「――というわけだ。今日はもう帰れそうにない」
『というわけだ、じゃないよもう!日が暮れるまでに戻らないから……』
「仕方ないだろ、気になるものは気になるんだ」
通信機越しに現状を伝えるジーナと、それを受け取るフリント。インカムの向こうから聞こえる彼の声には力がなく、半ば呆れているような印象も受ける。そんな彼をよそに、ジーナは拾い集めた枝や木片の山に火をつけ、暖をとっていた。
『ジーナの話からすると、今いるところはマグナス山か。西の方にリューカーデバイスはない?それさえあればシティまでテレポートできるはず』
「出来たら苦労しないっての。ドールズもアルターズもうようよしてる。けが人抱えて山を下りるのは無理があるぞ?」
『それもそうだね。……そのけが人のことだけど、今の様子はどう?』
「まだ気絶してるよ。今は私のテントで横になってる」
焚火の炎が少しずつ大きくなり始めていた。通話を続けながら、ジーナは木材と焼き網を慣れた手つきで組み立て、料理の準備を進めていた。
「やっぱり気になるんだろ?」
『まぁ、興味がないわけじゃないよ。流れ星が落っこちて、落ちた先に見知らぬ女の子がいたっていうんだから、ロマンある話だよね。すごいことだと思うよ。もしかすると……っていう可能性もあるし』
「ふ~ん」
フリントの話を聞き流しつつ、ジーナは焼き網に肉を並べていく。惑星ハルファに住む敵意のない野生動物たちはテイムズと呼ばれ、狩りで得られたテイムズの肉は戦場にいるアークスの食糧になっている。網の上に広げられた肉は赤身と脂身のバランスが良く、濃厚な風味が特徴的だ。
「さて、そろそろ飯にするか。朝になったらまた連絡する」
『うん、くれぐれも気をつけて。その女の子のことも、よろしく頼むね』
通信を切り、ジーナは目の前の焼き網に集中する。肉の焼け具合を一目見て確認すると、今度は果物を取り出して櫛切りにし、網の上に並べる。肉と脂の焼ける匂いと果物の芳醇な香りが、マグナス山の山頂を包み込んでいき、ジーナの口元をだんだんと緩ませていった。
ふと、後ろから土や砂利が擦れ合う音がした。その方へ顔を向けると、先程助けた少女がぼーっとした表情で立ちすくんでいる。ウルフカットの短い髪にラッケージベスト、そしてショートパンツ。ボーイッシュな見た目が、炎に照らされてよりはっきりとジーナの目に映った。
「おっ!起きてこれたんだな!」
ジーナが満面の笑みで少女を出迎える。だが、少女の顔から曇りは消えず、困惑した様子でジーナに尋ねた。
「ここって、どこ……?」
「どこって言われてもなぁ。ここは惑星ハルファのエアリオリージョン、高くて険しいマグナス山の山頂だ」
「ハルファ?エアリオ……?」
少女は尚も戸惑い続け、しきりにジーナの言った地名をつぶやいていた。それを見兼ねたのか、ジーナは焼き上がった肉と果物を鉄串に刺して少女に差し出した。
「ま、とりあえずこれ食って元気出せ。食事を後回しにしてもしょうがないしな」
「あ、ありがとう…!」
少女はジーナの隣に座りこみ、渡された鉄串を受け取る。その真ん中あたりに刺さった肉に恐る恐るかじりつく。たちまち少女の目に輝きが戻り、蒼白だった顔色が元に戻ると同時に、今度はより積極的に食らいついていった。横で見ていたジーナも、大きく口を開けて自分の分をがつがつと食べ始める。その顔はとても満足気であった。
「そういや、お前もアークスなんだな」
不意に、ジーナが少女に問いかけた。
「アークス?」
「だってさ、ほら、その右手のやつってアークスのマークだろ?」
ジーナは着ていたショートジャケットを脱いで少女にマークを見せ、少女は右手の籠手にあるマークとそれを見比べる。
「あ、でもよく見たら違うな…。昔のデザインだったりするのか、これ?」
ジーナが先に2つのマークの違いを見つけた。五芒星を模った形や書かれている文面は同じだが、書体や細かいデザインには微妙な差がある。
「……あたし、アークスだったんだ。そうなんだ……」
「な、何を言ってるんだ?」
独り言のような少女のつぶやきが、ジーナにはすぐに理解できなかった。すると、少女は食べ終えた後の鉄串を取り落とし、突然身体を震えさせた。
「…思い出せないの。あたしがアークスなのかどうか。……それだけじゃない。何もわからないのよ。住んでた場所の景色も、家族や仲間の顔も、みんなの声も、思い出も。何のために生きて、何と戦ってたのかさえ思い出せない。全部…全部消えちゃった……」
少女が声を震わせ、瞳を潤ませる。
「おいっ!落ち着けって…」
ジーナが駆け寄ろうとするや否や、少女は勢いよくジーナの方へ飛びつき、そのまま胸元へ顔をうずめた。せき止めていたであろう感情が、慟哭となって溢れ出る。
「怖い…自分が何者なのかわからないのが怖い…怖いよ……!」
ジーナは何も言わなかった。いや、かける言葉が見つからなかったのであろう。ただただ、記憶を失って不安に怯える少女をひしと抱き寄せ、その頭を優しく撫でる。そう慰めていくうちに、少女の号泣はすすり泣きへと変わり、荒かった呼吸はいつの間にか安らかな寝息になっていた。
(よく食べ、よく泣いて、よく寝る…か。なんか子供みたいだな)
しょうがないなという顔で、ジーナは外の道具を一通り片付け、少女を抱えてテントへと入る。そして丁寧に寝袋へ身体を入れた後、自身もスペアの寝袋に入り、改めて少女の寝顔を見つめる。
(今まで生きてきたこと全部の記憶を失くしたら…きっと私だって怖いだろうな。自分が自分じゃなくなるなんてさ)
思いを馳せるたび、胸がだんだんと締めつけられていく。
(守ってやらないと。これ以上こいつを不安にさせるのは、英雄らしくないもんな)
意識はやがて宵闇へと吸い込まれ、誰もいない山頂で2人は眠りについた。いかなるものもそれを妨げることはなく、透き通った夜空だけが彼女たちを静かに見守っていた。