Re:上から目線の魔術師の異世界生活   作:npd writer

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最近は雨が降ってばかりで気分が憂鬱になりがちです笑

今回は、原作小説を引用させていただいたのでかなり長めです。



十九話 天才は全てを見透かす

「ずーっと表で待ってるのも退屈しません? 一服いかがっすか?」

 

時はエミリアたちとストレンジ、フェリスが懇談中の時間まで戻る。

一人屋敷前に待機して彼らの到着を待っていたヴィルヘルム。丁度彼が竜車の窓を拭いていたところへ、そう言ってお盆を手に持ち現れたのはこの屋敷に数日前から雇われ使用人として働いているナツキ・スバル。ヴィルヘルムは、壁を見下ろし驚いたように軽く目を見開いていた。

 

場所は屋敷の外、正門前に止められた竜車のすぐ傍ら。

相変わらず見慣れない地龍の巨体に若干ビビりつつ、茶を差し出すスバルはヴィルヘルムの驚き顔を半笑いで見上げている。

 

「これは失礼しました。少しばかり意外でしたもので」

 

しかしそこはヴィルヘルム。最初の衝撃から立ち直るや否や、すぐに布を置く。

そして悠然スバルの前まで悠然と歩くと、差し出される盆の前で優雅に一礼をしてみせながら、

 

「お言葉に甘えることとしましょう。確かに少々、喉が渇いておりましたので」

 

「あ、どもっす。好みがわからないんで、とりあえず一番高い茶にしときました」

 

盆を差し出すと、ヴィルヘルムはその顔に柔和な微笑みを刻む。年齢に応じた皺が口元に浮かぶのを見ながら、すぐ側に歩み寄った彼をスバルは子細に観察した。

 

上背はスバルよりやや高く、完全に白く染まった頭髪は薄くなることと無縁の豊かさ。その服装は御者というには格式高すぎる黒の正装である。背筋はピンと伸び、衣服の下の肉体も老齢に見合わぬほど研ぎ澄まされているのが伝わってくる。

正面に立ってるだけで否応なしに緊張させてくる御仁。

 

「――単なる老骨ですよ。私などに警戒される必要はございません」

 

ぼんやりとそんなことを考えるスバルに、ふいに穏やかな声がかけられる。

ヴィルヘルムがカップを受け取り、それを口に運ぶまでの間に一言物申したのだ。じろじろと不躾な視線を向けていたことに気付かれ、ばつの悪いスバルにヴィルヘルムは笑い、

 

「いい味です。かなり奮発されたものと思いますが……」

 

「マジに一番高い茶です。たぶん、勝手に飲んだのばれたら桃色の髪のメイドが本気ギレするぐらい」

 

大雑把に見えて、意外と茶葉などに関しては繊細な舌を持つラムに『持ち出し厳禁』とされた最高級の茶葉を勝手に使ったと知れれば、それなりのお説教がスバルに待ち構えている。

しかしずる賢いスバルはしっかりと対策もしており、

 

「厨房から茶葉は持ち出さず、ちゃんと中で作って外に持ち出した……っていう理論で納得してもらえないかなぁ」

 

「ふむ、ドクター殿には遅れを取っていますが、それなりの策士ですな」

 

「残念なことに、相手にこの屁理屈が通じるかは完全に運任せなんです……ってドクター殿?もしかして"医者"って名前の人がいるんすか?」

 

「いえいえ、こちらの話です。どうかお気になさらず」

 

七割方、スバルの負けが確定している事実よりも、彼に興味を抱かせたヴィルヘルムの一言。“ドクター”と呼ばれる策士の存在だ。

スバルにとって初めて自身の世界に繋がる可能性のある存在に、彼の心は些か動揺する。

一方、ヴィルヘルムはカップをさらに一度傾け、感慨深げに吐息を漏らし、

 

「それで、このお茶を撒餌に、老骨になにをお求めですかな?状況から今日の訪問のことであることは察するに足りませんが」

 

片目をつぶったまま、こちらを推し量るような顔つきで問いかけてくるヴィルヘルム。

 

涼しげな顔つきで返されるスバルは肩透かしの気分を味わう。ヴィルヘルムという人生経験の濃さも厚さも桁違いな存在は、若いスバルが太刀打ちできる相手ではない。

事態の詳細が分かったところでスバルは方針を切り替える。

 

「参りました。――俺の名前はナツキ・スバル。今は、ロズワール邸にて使用人見習いをやっています。せめて、あなたの名前を聞かせてもらってもいいですか?」

 

若輩なら若輩である事実を認め、その上で年長者の慈悲に縋るのが関の山。

素直に頭を下げるスバルに、ヴィルヘルムはかすかに頬をゆるめると、

 

「これはご丁寧に。私はヴィルヘルムと申します。今はカルステイン家に仕え、仕事を頂いている身になりますかな」

 

スバルは舌の上で一度その名前を転がす。

 

「名前、教えてもらってありがとうございます。そのついでに、せめて今日の訪問の理由……内容まで教えてもらえませんか?」

 

「その件に関しましては使者が今、中で話している最中だと思いますが」

 

「そうなんですけど、実はさらっと参加禁止の扱いを受けちゃって。このまま話が進むのも面白くないんで、俺なりのアプローチというか」

 

スバルは、ヴィルヘルムが口を割らせるのが簡単な相手でないのは、初見の印象とこれまでの会話から把握している。が、その上で相手の懐にずかずか入り込むのはスバルお得意の技。伊達に他人の気持ちがわからずに孤立した経験が多いわけではない。

しかしヴィルヘルムは言葉とは裏腹に何処か想定したような表情を浮かべる。

 

「思惑を外されて熱くなるわけでもなく、それも織り込み済みで前に出ますか。そして、考えが見透かされても悪びれるどころか開き直る。――ドクター殿と実に相性が悪そうです。あの方もあなたと同様の事をなされますから」

 

辛辣な言葉にまた含まれる“ドクター”の存在。

ヴィルヘルムの言葉の内容通りならば、スバルの態度は彼にとっても好ましくないものであり、“ドクター”からは顰蹙を買うことになるそうだ。

ならば、とスバルは顔を上げ、

 

「触りだけでも結構ですので」

 

「あなたが屋敷でどんな立場にあるのかわからない私には、迂闊なことを口にすることはできませんな。ご理解を」

 

わりと無礼極まりないスバルの姿勢にも、丁寧に応じるヴィルヘルムにスバルは完全に降参する。こうまで頑な人物の気持ちを曲げさせる交渉術など、スバルは持ち合わせていない。

彼が途方に暮れていると、

 

「ただ、エミリア様と親しい間柄にある、というのは先ほどの様子からうかがえましたな。実に微笑ましい限りです」

 

「俺とエミリアたんが仲睦まじい嬉し恥ずかし赤面トーキングしてたの、見えちゃいました?」

 

「たん……?」

 

 呼び方に不思議そうに眉を寄せて、それからヴィルヘルムは現金なスバルの態度に厳しい顔をする。

 

「険しい道を歩きますな。相手は、次期ルグニカの女王になるかもしれないお方ですよ?」

 

「現状はただの超可愛い女の子と、冴えない使用人ってだけです。ヴィルヘルムさんは、奥さんは世界一可愛いかもしれないとか思って結婚しなかったんですか?」

 

「妻は――」

 

スバルの極端な物言いに、ヴィルヘルムは一瞬だけ口ごもる。

が、すぐにスバルを見つめ直すと、その瞳に感嘆というべき感情を閃かせ、

 

「なるほど、あなたの言う通りだ。私も妻が世界一美しいと思っていました」

 

「でしょ? 誰かに渡すくらいなら、ふさわしくないと思っても俺のものにする。どうにかこうにか手の届く位置にいてもらって、あとはこっちが釣り合うようになれるような関係が理想で」

 

直近のスバルは、自分の恋心の行く末を思い描く始末。

いまだに彼女の心にスバルの真剣味が伝わらないのは、そこに辿り着けるだけのものを彼が持ち得ていないからであろうか。

 

「だからエミリアたんの事情に、俺がノータッチってのは避けたいんですよ。だいぶ前を歩かれてんのに、気を抜くと小走りに走り出してる――追いつくために、全力疾走はもちろんだけど、近道でもなんでも利用したい性質なんで」

 

「面白い理屈で動かれるお方だ。ドクター殿といい、貴方といい最近の若い殿方はこの老骨を本当に驚かせてくれます。ですが、私にそれ以上のものを求められても些か困ってしまいますな」

 

申し訳なさそうにこちらに掌を向けて、しかしヴィルヘルムは首を横に振る。

彼はあくまで真摯な態度を崩そうとしないまま、スバルをなだめすかせるように、

 

「あくまで私は単なる御者です。事情に関してそこまで詳しく把握しているわけではありません。あなたのお役には、立てそうにありませんな」

 

「でも、フード被ってるエミリアたんの素姓に気付いてたくらいだし、ただの御者って言い訳はちょいキツイと思いません?」

 

「いえ、彼女がエミリア様である事は最初から分かっていましたよ」

 

ヴィルヘルムのあっけらかんとした物言いに、予想外のスバルは驚きを隠せない。そんな彼の様子を横目にしたまま、ヴィルヘルムは一息吐く。

 

「先程も申しましたが、貴方はエミリア様とかなりの親密のご様子。お二人の仲が親密なのは恐らく二度にわたる危機を共に乗り越えたからでしょうな。一つは王都、盗品蔵での「腸狩り」との決戦。もう一つはアーラム村でのウルガルムとの戦い。どちらの戦いもエミリア様関連の地域・場所で起こっており、その一件に貴方が関連しているとすれば、お二人の仲が親密なのも頷けます」

 

「で、でもエミリアたんが着てたローブってややこしい術式が編まれてるらしくて、なんでも認識を阻害する感じの効果があるらしいですよ? エミリアたんが許可してるか、その効果を突破できるような人でないと、エミリアたんに見えないらしくて」

 

王都で初めて会ったときも、彼女はあのローブを羽織っていた。

それが彼女の出自――おそらくは、ハーフエルフである事実が招きかねないトラブルを避けるためだったのだと、今のスバルはなんとなくわかっている。

 

「実は私、ここ最近ではありますが魔術に関しての享受をドクター殿から受けておりましてな。ある程度の魔術でしたら見破ることができます故、彼女をエミリア様と認識することができました。最も、彼がいなければ私も彼女をエミリア様と認識する事は叶わなかったかもしれませんが」

 

「その、ヴィルヘルムさんの言う、ドクター殿って何者なんですか?」

 

へらへらと軽薄に笑ってはいるが、スバルはヴィルヘルムを逃がすことができなかった。最初のお茶の誘いに乗った時点で、この老紳士はスバル時空に引きずり込まれていた筈なのだが、先程からどうも自分の仕掛ける技は不発ばかりだ。

相手の立場も都合も全部無視した上で、自分の都合だけを押しつける調子いいスバル時空は、一人の元天才ドクターにより完全に翻弄されている。

 

「何者……、彼を表現するのにこれほど困った質問はありません。強いて言えば王選の関係者――いえ、関係者の関係者というべきですかな。私と同じように」

 

「関係者の、関係者……」

 

ヴィルヘルムの言葉の内容を反芻し、スバルは言葉の意味を頭の中で噛み砕くと、

 

「つまりは、立ち位置的には俺みたいなポジションってことですか?」

 

「理由が懸想でないことが、あなたと私やドクター殿の差異です」

 

「そら世界一美人の奥さんがいるなら浮気のひとつも考えないでしょ。と言うか、その“ドクター殿”は何をしているんすか?医者でありながらエミリアたんのローブの術式を破るなんて。只者じゃない気がするんすけど」

 

「さあ、私もドクター殿の過去は詳しくは聞いていないものでして。もっとも、今は医者を辞められて魔術師として活躍されていますが」

 

茶化したつもりが頑として言い返され、スバルも思わずたじろぐ。

スバルは口の端を歪めて笑みを作ると、ぴしゃりと言い切ったヴィルヘルムを睨み、

 

「案外、変なところで粘るっすね、ヴィルヘルムさん」

 

どうにかスバルはさらに踏み込んだ内容を聞き出そうと頭を回転させる。

彼を引っかけて、姑息に人情に訴えかければいけそうな気がするが――。

 

「――どうやら、時間切れのようですな」

 

「へ?」

 

間抜けな声が出てしまうスバル。そんな彼に対して、ヴィルヘルムは無言で唇を引き結ぶと屋敷の方を手で示す。

それに従って振り返ると、遠く、屋敷の玄関の戸が開かれており、

 

「出てきたのはレムと……誰だ?」

 

両開きの扉の向こうから姿を見せたのは、見慣れた青髪のメイド。そして、彼女を伴う見知らぬ人物たちだ。

話の流れとヴィルヘルムの態度からして、おそらくはその人物たちこそが、話題に上っていた使者ということになるのだろうが。

 

「なんつーか――まさに、ファンタジーって感じか?」

 

思わず口からそんな感想が出てしまったのは、その人物の見た目があまりにも『使者』という単語に似つかわしくない雰囲気を持っていたからか。

その人物は自分を凝視するスバルの視線に気付くと、悪戯っぽい笑みを浮かべてずんずんとこちらへ――竜車の方へとやってきて、

 

「こらこら。美人がいるからって、そんなにじろじろと見たら失礼だゾ」

 

「確かに美人ではあるな。が、可愛さを利用して使用人を誑かすことなど、かなりの悪魔だぞ」

 

スバルの正面に立つや否や、白い指先をこちらに突きつけて、片目をつむるアクション付きでそう言い放つ少女。そしてそれに突っ込むように後ろにいたもう一人の男性が声を上げる。

 

おそらくは使者であるだろう少女――亜麻色の髪をセミロングで切り揃えた、愛らしい顔立ちをしているのはフェリス。

身長はスバルとほぼ同じくらい。しかし線の細さは当然ながら比べるべくもなく華奢で、仕草ひとつひとつに女性らしさ――というより、女の子っぽさとでもいうべき煌びやかさがある。

亜麻色の髪は白いリボンで飾られ、大きな瞳を好奇心に輝かせる姿はまるで猫のような愛嬌があり、そして実際にその頭部には、

 

「ついに接触、モブじゃないネコミミ」

 

「にゃにゃ?」

 

スバルの呟きに応じるように震えたのは、フェリスの頭部で存在を主張する、頭髪と同じ色をした獣の耳。これまで王都で見かけた以外の亜人と接触する機会はなかったスバルにとって、こうして実物を目にすると圧巻だった。

 

「俺のモフリストとしての魂が、目の前の存在を求めてやまない……クソ、鎮まれ、俺の右腕……ッ!」

 

「……本当に震えが鎮まらない苦痛を知らないだけ、お前は幸せ者だな」

 

誰にも聞こえない声で吐いたストレンジには気付かず、傍目にもふわっふわの毛で覆われた猫耳の感触を想像したスバルにとって、フェリスの存在は前に立つだけで猛毒という有り様だ。

決死の表情で震える右腕を押さえ、なんとか後ずさって彼女から距離を取る。

そんな怪しい挙動のスバルをフェリスはきょとんとした顔で見送り、

 

「あれれ、嫌われちゃったかも? フェリちゃん、失敗~」

 

てへり、と頭を拳骨で叩き、舌を出して見せる。

その仕草に先ほどとは違った戦慄を覚えて、スバルは驚愕に喉を凍らせる。

 

スバルの元の世界でも滅多に見かけないほど古典的な、伝説の「ぶりっ子」パターンに悶えるスバル。あざとすぎてそんなことを実際にやる人間がいたら、いつか張り倒してやろうと心に決めていたのであったがーー

 

「いざ実物を前にすると、破壊力が高すぎてなにもできねぇ……ッ!」

 

そのあまりのあざとさに手を出す気力すら奪われ、やる相手がやればはまりすぎて可愛いから手が出ない、という二つの意味が重なり合い、結果としてスバルは見送るという選択をするしかできなかった。

 

そしてスバルが気にかけていたもう一人の男性の存在。

西洋人らしい整った顔立ちに、高身長に加えて引き締まったスレンダーな体型。この世界には珍しい白髪混じりの黒髪に、アイスグレーの瞳はまるで全てを見通していると言わんばかりに深く、口元の髭は丁寧に整えられている。

どこか東洋風の道着の上には赤いマントが羽織られており、首からは独特のデザインをしたネックレスが下げられている。

 

二人の特徴的な人物を目の当たりにし、びっくり仰天するスバルを余所に、フェリスは無言でお辞儀し、出迎えるヴィルヘルムに向き直ると、

 

「ただいま、ヴィル爺。外で待たせてごめんネ。退屈だったでしょ?」

 

「いえいえ。こちらの方が老骨の話相手になってくださいましたので、思いのほか楽しい時間を過ごさせていただきました」

 

「ふみゅ?」

 

先ほどまでのやり取りをそう飾るヴィルヘルムの言葉に、フェリスは自分の頬に指を立てながら鋭敏に反応。猫の瞳の瞳孔が細まり、口が心なしかデフォルメされた特徴的な感じになっているように見える。

 

「なるほど、エミリアが言っていたスバルという少年とはお前のことか。その特徴的な容姿と合わせて、印象に残る強烈なインパクトを放っている」

 

フェリスより先に口を開いたストレンジは、スバルの身体を見据える。その視線にスバルは思わず手で体を覆い、視線から逃れるように身をよじって、

 

「いや、あの、そこの女の子ならまだしも、ダンディーなおっさんにそんなじろじろ見られても嬉しくないから。てか、さりげなく俺の容姿をディスってくれたよね!?」

 

「随分と己の肉体に劣等感を感じているんだな。その実に面倒くさい性格と合わせてエミリアとは、ある意味似合うのかもしれないが」

 

「なにエミリアたんのことを気安くエミリアとか呼んじゃってるわけ!?顔面偏差値が高いプラスそんな高身長だったらエミリアたんの心が靡いちゃうでしょうが!」

 

「そう言わないノ。キミだって無駄なお肉の少ない、いい体してるじゃにゃい。誰かの所有物でなければ味見しちゃいたいくらいかにゃ〜」

 

ストレンジのエミリア呼びに反応するスバルに対し、フェリスも手をわきわきさせながら乗ってくる。

しかしスバルの反応は何処か芳しくない。

 

「なんか不思議とやる気がわかねぇ。なんだこの気分……こう、生理的な?」

 

嫌悪感などとは違うが、スバルの本能が先ほどから声高に主張している。

目の前に立っているフェリスが、ナツキ・スバルという人間にとって明快なまでの天敵であるのだと。

蛇に対してのナメクジ。ナメクジに対しての蛙。蛙に対しての蛇。スバルとフェリスの相性は、常にスバルが弱い側でフェリスが強い側――それを本能的に悟ってしまった。

 

故にスバルの方からは普段のような、礼節を弁えない行動が出てこない。が、完全に調子を見失うスバルに反して、フェリスの方はアクセル全開のまま踏み込んでくる。

具体的にはその手を伸ばし、スバルの首にそっと腕を絡めて抱き寄せてきたのだ。

 

「う、え、え!?」

 

「動かないノ。今、ちょっと調べてるから」

 

身長がほとんど同じなだけに、抱き着くフェリスの顔はスバルのすぐ真横。

声はスバルの耳元すぐ傍で囁かれ、くすぐられるような感覚を全身に叩き込んでくる。

抱擁の感触に顔を赤くするスバル。が、その表情が助けを求めるように周囲をめぐり、屋敷の入口に佇んでいるレムを見つけて一気に青ざめる。

 

無表情だったレムの顔から、さらに温度が消えているのが遠目にも分かる。

そのまま口をパクパクとさせるスバルに対し、レムはふいに持ち上げた両手を小刻みに動かしてのジェスチャー。

別に符号に関しての取り決めがあったわけではないのに、スバルにははっきりと彼女の意思表明がなにを示しているのか伝わった。

それがレムなりの怒りを示した行動であったことに。

 

「やめてぇ――ッ!!」

 

とっさの判断に体が動き、スバルはどうにか抱き着くフェリスを引き離す。といっても突き飛ばすような乱暴でなく、肩を掴んで遠ざけただけだ。むしろそのあとに尻餅をついたのは、よろよろと後ろに下がったスバルの方である。

スバルはこの十数秒の間に起こった様々な感慨を一気に処理しようとしてできず、女座りでさめざめと袖を眦に当て、

 

「俺の意思とは無関係に、どうしてこう……俺はエミリアたん一筋なのに」

 

泣き真似しながら現実を悲観するスバル。と、そこへ新たな追撃が入る。

 

「女子にこう扱われるのが夢だったんじゃないか?今こそ、胸に顔を埋めて歓喜の涙を流しながら、もっと抱きしめるべきだろう」

 

「ち、ちょっとそこのおっさん!見てるだけなら助けてくれよ!俺、あそこの青髪のメイドちゃんに勘違いされちゃうから!」

 

「さっきは猫耳に気持ち悪く息を乱していたじゃないか。こんな機会は二度もないぞ、しっかりと享受しろ」

 

男のどこか傲慢なその物言いは、スバルと近いものを感じる。しかし、立場や力関係が全くの天と地の差であることをスバルの本能は感じ取っていた。

圧倒的な力とそれに対応する強靭な精神力――それを目の当たりにして、思わず取り縋ってしまいたい衝動に駆られていたが、スバルはそんな己の弱さを一喝して引っ込める。

暫くスバルに張り付いていたフェリスは、彼から離れると思案げに唇を曲げ、

 

「――お話に聞いてた通り、体の中の水の流れが澱んじゃってるネ。ドクターはどう?」

 

フェリスが何気なく発した一言に思わず、ピクンと身体が動くスバル。

ヴィルヘルムが先程から口にしていた“医者”の正体が目の前の髭面の男なのだろうか。それに傲慢な性格や初対面ながらエミリアの事を呼び捨てに呼ぶあたり、スバルは気が気でない。

 

「ーーこれは、相当酷い状態だな。複雑な糸が絡みに絡まってどうしようもなくなった中学生の裁縫作品を見ているようだ。どうしてここまでほったらかしにしたのか、是非とも当事者に聞いてみたいな」

 

「あの、当事者俺なんだけど」

 

「ああ、そうだな、お前だったな。こんなにも酷い状況になるまでどうして酷使した?」

 

「エミリアたんやみんなが危ない状況なのに、自分だけ隠れていられるかっての。みんなを救うには俺がやらなきゃいけないんだ。それに何はともあれ、みんなが助かったならオッケーよ。終わり良ければ全て良し、ってね」

 

「ーー少年、お前はバカだ。いや、とびっきりのバカとでも言ったほうが正しいか。まさか、その時の負傷は名誉の傷とでも言うつもりか?」

 

普段よりどこか傲慢な物言いが目立つストレンジだったが、こと今回は声色の変化も見られるほど酷く彼が腹を立てていたことはフェリスやヴィルヘルムもすぐに察することができた。

 

「何だよ、おっさん。俺のやり方にケチつける気?言っておくけどおっさんが何を言っても俺の覚悟は変わらない。俺はエミリアたんの為ならば、命だって賭けられる覚悟だってある」

 

「実に浅はかな言葉だ。己の命をそう易々と賭けられるということは命の重さを理解していない。それを何というか知っているか?自己満足だ。自分が満足できれば、どんな手段でも構わない。そんな手法など誰が喜ぶというんだ」

 

「医者らしい随分と上から目線な指摘をありがとうよ、おっさん。だけどその()()()()な手法で俺は、エミリアたんやレムやラム、ロズワールを救った。それは揺らぐことのない真実さ」

 

「非力な存在ほど自分の立ち位置を理解していないものだ。幸運にも物事が上手くいったのをさも、自らの手柄のように誇張する。その手法を取り続けると、いずれ救いたいものでさえ救えなくなるぞ」

 

「言いたいことはそれだけ?おっさん」

 

ストレンジとスバルの間に激しい火花が散る。元来、二人とも傲慢であり自分が正しいと信じた事には、是が非でも曲げない性格だ。その二人は正に水と油の関係は、両者に険悪な関係を生んだ。

 

「ハイハイ、そこまで。とにかく私もどうにかしてあげたいけど、時間がにゃいから今は無理かなー」

 

思わせぶりな発言を残し、フェリスは問題を自己完結。

今のがどういう意味か、とスバルが問い質すより先に手を天に伸ばして振り返り、

 

「それじゃ、早く愛しのクルシュ様のところへ戻りましょ、ヴィル爺、ドクター。あんまり長く空けてると、心配されるだろうから」

 

「無論だ」

 

「ーーお言葉通りに」

 

てきぱきと方針を伝えるフェリスに、ストレンジとヴィルヘルムは言葉少なに従う。

彼は最後にスバルに一礼すると、空になったカップを地に落ちていたお盆の上に戻して、

 

「ご馳走様でした。では、スバル殿、ご健勝で」

 

ひらりと御者台に身軽に飛び乗り、地龍を操る綱を手にするヴィルヘルム。

その所作を言葉もなく見送るスバルに、今度はストレンジが彼を見据えると共に、フェリスが拝むように手を合わせ、

 

「それじゃ、ご挨拶もまだだけど、私たちも忙しいからごめんネ」

 

「痛い目に遭わぬうちにもう一度己の心に聞いてみるといい。何が一番の策かを」

 

フェリスとストレンジは、竜車の方へと体を向ける。

 

「ご忠告どうも、おっさん。そのアドバイス、よくよーく聞いておきますとも」

 

「じゃ詳細はエミリア様に聞いてネ。それじゃ、縁があったらまた王都で会いましょ。ばいばーい」

 

質問をばっさりと断ち切って、フェリスは微笑みを残して竜車の中へ。

黙って竜車を睨みつけるスバルに、ヴィルヘルムが「では」と残し、竜車が地龍の嘶きと共に出発する。

 

車体が軋み、車輪が回り始める。

地龍が前に踏み出すために数度、大地を力強く踏みしめ――加速は直後に行われた。

 

車輪が前に進み、車体が動き始めるとその後は早い。

竜車は見る見る内にスピードを上げて道を乗り越え、砂煙を巻き起こしながら一気に遠ざかってしまう。

 

けっきょく、その場に残されたのは完全にやり込められ見知らぬ人物の腹を立てるスバルと、ほとんど飲まれ損となっただけの高級茶の香りの名残だけであった。

 

 

 

 

 

一方、ロズワール邸より遠ざかる竜車にて。

 

「――使者としてのお役目は果たせましたかな?」

 

「それはもちろん。フェリちゃんがクルシュ様にお願いされたこと、失敗するなんてありえないじゃにゃい。ヴィル爺ったら心配性なんだからー」

 

「フェリスへは余計な質問でしたな。ドクター殿は如何ですか?」

 

「エミリアの周りには、面白い人物がわんさかいる事は一目で分かった。道化魔導士、双子の鬼メイド姉妹、引きこもりの管理人に、性格に難ありのクソ少年使用人。この世の混沌を全て注ぎ込んだような場所だ」

 

竜車を操る御者台にて、その会話は交わされている。

御者台に座り、地龍を難なく操っているヴィルヘルム。その彼のすぐ背後、地龍の引く個室の窓からフェリスが顔を外に出している形だ。因みにストレンジはフェリスと向かい合うように座っている。

 竜車はけっこうな速度で走行しているはずだが、風の加護に覆われた竜車には強風の影響はなく、会話するにも音を遮られる心配もない。

ある種、密談を交わすのにこれほど適した条件もないのかもしれない。

 

ストレンジの返答にヴィルヘルムは苦笑し、「それは何よりですな」と応じる。と、その返答にフェリスが「それより」と返し、

 

「私としては、ヴィル爺が待ってる間に人とお話してた方が意外だったかにゃー。だってヴィル爺って、人と話すのなんて大嫌いでしょ?」

 

「それはとんでもない誤解です」

 

 即座に否定の言葉にフェリスは「ああ、違う違う」と手を振り、

 

「そうだよね、ゴメンゴメン。――話すより、斬る方が好きなだけだもんネ」

 

「それもひどい誤解ですな」

 

揶揄するようなフェリスの言葉に、しかしヴィルヘルムはそれ以上の言葉を使わない。

その挑発めいた発言への反応が少ないことにフェリスは不満げに口を尖らせ、

 

「つーまんないの。フェリちゃんとのお話は、さっきの男の子とのお話より面白くにゃいんだ? そんなに気に入ったの、あの子」

 

親にかまってもらえない子どものような拗ねた声音。

フェリスは反応に乏しいヴィルヘルムのリアクションを引き出そうとするかのように、窓からさらに身を乗り出して彼に体を近づけ、

 

「特別なことは私はなにも感じなかったけど、ヴィル爺にはなにか響いたの? あんなだけど実はすごい強いとか、その才能の片鱗が見えた!とか」

 

「いいえ。彼の評価に関してはさほどの違いはありませんよ。ドクター殿と違い、彼は素人――毛も生えていない素人です。そして目を惹くような才覚もありはしない。凡庸な存在であることには間違いないでしょうな」

 

「それじゃどうして? 塵芥なんて、ヴィル爺が一番嫌う性質じゃにゃい」

 

「塵芥とはまたキツい言葉だなフェリス。が、あの少年には何処か普通の人間とは違うものがあったのは確かだ。私もヴィルヘルムの指摘は間違ってはいないと思っている」

 

いちいちヴィルヘルムを人格破綻者にでも仕立てあげようとしてくるフェリス。そして何処か説くように言うストレンジ。その言葉にヴィルヘルムは苦笑すら浮かべず、静かに持ち上げた手で己の目を指し、

 

「目が」

 

「――目?」

 

問い返す少女の声に顎を引き、ヴィルヘルムはただ思い返すように視線を上げ、

 

「あの少年の目が、少しばかり気になったのですから。彼は確かにドクター殿と比べると才能もない、才覚もない凡庸な存在です。ですが、一点だけドクター殿と同じ部分があったのです」

 

「それが目だと?」

 

「ええ。ドクター殿の目もそうなのですが、あれは、何度か死域に踏み込んだものの目です。寸前で立ち帰り、戻ったものはいくらかいます。ですが……」

 

 言葉を切り、ヴィルヘルムは静かに瞑目すると、

 

「一度ならず数度、死域から舞い戻る存在を私はドクター殿以外知りませんし、ドクター殿がカルステン家に来るまでは誰一人とていませんでした。故に、興味を惹かれたというところでしょうな」

 

「ふーん、よくわかんにゃい」

 

が、感嘆まじりのヴィルヘルムの言葉を、フェリスは無理解の言葉であっさり両断。

一方のストレンジはヴィルヘルムの言葉に納得がいく。ストレンジ自身も気付いていたのだ、あの少年が、己と同じように何度も死ぬような危険な経験をしていることが。ほんの少しの対面で分かったことどが、彼の精神力は自らと匹敵するぐらい強靭で尚且つ危うかった。まるで今にも切れそうな細い綱を、気合と根性で渡るような、そんな危うい印象をストレンジは覚えていた。

そしてフェリスの言葉に今度こそ苦笑するヴィルヘルムに、フェリスは「でも」と言葉を継ぎ、

 

「今のヴィル爺の言葉がどうであれ、きっと平坦な道は歩けないよね、あの子」

 

フェリスもまた、何事かを思い出すように目を細めて、それから御者台に座る広い背中と目の前に座る細い体をジッと見つめると、

 

「『剣鬼』ヴィルヘルム・ヴァン・アストレアに気に入られ、『至高の魔術師』ドクター・スティーブン・ストレンジと同じ目をしているなんて、魔女に魅入られるのと変わらない不幸なんだから」

 




帰り道の竜車にて

「んで、ドクターはどうしてあの男の子にあんなキツいこと言ったの?」

「あの少年、実に命を軽んじている。命を捨てるのに対して大した抵抗さえも持っていなかった。あれは危険だ」

「ドクター殿がそこまで懸念するとは……やはりあの少年は……」

「そうなんだ。ドクターがあんなに怒っていたの、フェリちゃんは初めて見たかも……」




さて、スバルとストレンジという二大主人公の初対面は如何だったでしょうか?

元々、スバルとストレンジの初対面の会話は短く、友好的に済ませようと思いましたが、インフィニティ・ウォーでトニーとストレンジが初対面ながら激しく衝突していたのを見て、思い切って険悪なムードに持っていってみました笑

果たしてスバルとストレンジは無事、仲を修復することができるのでしょうか?
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