1.
「うぅっ……ぐすっ……俺、現実世界で会社でも孤立してて……どこにも居場所が無かったんです…….」
「そうか……随分と苦労をして来たんだな」
あの後、無事に村に入った3人は近くの酒場に寄り、四条と神崎は自殺しようとした青年の話を聞いていた。
最初は何を聞いても答えようとしなかった男だが、四条が辛抱強く説得した結果、徐々に口を開く様になったのだ。
「俺、一人暮らしで友達も居なくて……だからこの世界に来たんです。なのにこんな事になるなんて………」
大粒の涙を流しながら自白する様に青年は続ける。あまりにも凄い勢いで泣くので神崎と四条も少し引いてしまっていた。
「それで、あの場所で一人で来たと?」
「はい。もう死ぬしか無いと思って………」
どうやら自殺しようとしたのは本当らしい。この世界に絶望し、自暴自棄になってあんな事をしたのだろう。
「でも死んじゃあダメっすよ?死んだら多分もっと後悔すると思うっす」
神崎も諭す様にそう言う。この青年、どうやらかなり気の弱い性格の様で、感情の振れ幅も大きかった。
「でもこれからどうやって生きていけば……」
不安な目で青年は四条を見つめる。まるで助けを求めているかの様な、そんな目つきだ。
「死なない為には自分が強くなるしか無い。君は自分自身の事を"弱い"と思っているだろう?」
その視線に応える様に、四条も青年の目を真っ直ぐ見据える。青年は無言で頷くのみだった。
「だったらまず変わろうと思う事だ。"俺は弱く無い"。"俺は強い人間なんだ"。そう思い込む事でも見える世界は変わってくるぞ?」
自己暗示の様なものだがネガティブな思考に陥るよりも、無理矢理にでも自分に自信を持った方が良いこともある。
そしてこの男には、正にそれが必要と四条は見抜いていた。
「そんな、急に言われてもどうすれば………」
しかし青年は根っからのネガティブ思考なのか、四条にそう発破を掛かられても俯いて口から自信のない言葉が出てしまう。人は急には変われないのだ。
どうしたものかと、四条が腕を組んで考えていると、今度は神崎が閃いた様な顔をした。
「じゃあ、一緒に狩にでも行ってみるっすか?モンスターを倒してレベルアップすれば、自信も付いてくるんじゃないっすかね?」
このままではもう一度自殺する可能性もあるだろう。ならこの青年にどうやって生き抜くための自信を付けさせるのか。神崎の提案に四条も深く頷いた。
「……なるほど、だそうだ。俺は別に構わないが君はどうする?"変わりたいのか"、それとも"今までの自分"で良いのか」
四条の問いかけに男はまた深く項垂れてしまう。答えは無言。その反応を見て、一つため息を吐くと四条は席を立った。
「行くぞ神崎」
「え?」
いきなり席を立ち、酒場を去ろうとする四条に神崎は予想外だったのか反応が遅れた。そして見下ろす様に青年を見つめ、四条は言葉を口にする。
「ここは圏内だ。この村に居ればモンスターは襲ってこない。死にたくないならここでずっと過ごしていれば良い。もっとも、俺は君がもう一度モンスターに殺されに行くと踏んでいるがな」
「ちょ、先輩!!そんな言い方……!!!」
心を折りに来る様な発言に神崎はギョッとする。この短い会話の間でも青年の心の弱さは彼女も理解しているつもりだ。こんなキツい言葉を浴びせられたら逆効果に決まっている。
「…………」
青年は依然として項垂れて無言のままだ。何を思っているのか、その表情は見えない。
「変わらなければそのままだ。もし、このデスゲームから解放されたとしても、現実で君の立場が変わる事は無いだろう。それ程に君は"弱い"」
四条の"弱い"と言う発言に青年は肩を震わせる。そして四条は青年から背を向け、出口まで歩いていった。
「じゃあな、もうこれっきりになるだろう」
それだけ吐き捨てると四条は酒場の扉に手をかける。神崎も慌てた様子で四条に着いて来て、心配そうな表情で青年をチラチラと見つめていた。
「…………待ってください」
すると、青年がようやく声を発した。その声に四条は立ち止まり青年に向かって振り返る。
「……あ、貴方達のレベリング、ぼ、僕も付き合っていいでしょうか!?このままでは自分も嫌なんです!!」
すると、青年は勢い良く顔を上げて四条にそう懇願して来た。先程までの弱々しい表情では無く、何かの覚悟を決めた表情だ。
神崎は先程までと全く違う青年の雰囲気に戸惑っていた。しかし、四条は何かを見定めるかの様に青年を見ている。
「途中でモンスターに殺されるかも知れないぞ?」
四条は脅す様に青年に対してそう問い掛ける。一瞬、青年は怯んだが負けじと目に力を入れると、席を勢い良く立ち上がった。
「お、俺は死にません!!強くなりますから!!!」
虚勢である事は四条にも分かった。全身がガタガタ震えていて、冷や汗も掻いている。
しかし、目だけは力強いままだった。
そう、この青年は自身を変えようとしているのだ。
「……神崎、ここから効率良く経験値を稼げる場所はどこだ?」
しかし、無視するかの様に四条は神崎にそう聞く。
「え?えっと……多分ここっすね。ここなら他のプレイヤーもいない筈っす」
困惑しながらも神崎はマップを開き、その場所を指差す。場所を確認すると、四条は静かに頷いた。
「そうか、じゃあ早速行くぞ」
四条はそれだけ言うと踵を返して再度酒場の扉に手を掛けた。
それを見て青年は再び項垂れる。もう遅かったのかと、やはり自分の覚悟は足りなかったのかと。彼の中で後悔の念が押し寄せていた。
その悔しさから、拳を強く握り締める。
「おい、何してるんだ?」
すると、四条は振り返らずにそう言い放った。それを聞いて青年は勢い良く顔を上げる。
「レベリング、お前も行くぞ」
「………え?」
四条の言葉に、青年は呆けた顔になる。まだ飲み込めていない様子だ。
「……良かったっすね。先輩が認めるなんてあんまり無いっすよ?」
神崎から"認める"と言う言葉を聞いて、青年の体温が上がる。そして理解したと同時に深く頭を下げた。
「ありがとうございます!!!よろしくお願いします!!!」
2.
「"カイト"君!!そのままだったら隙が出来ちゃうっすよ!!もっと動いて攻撃が当たらない様にしなきゃ!!」
「は、はい!!!」
場所は草原、見晴らしのいい場所で3人のプレイヤーがいる。その一人の青年、"カイト"と呼ばれた青年は今にも死にそうな顔になりながら、モンスターと戦っていた。
「もう少しで敵が突進して来るっす!!それに合わせて!!!」
「は、はいぃ!!!」
神崎の叫び声に涙目になりながら剣を構えるカイト。構えからしてもうガチガチで、側から見てもダメそうなのが伝わって来る。
「男の子だったらしゃんとしなさい!!!ほら!!来るよ!!!」
すると、敵モンスターが、助走をつけてカイトに突っ込んで行く。
「う、うわぁぁああ!!!」
しかし、恐怖の限界を迎えたカイトは、そのまま何もすることができず、構えた剣ごと後ろに吹っ飛ばされてしまった。
「ああ!!また!!!」
これで何回目だと言う風に頭を抱えてそう叫ぶ神崎。直後、今度は突進直後で動きが鈍っている敵に向かって四条が剣を振り下ろし、モンスターが消滅した。
「……大丈夫か?」
ゆっくりと近づいてカイトの安否を確認する四条。対するカイトは仰向けに大の字で倒れたままで、真っ白になっていた。
「なんで……いっつも………」
大の字になりながらガッカリとした声でそう呟くカイト。HPゲージが黄色に変化していたので四条は回復アイテムを使う。
「まあ、直接言えば度胸が足りないな」
HPを回復しながら四条の直接的な言葉に精神的なダメージを受けるカイト。レベルを見ても神崎と四条のレベルはみるみる上がって行くのに、カイトだけは一向にレベルが上がらなかった。
「はあ、動きは良いンスけどねぇ……」
同じくカイトに近付いて来た神崎にそんな事を言われる。それを聞いて再びシュンとなってしまうカイトだった。
するとカイトは自分の両頬を勢い良く叩き、これではダメだと奮起させる様に立ち上がった。
「……もう一回、良いですか?」
「ああ、何回でもやれ」
「もう一回!次は成功させるっすよ!!」
神崎と四条の二人もそんな姿を見てカイトに協力する。そんなやり取りは、日が沈むまで続くのであった。
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「あっはっは!!!やっぱあのやられ方が一番面白かったっすよ!!先輩もそう思うっすよね!!」
「いや、俺は躓いてそのままモンスターの下敷きになったのが一番だな」
「あー、確かにあれも良かったっすねぇー!!」
「も、もう!!二人ともいいじゃないですかぁ!!その話は!!!」
場所は変わってここは村の酒場。もう日もすっかり落ちており、狩も終えて3人で夕飯を食べていた。
この世界では飯や酒を飲んでも現実に反映されず空腹感が紛れるだけだが、四条は必ず食事は取ろうと提案して来た。何でも食事によるモチベーションの変化は大きいらしく、空腹感が紛れるだけでも取った方が良いだろうと言う四条の判断だ。神崎とカイトもその案に快諾し、今は酒場でこうやって騒いでいる訳である。
「だけど、ちょっとは固さが抜けたっすかねぇ?モンスターが、突進して来ても何も出来ないって事は無くなったっすよ」
「でも、まだ自分一人で倒し切れてないです……」
この一日でほんの少しだけ進歩したカイトだったが、それでも神崎と四条のレベルに差をつけられてしまっている。
焦りもあるが、それ以上に自分の力の無さに落ち込んでしまうカイトであった。
「ユーリーさんは凄いですよね。あんな長い薙刀でモンスターを一歩も寄せ付けずに倒してしまうんですから」
「そ、そうっすか?いやあー、照れるっすねぇ!!」
カイトに褒められて満更でもない顔をする神崎。普段もこのゲームの世界でも四条に褒められる事は殆ど無いため、照れている様だった。
「スグルさんも、間合いと言うか、剣を出した先にモンスターが来てるみたいで、どうやってるんですか?あれ」
「どうやってるって言ってもな……俺は現実でも剣道をやってるから、その経験からかも知れないな」
対して四条は淡々とそう返す。実際、二人の実力はこのゲームでも上の方で、それと比べるというのはカイトにとっては酷な話だった。
それと同時に彼の中で憧れも生まれる。
「俺も2人みたいに……って言うか、2人ってどういう関係なんですか?今まで聞いて来なかったですけど、ユーリーさんはスグルさんのことを先輩って呼んでますよね?」
すると、カイトがそんなことを聞いて来た。神崎は一瞬戸惑ったが、先に口を開いたのは四条の方だった。
「会社の先輩後輩の間柄なんだ。俺が3つ上でな。こいつの教育係も俺だったからこうやって付き合いもあるんだ」
肝心な部分は言ってないが嘘はついていない。その言葉に納得した様にカイトはへぇー、と言う。しかし神崎はどこか不機嫌そうな顔になっていた。
「仲が良いんですね。一緒にゲームをするなんて」
カイトが羨ましそうにそう言うと、四条は恥ずかしそうに頬を掻く。
「………そうでも無いぞ?仕事でも抜けてるところがあるし、すぐにあたふたするし……」
「あ、あははー。……申し訳ないっす!!」
四条に欠点を指摘され、明るく神崎は返すが、少し元気がない様にも見えた。
「……自分は一緒にゲームをやる友達も居なかったんで……」
すると、カイトは現実の事を思い出してしまったのか、再び俯いてしまった。
「……もう!何で下向くんすか!!せっかくの楽しい場なのに!!」
すると、神崎は両手でカイトの両頬をガシッと掴み、無理矢理顔を上げさせた。
「や、やめへふらはい!ゆーひーはん!!」
神崎に両頬をぎゅっとキツく閉められ、変な顔になって許しを乞うカイト。眉毛のハの字とひょっとこみたいな口も相まって、中々に間抜けな顔をしていた。
「ぷっ、はははは!!」
「あははは!!良いっすねー!!その顔!!!そっちの方が良いっすよ!!」
「もー!!っく、あははは!!!!」
四条と神崎が爆笑しているのを見て、釣られてカイトも笑う。彼も会社の飲み会に参加をした事があるが、こんな雰囲気では無かった。誰もが目上の人間に媚びる様に頭を下げ、お酒を楽しむ余裕さえもない。彼の中の飲み会は、そんな何が楽しいのか全く分からない集会と言う認識でしか無かった。
「あはは!!!ああ、楽しいなぁ…!!!」
しかし、その認識が変わりつつある。
その夜は、カイトにとって人生で一番騒がしい夜だった。