振りをして見せる。慣れている様で、どうやらその言葉は嘘では無いらしい。
「それじゃあ、基本動作と立ち回り方なんかをやって行くっすかね。オフラインはモンスターが出てこないんで、レベルの上がらない仮想的を出してやって行くっす」
こうして、ようやく神崎によるゲームの指導が始まった。
3.
それから1時間と30分程度、神崎の指導によりある程度四条もゲームのシステムに慣れて来た。
1人だけだとまず何からすれば良いのか分からなかった事もあり、神崎の存在はかなり有難かった。
「やっぱ先輩は物覚えが良いっすね」
感心した表情で神崎が頷く。実際、ゲーム初心者としては四条の呑み込みの速さは見事なもので、これだとソロ、つまり1人だけでも困惑する事なくゲームを進められる知識を得ていた。
「最初はお前から出て来るゲーム用語がほぼ分からなかったからな。お前を相棒にしたのは正解だったみたいだ」
四条のストレートな褒め言葉に神崎も照れているのか少し頬を赤らめて頬を掻く。
「そ、そうっすか!!でも、自分は先輩に相棒として選ばれるなんて思ってなかったンスよ?」
「どうしてだ?」
「……自分、刑事としてはまだまだ未熟も良いところっすからね。今回先輩に選んで貰ったのも、アタシがゲーム得意だからってだけで、刑事としては……」
そこまで言うと、神崎は黙り込んでしまった。この神崎由里子と言う女性、普段は明るく振る舞ってはいるのだが、それと反比例するように自分に自信が持てない女性でもあるのだ。
虚勢、と言うわけでは無いが、そんな弱い自分を隠すかの様に明るく振る舞う。
「……神崎。お前、デスクワークじゃない、足を使う仕事は初めてだったな?」
「は、はい。そうっすけど……」
刑事という仕事は、ドラマなどで見ると自分の足を使い、目撃者などに聞き込みを行うイメージが強いが、その実、集めた情報などを整理するデスクワークの方が多くの時間を占める。そのため新米の刑事は先輩刑事の集めた情報を机上で整理する仕事が多い。
神崎はVR上と言う特殊な環境下ではあるが、初めて自分の足で捜査を任されているのだ。
「……俺が刑事として初めて事案を任された時、やらかしたのを聞いた事があるか?」
「………又聞きには……」
その話は余り良いものではないのか、四条は飄々としているが、神崎の表情は暗い。
「刑事、いや、警察の仕事と言うのは難儀なものでな、基本的に"何か"が起こらないと動けない」
「………」
四条の言葉に神崎は黙って耳を傾ける。
「だからこそその"何か"が起こった時、被害者の無念を晴らす為にも俺ら刑事が全力を尽くすんだ。……あの時の俺はそれを履き違えていたのか、あんな事が起きてしまった……」
少し目を伏せて語る四条。対して神崎は何も言えないままだった。
「判断の躊躇、それは時にして取り返しのつかない事になり得る。あの時の俺は自分の"自信の無さ"からあの様な"事件"に発展させてしまった」
自信の無さと言う言葉に神崎の肩が少しピクンと、反応した。
「お前には俺と同じ様な過ちを冒して欲しくない」
四条は真っ直ぐ、神崎の目を見据えてそう言い放つ。その射抜くような目線に、神崎も目が離せなかった。
「……まあ、何が言いたいかって言うと、自分の判断や行動には自信を持て。そして責任を感じろ」
「……出来る様になるっすかねぇ……」
簡単に言ってくれる。と言う風に苦笑いになって神崎はそう返す。これから刑事として仕事をして行く以上、この覚悟は必要になって来るのだ。
「はっ、それが出来たら一人前の刑事になってるよ。まあ、今回の案件は捜査じゃなくて調査だ。"事件"何て起きようも無いだろう。気楽にやって行け」
先程の真面目な雰囲気とは一変、勇気付ける様な四条の言葉に神崎も安心したのか、笑みが溢れる。
_____ピロンッ____
すると、アイテム欄が勝手に開き、通知のベルが鳴った。
「……あ、先輩!!どうやら正式サービスが開始したみたいっすね!!」
通知の内容は、正式サービスが解放され、オンライン上でのゲームが楽しめる様になったと言うものだった。
「そうか、じゃあこれからが本格的な"仕事"だな」
「!!、……っすね!!」
四条の"仕事"と言う言葉に気合が入ったのか、神崎から良い返事が返ってくる。
調査だけの簡単な仕事。四条も神崎もそう思っている。問題が起こったとしてもそれはインターネット上の些細な問題だろうと。
だが、これから起こる未曾有の"大事件"に、この2人は"刑事"として巻き込まれて行く事になる。