その日も俺は学校が終わると直ぐに帰宅した。
小学生の中に混ざるというのは思った以上にしんどい。
精神年齢が大人ならばクラスのリーダーになって面倒見のいい餓鬼大将になるというのは嘘だと思う。
少なくとも俺の場合は違う。精神年齢は確かに周りよりはずっと高い。だが高すぎる。
そりゃ当然だ。前世の分に加えてもう十年加算されているのだから。
保護者や先生として接するのならそれでいいのだろう。
しかし彼らに混ざり、共に同じ目線で時間を共有するにはその差は大きすぎる。
俺に彼ら十歳児の思考は理解できない。
彼らの行動に理屈を求めてしまう時点で溶け込むことは絶望的だ。
そんな訳で学校での俺は根暗な無口君で通っている。学校が終わっても友達と遊ぶこともなく帰宅だ。
帰宅した後は爺さんと稽古。型なんかは既に全て教わっており、もっぱら模擬戦だ。
だが、今日はちがった。
・・・・・なんか焦げ臭い。
最初に気付いたのは焦げ臭さ。目の前の家の方からだ。
胸を掻き毟られるかのような焦燥感に駆られて玄関へと向かう。
玄関は開きっぱなしになっており、ドアに付いているはずのガラスは粉砕していた。
「はあ、はあ、はあ・・・・げほっ」
急いで居間に向かうと母が倒れていた。
「え?」
慌てて駆け寄る。体は冷たい、まるで死―――
「おい、母さん!!どうし・・た・・・・・・」
体をあお向けに横たえると胸に大穴が空いていた。
ストンと膝が落ちる。
医学知識もない俺でもわかる。
―――母さんは死んだ。
だがなぜ?
恐らく即死だったろう。
死に顔はとても安らかで、まるで眠っているようだ。
「・・・・」
無言で母さんの目を指で押し下げる。
どういうことだ?なぜ俺の家でこんなことが起こっている?
ドォォン!!
「っ」
道場の方から爆発音が聞こえる。
訳が分からない。
だが、前世の後悔を思い出すかのような焦燥感が俺を道場のほうへ走らせる。
「はあ、はあはあ、くっ、おえぇぇぇ」
吐しゃ物をまき散らしながら、それでも走る。
おかしい、俺の体力はこんなことで尽きるはずがない。
呼吸が乱れる
足がもつれる
涙で視界がにじむ
瞬きする事が怖い。瞼の裏に母さんの死に顔が映るから
吐しゃ物のすえた臭いが有難い。あのむせ返るような血の匂いを思い出さなくて済むから
「あ‟あ‟あ‟あ‟あ‟あ‟あ‟あ‟~~~~~っっ」
足は小鹿の様に震える
膝は転び過ぎたせいで血だらけだ。
転んで顔から地面に突っ込む。
鼻血が出た。
「う‟う‟う‟う‟う‟う‟」
もう真っ直ぐ走れているのかも分からない。
だが、それでも俺の足は止まらない。
「じいざん!!じいざん、はあ、はあ、・・・・おじいぢゃん!!!」
道場に転がり込む。道場には白い法衣のような者を羽織った老人がいた。
「遅かったな。ほれ、貴様の祖父はこれだ」
そう言って目の前の老人は手にぶら下げたものをこちらに放り投げてくる。
べしゃり
目の前に水っぽい音と共に落ちるソレ―――
頭では分かっている。この状況でそれが何なのかくらい。
だが涙でにじんだ視界でははっきりと見えない。
だから大丈夫。確証はない。
このまま目を瞑ってしまおう。眠ってしまおう。
そうすれば母さんが起こしてくれる。この悪夢から覚めるはずだ。
「どうした、呆けた顔をして」
目の前の人影が近づいてくる。
髪が痛い。髪を掴んで持ち上げられたようだ。
「よく見ろ。探していたのだろう?これが貴様の祖父だ」
―――おじいちゃん?
そうして俺は目を開いてしまう。
そして目が合った。
虚ろにこちらを見つめる祖父の生首と―――
「あ―――――――」
全身から力が抜ける。
見た。見てしまった。
どうして?このまま眠りたかったのに・・・
どうして僕にこんな
呆然と老人を見上げる。
「フン、やはり失敗作か」
そう言って男は俺を投げ捨てる。
「おい、ミハイル。この餓鬼を片付けておけ。見るのも不愉快だ」
「は、はい!!あの・・・あなたは?」
「服が汚れる。ただでさえあのジジイに手間取ったのだ。これ以上私の手を煩わせるな・・・」
そう言って男は道場から出ていった。
「くそ!!あのジジイ!!」
老人が去ったあと残されたミハイルと呼ばれていた男が罵声と共に俺を蹴る。
どうやら俺はこいつの憂さ晴らしの的になったようだ。
「くそ、くそ、くそ、糞おおおお!!小僧、貴様に分かるか!!自分を失脚させた男に媚びを売り、研究成果すらも奪われて、奪われたものさえ鼻で笑われる。この屈辱が!!貴様さえ、貴様さえいなければ、あいつはこんな島国の田舎なんかに来なかった。俺があいつに見つかる事もなかったんだ!!」
叫びに合わせて俺はミハイルに蹴られ続ける。
どういうことだ?
冷静な自分が男の言葉を理解しようとする。
俺がいたからあの老人はここに来た?
それにあの老人は俺のことを失敗作と呼んでいた。
「なん・・・で?」
気が付くと俺はミハイルに尋ねていた。
「そうかぁ、お前は知らなくてとうぜんだよなぁ。くひひひひひひ。いいだろう。お前はな、あの糞じじい。
バルパー・ガリレイが『閃光』の遺伝子を人間の女に人工授精させて生ませた実験体なんだよ」
そう言いながらもミハイルは俺を蹴るのを止めない。
「せん・・・こう?」
「ああ、『閃光』のバラキエル。それがお前の父親だ。もっとも、あのジジイは暗示をかけて孕ませたから母体にその自覚は無かったがな?くくくく、滑稽だったぜぇ?あの女、毎回別の男を旦那と思って寝てたんだ。幸せそうな顔してなあ!」
父親の話を聞かなかったのはそういうことなのか?
母さんが夜な夜な男と寝ているのは知っていた。
だから俺は父親が誰か分からないんじゃないかと、そう思ってた。
心の中で母さんを軽蔑していたんだ。
「もしお前が成功してたら、家族の記憶を消して連れ帰るつもりだったんだ。だがてめえはどういう訳か真っ当な人間として生まれた。冷静そうな顔してたがな、ありゃ‟八つ当たり”だよ」
じゃあなにか?俺が特典で前世の肉体を望んだからあの老人の思い通りに生まれなかったってことか?
俺が生まれた時からチートを持ってたら、俺はあいつに引き取られていて、二人は死ななかった?
「『閃光』もてめえなんざ知らんだろうよ。あいつと人間の雑種が雷光を継いだって言うから‟片手間”でてめえは作られたんだ」
「・・・・・・」
「なんだ、死んだか?」
俺のせいなのか?俺がこんな転生を望んだから・・・
「・・・・・・」
俺はこんな奴に殺されるのか?こんな雑魚みたいな奴に自分のせいだと後悔しながら
――――イヤダ、モウ、コウカイノナカデシヌノハ―――
「ふざけんなよ!!お前さえいなければ俺は、俺はああああ!!」
蹴られ過ぎて体の感覚がない。骨もいくつか折れているだろう。
血が流れたせいだろうか?頭の中はどんどん覚めてゆく。
こんなのを俺は望んでいなかった?
「ク・・・」
―――違う、これが俺の望んだ人生だ。
自分の力で立たなければ死んでしまう人生。
現実を見据えて乗り越えなくては死んでしまう人生。
嘆いて泣き寝入りをしてもどうにもならない人生。
何を失って何を得たか。何も得なくては失った事に意味はない。二人の死は無駄となる。
――――そうだとも!俺は望んでいた!!こんな人生を!!!
「ククク・・・」
俺は感謝する。自分を生んでくれた母に!
俺は感謝する。愛し、鍛えてくれた祖父に!
俺は感謝する。今の人格を形成したすべての事象と前世の自分に!
俺は感謝する。この復讐心、憎悪による胸の高鳴りに!
「クックククク、クハハハハハ、ハァーッ、ハァーッ、ハーーッッッ!!!!」
素晴らしい、今こそこの俺、青江秀介はここに誕生した!!
俺は俺のやりたいようにやる。
失敗も、死も、喪失も、絶望も、すべてが俺だけのものだ。
俺は自分のすべてを肯定する。
後悔だけはしない。
この悲劇も、俺の誕生の切っ掛けとして無駄にしない。
今、この瞬間の俺は今日がなければ存在しなかった。
故に、この日にすら俺は感謝する!!
「クククク」
「気持ち悪い餓鬼だな」
体が動く。まだ動く。
「もういい。死ねよ」
ミハイルが俺の首に手をかける。このまま絞め殺すのだろう。
いや、ナイフを出した。刺し殺す気か。
だが、死んでなどやらん。
ぶちゅり
俺の指がミハイルの片目を抉る。
「ぎゃああああああああああああああああああああああっ」
絶叫しながら俺の上から転げ落ちるミハイル。
「糞餓鬼がああああああああ!!俺の目をおおお!!」
「クククク」
抉った眺める。青い色の瞳だ。
ばくん!!
目玉を口に放り込む。噛み潰すと餃子の様に中から液体があふれてくる。
口から汁をこぼさないように気を付けながら―――
ごくん
俺は口の中の物を飲み込んだ。
「ひいいいいいいい」
その様子を見たミハイルはおびえて後ずさる。
俺はナイフを拾い、ミハイルに歩み寄る。
「意外とうまいもんだな?ククッ」
「来るな、来るなあああああ!!」
俺は壁に背をぶつけたミハイルに顔をよせる。
「殺さないでくれ!」
「お前、町はずれの教会にいる奴だろ?神器持ってんだってなあ?」
「やる、お前にやるから!!助けてくれ!!」
「どこにある?」
「教会の地下だ!カギは俺が今持ってる!!」
そう言って差し出してきたカギを俺は受け取る。
「確かに。」
「殺さないでくれよ!俺は誰も殺していない!蹴ったことは謝る、復讐なんて何も生まない。そうだろ!?」
「ああ、そうだな。復讐は何も生まない。・・・・・・・・だがな」
「へ?」
ミハイルの首をナイフで掻き切る。
「俺がすっきりするだろ?」
そうしてミハイルは呆然とした表情で絶命した。
あれから一年たった。
この一年は二人の葬式や俺の身の振り方など、かなり忙しかった。
芳恵婆さんも気丈に振る舞ってはいたが、夜はしばしば仏壇の前で泣いている。
事件は迷宮入り。俺は年齢が年齢な上に正当防衛として処理された。
バルパーを探してもいいが、どこにいるか見当もつかない。
正直面倒だ。一巻には出てなかったし、原作知識もおぼろげだ。
しばらくはこの家で芳恵婆さんと暮らすことになる。
とまあ、そんな感じで、俺は天涯孤独となったのだった。