アーシアの治療を受けて回復した俺は指示どおり生徒会室に赴いた。
「では、詳しい話を聞かせてもらいましょう」
「…大体の事情はそこに転がってるのから聞いたと思うんだが?」
親指で背後―――生徒会室の隅でケツから煙を上げている匙をさす。
「木場祐斗の事については聞きました。あなた方が彼の為に行動していたという事も」
なんだ、全部わかっているじゃないか。
「それ以上に何が知りたいんだ?」
「……匙は貴方がかの男と知り合いの様であったと供述していました」
「………」
「正直…正直後悔しているのです。貴方の『関わりたい』という要望を頭ごなしに却下したことを」
「それは…」
「今思い返せば、あなたほど頭の回る者が危険性を理解していないとは思えません。何かよほどの事情があったのかと、そう思うべきでした」
なんであんたがそんな顔をする?
今回悪いのは全面的に俺だ。
命令を無視した。悪魔と堕天使の間に火種を作りそうになった。
後悔はしていないが、それがやってはいけない事だというのは理解しているのに。
なんでアンタが頭を下げようとしている?
そんな事は―――
「やめろ」
「…」
「今回の件、悪いのは俺だ。危険性を一番自覚していたのは俺だった。…匙や兵藤を無理やり止めることだってできた」
「では教えてください。貴方とバルパー・ガリレイはどんな関係なのですか?」
「家族の仇」
「っ…どういう、事ですか?」
「おい、青江!!俺たちはそんな事一度も聞いてないぞ!!」
後ろから立ち上がってこちらに寄って来る気配を感じる。
なんで復帰するんだよ。もうちょっと寝てろよ。
振り返って目を合わせる。
「当然だ。言わなかったからな」
「こんッの、馬鹿野郎!!」
殴られた。予想外にいい一撃だ。
「必要性を感じなかった」
「おま、おまえッ」
「たとえ俺にとっての仇だと知っていても、会長は許可してはいけないんだ」
「なんだよ、それ!!」
「…匙、落ち着いてください」
「でも、会長!!」
「いいからっ!!」
「っ…はい」
「青江、すべて話してくれますね?」
参った。
誤魔化せない…いや、誤魔化したくない。
「俺は自然に生まれた人間じゃない。父親もいない」
「父親がいないって…」
「ああ、離婚とかじゃあないぞ?俺にはそもそも存在しない」
あまりにも予想外だったのだろう。
匙はいまいち理解できていない様だ。
会長はじっと俺を見つめている。
「まぁ、キャベツ畑から生まれたって訳じゃないから遺伝子学上の父親は…いや、やっぱいないわ」
俺は転生の特典で生前の肉体を選んだ。
ならば無論、母さんの遺伝子も受け継いでいない。
俺の血縁というものはこの世のどこにも、誰一人として存在しないんだ。
「俺はあのジジイ、バルパー・ガリレイが高位存在の遺伝子を使って人工授精させて生まれたんだ。母さんに暗示をかけてな」
「なんだってっ!?」
「その高位存在とは?」
「バラキエル。堕天使幹部、閃光のバラキエルだ」
「はぁ!?じゃあお前はもともと堕天使と人間のハーフだったのか!?」
「正確にはその失敗作だ。俺は普通の人間…どころか母親とも遺伝子的に繋がらないゲテモノとして生まれた」
こないだまでは普通の人間のつもりだったが、それも違うと思い知らされた。
今まで誰にも見せていなかった翼を広げる。
「なんですかっ、それは!!」
今度ばかりは会長も悲鳴のような声を上げる。
匙も呆然と見つめるだけ。
俺の翼は悪魔のものでは無かった。
俺の翼?は兵藤達の様な蝙蝠みたいなものじゃない。
形は出来の悪い粘土細工の様。
灰色の人皮の様な体表にまばらに、申し訳程度に生えた黒い羽毛。
左右のサイズはかなり違っており、更に長い方が歪に短い方へと絡まっていた。
これでは飛べない。
「なぜ今まで言わなかったのです!!」
「言ったら気にするだろ?」
本当はずっと秘密にするつもりだった。
このクソ真面目な会長は絶対に自分に不手際があったのではないかと考えてしまうだろう。
「なんですか…それは…」
先ほどと同じ、けれど弱々しい言葉。
身を乗り出したまま、拳を握って俯く。
「話を続けるぞ。十歳の時、あのジジイがやって来た。学校から帰った時には家は炎上、母は胸に風穴が空いていた」
「…」
「あのジジイは片手間で俺を作ったそうだが、それでも自身の失敗作が許せんかったらしい。爺さんの首を投げてよこした後、俺も殺すように部下に命じて去った。…しっかし、バルパーはどうやってあのバケモノみたいに強かった爺さんを殺したんだか」
そこだけがあの事件で気になるところだ。
武闘派タイプには見えんかったし、爺さんがそうそう後れを取るとは思えんのだが。
「首は木場に譲るつもりだった。だが、このまま逃げおうせてのうのうと生きてる。なんてことにはしたくなかった。…こんなとこかな」
「「「……」」」
誰も何も言わない。
匙はじっと俺を見つめていて、会長は俯いたまま。
どれほどそうしていただろう?
「お仕置きです」
沈黙を破り会長は呟く。
「…追放とかはしないのか?」
「逃げられると思っているのですか?ここまで負い目を感じさせて」
「アンタが負い目に感じる必要は―――」
「貴方はそう言いますが、私は気にします」
会長は椅子に体を沈めると天を仰ぎ、目元を腕で隠す。
「レーティングゲームに向けての戦略にはすでにあなたも組み込まれています。生徒会としての戦力としても数えています」
「…」
「もしも、もしも貴方が…私に責などなく自分がすべて悪いというのなら…」
ああ、この流れは駄目だ。
「その分償ってください。私に仕えることで。逃げる事だけは許しません」
「ずるいな」
そんな言い方をされてはどうしようもないじゃないか。
「どっちがですか…」
――しばらく一人にしてください――
そう言われた俺と匙は生徒会室を後にし、屋上にいた。
「会長は優しいからああ言ってくれた」
「ああ」
あの人は優しい。
グレモリーの様に甘やかすような人ではないが、本質的にはどっこいどっこいだろう。
今まで会って来た奴だけ見ると、悪魔ってなんだっけ?って感じになるな。
みんなみんな優しすぎる。
「でも、俺は許さない」
「…」
「会長がどれだけ心配したか、お前の怪我が酷いと聞いてどれだけ狼狽したか俺は知っているから」
「…」
「だから俺はお前をずっと許さない。そして俺も会長に逆らったから同罪だ」
自嘲げに顔をゆがめて拳を握る。
「なんせ、目標もなくどん底にいた俺を引き上げてくれた人を裏切ったんだかんな」
「そうか」
「お前だけ逃げられると思うなよ?」
そう言って俺に尻をバシッと叩くと
「会長の尻叩きは痛いぞ?覚悟しとけよ、
そう言い残して屋上から去っていった。
「はっ、お前とは鍛え方が違うっての」
「青江君、ここにいたのか」
「木場か」
「ケガは大したことなかったか?顔蹴られてたろ?」
あんのクッソ餓鬼めが…よくも木場の顔を。
デカブツも塔城を視姦していやがったし…
E3とE1だったな。
「うん。本当に大したケガじゃなかったしね。君のおかげだよ」
「あの場はあれが最善だった」
「そんなわけないじゃないか。僕が飛び出していったせいで起こった事なんだ」
否定はしない。それはれっきとした事実だからだ。
否定してもこいつは納得しないだろう。
木場は大きく頭を下げた。
「すまなかった。言い訳はしない。あの時の僕は周りが全く見えていなかった」
「誰にだって感情的になることくらいあるさ。顔上げろ」
「でも…」
「お前は俺につむじと会話しろというのか?」
渋々といった様子で顔を上げる。
「説教なら塔城にきっついの貰ったろ?あれ以上言うこたねぇよ」
「…うん。あれは効いた」
思い返すように視線を飛ばした木場は壁に背を預け、そのまま滑るように座り込む。
頭を足の間に入れてうなだれたまま
「情けないことにね、小猫ちゃんに言われて初めて気づいたんだ。確かに同胞たちもかけがえのない人たちだった。でも、
ちょっと焦った。最後まで俺の名前出てこないかと思った。
「みんな過去に囚われた僕を必死に助けようとしてくれた。なのにっ、僕はっ」
頭を抱え込んで体を縮めこむ。
俺は同じように隣に座り込んで空を見上げる。
今宵の満月は青く、さっきまで会話していたあの人を連想させる。
「俺もさっきこっぴどく叱れられちまった。口では平気だって言いつつも心の奥ではバルパーにこだわってた。裏切った相手は許してくれないってさ」
「…」
「だが、それならそれで次は大丈夫だろう。今回の失敗は次につなげるんだ」
「…君は強いね」
「ん?」
何を言われたのかわからなくて木場の方を見ると、今度は向こうが月を眺めていた。
「君はそうやってすぐに次を見つめられる。過去に縛られたまま、間違いを繰り返す僕とは違う。羨ましいよ。…肉親の仇を譲るって言ってくれたのはなんでだい?」
羨ましい…か、自分がそんな事言われるなんて前世では考えもしなかった。
俺は妬む側だったからな。
「…俺は復讐が何も生まないなんて言うつもりは無い。実際俺は復讐して気が晴れたことだってある」
俺は気が晴れるから、という理由でミハイルを殺した。
「バルパーとの決着をつけなければ、お前が前に進めないと思ったからだ」
「それだけの理由で?」
「ああ、自分で殺して気が晴れるよりもそっちの方がメリットがあると感じた」
「…やっぱり君は強いよ」
木場は絞り出すような声でつぶやいた。
「どうだかな…」
「え?」
「俺は確かに前だけ見てまっすぐ進む。だが、逆を言えばそれしかできないんだ」
過去を後悔せず、失敗も、喪失も糧として次につなげる。
これまでそうして生きてきた。それならばすべては無駄ではないと思えるから。
「俺だって心がある。悲しみを感じないわけじゃないし、振り向きたくなる時もある。だが、一度振り返ってしまうと…もう二度と前を向けないような気がしてな」
これは強迫観念なのかもしれない。
だが、俺はこの生き方しかできない。
折れれば前世に戻ってしまう。
「俺はそれが死と同じくらい恐ろしい」
「そっか…」
今度は二人で月を見上げる。
「満月だな」
「満月だね」
暫く二人でそうしていた。
グレモリーから連絡があった。
この学校にコカビエル本人がやってくるらしい。
奴自身の目的は戦争…。
まさかとっくの昔に答えにたどり着いていたとはな。
「我々は被害を最小限に食止めるために結界を張ります。コカビエルの相手はグレモリー眷属に」
「教会の聖剣使いは?」
「…先ほど、二人が近隣で倒れているのを発見したそうです」
「まじか…」
「あの二人がやられるなんて信じられないよ」
「勿論聖剣は――」
「発見された時には所持していなかったそうです」
「ソーナっ!!」
グレモリーたちもやって来た。
「状況は!?」
「結界を張っていますが、どこまで効果があるか怪しいところです。コカビエルがその気になればこの地方都市ごと消し飛ばせるでしょう。実際、コカビエルが力を開放しつつあることを確認しています」
「わかったわ。オフェンスはこちらに任せて頂戴」
「リアス、お兄様に連絡は?」
「そう言うあなたこそ」
まさかここまでの話になってるのに魔王に報告してないのか?
「サーゼクス様にはすでに連絡しています」
「朱乃!?」
「リアス、貴方がお兄様に迷惑を掛けたくない事は知っているわ。でもね、いまは意地を張っている場合じゃない。そのくらい分かっているでしょう?」
姫島が語気を強くしてグレモリーに詰め寄る。
暫く唇を噛み締めていたが、肩の力を抜きため息とともに頷いた。
「はあっ、そうね。私が愚かだった。ありがとう、朱乃」
「いえいえ、下僕として当然のことをしたまでですわ。…援軍は一時間後だそうです」
一時間…長い。長すぎる。
「…一時間ね。さて、みんな。話は聞いての通りよ。私たちの戦いにはこの町すべての命がかかっているわ。これは死戦。だけど死ぬことは許さない。生きて、もう一度学園に通うのよ!!」
鼓舞する本人も分かっているだろう。
この場における一時間がどれほど長いのかを。
しかし、怯えは見せない。なぜなら彼女は『王』なのだから。
「「「応!!」」」
グレモリー眷属は正門の方へと向かって行く。
「青江、貴方も行きなさい」
「いいのか?」
「貴方の魔力量では焼け石に水です」
おおう。
ザックリいうねぇ。
「決着をつけてきなさい。お仕置きは帰ってからです」
「…感謝する」
これは裏切れん。
「おい秀介!!お前も絶対受けろよ、お仕置き!!」
後ろからの声に手を上げる事で応える。
さあ行こう。
―――戦場へ