ゆるやかに時は過ぎ、空は徐々に明るさを取り戻していった。とはいえ、夜半のうちに増えた雲が全天のほとんどを覆っているためか、エアリオの大地を照らす陽の光は少し弱々しい。
日が昇ってからしばらくして、ジーナは目を覚ました。寝起きでまどろみがちな細い目は、寝袋でぐっすりと眠る少女の顔を見ていた。朝の光が少女の寝顔を優しく映し出している。じっと眺めているうちに言いようのない感情が芽生えるのを、ジーナは感じ取っていた。
そっと右手を差し伸ばし、少女の頭をそっと撫でる。起こさないように丁寧に撫でつつ、細い指を櫛のようにしてワインレッドの髪をすくい取る。ジーナのそれとは対照的に、少女の髪は手指をすり抜けるほどに柔らかく、繊細でもあった。芽生えた感情は、その正体もよくわからないまま渦を巻き始める。
「ん……」
「っ!」
閉ざした口元から声が漏れると同時に、少女は少しだけ目を開いた。ジーナはハッとした様子で、思わず右手を引っ込める。
「よく寝たか?もう朝だぞ」
「ん~……」
あくまでも平静を装い、ジーナは少女にそう告げる。少女は寝ぼけた声で身体を起こし、それに合わせてジーナも起き上がって胡坐をかく。不意に、少女がうつむき加減で言葉を紡いだ。
「ごめん、昨日は取り乱しちゃって…」
「気を遣うなっての。当事者じゃないけど、お前の怖さとか寂しさはよくわかる」
微笑みながらジーナは言葉を返し、そのまま少女に問いかけた。
「一晩寝て、何か思い出せたか?」
「……ううん。何も」
少女は首を横に振る。
「ハルファのこととか、エアリオのことに心当たりは?」
「ないと思う……」
「それなら…今までどこにいて、どうやってこの山に来たんだ?」
「……わからない」
少女は決して首を縦に振ろうとしない。その様子に、ジーナはため息とともに天井を仰ぐほかなかった。
(ま、一眠りして全部思い出せれば苦労しないよな……)
少しの沈黙が2人を包み込む。急に、ジーナが目線を少女の方へ戻した。
「あ、でも自分の名前くらいはわかるだろ?」
「あたしの、名前……!」
少女は首を振らなかった。ほんの少しだけ宙を見つめたあと、横に座るジーナの方へ顔を振り向けた。
「"シキ"。あたし、シキって言うの」
「シキ、か。いい名前してるな。…っと、私はジーナだ。よろしく頼むぞ」
「…うんっ」
少女――シキが自身の名を告げ、ジーナもそれに応える。ようやく得られた手掛かりが、2人の緊張をほぐしていくように思えた。
ふと、シキは着ていたベストの籠手にあるマークに目くばせしつつ、ジーナに尋ねた。
「ねぇ、ジーナ」
「ん?何だ?」
「アークスって、何なの?それが、どうしても気にかかってて…」
いきなりガタっと立ち上がったジーナは、得意そうな表情を浮かべていた。そして、少々びっくりした様子のシキをよそに、力強く語り始める。
「よく聞いてくれた!アークスっていうのはな……」
すぐさま、地面の揺れと共に崖の岩が削れる音が耳に入る。ジーナはテントの外に目を凝らすと、床にあるアイテムパックから自分のソードを取り出してにらみつけた。
「……実際に見てもらった方がわかりやすいかもな!」
そう言って一気に駆け出していくジーナに、シキは大声で呼びかけた。
「え、ちょっと!どこ行くのよ!」
「シキはその近くにいろ!アークスの戦い、そこでよく見ておけよ!」
ジーナがソードの刀身を展開する。煌々と赤く光るツヴィアソードが、使い手を雄々しく照らす。そのまま一直線に、中腹から登ってきたであろうドールズ"ペダス・ガン"に向けて突き進む。近づいていくジーナの動きを跳躍でかわし、ペダス・ガンが右腕の銃で射撃の態勢をとる。
「逃げたつもりか?」
放たれる3発の弾をガードして受けきり、ジーナも2段ジャンプで追従する。そして最高点からさらにソードを振り上げ、横に振り回し、乱れ斬りにしていく。
「シキ!こいつらが"ドールズ"、私らの敵だ!」
テントの外で成り行きを見守るシキに向け、ジーナがそう叫ぶ。霧散するペダス・ガンの姿を見届ける間もなく、振り上げたソードを今度は下へ振り下ろして急降下する。刀身の先は、眼下に迫っていたペダス・ソードを狙っていた。
「こいつらからこの星と人々を守る英雄…それがアークスだ!」
空中から振り下ろされたソードは、狙い通りペダス・ソードを直撃する。だが、ペダス・ソードはひるむことなく次の攻撃に入っていた。着地したジーナの方へ、右腕の大剣で薙ぎ払おうとする。
「っとと!」
それでも、ジーナに焦りは全くない。薙ぎ払いを難なくガードし、敵が2撃目に入るその隙に、重い斬撃を喰らわせていく。
「遅い遅い!」
渾身の一振りでペダス・ソードの腹部が破壊され、体勢が揺らぐ。弱点となるコアが露出していれば、もはや一方的な展開にしかならない。淡々とコアを切り刻み、着実にダメージを与え、ペダス・ソードを退ける。ジーナとしては、手慣れたものである。
「ま、こんな感じ……なっ!?」
ドールズ2体を撃破し、戦闘は終わったように見えた。しかし、ジーナがテントの方へ振り返ると、その向こう側に敵影が見える。その数は3体。位置関係からして、それらの狙いはただ1点しかない。
「後ろだ!避けろ!」
「えっ!?」
ジーナは必死でシキに呼びかける。それと同時に、テントをぶち破ったペダス・ソードの大剣がシキの身体を刺そうとしていた。
「あぁっ!」
シキの左腕を大剣がかすめ、バランスを崩して倒れこむ。歯を食いしばって傷口を押さえるシキに対し、2体のペダス・ガンが一斉に銃撃を放つ。
「くっ…うぁ…」
間一髪。6発すべての弾をジーナがソード1本で受けきった。ガードしているといえども、全ダメージをなかったことにはできない。先程の交戦とあわせ、ジーナの体力も相応に削られていた。それでもなお、ジーナはしっかりと3体のドールズを見据える。
「1対3……これは流石に分が悪いな」
諦めたような口ぶりで呟くジーナ。しかし、その独り言は足元にいるシキの耳にも届いていた。
「……違うわ、ジーナ」
「!?」
シキは静かに立ち上がった。傷ついた左腕を押さえたまま。
「2対3よ」
「は!?一体何する気だ!?」
「この星と人々を守るのがアークスなんでしょ!?」
驚くジーナには目もくれず、シキは足元に転がっていたアイテムパックを探り、1組のナックルを取り出して両手にセットした。
「これ、借りるね!」
「待てって!まともに戦えるわけが……!」
まるで聞く耳を持たずにペダス・ガンの方へダッシュするシキ。まっすぐに目標を捉えて走り続ける中、彼女は"ある感覚"が身体を駆け巡っていることに気づき始めた。
(わかる。感じる。身体に満ちるこの感覚……すっごく覚えがある!)
大気中に満ちる万能のエネルギー、"フォトン"。アークスたちはそれを体内に取り込んで様々な能力を行使できる。今まさに、シキは自身にその能力があることを自覚しつつあった。
(武器の使い方なんてわかんないけど、やってみるしか……!)
右の拳に力を込め、ペダス・ガンの腹部を狙ってストレートを放つ。ペダス・ガンも、銃身を振りかぶって一気に叩き落そうと構えを取る。タイミングはほぼ同じ。だが、武器も体躯も小さいシキの方が明らかに速い。
「そらぁっ!!」
右、左、そして右。フォトンでナックルに勢いを乗せ、ひたすら連打する。一点集中で叩き込まれる連撃には耐えきれず、ペダス・ガンはその姿を消した。
シキは間を置かずにペダス・ソードの方へ向き直る。すでに右腕を上げて突きを放とうとしている姿が目に入る。だが、シキの方を狙って突き出された大剣は、ジーナのソードに阻まれた。
「こいつは引き受ける!そっちの銃のやつ、いけるか?」
「わかった。任せて!」
真横に見えるペダス・ガンを視界に入れ、シキは再びダッシュで接近する。飛び上がって放たれた弾は、3発とも正確にシキを捉えていた。
「当たらなければ……!」
その1発1発をスウェーの動きで丁寧に回避しつつ、じりじりと接近を続ける。ペダス・ガンが射撃を終えて着地したその瞬間、シキは次の攻撃を撃ち込んだ。
「ここっ!」
フォトンが形作る千の拳が容赦なく撃ち込まれる、まさに滅多打ち。今の自分ができる全力、全霊を込め、感じるままにぶつけていく。
「これで終わりっ!」
連撃の勢いに乗って放たれる重いアッパーは弱点を的確に捉え、ペダス・ガンを宙へと打ち上げた。その姿が掻き消えたことを確かめると、シキはその場にへたり込んでしまった。
「…はぁっ、はぁ……」
フォトンの力が補助しているとはいえ、無理な動きも多かったのであろう。すっかり息の上がっていたシキは、座り込んだまま顔を上げていた。朝方に曇っていた空は、いつの間にやらすっきりした青空になっていた。疲れ切った様子の彼女の下に、ジーナはゆっくりと歩みより、すぐ隣に座りこんだ。
「まったく、無茶しすぎだろ。戦い方まで忘れてたらって思って、ひやひやしたぞ」
「アークスとしての本分に従ったまでよ」
2人の会話には、張りつめた様子も、とげとげしさもない。すっかりほぐれたその顔は、戦いを終えた安堵感と達成感に包まれているようであった。そんな余韻に浸りながら、シキがおもむろに口を開く。
「不思議よね。昔のことなんて全部忘れちゃってるのに、フォトンの流れは感じ取れるし、それを使って戦うこともできるの」
「確かに、そんな風に見えたな。アークスが戦うためのエネルギーはフォトンだし」
「それなら、あたしがアークスだっていうのはホントのことだと思う。きっと、ここではないどこかで、誰かを守るために戦ってたんだと思う」
しみじみとした表情で、シキはそう語る。すると、ジーナの正面に座り直し、その顔をじっと見つめ始めた。
「な、なんだよ急に……?」
恥ずかしさと気まずさが入り混じり、ジーナがほんの少しだけ顔を赤らめる。
「あたし、ジーナについて行ってもいい?」
「私に?」
「本当の自分のことはまだ思い出せないし、元々いたところには戻れそうにない。……だったら、せめてここで、この星で、アークスとして頑張りたい。みんなを助けるために、アークスの力を使いたい。それに……あたしを助けてくれたのはジーナだから、その恩返しだってしたいの」
詰め寄るシキの様子を見て、ジーナは一瞬呆気に取られていた。しかし、ほどなくして陽気な顔を浮かべながら、シキの頭をくしゃくしゃと撫で始めた。
「ちょ、ちょっと!何するのよ!」
「そんなこと心配してるのが、なんか可愛く見えてさ。独りにさせる方が余計に心配だし、ちゃんと守ってやるから安心しろっての」
「そっか。…ありがとね」
昼時に近づき、陽の光も一層勢力を増してエアリオ全土を強く輝かせている。普段は肌寒ささえ覚えるマグナス山の山頂も、今日の2人にはなぜか暖かく感じられた。