単純に考えが纏まらず今日まで遅れてしまいました…。
こじんまりとした一軒のドーナツ屋。
華やかというよりもシックな雰囲気で、客入りはほどほど。
ゆったりと落ち着ける空間は心地よい。
目新しくはないがショーケースに並ぶベーシックなドーナツは、優しい味わいで懐かしさすら感じてしまう。
ぺろりと一つ食べた万偶数 羽生子は頬を緩ませる。
「美味しいね」
「私も気に入ってるの。けどついつい食べ過ぎちゃって……」
「分かる!私も気を付けなくちゃ」
雄英高校にて行われた勇学園との合同ヒーロー訓練は無事終了し、万偶数と蛙吹は久々に会えた事から帰りに何処かに寄ろうという話になったのだ。
そこで蛙吹が紹介したのは大通りからは離れていたが、駅からも雄英高校からも程よく近いドーナツ屋。
「そう言えば扇動君って言えばよくお話にも出て来るよね?」
「ケロッ!?そうだったかしら?」
焦りとも戸惑いにも見える表情を浮かべながら、人差し指を下唇辺りに当てて思い返している様子についつい微笑んでしまう。
決して彼だけという訳ではなく男女問わずクラスメイトの名前も話と共に上がりはするが、頻度としては一番多かったので印象に強く残っている。
入学試験や放課後の特訓、日常的に頼りにしている感じが伺えていた。
正直今日会って印象はかなり違っていたが……。
「なんて言うか凄く優しそうな人だったね。もっとガサツな感じのイメージだったんだけど」
「それは違うわ。扇動ちゃんは多少口は悪いけれども良い人よ」
「口が悪い?あれで?」
今度は万偶数が戸惑う。
このドーナツ屋には自分一人ではなく、クラスメイトも一緒に訪れている。
理由は今回遊びや私用で訪れたのではなく学校の行事。
団体行動を常にという事で寄り道するにあたって皆付いて来てくれたのだ。
申し訳ないと思いつつも皆は先客で訪れていた扇動と談笑しており、振り向いた視線の先では優しそうな笑みを浮かべて会話を楽しんでいるようであった。
全部聞こえている訳ではないけど様子や雰囲気から口が悪いなどとは想像が出来ない。
「扇動ちゃんは猫を被ってるのよ」
「良い人そうだけど……ほら、気を利かせて写真を撮ってくれたし」
「多分アレは別の考えがあったと思うの」
「別の考えって?」
「そうね。例えば情報収集とか」
オールマイトとのツーショット写真を撮る事が情報収集?
あまりピンとこずに首を傾げてしまうも、不明瞭ながら「扇動ちゃんなら」と親友が確信している事からそうなのだろうと吞み込んだ。
「けど他の皆は話通りでびっくりしちゃった。特にあの爆豪って人は……」
誰も彼もが特徴的で初対面の筈なのに、聞いていた話の人と一致したのはちょっと面白かった。
蛙吹も同様に万偶数よりメールや電話などで聞いており、互いに実際に見ての感想やまだ話せてなかった出来事や最近の話などで盛り上がる。
久々に面と向かって話せるだけではなく、美味しいドーナツや居心地の良い店の雰囲気も談笑に華を咲かせるスパイスとなってくれているのだろう。
二人は文字通り時間を忘れて話し合った。
合同訓練を行う為に雄英高校に赴いていた勇学園生徒一同は、帰路に就く前に寄り道でドーナツ屋に寄っていた。
内容が学校行事である事から団体行動が常であるも、久々に親友と会えたという万偶数の気持ちも分からなくはない。
加えて藤見達も訓練後で小腹が空いていたのもあって同行する形になったのだが、店には先客で扇動 無一が訪れていた事でこちらもこちらで盛り上がってしまった。
そもそも友人同士の交流を邪魔しない方が良いという考えが赤外 可視子にあった為、別のテーブル席で時間を潰そうと思っていたところ、扇動を視界に収めた藤見が本人の許可を得ないまま同じテーブル席に着いたのだ。
誰彼構わず悪態をつくような問題児である藤見であるも、憧れのヒーローでもあるオールマイトとのツーショット写真を撮ってくれたりしたことから彼には“親切な奴”という良い感情を抱いており、同時に雄英生ならニュースなどでは見る事のない教員としてのオールマイトを知っているだろうという興味もあっただろう。
突然の相席にも関わらず嫌な顔を一切せずににこやかに答えていく様に赤外は面食らってしまう。
扇動とは初対面であるも赤外は以前より知ってはいた。
日本のビッグイベントが一つ“雄英体育祭”一年の部で優勝を果たした人物で、当時は結構なニュースとなって特番が組まれたのも記憶に新しい。
生まれが代々ヒーローを輩出している“扇動家”で、祖父が会社経営をしながら現役のプロヒーローである扇動 流拳である事もだけど、一番報道陣が喰らい付いたのは彼が“無個性”だったからである。
ヴィランは個性を用いて悪事を働き、ヒーローは個性を用いてヴィランや災害・事故といった困難に立ち向かっていく。
ほとんどの人は個性の強弱で図る一方、無個性
だというのに彼は倍率300という狭き門を突破した成績優秀で強い個性を持つ同級生を破り、一年とは言えトップに君臨したのだから当時の驚き様は相当なものだった。
付け加えると幼少期から祖父のコネも使って多くのヒーローと繋がりを得ては師事を受け、自ら厳しい鍛錬に励み続けたという努力の賜物から成り立つ技術面に、両親がヒーロー活動中にヴィランによって殺害された悲劇など
ゆえにか赤外としてはストイックというか寡黙な人、もしくは祖父が大金持ちである事から坊ちゃん系、または自分本位などと想像していたのだけど実物は違った。
授業開始前にオールマイトは忙しいから後では撮れるか解らないと
多弾が参加したくとも興奮気味に話している藤見に遠慮しているのを見抜いて、藤見に対して話をぶち切るのではなくしっかり楽しく話させながらも自然な形で振ったりしているので、藤見は気持ちよく語れる上に多弾も参加出来て嬉しそうに喋っているように、彼は自分本位ではなく周りに自然な配慮を振るえる人だった。
逆に返せばこの場を上手くコントロールしているようだ。
万偶数から聞いた所によると放課後には同級生の特訓の師事をしていたりするそうで、色々な場面でかなり頼りになる存在なんだとか。
だから……というのもおかしいが、赤外は興味本位で問いかけてみた。
「今日の訓練ですけど、私達はどうでしたか?」
丁度話の区切りが見えたところでの質問。
確かに気になると身を乗り出しながら回答を待つ藤見に、結果があまり振舞わなかった事に若干落ち込んでいる多弾。
少し悩む素振りを見せた扇動はにこやかに答えた。
「凄かったですよ。各々強力な個性を持っていましたし……」
―――違和感があった。
ここまでの会話で自分が自分がと話す事がなかった彼が、何処か言いたげだった上に濁した様な雰囲気さえ漂わしたのだ。
何かを隠す気が強いというよりも言うべきか困ったような感じ。
自分達が
気付く事無く「俺の個性凄いだろ!」と笑う藤見とホッと安堵した多弾は気付いていないが、どうしても気になった赤外は問いを続けた。
「今後の参考にしたいので言ってくれた方が助かります」
その言葉にキョトンとしたのも束の間、ジッと真っ直ぐ瞳を覗く様な視線を向けられた。
「本当に良いのか?」と言いたげな瞳にコクンと頷くも、感心したように頬を緩められる。
何を想って笑ったのか解らないものの、答える気になってくれたようだ。
先ほどまで纏っていた柔和な雰囲気を引き締め、真面目ながらこちらの値踏みするかのような表情を浮かべた。
「そうか。なら答えるがその間に質問を質問で返すようで悪ィが、逆に訓練中何が
雰囲気も表情も口調も崩れた事からこれが彼の素だったのか。
戸惑う二人を他所に訓練での出来事を思い返す。
「反省すべき点は多くあります。私が相手を気絶したと不用意に近づいたのもありますし、何より藤見を制止出来ていたらまだなにかと手は打てたかと……」
「問題点の一つだな。個性と言えども万能ではない。お嬢――八百万が対赤外線シートで目を掻い潜ったように対処は可能で、索敵不十分のまま近づいた結果、待ち伏せを喰らった訳だ」
個性“赤外線”によって赤外の目には赤外線を用いた索敵が可能で、チームの目の役割を担っていた。
大量にばら撒いた多弾の
不用意に接近してしまった時点では脱落者は一人も居らず、藤見が振り撒いた個性“ゾンビウイルス”によるガスの噴射を止めて居られればまだ戦えたはずだ。
自身の判断ミスに対して俯いていると扇動は首を横に振るった。
「失敗を失敗したなって片付けるんじゃなくて、失敗を糧にしようとしてんだ。地面眺めるより先を見据えようや」
「――ッ、はい!」
「索敵の不十分な点以外には遠距離のメリットを自ら殺した事だろうな」
遠距離と言われて自然と多弾を見る。
見られた本人は藤見と一緒にガラリと様子が変わった扇動に戸惑っているが、話している内容と視線からより戸惑いは強まって焦りもしていた。
「狙撃手の恐ろしさは姿が見えない位置からの一方的な攻撃に、気付いても有効な手段を持っていなければ反撃どころか文字通り手も足も出ない事だ。正直ミサイルという遠距離からの面攻撃なんてまさに一方的な展開が可能だ。しかも高所に探索可能な目が居た事から彼の能力は引き出せていた」
「前に出すべきではなかったと?」
「場合によるがな。ただ個性やコスチュームからも解るが近接戦闘には向いていないのは確かだ」
「近接戦……格闘術ですか」
「別に攻撃重視でなくとも護身術や合気道、捕縛術などはチーム的に欲しいところだな。または遠距離・中距離戦メインに据えるか?
「けど不意の遭遇戦や場所によっては使えないですよね?」
「まぁな。手札があればやれることも増えるから対応も出来る。どうするかはそちら次第だが」
少しばかり悩むも自分達のやれることを狭めてしまうと首を横に振るう。
遠距離攻撃としては強いかも知れないがミサイルもガスも範囲系。
開けた場所なら兎も角、市街地では活躍は難しい。
チームとしても個人としても今から狭めてしまうのは不味い。
「おいおい、随分と感じ変わるじゃねぇか!?」
蚊帳の外となって戸惑っていた藤見がようやく我に返ったかと思うと店中に響く様な大声。
客や店員からどうした?と視線を向けられると気まずく縮こまる。
その様子がなんとも微笑ましくも感じてクスリと笑うとばつが悪そうにしつつ、元凶である扇動をキッと睨む。
「予定では外向きで良いかと思ってたんだが、ヒーローを目指しての助言ならこっちの方が伝えやすくてな」
「変わり過ぎだろ」
「否定はせんよ」
今思い返せば写真を撮ろうと言い出した際、雄英生に若干ながら戸惑いが見えたのはそう言う事なのだろう。
自分達とは逆パターンを急に見せられたら「どうした!?」と驚きもする。
納得していると睨むのではなく、そっぽを向きながらぽつりと問いかけていた。
「……俺にもあんのか?」
「正直お前さんが一番の問題なんだが」
「俺が!?」
「ゾンビ化させる相手を意図出来るならまだしも、敵味方関係なくゾンビにするのなら撒き方を考えねぇと」
「撒き方ってつってもよ……」
「どの程度でガスは効果を発するのか?反対にどの程度ならゾンビ化しないのかを調べろ。そうしたら使い方も変わるし、サポートアイテムを頼ったって良いんだ。ガスグレネードなら撒き散らさずに中距離で撒けるし、スプレーに詰めたら仲間に携帯させる事も可能だ。他にも自身一人なら煙幕としても使えるだろうし、そこらへんはよく考えるべきだ」
「確かに……」
最初に“良い奴”認定していたからかそれほど噛みつく事無く藤見は意見を聞いている。
頭を使うんなら糖分を取るべきだと勧められたシュガードーナツを一つ貰ってパクリと頬張った。
程よい甘さが疲れた身体と頭に沁みるようだ。
それから反省兼検討会と称して扇動と勇学園の生徒は話しを詰めていく。
片や親友と交友を深め、片やヒーローとなる為に意見を行っていると時間は思いの他経ち、気が付けば結構な時間が経って慌てて帰宅する羽目になってしまった。
「ごめんね。皆を巻き込んで……」
帰りの電車の中で万偶数が申し訳なさそうに言うも誰一人文句を言う事はない。
それは藤見もまた同じであった。
「そんな事ないよ。僕達も扇動君といっぱい話してましたし」
「私達も時間そっちのけで話しちゃってて。おかげで色々課題が見えました。一緒に来てよかったわ。藤見もそう思うでしょ?」
「……チッ、そうだな……」
不満そうだが素直に認めている藤見に対して、万偶数が目を見開いて驚く様に思わず吹き出してしまった。
何があったか知らないからこそ普段の彼には見られない変化にそうなるのも解るからこそ多弾も釣られて笑ってしまい、藤見の機嫌はみるみる悪くなってしまった。
色々あったが本当に為になる一日であったと赤外は振り返る。
次会う事があれば、それまでには今日の事を糧にして強くなっていようと赤外は―――否、後に話を共有した万偶数を含めて全員強く思うのであった。