年々増加の一途を辿る個性を使用するヴィランによる犯罪。
各国のヴィラン犯罪発生率は軒並み20%を超えている中、日本だけは6%を下回る稀有な国だ。
対抗する警察機構にプロヒーローの頑張りもあるが、一番の要因は世界屈指のヒーローで“平和の象徴”と謳われる“オールマイト”の存在だろう。
オールマイトは圧倒的な個性と実力を持ち、正義感がとても強く、我が身を犠牲にしても誰かを助ける理想のヒーローとして絶大な人気を誇っている。
いつも力強い笑顔を浮かべて危機的な状況でも安心感を振り撒き、ヴィランは不利を悟って圧倒される…。
彼の存在そのものがヴィランに対する抑止力となって、治安を大きく支えているのだ。
ただそれは良い事ばかりでもない。
オールマイトはヴィラン犯罪に自然災害でも力を発揮し、多くの命を救って来た。
倒されたヴィランなどどれほどいるか分からない。
彼のおかげで犯罪発生率が下がったのは事実で、下がったゆえに平和に慣れて危機感が薄れる者が多くなってしまったのも事実…。
我が身に降りかかる可能性が低いヴィラン事件は対岸の火事と同様に捉えられ、ヒーロー見たさも相まって事件が起きると自然と人だかりが生まれる。
携帯電話片手に見世物でも見ているような気軽さで、声援やら野次やら飛ばして…。
自分が立っているところを安全地帯とでも思っているのだろうか。
つい数十分前まで友人との再会に胸を躍らせていた扇動 無一は深く大きなため息を漏らした。
友人との待ち合わせ場所に向かっていた道中、ヴィラン事件に遭遇したのだ。
発生率6%未満という割には駅での引っ手繰り事件も合わせれば、この辺だけで一日に二件は多すぎる。
しかも今回は被害が大きい。
遠目ながら流体系のヴィランが暴れているのだが、周囲は火の手に包まれつつある。
どうもヴィランは少年を取り込もうとしているらしいのだが、少年も抵抗して個性を振るってこうなっているらしい。
―――心底腹が立つ…。
ヴィランは当然だがそれ以上に
薄い金髪の刺々しい髪に赤い瞳、撒き散らされる“爆破”という強個性。
間違える筈がない。
アレは今日会う筈だった友人の一人、
ギリリと噛み締め、唇より血が垂れる。
周囲にはヒーローが集まっているが事件は終結する兆しすら見えない。
身長二メートル越えの筋肉隆々のパワー系ヒーロー“デステゴロ”では流体系ヴィランの対処は不可能。
巨人のように“巨大化”する個性を持った“Mt.レディ”は大きさから圧倒的な力を振るうも、大きさの調整の出来ない彼女ではこの道幅では身動きはとれない。
消防士のコスチュームを身にまとうヒーロー“バックドラフト”は消火活動で手一杯。
個性“樹木”により身体の一部を伸縮自在に操った捕縛術に長けた若手実力派ヒーロー“シンリンカムイ”は、その個性ゆえに体まで樹木なために火との相性が非常に悪すぎて近づき辛い。
誰もが個性の相性が悪すぎて、対処できるヒーローが居ない。
だけど対応できない訳でもないのだ。
ヒーローもヴィランも自分の個性を最大限活かせるように装備や戦い方を考え抜く。
だからこそ考え方が凝り固まって他の手段が見えなくなる。
人ごみを掻き分けて集まっているヒーローの中で面識があり、話を聞いてくれそうなデステゴロの近くへ向かう。
爺ちゃんがある意味有名なヒーローで、集まりがあるごとに俺を誘うのでプロヒーローの知り合いが自然と多くなった。と、言っても良い関係ばかりと言えないのが悲しい所であるが…。
「デステゴロ!」
「――あ?なんでお前がここに?」
「少しで良い。話を聞いてもらえないか?」
誰だ?と疑問符を浮かべながら振り返って俺を認識したデステゴロは、言葉を続けると途端に険しい顔をする。
それは子供がこんな時に話を聞いてくれと言った事に対してなのか、それとも俺を目にしたからなのか…。
悲しいかな後者だよな…。
物理攻撃を得意とする者は流体系の相手とは相性が悪い。
流体というのは決まった形がなく、形なきものは掴めないし、殴っても斬りつけても意味がない。
逆に言えば固形化させる事さえ出来れば打撃はある程度通じるようには出来る。
水のように粘度がほとんどない液体には片栗粉でとろみをつけて、小麦粉でもぶっかけてやればいい。
今回の相手は表面の様子に漂う汚臭から粘度のあるヘドロである事から、粉を振り掛けるだけで幾らか打撃に意味を持たせれる。けれど周りに火の粉がある以上は粉塵爆発の可能性があるので手頃に手に入る小麦粉系は撒けない。
そこで使えるのが消火器だ。
消火器ってのは取り扱い易さから
火への対処は勿論有効な事からこの場で最適なアイテムだろう。
他にも暴れているヴィランを観察して目や口がある事から怯ませるのに有効であろう催涙スプレーに、流体である事から水分を吸収し保持する高吸水性高分子が使われている紙おむつや生理用品などを買い込んでおいた。
これらを使い固形化させればパワータイプのデステゴロが掴むか殴るかで人質にされている爆豪を助け、火元である爆豪が離れる事でシンリンカムイの個性で捕縛する事が出来る。
俺の事を良く知っているデステゴロは可能性があるのならと話を聞き、その様子に他のヒーローも集まって来た。
その中でシンリンカムイは首を横に振った。
「無理だ。一時的に固形化させたとしても流体ゆえに捕縛しても抜け出す可能性が高い」
「誰も縛れとは言ってない。伸縮自在の樹木の個性を使って包み込めばいいんだ」
「それでも隙間から抜けるとも限らない」
「アンタの技って
言っている意味を理解してシンリンカムイは黙り込んだ。
なにせ
そりゃあ躊躇いもするだろう。
「今とても危険な事を頼んでいるというのは重々承知している。でも、どうか俺の友達を助けてほしい。…お願いします」
姿勢を正して誠心誠意頭を伏して頼み込む。
シンリンカムイはその様子に少し悩み、意見を求めようとデステゴロへと視線を向ける。
初見のシンリンカムイと違い、俺をある程度知っているデステゴロは悩みながらため息を漏らす。
「想う所はあるが俺達はヒーローだ。助けれる手があるなら救うさ」
そう言ってすぐさま行動に移すべくシンリンカムイと話を進める。
上手く運んだと思っていると背後から視線を感じた。
「相変わらずね。アンタ…」
「猫かぶりに言われたかねぇよ」
視線を向けていたのは巨大化を解いて、半笑いを浮かべたMt.レディであった。
彼女とはヒーローも参加していたパーティ会場で顔を合わせた。
ヒーローは人気のある職業という事でパーティによっては招待される者も多く、中には有力な若手を各方面に引き合わせる伝手作りの場としても扱われ、脚光を浴びたがっている彼女は猫を被って参加していた。
こちらは孫自慢したい爺ちゃんに連れて行かれたとはいえ、プロヒーローに直に会える機会なので少しでも情報収集をする共に、爺ちゃんの顔に泥を塗らないようにそれなりの対応をしなければならない。
互いに素を隠して接していた二人は直感的に
それからちょくちょく顔を合わせる度に俺に声をかけて来るようになった。
俺自体に用があると言うよりは俺が爺ちゃん伝いに参加するパーティやイベントへ招待されるように手を回してくれないかという事。
手を回すと言っても俺に対して甘々な爺ちゃんに頼むだけで、苦労するのは爺ちゃんなのだが…。
こっちはこっちでパーティなどで会えないヒーローに直に会えるように手を打って貰ったりして、対価を得ているから良いのだが中坊に頼み込むヒーローってどうなんだ?
「考える事狡いわよね」
「仕方ないだろ?
「けどあんな演技で騙して行かせるなんて」
「救えるんだったら頭ぐらい何度でも下げるさ。あと演技でもねぇし」
出来るなら自分で助けたいがヒーローとして資格がある訳でもない自分が駆け出しても現場を混乱させるだけだ。
だから彼らに託すしかない。
自身が情けなくて仕方がなくて腹が立ち、拳を握り締めては爪が酷く食い込む。
そんな様子を眺めてクスリと笑う。
「口は悪くても素直に表現しちゃって―――早くアンタもヒーローになりなさい」
優しく囁くように告げられた言葉に心情を見抜かれたようで恥ずかしい。
彼女は先輩であるシンリンカムイの見せ場を奪うなど自己顕示欲が強く、明るい性格と異なり先輩や同僚に敬語を使うも舐めた口調だったり、極光を浴びるとドヤ顔を披露したり性格的に想う所があるも、話しているとヒーローとしての矜持をしっかりと持った強かな女性だと言う事が判り、かなりの好感を持てるヒーローだ。
なにより気軽に裏で話せ易いというのが良い。
だからか先の言葉に乱された感情も、予感からすぐに冷却された。
「そうしたら私がこき使ってあげるわ」
「…爺ちゃん呼ぼうか?」
「今の嘘。マジで勘弁してくれない」
ちなみになのだが俺とMt.レディはお互いを利用し合って利害が一致しているが、爺ちゃんからしたら孫を利用している奴と認定しているので口にしないだけでかなり嫌っているのだ。
彼らに託すしかなく、見守るしかない俺は気遣ってくれているの
嘘だろと
気が付いたら駆け出していた。
友人との待ち合わせ場所に向かっていた緑谷 出久はヴィランに襲われ、憧れのオールマイトに助けられるというハプニングに見舞われ、待ち合わせ時刻に遅れそうになって急いでいた。
そんな最中に人だかりを目撃し、それがヴィラン事件だと遠目ながら理解すると次第に足が止まり、中心にて友達の爆豪 勝己が襲われていたのを目撃して止めた脚は無意識に駆け出してしまう。
ヴィランは先ほど手も足も出せなかった流体系で、自分が言ったところで何ができると言うのだろうか。
こちらには有効的な救出方法や攻撃方法は存在しない。
ついさっきオールマイトに助けられる前に襲われた事から解かり切っている。
周辺には手が出せないで包囲しているヒーロー達が居る事から活動の妨害に当てはまるだろう。
他にも色々と後悔が頭に過るが、それと同じぐらい助けに向かう為の理屈も思い浮かぶ。
何より流体系のヴィランに取りつかれて困っている人を―――あんな苦しく藻掻き、助けを求めるかっちゃん(友人)の顔をひと目見てしまえば、助けなくちゃと身体が想ってしまったのだから。
ヴィランに近付けば近づくほど火災や火の粉による熱風が肌を撫で、汚水を連想させる汚臭が鼻につく。
そんな事など気にも止めずに辿り着き、助けようと一心不乱に流体を掻き分ける。
払っても払ってもほんの一部が飛び散るだけで、全くと言っていいほど爆豪を覆う流体を退けることは出来なかった。
それでも諦める事無く必死に手を動かし続ける。
「どぉしてお前がぁ!?」
様子を見ていた爆豪は悶えながらも緑谷に言い放つ。
いつもの強気で傲慢な怒声ではなく、弱々しく涙声の混じった聞いた事の無いかっちゃんの声が耳だけでなく心に響く。
かっちゃんは凄い奴なんだ。
自分本位で周りに荒い言動を振るうけど、強い個性に昔から何でもすぐ熟す才能を持ち、自分に無いものを全部持っているからこそ憧れた。
そんな彼が表情を歪めるほど苦しみ耐えている。
手は一切止めずに彼へと顔を上げて答える。
「君が…助けを求める顔をしてた!」
多分今僕は震えているだろう。
けれど間違いなく笑っていた。
オールマイトのように安心感を与えれるように、自身の心を恐怖や不安に負けないように奮い立たせようと…。
「あと少しなんだから……邪魔するなぁああ!!」
無情にもヴィランは何としても助けようとする緑谷を目障りに思い、思いっきり振り上げた手を振るった。
迫る大きな手より身を護ろうと咄嗟に両腕を盾にするように構えるが、振るわれた手が緑谷を襲う事は無かった。
「目が!目がぁアアアアアア!!」
「自殺志望者かよ!」
声に反応して振り返るとそこにはデステゴロが立っており、手には
ヴィランは目にダメージを受けたのか手で両目を抑え、今度は自身が悶え苦しんでいる。
デステゴロが引き金を引くと銃口より液体が噴出され、掛かったヴィランはより大きな悲鳴を上げた。
掛けていたのが催涙スプレーかと気付くよりも先に咄嗟にヴィランの腕に手を差し込んだ。
取り込む寸前という事で頭はまだであったが、すでに体のほとんどは取り込まれており、差し込んだヴィランの腕の中にはかっちゃんの腕も入っている。
がっしりと掴んで引っ張ろうとすると催涙スプレーで怯んだのもあって取り込もうとする力が緩んでいた。
「離すなよ!」
「―――ッ、はい!」
掴んだ手ごとデステゴロに握られ、パワータイプの本領発揮と言わんばかりに強引に爆豪共々引っ張られる。
流体の中から引き摺り出されたかっちゃんにホッと安堵する。
「―――まったくらしいな
誰かの声が聞こえた。
それは何処か懐かしい雰囲気を纏い、僕もかっちゃんもそちらへと視線を向ける。
昔に比べて随分と成長しているも、面影を残している扇動 無一が消火器を手に嬉しそうに笑っていた。
「扇動!?」
「むーくん!?」
「目を閉じてろ!!」
「最近のガキ共は無茶しやがる!!」
デステゴロは自身の身を盾にするように爆豪と緑谷を抱き込み、無一は躊躇いなく消火器を噴出させた。
短時間であるも吐き出された消火剤が煙となって広がり、直撃を受けたヴィランは一瞬で白く染まる。
「クソ!クソ!目が…何だってんだよチクショー!!」
「先制必縛――――ウルシ鎖牢!」
晴れる煙の中より真っ白に染まったヴィランは、目が見えないのかじたばたを暴れながら悪態をつくも、頭上より迫ったシンリンカムイの個性による必殺“技先制必縛ウルシ鎖牢”により閉じ込められる。
最初こそ大きめな囲みであったが、相手を圧縮するかのように縛り込む。
「助かったぁ…」
かっちゃんは助かり、ヴィランはシンリンカムイによって捕縛された以上は事件解決だろう。
一気に気が抜けた緑谷はその場にへたり込み、安堵の息を漏らす。
「無茶をするなお前って奴は」
「…むーくん」
見上げれば消火剤によって若干制服が白み、それを軽くはたきながら苦笑する扇動 無一がそこに居た。
懐かしくも現状による高揚感などのふつふつと湧き上がる感情に頬が緩み、僅かながら瞳に涙を溜める。
「むー――」
「
「酷い!?」
「ったりめぇだろうが。あんな汚水に手を突っ込んだんだ。どんな菌が付いてるか分かんねぇだろうが」
久しぶりの再会を喜び近づこうとすると、まさかの強い拒絶にショックを受ける。
けど昔っから変わらない様子に笑ってしまう。
口の悪さとその理由に納得しつつ、変わらなさに対して乾いた笑みを浮かべていた緑谷の前で扇動は片膝をつく。
「腕を出せ」
「用意周到なんだね」
「俺はお前と違ってすぐに駆け出せなかったからな…」
出した腕に背負っていたバックより取り出した消毒液を撒かれ、何処か後ろめたさを感じる言葉に対して戸惑う。
寧ろ褒められた行為は取っていない。
その言葉を否定しようと口を開くよりも先に、ボトルのキャップを閉めた扇動の方が先に動いた。
「イズクはとりあえずこれで良いだろう。さて…と」
「痛い!?」
思いっきり喰らわされたデコピンにより痛みが額に走る。
何故と問うより顔を見れば理由は明らかだった。
ジト目で静かにながら怒っているのが雰囲気的に理解出来る。
「いきなり飛び出しやがって!もう少しで作戦も台無しになるところだったぞ。助けに行こうとするその想いには理解も称賛もするが、あれでは爆豪を救えないどころかお前も危険な目に遭うだけだっただろうが!!」
「い、いや、でも…そのぉ…」
慌てて弁明しようとしても良い言葉は出てこず、漏れ出したのは言葉にならないものばかり。
最終的に言い返す事も出来ずに項垂れる。
そんな緑谷をしょうがないと言わんばかりに微笑みを浮かべ、扇動は力強くも優しく頭を撫でた。
「けどまぁ…そんなところがイズクの良い所でもあるんだけどな」
クシャリと満面の笑みを向けられ、少し照れてしまう。
最後にポンと軽く頭を叩かれ、扇動は立ち上がりながら言葉を続ける。
「ある消防官は言った“一番大事な物は自分の命だ。命が無くなればこれから救う命も救えなくなる”とな。イズクの性格上自分を最優先にとは言わないが、少しは自身の身も大事にしろよ」
「ぜ、善処します…」
「宜しい。とまぁ後はプロヒーローより説教があるだろうから、俺のお小言はここまでにしとくよ。それと今日はもう会えそうにないからまた電話するわ」
それだけ言い残すと扇動は他のプロヒーロー達の方へと歩いて行ってしまった。
先には爆豪がプロヒーロー達に囲まれており、強力な個性と耐え続けていたタフネスさから褒められ、色んな所から勧誘を受けているところだった。
「褒めてないでそっちのヘドロ塗れも除菌する!それと誰か清潔なタオルと着替えの用意!救急車の手配も!助かったからって油断してっと痛い目見るぞ!それとでしゃばった俺への注意及び説教も!」
「アンタ…普通自分で要求する事?」
怒鳴るように注意とも指示とも取れる発言をした扇動は、呆れた様子のMt.レディによって本人が言ったように連れていかれて説教を受けるのであった。
その様子に苦笑しながら怒りながら近づいてくるデステゴロに姿勢を正す。
暴れていたヴィランはヒーロー達の活躍によって捕縛され、飛び込んだ少年二人が怒られている光景に事件は終わったんだと、集まっていた観衆は散り散りに去って行く。
しかし一人の男性だけはその場を離れようとはしなかった。
酷く収まりの悪い後悔に苛まれつつ、湧き上がる高揚感と共に一人の少年を見つめながら…。
一番大事な物は自分の命だ。命が無くなればこれから救う命も救えなくなる
【炎炎ノ消防隊】蒼一郎アーグより
●扇動 無一の知り合いのヒーロー達
グラントリノ
デステゴロ
Mt.レディ
インゲニウム
ガンヘッド
セルキー
などなど…。