「おまたせ、待った?」
駅の時計の下で待っていると夕麻が駆けてきた。
「ああ、ちょっとな。」
ここに着いたのが10時55分だったから、待ったといっても十分くらいだな。
「む~、そこは『待ってないよ。』って言うところじゃない?」
「正直が売りなんでな。」
ホストじゃないんだ、こっちも気楽に楽しみたい。
「じゃあ行こっか?なんか予定とか立ててくれてる?」
「当然だ。」
軍資金もおろしてきている。過剰に使うつもりはないが、何かあったときに男が対応できなきゃかっこ悪いだろ?
「なんか意外だなぁ、そういうのしないと思ってた。私がやらなきゃって昨日頑張ったんだよ?」
「ならお互いの予定をすり合わせていこうぜ。趣味も分かって一石二鳥だ。」
「そうだね。じゃあまずはお昼にしない?」
「近くにアンティーク喫茶がある。そこにしないか?ファミレスはあんま好きじゃないんだ。」
どうもファミレスは料理の質と値段がかみ合ってない気がする。チェーンなら特に、だ。俺の思い込みか?
「うん!じゃあエスコートお願いね♪」
そう言って腕を絡めてくる。
「遠慮しないな。」
「だってありのままの自分を知ってもらいたいんだもん。」
「ふーん。」
ありのまま、ねえ?
それから俺たちは喫茶店に行き、昼食をとった。勿論勘定は俺持ち、何気に夕麻の頼んだチョコレートパフェが一番痛かった。
そこからは普通のデートだった。
水族館は俺の提案。成功だったと自負している。深海魚コーナーは顔が引きつっていたが、イルカショーには目を輝かせていたし、そのあとの土産物屋で買ってやったブレスレットも度々日に透かしてながめていた。
そのあとに訪れた大型ショッピングモールでは適当にひやかしてウィンドウショッピングを楽しんだ。
深海魚のお返しと言わんばかりにランジェリーショップに連れ込まれたが、俺が全く動じてないと気付くと頬を膨らませていた。
ショッピングモール内の雑貨店では趣味が似通っていると分かり、二人で理想の部屋について議論し、構想して楽しんだ。
そして最後に俺たちは昨日の橋にたどり着いた。
「ねえ、青江君。楽しかったね。」
夕麻が振り返って口を開く。
「そうだな、俺も楽しかった。」
後ろに背負った夕日もあいまって少し見とれてしまう。
「私のこと、少しは知ってもらえたかな?」
「デートも楽しめたし、趣味も合った。ルックスもかなり好みだ。」
彼女の笑みが少しずつ妖艶さを帯びてゆく、それすらもまた美しい。
「よかった。じゃあ、初デートの記念にさ・・・お願いがあるんだ。」
だからそれだけに―
「死んでくれないかな?」
とても惜しく感じてしまう。
夕麻の背中から黒い翼が生える。
「驚かないのね。」
「承知の上だったからな。いつ襲われるかわからんよりは全然マシだ。堕天使とは思わなかったが・・・」
「やっぱり自分の神器に気付いてたんだ。」
―意識を切り替える―
「楽しかったわ。わずかな時間だったけど、かなり好みなタイプだった。ああ、それとね、あなたのお友達イッセー君・・・だったかしら?
彼、今頃私の仲間のドーナシークに殺されてるでしょうね。あなたは手こずりそうだったから私が来たのよ?でもあの子はそうでもなかったから回りくどいことはせずに直接殺すことにしたの。
あの世でよろしくね♪」
冷笑を浮かべて彼女は手をかざす。
―重心を前におき、相手の一挙手一投足に全神経を集中させ―
ブウンという音が空気を揺らし、耳鳴りのような音とともに堕天使の光の槍が現れる。
「それじゃ、さようなら」
夕麻が槍をかざし、振り上げ、投げる!!
「っ!!」
―相手の動きに合わせて前へ!!!―
「んなっ!?」
夕麻の顔が驚愕に歪む。いけるかっ!?
ゾブリ、という音と共に腹に激痛が走る。光の槍は寸分たがわず俺の腹に命中した。
血が噴き出る。俺の手に握られたナイフは僅かに彼女の頬を傷つけるに終わった。
「残念だったわね。」
返り血を舌先でチロチロと舐めながら夕麻は笑う。
「ゴメンね。恨むなら、その身に神器を宿させた神を恨んでちょうだいね。」
俺は後ろに後ずさりながら
「その、しぐさ、な、んかエロい、な・・・興奮、しちまった。」
「あら、意外と余裕?とどめが必要かしら?」
背中が欄干に当たり―
「えん、りょしとくわ・・」
そのまま俺は、橋から川に落ちたのだった。
「・・・・あの傷じゃ助からないでしょ。あーあ、汚れちゃった。」
そう言って堕天使は去り、橋の上には誰もいなくなる。いつの間にか夕日は沈んでいた。
あたたかくてふわふわした物に包まれている。自分を包んでいるものが体の中に染みこんでゆく。
転生した俺だからこそ分かる、ここは母の腕の中。誰もが記憶の中に埋めて忘れてしまったもの。
包み込んでくれる愛に何の疑いも持たず、ただ身を預けていられる安心感。
俺は覚えている。俺を抱いて微笑む母の聖母の様な顔を・・・。
「くっ。・・・・ここは・・・」
あたりは暗い。あれからどの位時間は経過しているんだ?
「ああっ、よかったですぅぅ。もうだめかと思いましたぁ。主よ、感謝いたします。」
フランス語か・・・。
金髪のシスターの顔が目の前にある。どうやら俺はこの子に膝枕してもらっているようだ。彼女の額には玉の汗が浮かび、滝のように流れ落ちている。
上気した頬とそれに張り付いた金髪の房、そして修道服のアンバランスさが背徳感を誘いおもわず生唾を飲んでしまう。
「??どうしたんですか?」
キョトンとした顔でコテリと首をかしげた。
「い、いや何でもない。あんたは?ここはどこだ?」
目の前の彼女に尋ねる。
「言葉がわかるんですか!?ああ、これも主の導きによる運命でしょうか?」
なんか祈ってる。名残惜しいがいつまでもこのままじゃあな。
「よっこらしょっとととと。」
立ち上がると少しふらついた・・・ん?立ち上がる?
慌てて腹に手を当てる。傷が・・・ない?
「どういうことだ?」
考えられるとすれば―
「???・・・にぱ~☆」
この子だな。
「なぁ、あんた」
「アーシアです!アーシア・アルジェント。」
胸の前で手を組んで目を輝かせる。なんだろう、少し気圧される。
「俺の名前は青江秀介だ。」
「じゃあ、シュースケさんとお呼びしますね。」
土手の上では冷えるということで俺たちは近くの喫茶店に入った。半日の間に別々の女の子とこうして向かい合うとは・・・。
「私、今度隣町の教会に配属になったんです。でも、管轄内の掃除があるとかで延期に。だから私はこの町のカプセルホテルに数日宿泊する事になったんです。」
「隣町?ってことは俺の住んでる町か・・・。」
確かにあったな教会。かなり寂れてたみたいだったが・・・。
「そうなんですか!?じゃあ、これからよろしくお願いしますね!!」
「こちらこそ。」
彼女の言語はフランス語だ。見知らぬ日本の町は心細かったのだろう。
「ふう・・・・。で、本題だ。」
二人分のドリンクが来たところで疑問を投げかける。
「アーシア、おまえが何かしたのか?」
そう尋ねると彼女の顔にわずかだが陰りがおちた。しかし、すぐに元の笑顔に戻る。
「信じてもらえないかもしれませんけど、私には神様からもらった不思議な力があるんです。」
そう言ってアーシアは俺の手を取ると、落ちた時にできたであろう擦り傷に手をかざした。
すると淡い緑の光、そしてあたたかさ。なるほどさっき感じたのはこれか。
「なら、俺の傷も」
「はい。私が治させてもらいました。」
あの規模の怪我を治すとは・・・神器か。それもかなり上位の。
「ありがとう。アーシアは命の恩人だな。」
頭を深く下げる。俺が生きているのは凄まじい幸運とアーシアの献身のおかげだ。
川に落ちて、気を失ったままにも関わらず岸に流れ着き、たまたま心優しい美少女に発見され、たまたまその娘が癒しの奇跡を持っていた。
正直自分でも信じられない、どんな確立だよ?後で宝くじ買ってみようかな?
「・・・・・・・・・・・・・・」
???。返事がない。顔を上げてアーシアの顔を見ると、目を見開いていた。きれいな碧眼だ・・・
「え・・・?あの、信じてくれるんですか?」
アーシアが目を見開いたまま呆然とした様子で聞いてくる。
「なんだ、嘘なのか?」
「いえ、あの、そうじゃなくて、えと、皆さん最初は・・その、気味悪がられるので・・」
なるほどな、俺は自分の力が異質だと最初から分かっていたが、彼女はその事に気付くのが遅かったんだ。
「・・・・」
「ご、ごめんなさい。でも、私―」
「怖いのか?拒絶されることが」
「!?・・・はい。」
よっぽどのことがあったんだろう。彼女の力の大きさを考えればどんなことがあったのか想像に難くない。
しかし出来事を推察できるからと言って俺が彼女の痛みを理解することはできない。
「君の気持はよくわかるよ。」
なんてのは相手の気持ちを理解しようという努力すらしようとしない奴の自己満足だ。
俺に彼女は救えない。その事件の真っ只中だったなら何かできたのかもしれない。だが今はもう過去、どんな形であれ今の彼女を構成する一部となってしまっている。
もう一度言う、俺にアーシア・アルジェントは救えない。
だが――そうだな、俺は好きなんだ。
「もう一つ聞く。お前は今までその力を使ってきたことを後悔しているのか?人を救ってきたことを。」
‟彼女が勝手に助かるだけ”というフレーズが。本当の救済はそうして本人が勝ち取るものだと思うから。
アーシアがバッと顔を上げて首を振る。
「違います!そんなことはっ!・・・違います後悔なんて・・・・・・・・・・ちがう」
「本当に?気味悪がられても?」
「違う」
頭を抱えて首を振るアーシア。
「いいように利用されても?」
「違う・・・・違う違う」
「その果てに裏切られ、捨てられたとしても?」
「違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違うチガウチガウそんなことない。」
半狂乱になりながら体中掻き毟る。自分を戒めるかのように・・・
「今ここで俺に石を投げられても?」
「っっっ!!」
掴みかかってくる。碧い瞳に怒りを宿して。
「私だって!!私だってそんな事考えちゃいけないって分かってるんです!でも・・・・でも思っちゃうんです!!!あの時の悪魔さんを助けなければ今頃私はどうなっていたんだろうって、まだあそこに居られたのかなって!どうやってもそれが頭から離れなくて!!」
泣きながら俺の胸を叩いてくる。声を枯らして心の澱を吐き出しながら。
話から察するに、アーシアは癒したのだろう、悪魔を。教会関係者にとってそれは禁忌なのかもしれない。
「申し訳ありません、すみませんでした主よ、罪深い私をお許し下さい。ごめんなさい・・・・ごめんなさいっっっ。」
泣き出し、床に座り込んだアーシアをもう一度椅子に座らせる。
「・・・・・・」
二人の間に会話は無い。ただアーシアのすすり泣く声が響く。
俺はコーヒーの最後の一口を飲み、息をついて口を開く。
「なあ、逆に考えてみないか?」
アーシアはこちらを向かない。うつむいたままだ。
「お前は許せるのか?力があるのにそれを使わず、見殺しにすることを。あとから『怖かった』と言い訳する自分を。」
ビクリと肩が揺れる。
「やめられるのか?力を使うことを。」
こちらを見上げるように顔を上げる。見上げる瞳は腫れてはいても輝き始めている。
「お前が救った人間は誰も笑顔にならなかったのか?誰もお前に感謝しなかったのか?だったら―――」
―――俺が言ってやる。お前にその力があって良かった。ありがとう。―――
アーシアは喫茶店に置いてきた。今までずっと耐えてきた彼女だ。ほんの少しのきっかけさえあれば、自分でで自分の輝きを取り戻すだろう。
そうしたら、前を向いて自分なりの夢を見つけられる。そこから先は誰か他の奴が当事者として彼女と歩むだろう。
「さて、こっからどうすっかな。」
暗い夜道を歩きながら一人つぶやく。恐らく夕麻は俺が死んだと思っているだろう。今戻ってももう一回殺されてゲームオーバー確実だ。
「とりあえず例の教会か・・」
異端者が古びた教会に。
どっかで聞いたような話だろ?