1.
「もー!!何やってんすか先輩!!いきなり飛び出さないで下さいよ!!!」
慌てた表情で駆け寄って来たのは神崎だった。新たな登場人物に赤髪と黒髪の男達も目を丸くしている。
「……彼らは剣で斬られそうだったじゃないか。見逃すわけには行かないだろう」
「だ・か・ら!!この世界はゲームなんですって!!目立っちゃってどうするんすか!!」
説教をされているが、四条は納得の行かない表情をしている。自分は間違った事などしてないと言う、そんな顔だ。
「し、しかし……」
「しかしもでももストライキも無いっす!!」
刑事では四条の方が先輩であるのだが、このゲームの世界では神崎の方が先輩だ。普段ならば絶対に見られない、四条がバツの悪そうな顔をしている。
「……あのー、取り敢えずありがとな。助けてもらって」
すると、おずおずと赤髪の男からお礼の言葉が出てきた。
「あのままだったら確実にやられていた。ありがとう」
黒髪の男も続いて礼を言う。礼を言われた四条は二人の方向へ体を向ける。
「ああ、黒髪の子の言う通りあのままだったら確実に斬られていただろう。ああ言う輩は何をしでかすか分からないから、視界から消えるまで注意をした方がいいぞ?」
二人に対して今後のアドバイスを送る。刑事としての経験からの物だが、一般人にも適用は出来るだろう。
「……おお、何だか経験者っぽいな。もしかして別のVR MMOのゲームをやってた経験者とか?」
刑事としての教訓を語っただけの四条だが、赤髪の男にはそれが熟練のゲームプレイヤーの様に映ったらしい。
「?、いや、このゲームは初めてだぞ?」
「え?、ほ、本当かよ。動きが達人のそれだったぜ」
信じられない、と言う風に赤髪の男は驚く。コントローラーでは無く現実の動きが反映されるこの世界では、殆どゲームをした事がない初心者の四条も動きは良い。
「体を動かすのは得意だからな。ゲームはからっきしだがこの世界はどうやら性に合っているらしい」
得意げに笑ってそう言う四条。彼は剣道、格闘技、刑事に必要な護身術を彼は身に付けている。その経験がゲームでも反映される事に四条は感動を覚えていた。
「確かに、現実の反射神経も反映されるから、一概にゲームの上手さだけが必要になる訳じゃないからな」
黒髪の男も同意する様にそう言う。
「しかし、本当に凄いな。この世界は。殆ど現実に近い」
四条はそれを見に染みて感じているのか、手を閉じたり開いたりしながら感触を確かめる様にそう言う。
夕方特有の肌に来る独特な寒気さも、よりゲームにいる事を忘れさせる様だった。
「ああ、作った奴は天才だ」
すると、赤髪の男も同意する。黒髪の男も同意する様に頷き、自身の剣を空にかざした。
夕日に照らされた剣は現実そのもの。質感、重み、全てが"そこ"にある様に感じられる。
「この世界はこの剣一本でどこまでもいけるからな。仮想空間なのにさ、現実世界より"生きてる"って感じがするよ」
黒髪の男の言葉に赤髪の男も同じ気持ちなのか夕陽を見ながら微笑む。
何もかもが"現実"な仮想空間。そこには"生"と言う理念さえもある様に思えた。
「……先輩?」
しかし一人、四条だけはその言葉に思うところがあるのか、険しい表情で見つめている。
「さて、ここで会ったのも何かの縁だ。お礼がてら一緒に狩りでもしねえか?」
すると赤髪の男が四条達を見やり、気さくにそう尋ねる。
「え?、あー……アタシ達はそろそろ抜けましょうか?……色々やる事もありますし」
メニューで時間を確認しながら、神崎はそう言う。もうすぐ日が沈む時刻だ。そろそろ現実世界に帰って、柳井に報告もしたい。
「ああ、そろそろ報告書も書きた……っぶ!!」
すると、神崎がまた話を遮る様に四条の口を手で塞いだ。
「報告書……?」
黒髪の男が怪訝そうにそう聞く。
「ああ!これはえーっと……そう!!メモっすよ!!この人、マメなんで何でもメモする癖があって……それを報告書って呼んでるんす!!」
神崎が慌てて早口で捲し立てる。
(先輩!!何回言ったら分かるんすか!!警察の人間ってバレたら色々面倒っすよ!!)
(あ、ああ。すまない……)
またしても小声でヒソヒソとやり合ってる二人。そんな二人を見て赤髪の男は苦笑いになった。
「……あのさー、もしかしてお前らってカップルなのか?」
すると、赤髪の男から冷やかす様にそんな言葉が飛んできた。
「「え?」」
神崎と四条の声がシンクロする。
「だって妙に距離感が近いっつーか、お互いを知ってる感じだったからよお」
「……いや、なんて言うか俺達は…「あははー!!バレちゃったすか!?」
するとまたしても四条の言葉を被せる様に神崎がそう言った。
(先輩!ここはそうしときましょう!!そっちの方が自然です!!)
(……そうだな)
四条は納得の行ってない表情をするが、これはもう神崎に任せた方がいいと思ったのか肯定の返事をする。
それに神崎から何かは分からないが謎の圧を感じた。
「くぅーっ!!!カップルかよぉ!!羨ましいぜ!!見せつけやがって!!!」
オーバーリアクションで悔しがる赤髪の男。それを見て逆に今度は四条と神崎が苦笑いになってしまった。
「はぁ……じゃあ解散だな。今日は本当に助かった。また機会があったら一緒に狩りでもしようぜ」
ひとしきり悔しがった後、赤髪の男は切り替えたのか四条にいい笑顔でそう言って来た。
「……ああ、よろしく頼む」
短く一言、そう返す四条。ただの仕事で来たのだが、こう言う友情が生まれるならば、オンラインゲームも悪くないと思い始めていた。
「お前も、あの時擁護してくれて助かったよ」
すると赤髪の男は黒髪の男にも向かって礼の言葉を述べる。
「あ、ああ。それはもう気にしないで良い」
慣れてないのか、ぎこちなくそう返す黒髪の男。赤髪の男はそれを見て満足そうな顔をする。
「じゃあな」
と手を挙げてメニューを開き、ログアウトしようとした。
「あれ?」
ここで解散、そう言う雰囲気だったのだが、赤髪の男からそんな言葉が出た。
「ログアウトボタンが無え」
ログアウトボタンが無い。その言葉に神崎は耳を疑う。
「一番下に無いっすか?分かりやすい場所にあるっすよ?」
赤髪の男はもう一度メニューを開いて確認する。
「やっぱ何処にも無えよ」
黒髪の男も信じられないのか、自身のメニューを開く。
「………本当に無い」
「だろ?」
慌てて神崎と四条もメインメニューを開くが、本当にログアウトボタンが無かった。
「まあ、今日は正式サービスの初日だからな。こう言う不具合もあるんだろう。今頃運営は半泣きだぜ」
赤髪の男が茶化す様にそう言う。
不具合。本当にそうならば待てば解決できるだろうが、四条には引っ掛かりがあった。
「……メインメニュー以外でログアウトする方法は無いのか?」
四条が神崎に対してそう聞く。一瞬、神崎は考えたが答えは決まっていた。
「……無いっす。誰かがナーヴギアを引っこ抜いてくれれば強制的にログアウト出来るっすけど、自力ではメインメニューを操作するしか……」
不穏な空気が流れる。第一ログアウト出来ないなんて大問題、運営が見逃す筈がない。
「本来、こう言う時はサーバーを停止させて強制的ログアウトさせるんだけど、それすら無いなんて……」
黒髪の男も不穏さに気づいたのか、深刻な顔をしてそう言う。
「おいおい、運営は何やってんだよ。俺達はどうなるんだ?」
赤髪の男はうんざりした様にそう呟く。恐らくプレイヤーの大半がこんなリアクションをしてるだろう。
(……神崎、サイバーテロの可能性はあるか?)
(……恐らくその可能性はほぼゼロっす。サービス開始初日でハッキングされたなんて聞いた事が無いっすよ。開発者でも無い限りそんな事は出来ないっす)
四条と神崎の二人は流石刑事と言った所だろうか、異変が起きれば直ちに考察を始めていた。
(多分、普通にサーバーか何かの不具合だと思うっすよ)
(………そうか)
神崎はそう結論付けるが、四条は依然として違和感を持っていた。ハッキングとかそう言うのでは無い。もっと重要な何かが潜んでいる様な気がする。
"開発者でもでも無い限りハッキングは不可能"。その言葉を聞いて四条はある人物を思い出していた。
"これは、ゲームであっても、遊びではない"
捜査資料の中で見つけた開発者、茅場晶彦の言葉。その発言の引っ掛かりが、四条の中で大きくなっていた。
_____ゴーン……ゴーン………_____
すると、何処からか鐘を突く様な音が鳴り響いた。四人が一斉に音が鳴った場所へと顔を向ける。
音の居場所は、始まりの街だった。
2.
「……ここは?」
四条は辺りを見回す。さっきまで草原にいた筈なのだが、いつの間にか見覚えのある景色に変わっていた。
「始まりの街……?」
このゲームを始めた時に初めて来た街。その広場。しかしどうも異様な雰囲気だ。まず人が多すぎる。何かの催し物でもこれから始まる様な人の多さだ。しかし、周りの人間は待ち侘びている様子はなく、誰も彼も困惑している者ばかりだった。
「居た!!先輩もやっぱりここに飛ばされたっすか!」
すると、そんな人混みを縫って来た神崎に話しかけられた。
「どうなってる、神崎」
「強制テレポートっす。本来ならプレイヤーが死んだ時に発動するもんっすけど、どう言う訳かプレイヤー全員が集められてるっぽいっすね」
サービス開始時のプレイヤーは約一万人。周りを見ればその程度の人数はいる様だった。
「さっきの2人は?」
「どうやらはぐれたっぽいっすね……」
先程一緒に居た2人の男はどうやらはぐれたらしい。この人数では探し当てる事も困難だろう。
「イベント…?」
「ログアウト出来ないってそう言う事?」
周りからそんな声が聞こえる。しかし、ログアウトさせない様にしてまでここに集める理由があるのだろうか?
「あ、上……」
すると、プレイヤーの一人がそう言ったのを皮切りに次々と上空に視線が集まる。
そして全員が空を注視したであろう瞬間、オレンジ色だった空色が禍々しささえ感じる赤色へと変わっていった。
「……何だあれは?」
「……イベントっすかね?」
同じく空を見上げていた四条と神崎からそんな言葉が出る。広場を赤く染めた空。その中心の上空から"何か"が出て来た。
「液体?……血か……?」
空からドロドロと流れ出るそれは形を作り、やがて一つの物体へと成長して行く。
そしてその物体の中から現れたのは、巨大。深いローブを着た、10メートルは優に超すであろう顔の無い人物"らしき"ものだった。
「怖い……」
「セレモニーの続きだよ」
プレイヤー達は慣れ出したのか、この光景を楽しんでいる者もいた。
するとローブを着た人物は、両手を大きく広げる。
「プレイヤーの諸君、私の世界へようこそ」
一言、初めてローブの人物が声を発する。声色から男であることが分かった。
「私の名前は茅場晶彦。この世界をコントロール出来る唯一の人間だ」
開発者の名前が出たことで広場から響めきが起きる。セレモニーと確信した者もいるのか、拍手を送る者さえ居た。
「あれが、茅場……」
四条も釘付けになって茅場と名乗ったローブの男を見上げている。
「プレイヤー諸君は、すでにログアウトボタンがメインメニューから消えている事に気付いていると思う」
淡々と、毅然として茅場は説明を続ける。それが何だか不気味に思えて、四条は身構える。
「しかし、これはゲームの不具合では無い」
不具合では無い。その言葉に四条は大きく目を見開いた。上がっていた歓声も、一気に静まり返る。
「繰り返す。これは不具合ではなく、ソードアートオンライン本来の仕様だ」
念を押すようにそう宣言する茅場。その言葉に、セレモニー気分であったプレイヤー達も騒めき始めていた。
「諸君は自発的にログアウトする事は出来ない。また、外部によるナーヴギアの停止、解除もあり得ない」
茅場がそう続けると騒めきは一層大きくなる。そんな中、異変だと真っ先に感じ取ったのは、四条だった。
「神崎」
「は、はい」
混乱している神崎に、四条が話しかける。至って冷静だ。
「この広場の周りを隈なく探せ。怪しい動きをしている奴がいたら直ぐに報告しろ」
「え?、り、了解っす!」
指示を受けると神崎は目線を観衆に移し、怪しい者が居ないか探す。
周りは唖然としている者ばかりだが、四条は念には念を。万が一の可能性に備えて神崎に指示を出した。杞憂であると願いたいばかりだが。
「もしそれが試みられた場合、ナーヴギアの信号素子が発する高出力マイクロウェーブが、諸君の脳を破壊し、生命活動を停止させる」
しかし、四条の悪い予感は的中したらしい。どう切り取っても物騒でしか無い発言に広場の混乱はさらに大きくなる。『どう言う事だ』『ちゃんと説明しろ』などの怒号も飛び交う様になって来た。
「残念ながら、現時点でプレイヤーの家族、友人などが警告を無視し、ナーヴギアを強制的に解除しようとした試みが例が、少なからずある」
混乱の中、茅場は淡々と説明を行う。高出力のマイクロウェーブ。それを直接脳に食らったら生きているものはいないだろう。電子レンジの出力を、直接脳に浴びせられているようなものだ。
しかしそれが本当に可能なのだろうか?四条もまだ半信半疑で茅場の言葉を聞いていた。
「その結果、213名のプレイヤーがアインクラッド、及び現実世界からも永久退場している」
茅場のその言葉に、四条の血の気が引いていく。もしそれが本当ならば、歴史に残る大量殺人だ。
「213!?」
「おい!!本当かよ!!」
広場の怒号が益々大きくなる。混乱は極まり、広場から立ち去ろうとする者もいた。
そして茅場の周りに、モニターの様なものが複数写し出される。
「ご覧の通り、多数の死者が出たことを含め、この状況をあらゆるメディアが繰り返し報道している」
そこに映されていたのは、何処で誰が亡くなった、被害者の累計などが示されたニュース映像だった。
恐らく茅場が本当に現実で起こっている事だと強調する為に用意したものなのだろう。
「!!あれは……!!」
そして、四条の目に一つの映像が目に入った。
『警視庁からの警告です!テレビをご覧の皆様!!もし家族や友人にナーヴギアを装着している人がいましたら、絶対に触れないで下さい!!!繰り返します!絶対にナーヴギアには触れないで下さい!!』
記者会見で必死にナーヴギアに触れない様、必死に警告する、四条の上司、柳井の姿があったのだ。
「……本当に、ナーヴギアで命が……?」
半信半疑で話を聞いていた四条だが、かなりの信憑性のあるニュース映像を見て茅場の言う事を信じ始める。
広場はニュース映像を見せられた事によって混乱は更に増していた。
「よって、既にナーヴギアが強制的に解除される危険は低くなっていると言ってよかろう。諸君らは安心してゲーム攻略に励んで欲しい」
「ゲームだと?」
この期に及んでまだゲームなんぞと抜かす茅場に四条の怒りが募る。今の自分は茅場に命を握られていると言っていい。咬み殺す様な目で茅場を見つめていた。
「しかし、留意してもらいたい。今後ゲームにおいてあらゆる蘇生手段は機能しない。ヒットポイントがゼロになった瞬間、諸君らのアバターは永久に消滅し、同時に_______」
ここまで説明をして茅場は一拍置く。まるで次の言葉が本題であるかの様に。
「諸君らの脳は、ナーヴギアによって破壊される」
茅場のその一言に、広場にいる全員が目を見開く。この世界での死、それは即ち現実世界での死を指しているのと同義だと言う事だった。
「諸君らが解放される条件はただ一つ、このゲームをクリアすれば良い」
そんな観衆も嘲笑うかの様に茅場は淡々と話を続ける。
「……クリア?」
ゲーム特有の用語、"クリア"と言う言葉に四条は引っ掛かりを覚えた。
「現在君達が居るのはアインクラッドの最下層。第一層であり、各フロアの迷宮区を攻略し、フロアボスを倒せば上の階に進める」
そこまでは四条にも分かる。確かこのゲームは資料によれば何層かのエリアに分かれており、上の階層に行くほどモンスターが強くなると言う事だった。
「そして第100層にいる最終ボスを倒せばクリアだ。君たちが解放される条件はそれしか無い」
茅場の言葉にプレイヤー達は唖然とする。第一層からあと99層。それまで"一度も死なず"にクリアせねば自分達は助からない。その現実に口を失う者ばかりだった。
「て、適当なこと言ってんじゃねーよ!!」
「100層なんて無理だろ!!βテストじゃ碌に上がれなかったって言うじゃねーか!!」
非難轟々。あまりにも現実的では無い解放条件に理解し始めたプレイヤーから反論の声が上がる。しかし茅場はそんな声も耳に入ってないかの様に話を続ける。
「それでは最後に、諸君のアイテムストレージに、私からのプレゼントを用意してある。確認してくれたまえ」
茅場がそう告げると、プレイヤー達は一斉にアイテム欄を確認し始める。四条も確認すると、そこには"手鏡"と記されたアイテム見覚えのないアイテムがあった。
「うわぁっ!!」
「なんだ!?」
すると、周りから驚きの声が上がる。複数、恐らくその"手鏡"とやらのアイテムを開いたのだろう。
次々とプレイヤーが青白い光に包まれていった。
「不用心すぎる……!!」
実態の分からないアイテムを何の警戒心もなく開くプレイヤー達に小声で悪態をつく四条。
犯罪者の発言にはまず必ず疑いを持って掛かると言うのが刑事としての四条のやり方なのだが、この混乱している場ではその判断をできる者は少ない。
しかし、それも杞憂に終わる。
「……結局、開いても開かなくても同じか。趣味の悪い演出だな」
自身の手を見つめながら怒りの籠った声でそう呟く四条。アイテムには手を触れていないのだが、他プレイヤーと同じく全体が青白く光り始めた。どうやら手鏡を開く開かないに限らず何かしらの"イベント"は起こるらしい。
そして響めきと共に、広場全体が青白い光へと包まれて行った。
「先輩!!大丈夫っすか!?」
青白い光が消えていくと、聞き覚えのある声から話しかけられた。
「神崎か、俺は大丈夫だ。そっちは?」
どうやら神崎が戻って来たらしい。四条は彼女の方を振り向き、安否を確認する。
「アタシは大丈夫っす。……広場はもう混乱し切ってて誰が怪しいのかも……」
シュンと、"童顔の顔"を項垂れながら地面に向ける神崎。どうやら成果は無かったらしい。
「仕方がない。異変が起きてここまでそう時間は経ってないからな」
神崎の肩に手を当ててフォローをする四条。他の現場でも何回か同じやりとりをしているので神崎が落ち込まない様に励ます。
「……それで、今はどうなってる?」
「分かんないっす。周りは"なんで俺の顔が"とか、"お前誰だよ"とか言ってますけど……」
「何か変わったのは確かな様だな。だがお前は変わってないな。いつも通……り……?」
いつも通り?確かに神崎はいつも通りの姿だ。童顔でスレンダー。スーツを着てもあどけなさが残り、着せられている感覚のある四条の部下。
______しかし、それは現実での話だ。
「お前、キャラクターを変えたか?」
目の前にいるのは、四条がよく知る神崎だ。
現実の世界でよく見た神崎由里子。まさにその人物である。
「何言ってんすか?そんな事して無いっすよ」
こんな時に何を言っているのかと、神崎は怪訝な顔をしてそう言う。
「……鏡で見てみろ」
もうアイテムを使用していいだろうと判断した四条はアイテム欄から手鏡を取り出し、本人の顔が見える様に神崎に見せつける。
「…………え?、な、なんで……」
神崎の反応は周りのプレイヤーと同じだった。何故なら今の神崎の姿は、先程まで彼女が使っていたアバターではなく、現実の神崎由里子なのだったから。
「周りのプレイヤーも皆んな姿が変わっている。恐らく現実の姿になってるんだろう」
「ああ、だから先輩だけ………」
四条はアバターを現実の姿のままにしているので見た目は殆ど変わらない。神崎が四条を見て変化に気付かなかったのもそのせいだろう。
しかし何故茅場はこんな事をするのだろうか?そんな疑問が湧いてきたのも束の間、茅場は話を続ける。
「目的は既に達せられた」
そんな混乱をまるで嘲笑うかの様に茅場はそう言う。それに神崎と四条もそちらに顔を向け直した」
「この世界を"鑑賞"する。私の真の目的だ」
満足そうに、恍惚感に溢れた様な声色で茅場はそう言い放つ。途端に四条の眉間に皺が寄った。
「……犯罪者らしい言葉だな」
何故こんなことをしたのか。動機を語る茅場に尚も睨め付けながら四条はそう呟く。拳は手首の血管が浮き上がるほど強く握り締められていた。
「……では以上で、ソードアートオンライン、チュートリアルを終了する」
そう宣言すると、茅場の姿が再びドロドロと溶けていく。顔は見えないが四条にはそれが笑っている様にしか見えなかった。
「プレイヤー諸君の健闘を祈る」
最後の一言は、まるで面白がる様な、まるでゲージの中で蟻を観察するかの様な興味に満ちた声色だった。
その一言を皮切りに、茅場の姿が完全に消える。
一瞬の静寂。広場に残されたプレイヤーは何が起こったのか分からない者が大半なのか、いまだに空を見上げていた。
「……ふ」
そんな中、1人のプレイヤーが声を上げる。
「ふざけんなよ!!おい!!ここから出せよ!!!」
「ほ、本当にHPが無くなったら死ぬのか!?」
「じ、冗談でしょ?」
怒号は益々大きくなり、広場は遂に収拾がつかなくなってきた。その状況に四条は軽く舌打ちをする。
「まずいな…… パニックになってきてる」
「ど、ど、ど、どうするんすか!?」
「お前がパニックになってどうする!!」
しかし同じ刑事である神崎も同様にパニックになっていた。それを見た四条は逆にさらに冷静になる。四条が一喝すると、神崎は怯んだ様に大人しくなった。
「落ち着け神崎。今はパニック状態。プレイヤー達は何をしでかすか分かん」
「あ、アタシはどうすれば……」
涙目になりながら神崎は四条の指示を仰ぐ。
「……今の茅場の言葉。恐らく信じて無い奴は少なからず居るだろう」
「先輩はあの茅場の言葉を信じるんすか?」
神崎は現実を受け入れたく無いのか、そんなことを聞く。だがこの状況では無理もない。あまりにも急な出来事だ。
「……茅場が現実世界のニュース映像を出してきた時、柳井さんが記者会見をしていた。ナーヴギアに触れない様に警告するためにな。……残念ながら茅場の言った事は本当に起こった事なんだろう」
「そ、そんな……」
四条の言葉に神崎は頭を抱える。一般人で警視庁内でしか顔を出さない柳井がニュース映像に出て来たと言う事は、このデスゲームの現実味を出すには充分すぎた。
「しっかりしろ神崎!!俺達は警察だ!!」
「だって!!」
心が折れかかっている神崎に四条は肩をガッシリと掴む。彼女の肩は驚くほどに震えていた。
「落ち着け神崎。人間、冷静さを失った時ほど間違った判断をする」
神崎の両肩に手を乗せながら優しく、四条は先程の件のプレイヤーに対して言った言葉を述べる。神崎は落ち着かせる様な四条の声色と、その時の光景を思い出したのか、徐々肩の震えが治まっていった。
そして神崎は大きく一つ、深呼吸をする。
「……スンマセン。取り乱しました」
冷静さを取り戻したのを確認すると、四条は神崎の肩から手を離した。
「よし、"いつも通り"だな。……さっきも言った通り、今広場はパニック状態。プレイヤーは何をしでかすか分からん。この世界から現実世界へと帰るために色々やるだろう。………そして茅場の言葉を信じてない奴は元の世界に帰ろうと自らHPをゼロにする事だって平気で行う」
「!!!、それって………!!」
四条の発言に、神崎は目を見開く。
「自殺……とまでは行かないがあれだけで全てを信じられない奴は少なからず居るだろう。俺達でそれを阻止するんだ。……これ以上被害が出ないためにな」
「でも、どうやって……?アタシら警察手帳なんか今持ってないっすよ?」
不安げに神崎はそう尋ねる。
神崎の言う通り、1番の問題はそこだった。今はゲームの世界。警察官の命とも言える、常時肌身離さず持っている警察手帳はこの世界にはない。証拠も無い状態で口頭で"私は警察です。だから指示にしたがって、自分でHPをゼロにするのはやめましょう"と言ってもきな臭いだけである。
だとすれば、HPがゼロになったら本当に死ぬと言った様な、信じ込ませる"何か"が必要だ。
「……良い案がある。……神崎、お前演技は得意か?」
「………え?」
四条の予想外過ぎる発言に、神崎の反応も遅れて返ってきた。