エンデヴァーは苛立っていた。
保須市内の至る所で
彼にとっては一体一体対処出来ない程の相手ではないが、他のヒーローにとっては驚異的な力を保持している為に、自分が片付けなければ被害が拡大する一方。
そんな最中で扇動から座標と焦凍が向かったとの情報を得て、心配もあってかすぐに向かいたいところだ。
しかし脳無達はそんな事情は考慮してくれない。
否、ヴィランがヒーローの都合良く動く事などないか…。
市内で活動していたヒーロー達や自分が引き攣れていたサイドキック達には脳無と接触しても時間稼ぎ、または自身が倒した脳無の拘束と身柄引き渡しを任せている。
焦凍の方には座標を知っている扇動とバーニンが向かわせ、幼少期から鍛えた焦凍なら大丈夫だと思いながらも不安と言うのは残るものだ。
こういう感情を何故もっと前から持てなかったのかと昔の自分を責めるも詮無き事…。
追加で老人ながらも一撃で脳無を倒し切る実力のあるヒーローにも向かって貰ったが、早く片付けて自分もそちらに向かわなければ。
頭上を一つの影が通り過ぎた。
視線を向ければそこには空を飛ぶ脳無が人を足で掴んで飛行している所であった。
「――ッ、逃がさん!!」
エンデヴァーの個性“ヘルフレイム”の火力は尋常ではない。
長きにわたる絶え間ない鍛錬と経験から個性のコントロールし、コンクリートを溶解する程の熱を足の裏に持たせ、ビルの壁を溶かしながら足場として駆け上がり、掌から噴き出した炎を槍状にして投げる。
顔面に直撃した脳無は痛みから人を手放す。
しかしその一撃で倒すには至らなかった。
あまりにも火力を上げ過ぎては捕まっている人にも被害が出ると加減したのだが、それでも飛び続けるだけのタフさには驚かされる。
いや、すでに脳無には驚かされている。
多少異なるも脳みそが露出している見た目は勿論ながら個性を複数持ち、身体能力も中々に高い。
中には大怪我を負っても即座に再生するだけの再生能力を持つ個体も居たぐらいだ。
逃げるように飛び続ける脳無を追う事も出来たが、先に放されて落下中の人を助ける方が先決だ。
落ちるよりも先に駆け寄って受け止めながら着地する。
「あちらは……確か…」
助けた人物を降ろしながら飛び去る脳無を目で追うと、伝え聞いた座標の方角へと向かっているようである。
偶然か必然かは分からぬが、追う他ないエンデヴァーは急ぎ向かうのであった。
多くのプロヒーローを手に掛けたヒーロー殺し“ステイン”との戦闘した面々は、負傷こそしたもののお互いに無事である事に安堵した。とは言っても市内では未だ脳無が暴れ、気絶しているとは言えステインが目の前にいる状況から何もせずに立ち尽くす事は出来やしない。
プロヒーローでステインと対峙した者の中で
掠り傷程度ながらも慣れていない“ワン・フォー・オール フルカウル”を使用した戦闘でクタクタな緑谷は、最後に個性“凝固”によって動けずに地面に横たわる扇動に歩み寄る。
「むーくん大丈夫!?」
「怪我自体は掠り傷だけだから問題ねぇけどよ。ヒーロー資格保有者でもない学生が個性使ってヴィラン事件に首突っ込んだ方が問題だがな」
「そ、それは……だけど!」
「ま、だからと言って助けないってのは
言われる事に確かにと思うも、友達であろうと無かろうと見捨てる選択肢は存在しなかった。
扇動の様子から
自分達のやった事は間違っていないと思っていようと、
特に今回職場体験中と言う事もあって職場体験先のプロヒーローの責任問題に成り兼ねない。
迷惑をかけてしまうかも知れない不安と同時に、待機を命じられながら参戦してしまったからにはグラントリノに何て言われるか……いや、最悪殴られるか…。
不安を抱いているのを察して扇動は困り顔ながら笑う。
「言い訳は考えてあるし、
そう言ってバーニンに視線を向ける扇動。
二人の様子からして何かしら話は通っているのだろう。
眼があった事でバーニンは悪い笑みを浮かべる。
「地味にやられたな!デカイ口聞いたわりには情けねぇな」
「……ゥルセェよ。こんな時にまで発破かけんな。そう言うのを突破すんのは英雄の役目だ……なぁ?」
怪訝な顔を浮かべながらこちらに同意を求められても頷く事は出来ない。
寧ろ、何故
首を傾げる緑谷を他所にバーニンは動けない扇動を揶揄う。
「立てねぇなら担いでやろうか?」
「勘弁してくれ。もう…動ける」
担ぐと言っても持ちかたは様々だ。
しかしながらバーニンが見せたモーションは“お姫様抱っこ”。
あからさまなまでの揶揄いに扇動は鼻で嗤いながらゆっくりと立ち上がる。
ステインの個性“凝固”はB型なら最大の八分行動不能にするが、逆にO型は硬化時間が一番短い。
緑谷同様にO型であった扇動は動き難いながらも動けないほどではなく、これから揶揄うネタが出来そうだったバーニンは笑いながら「残念」と口にする。
とりあえず表の通りに出るかと歩き始めたのに続いて行こうとした緑谷だが、動き辛そうな扇動に手を貸そうと振り返るも大丈夫だと断られる。
ここに芦戸と八百万が居たならば
なんにせよ通りに向かって歩き始めた一行。
そして通りに出たところで目に入ったのは緑谷と扇動の見知ったプロヒーローであった。
「……えッ!?グラントリn―――」
「座ってろって言っただろうが!!」
「―――ヘブッ!?」
ジェットの個性を用いた目にも止まらぬ蹴りが、指示を無視した緑谷に直撃した。
続いて他のプロヒーローが駆け付けて来た。
なんでも知らせを受けたエンデヴァーよりこちらに向かうように指示を受けたとの事。
それにしてもなんてタイミングの悪さだろう。
掴まっているステインに負傷した
交戦したのは誰の眼にも明らかである。
「もしかして君らが?」
集まったヒーロー達はまさかと半信半疑で口にする。
どう答えるべきかと冷や汗を流す緑谷の前に扇動が出た。
「いんや、
たった一言で察したグラントリノを除く、集まったヒーロー達は納得
あのヒーロー殺しを“学生が倒した”というよりは“プロヒーローが倒した”という方が納得するし、そのプロヒーローはナンバー2ヒーローエンデヴァーの下に居る実力のある有名サイドキックなら説得力はあるだろう。
加えてステインは打撃以外に焦凍の炎により火傷を負っているが、バーニンも炎系の個性持ちである事も要因の一つになる。
だが、動けずとも見ていたネイティブが否定を口走りそうになるも、すかさず扇動が何かを耳打ちした事で肯定した。
何を言ったのか気になるところだが、ネイティブの様子から聞かない方が良いような気もする。
「扇動、どういう…」
「あとで説明するから今は合わせろ。イズクも天哉もな」
問いかける焦凍を小声で制止すると流れでこちらにも口にする。
頷いて了承している間にヒーロー達は怪我している事もあって救急車の手配などを行う。
ゆえにと言えば良いのか上空より接近する者に気付けなかった。
「―――ッ、伏せろ!!」
羽ばたく音を耳にしてグラントリノが叫び、“伏せる”という行動より何事だとその原因へと視線を向ける。
上空より降りて来る蝙蝠のような翼を持つ脳無。
皆が身構える中で迷うことなく脳無は足で緑谷を掴むとそのまま攫って行ってしまう。
いち早く動いたのは
緑谷に
互いに互いを認識したところで足は止めず、目標は緑谷を攫った脳無以外にない。
「牽制する!―――アンク!!」
告げると右手に装着したままの籠手“アンク”を解除してメダルを脳無の進行方向へ放り投げ、扇動の声紋と
突然眼前をメダルを追いかけた推進剤を吹かすアンクが勢いよく通り過ぎた事で
そこを飛行可能な個性持ちのグラントリノが行くかと思えば、腕を縛られていたステインの方が早かった。
ここに来るまでに負傷していた脳無が流した血が頭上を飛行した際に、集まっていたヒーローの一人に付着していたのを目撃していたのだ。
隠し持っていたナイフにて縄を切るとその血を舐め取り、脳無は凝固の個性によって身体が膠着して落下し始め、先を走っていた扇動を
急に掴まれて連れ去られようとされた事も驚いたが、それ以上に
状況に思考が追い付かない緑谷を他所に脳無は墜落を始め、そのままでは緑谷諸共に地面に激突してしまう。
落ちる前にステインに無理やり引っ張られて後追いに成ってしまった扇動へと放り投げ、察した扇動は真正面から受け止めるのではなくて力を受け流すようにしながら受け止めた。
「無事かイズク!?」
「うん、僕は……だけど」
助かった安堵より先に捕縛から逃れたステインへと視線を向ける。
誰もが慌てて戦闘態勢をとる中、大声が響き渡って来た。
「何を集まって足を止めている!?こちらに
脳無を追って来たエンデヴァーの声にステインがゆるりと振り返る。
目元を隠すように覆っていたボロ布が解け堕ち、誰もがその素顔に慄いて個性を使われたかのように膠着する。
隠れていた削ぎ落された鼻が露出し、焦点を失いかけているにも関わらず強い念の籠った瞳がヒーロー達を捉え、全身から噴き出すような威圧感が周囲を呑み込む。
緑谷達学生もだが、その気迫にエンデヴァーもグラントリノも気圧される。
「贋者め……偽者共め!誰かが正さねば……正しき社会の為に………己が手を地に染めてでも真の“
一歩近づく。
ただそれだけなのに向けられた圧に押し潰されそうになり、
あまりの気迫にヒーローでさえ立って受け止めるには覚悟が足りず、何人かが後ずさるか座り込んでしまう。
「来い偽者共!俺を倒して良いのは……俺を
気圧された事を掻き消すように攻撃に移ろうとエンデヴァーが構えたが、彼の誇る炎がこの場にて振るわれる事は無かった。
言い終わると同時に威圧感は霧散し、ステインは白目を剥いたままピクリとも動かなくなってしまったのだ。
「………気絶、したのか……?」
「な、なら今のうちに捕縛するぞ」
気圧されたヒーロー達は恐る恐る、エンデヴァーとグラントリノ、バーニンはまだ向かってくる可能性も考慮して最大限の警戒をしてステインを拘束する。
あまりの威圧に緑谷も飯田も焦凍もその場を動けず、ただただ呆然と様子を見守るばかり。
その中で扇動は複雑な感情に浸っていた。
ステインの行いは間違っていると断言する。
そもそも考え方が根本で異なっているのだ。
語り合っても互いに納得できる終着点は見いだせないだろう。
だがその反面、奴の放った気迫は執念―――いや、強過ぎる信念ゆえのものであった。
自身にあれだけのモノがあるかと問われれば首を横に振るわざるを得ない。
信念の強さにおいても技術の高さにおいても上だった。
扇動は扇動の考えゆえに否定したが、そう言う面では大敗を期した。
倒した事を後悔する事は無いけれど、言葉にし辛いがナニカぽっかりと穴が空いた様な感覚。
喪失感ではなく敗北感?
それとも別の感傷的なものだろうか。
訳の分からない難しさを感じながら扇動は空を見上げる。
「―――…セン……ドォ………ゥ…」
ふと、誰かに呼ばれたような気がして振り返るも、そこには誰も居はしなかった。
ただそこにはステインに脳天をナイフで刺され、絶命したであろう脳無が横たわるのみ。
瞼を閉じずに開きっぱなしの虚ろな瞳はこちらを見つめているようであった…。
暴れ回っていた脳無は倒されるも、起こった火災など被害が燻ぶっている保須市を一望出来る高所に二人の人影があった。
一人は冷静かつ何の感情も見せない黒霧。
もう一人は今にも手にしていた双眼鏡を壊しかねない程にご機嫌斜めの死柄木 弔のヴィラン連合を代表する二人だ。
脳無を送りつけてから一部始終を眺めていた死柄木はガリガリと首を掻き毟る。
様子から苛立っているのは一目瞭然であるが、彼の怒りを即座に鎮火させるだけの言は無い黒霧は自ら語り掛けずに死柄木の反応を見守る。
「ふざけるんじゃあないよ!何だよコレ!何なんだよアレは!?」
ようやく口を開いたかと思えば予想通りの怒りの言葉。
だが、その気持ちの一端は察する事が出来る。
予想外にエンデヴァーなどのプロヒーローが居た事で、投入した脳無が比較的短時間に全滅。
嫌々ながらもこれから手を組む
そして雄英高校襲撃時から特に毛嫌いしている
付け加えればステインによって脳無の一体が屠られた事もある。
なんにしても死柄木は思い通りに事が運ばなかった事に対してキレている。
ただその怒りのままに襲い掛かるような安直な真似をしないだけ助かる。
投入した脳無もステインも警察やヒーロー達に捕縛されていく様子を眺め、やはり死柄木は手にしていた双眼鏡を“崩壊”させ、溜まった苛立ちを放出するように特大のため息を吐き出す。
「……帰ろっか」
ポツリと死柄木が口にした事で黒霧は“ゲート”を開きながら、怒気どころか不貞腐れた様子もない事に驚く。
先程の怒りは何処に行ったというのか。
それと彼の機嫌を良くするような収穫があったのだろうか?
「何か得るものはありましたか死柄木 弔?」
「そりゃあ明日次第だ黒霧」
何処か楽しそうに死柄木は空を見上げる。
そこには保須市の惨状を知って上空より撮影するテレビ局のヘリが飛んでいた。
カメラより中継された映像には暴れ回る脳無は勿論ながら、通りでヒーロー達を威圧する信念を晒したステインや、高見より眺めていた死柄木達も映し出されていた…。