「いててて…ど、どうなったんだ?」
砂で汚れた兵藤がよろよろと立ち上がり聖魔剣の群れを眺める。
グレモリー達も合流し、全員で巨大な剣の花の前に立つ。
龍のあぎとの様に八方からコカビエルを包み込んだ剣たちは蕾の様な形で奴を閉じ込めている。
「…まさか本当にコカビエルを手玉に取るなんて…」
「簡単そうに言ってくれるなや。博打の連続だったんだ。もっかいやれって言われても―――」
「青江君」
姫島が俺の名を呼んだ。
「なんだ?」
「……」
一度は口を開こうとしたが、躊躇う様なそぶりを見せたあと口を閉ざしてしまう。
言いたいことはいくらでもあるだろう。
だが、なにか負い目を感じているのか悔いるように唇を噛み締めている。
「な、なあ青江。お前がE2達と同じって…」
「本当だ。俺は真っ当に生まれた人間じゃない」
「…出来損ないと呼ばれていたわね。つまりあなたに堕天使の力は発現しなかった。そういうことかしら?」
「ああ。俺の能力は人間と大差ないものだった」
全員が沈痛な面持ちで黙りこくった。
空気も若干重苦しく、俺を気遣うような雰囲気だ。
…こういうのが嫌だから黙ってたのになー。
ばれたのは自業自得なんだが。
「…なんで言ってくれなかったんですか?」
「ん?」
搭城が詰め寄って来た。
「私たちがそんなに信用できませんでしたか!?」
「は?」
目に涙を浮かべて俺にしがみつく。
「先輩が言わなかったのは…隠していたのは私たちの態度が変わるのが嫌だったんじゃないですか?」
「ま、まあ間違いではない…けど」
なんかちょっと意味が食い違ってる気が…。
「私はっ」
「言っとくがな。俺は自分の生まれを悲観したことも、負い目に感じたこともないぞ?」
「…え?」
「俺は今の自分に満足している。そして、過去も生まれも今の俺を構成する一部だ」
あの日にそうすると決めた。
過去も、悲劇も、喪失も全て糧とし自らの一部として肯定すると。
あの日が無ければ今の俺はいない。
あの時家族を失った代わりに今の居場所を手に入れた。
悪魔なんかにならなかったかもしれないし、夕麻やギャスパー、塔城や姫島にも出会わなかったかもしれない。
大切なのは何を失って何を得たか、だ。
「けれど、貴方が成功体としての力をもって生まれたのなら、貴方の家族は―――」
「かもな。バルパーの期待通りに生まれていれば家族はみんな生きていて、俺自身も今よりずっと強いかもしれない。それを幸福だと感じ、安らぎをおぼえるかもしれない」
「……」
「だが、それは俺が肯定している『俺』じゃない。青江秀介という名の同姓同名の別人だ」
誰も何も言わない。
木場も目を閉じてじっと俺の言葉を聞いていた。
あいつとは似たような話をしてるからな。
「過去の理想像を描いても、今の『もしも』を考えても所詮絵空事だ。理想とは『この先』をどうしたいか。そしてそのために今できる事は何か?考えて考えて考えて、出来る全てを行って、失敗したのなら次につなげる」
そのためには現在の自分をしっかりと認めなくてはならない。
「そうやって俺は生きてきたし、これからもそうやって生きてゆく」
「ふあああああ。…あ、話し終わった?」
どうでもよさげに爪の間のごみをほじくっていたフリードが一声上げた。
「…そろそろか」
「ねーシューちゃん。こっから先、考えてる?」
「いや?」
俺たちは再び剣を手にし、意識を戦闘に切り替える。
どうやら木場も気が付いたようだ。
ふむ、殺気を感じる力は俺とフリードの方が上だったか。
バギィイイ
耳をつんざくような破砕音と共に剣の花が開いた。
中からは勿論
「くっくくははははははははははははははははッ!!!」
コカビエルが哄笑を上げつつ出てきた。
体には無数の切り傷が刻まれ、相当なダメージを受けている事が伺える。
だが、その覇気は先ほどまでの比ではない。
「あーあ、旦那マジ切れじゃん」
「慢心はもうないよなァ」
出来ればあの連携で仕留めておきたかった。
相手が本気で無かったのは分かっていた。
本気になれば勝ち目はない。
ならどうするか?
簡単だ。
本気を出す前に倒せばいい。
どっかの宇宙の帝王も変身を何回残しているかに絶望するんじゃなくて―――っと
「ここまで、ここまで俺を追いつめた者たちは大戦以来だ。しかも数人、それも実力でははるかに劣る者たち」
「どっ、どうするんだよ!?こっちは種切れだぞ?」
兵藤が慌てふためいて泡を飛ばす。
うーむ…どうしよう。
「…随分楽しそうだな」
「いや……はらわたが煮えくり返りそうだ。なるほど、憤怒も度を過ぎれば笑いに変わるらしい」
「戦いが好きなんじゃないのか?」
「そうとも。貴様らはなかなかに俺を楽しませた。だが……調子に乗りすぎだ」
コカビエルはそう言うと手のひらをこちらに向けてくる。
タービンが高速回転するような音が、耳をふさぎたくなるほどに鳴り響く。
「貴様らカス悪魔がこの俺を地に堕とすだと?魔王でもない、ましてや上級悪魔でもない貴様らが」
「そういうのが戦いの醍醐味じゃないのか?」
「違うな。俺は貴様らにそんなことは求めていない。精々俺を高ぶらせるのが貴様らの役目だった。それを、前菜の分際で…俺の翼を――――ッ!!」
奴の手に体育館を吹き飛ばした光の槍…いや、それ以上のものが生成された。
まだ放たれていないにもかかわらず、その濃密な光力は俺たちの肌をチリチリと焼き焦がす。
「なぁ、アンタが堕天使の中では最上位にいるんだよな?」
堕天使の力は翼の数だと夕麻からは聞いている。
そして十二枚が最強で、トップのアザゼルのみがそれに該当するらしい。
こいつの翼は今は七枚だが元は十枚。
「…我々の力は翼の数で表される。トップのアザゼルが唯一翼十二枚。その次が十枚だ」
「そうか、この世界の最強クラスはそんくらいか」
やっとわかった。
なるほどなるほど。
確かにでたらめに強いが…。
「なんだ?今さら自身の矮小さを痛感したか?」
「いや、確認しただけだ。…届かない強さじゃない」
「…その考えが調子に乗りすぎだというのだ」
この世界のパワーバランスがいまいち掴めてなかった。
神だの天使だの魔王だのいるんだ。
てっきりシャイニングなトラペゾへドロン片手に『流出』とか使ってくるかと…。
「現に俺たちはアンタを追いつめた…だろ?」
「俺は聖書にも記された至高の存在―――『ハッ、しらねぇよ』」
「俺にとっちゃ、んなもんタウ○ページに載ってるくらいどうでも良いことだ」
「……哀れだな。そのような幻想を抱かせたか…。いいだろう…絶対的な力の差を教えてやる」
そう言うと、手の中の光はさらに輝きを強め――――。
「いや、俺は彼が正しいと思うよ」
頭上から放たれた声。
それに乗せられた静かな、けれど隠し切れぬほどに昂ぶる覇気。
見上げればそこには純白の鎧に身を包んだ姿があった。
「『白龍皇』…」
「なっ―――」
隣の兵藤が絶句する。
白龍皇…あれが兵藤の対となる存在か。
「駄目だねぇ。アレ」
隣のフリードがお手上げだと言わんばかりに肩をすくめる。
「ああ」
今の俺達がどうあがいたってアレには勝てない。
話が違うぞ、コカビエル。
「邪魔立てするか、白龍皇」
「今代の赤龍帝は君か…禁手化には至っている様だが…」
コカビエルの言葉も、殺気もまるで気にした様子もなく白き王は兵藤をしげしげと眺める。
やがて小さく肩を落とすと首を振った。
「白龍皇ッ!!貴様までも―――」
「黙れ」
無視されて顔を真っ赤にしたコカビエルが声を上げた次の瞬間、コカビエルのすべての翼が散った。
辛うじて見えたのは白い閃き。
「あ―――がっ」
「いっそすっきりしただろう?中途半端に残った翼は情けなくないか?」
奴の手に握られた黒い翼。
白龍皇はそれを眺め
「薄汚いな」
そのまま握りつぶした。
最早原形をとどめない翼たちは白い炎に焼かれ、塵と化す。
「貴様ぁ…この俺の翼を―――」
奴は宙に無数の光槍、手には光剣を生み出して白龍皇に向けた。
『Divide!』
白龍皇からドライグに似た機械音が聞こえると同時に槍は数を、剣は大きさを半分に減らした。
白龍皇の力…すべてを半分にする…か。
兵藤と同じくらいデタラメな力だ。
「バカなッ!?」
「『この俺が?』か?もう少し捻りがある言葉が欲しかったな」
そう言って白龍皇はコカビエルを叩き伏せた。
戦闘開始からあっという間―――いや、戦闘では無い。
コカビエルは何もできずにやられた。
これではただの蹂躙劇だ。
「さて…」
コカビエルを担いだ白龍皇は俺達に背を向けた。
『無視か、白いの』
『目覚めていたか、赤いの。今代の赤龍帝も捨てたものでは無いのかもしれんな』
『いずれ戦う時に分かる事だ』
『…そうだな、それが我らの定め』
ドライグと白龍皇――アルビオンだったか?
『にしては今回は敵意が薄いな?』
『それは貴様も同じだろう?どうやらお互い戦い以外に興味対象が出来た様だな』
『そうだな。いずれ戦う事は分かっている。少しくらい寄り道してもかまわんだろう』
『違いない』
それきり二人は言葉を発しなかった。
「ふむ、ドライグがそう言うには君も化けるかもしれないな」
白龍皇は振り返って兵藤を見る。
仮面に覆われた表情は伺えないが、兵藤に少し興味を覚えた様だ。
「もっと強くなってくれ。ライバルがそれではあまりに張り合いがない」
そう言い残して奴は夜空に白い軌跡を残しつつ去っていった。
「終わり…でいいのか?」
「ええ。コカビエルは倒され、白龍皇は去った。腑に落ちない点は多々あるけれど、今は生き残る事が出来た事を喜びましょう」
改めて校庭を見渡―――したくはないな。
バルパーの遺体は未だに放置され、木場はそれを眺めていた。
俺?俺はもう奴に思うところはないよ。
そんな木場に兵藤が歩み寄る。
「綺麗な剣じゃないか。しかもコカビエルにダメージを与えられるなんて」
「イッセーくん、僕は―――」
「細かい事は言いっこなしだ。説教も小猫ちゃんにもらってたし、お仕置きは部長がしてくれるだろ?とりあえず俺からは何もないさ」
「……うん。そうだね」
そう言った木場と一瞬目が合った。
うむ、なんかいいとことられた気はするが…まぁいいだろ。
問題はこっちだよなぁ…。
チラリと視線を横にずらす。
姫島と塔城は黙ったまま。
「ちっ」
なんて言やいいのかわからん。
俺の舌打ちに二人はびくりと肩を竦めた。
ああ、ごめん。違うんだって。
「むがーーーー!!」
と、突然フリードが叫び声を上げた。
「なに?この不完全燃焼!?最近こういうの多いよ!!なにこれ焦らしプレイ!?いくら我慢強いフリード君でもこんなにお預けされたらキレちゃうよ!?」
聖剣を片手にブンブンと両手を振り回す。
危ないっての。
「青江っ!!リアス!!先程、白龍皇が―――」
戦闘が終わったと知った会長たちが息せき切って駈け込んで来た。
空を見れば結界も消滅していた。
「白龍皇がコカビエルを担いで結界を―――」
「むがーーーーーっ」
「ッ!!?聖剣!?下がりなさい、匙!!」
「ひぃ!!」
フリードを見た俺の同僚たちが一斉に殺気立つ。
そらそうだ。神父が発狂しながら聖剣振り回してんだもんな。
「そうよっ!!あまりの展開についていけなかったけど青江君。まさかこの神父まで助けたの!?」
「アーシアッ大丈夫か!?」
「はいいい。ちょっと疲れただけですうううう」
「椿姫っ、消耗している彼らを後ろに―――!!」
「うわっ、ゼノヴィア大丈夫か!?会長!!ゼノヴィアがゲロって気を失ってます!!」
「んう…ここは?…あ……聖剣。エクスカリバー、どこ?」
「むきゃーっ」
「ゼノヴィア大丈夫!?」
イリナがゼノヴィアを助け起こして…あ、ゲロ見て手ぇ放した。
強かに彼女の頭が大地と再開する。
「みなさん、ご無事でしたか!?」
グレイフィアさんも駈け込んで来た。
後ろにはすんげえ威圧感を纏った連中がいる。
「従者部隊!!あの聖剣を持った神父を!!」
「あーもう!!シューちゃんこれメアド!!次は絶対殺りあうかんね!!」
「逃げるぞっ!!追えーーーっ」
ああ、なんか、もう…。
「めんどくせ…」