Re:上から目線の魔術師の異世界生活   作:npd writer

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やることが多くて、亀更新になってしまいました。
エヴァンゲリオンとか、進撃の巨人とか、小林さんちのメイドラゴンにハマってしまって中々書けないとか言えない……汗

今回は、今までで最長のお話です笑
ではどうぞ!



二十四話 嫌悪の間柄

ラインハルトの宣言に招かれ、侍女を従えたフェルトが王座の間を静かに歩く。赤い絨毯を踏みしめ、薄い黄色のドレスの裾を地に擦らないよう意識しながら、小さな背中を真っ直ぐ伸ばして進む姿は貴族令嬢そのものである。

 

まだまだ未成熟ながら、外見を整えられた彼女の姿はストレンジをもってしても美しいと感じた。成熟すれば、それこそ絶世の美女として化ける可能性は十分にある。

その彼女はゆったりとした動きでラインハルトのすぐ側へ。手の届く位置にフェルトがきたのを見届け、ラインハルトはその整った面に微笑を刻んで頷き、

 

「フェルト様、ご足労いただきありがとうございます」

 

「――ラインハルト」

 

恭しく一礼するラインハルト。その彼に、身長差があるために下から見上げる形になるフェルトが顎を持ち上げて呼びかける。

涼やかな声音に呼ばれ、ラインハルトが通る声で応じる。フェルトはそんな彼の態度にそっと微笑んでーー、

 

「――てめー、またアタシの服を隠しちまいやがったな!?」

 

ドレスの裾を持ち上げながら、すらりと長い足が弧を描く。だが、ラインハルトの頭部目掛けて蹴られた蹴り足は、軽く持ち上げられた彼の掌の中にすっぽりと収まってしまった。

片足立ちになるフェルトに、その足を掴んだままのラインハルトが一息つき、

 

「驚きましたよ。突然、なにをなさるんですか」

 

「しれっと言ってんじゃねーよ! アタシの服! 隠したのアンタだろ? おかげでこんなうっとうしいひらひらした服着せられたじゃねーか!」

 

片足でバランスを取りながら、フェルトは彼女のためにあつらえられただろうドレスの裾を揺らしながら不満そうに頬を膨らませる。

乱雑に扱われ、皺ひとつなかった生地に早くも無粋な折り目が生まれ始めた。中々、型破りな少女がやってきたとストレンジが評する中、ラインハルトはゆるやかな動きでフェルトの足を地に下ろし、

 

「よく似合っておいでですから、恥ずかしがる必要はありませんよ」

 

「恥ずかしがってんじゃねーよ、嫌いだっつってんだ! 服だけの話じゃねー!騎士様が拉致監禁とかそれこそ恥ずかしいと思わねーのかよ!」

 

「それが王国繁栄のためならば」

 

清々しいほどの迷いないラインハルトの言い切りに、頭痛でも感じたようにフェルトは額に手をやる。それから彼女は遅れて広間中の視線を一身に集めていることに気付いたように、

 

「なんだよ、じろじろ見てんじゃねーよ。見世物だと思うんならお捻りのひとつでも投げやがれ。金持ち揃いみてーだし」

 

一目で上流階級とわかる人々に敵意を浮かべ、それこそこの場でもかなり上等に位置するだろうドレスに袖を通しながら、いかにも柄の悪い態度でフェルトがぼやく。

それを見ていたストレンジとファリックスは、芯がしっかりとしている面白い人物が来た、と内心面白がる。

 

一方、品定めするように広間を見回していたフェルトの視線がスバルと絡んだ。

彼女はふいに眉を寄せ、それから記憶を探るように瞑目し、ほんの数秒でその記憶を探り当てたように顔を明るくすると、

 

「お! なんでこんなとこにいんだよ、兄ちゃん!」

 

軽い突き放しでラインハルトの胸を押すと、彼女はそのままの勢いで、のしのしとスバルの方へ向かってくる。高級そうなドレスが悲しくなるほど乱暴に扱われ、丁寧にそのコーディネートをしただろう侍女たちが顔を押さえて目を背けている様は、とても王選参加者の振る舞いには見えない。

そんな感傷を置き去りにして、満面の笑みで向かってくるフェルトにスバルはどこか相対的だ。

 

「よぉ、久しぶりだな。元気してらんだばっ!」

 

軽く手を掲げて爽やかに挨拶を放った瞬間、前蹴りが土手っ腹を直撃。衝撃に体がくの字に折れ、スバルはその場に膝をついて咳き込む。

いきなりの凶行に意味がわからないで呻くスバルの醜態を、片足を上げたままのフェルトが見下ろしながら、

 

「その感じだと腹の傷とか平気みてーだな。そのわりに、他のとこの傷とかメチャクチャ増えてる感じするけど」

 

「それわかってんなら少し労れや、お前……なんで確認に渾身の一発だよ……」

 

「まぁ、兄ちゃんの方も兄ちゃんの方で大変だったってことか。けど、大変だったっつーならアタシも負けてねーぜ?」

 

「……だろうな。まさかこんな場面でお前と出くわす羽目になるとは思わなかった。徽章騒ぎがめぐりめぐってこうしてぼんじょびっ」

 

「徽章騒ぎとか大っぴらに言えねーに決まってんだろ、状況見えねえのか?」

 

「……口塞ぐとか、もっと可愛いやり方あったんじゃね? 相変わらず足速ぇよ」

 

しゃがむスバルの口を塞ぐためか、真下から顎が蹴り上げられた。公衆に初登場してから僅か数十秒でのトンデモ行いのおかげで、とんだ社交界デビューとなってしまったフェルト。

 

「フェルト様。旧交を温められるのもよろしいですが、こちらへお願いします」

 

と、傍目には和気藹々に見えたのかもしれないやり取りをする二人に割り込んだのは、その場の空気に依然呑まれず、淡々と議事を進行するマーコスだ。その巌の表情にフェルトはまだ反論したがった様子だが、彼のすぐ側に立つラインハルトが申し訳なさそうに腰を折ると、不承不承といった顔で再び前へ。

 

「で、アタシになにをさせてーんだって?」

 

「まずは淑女としての振舞いを、と言いたいところですが、その前にこちらを手にとっていただいて」

 

ラインハルトの言動に嫌そうな顔をするフェルト。その彼女の掌に、ラインハルトは懐から取り出した竜の徽章を手渡す。

一瞬、その徽章の形にフェルトの眉がしかめられたが、すぐに宝玉が掌の中で光り輝き始めるのを見ると、その強張った表情も軟化する。

 

「盗ったときから思ってたけど、珍妙な石だよな。なんだって光るんだか」

 

「盗った?」

 

「それはフェルト様が資格あるものと竜に認められたからです」

 

うっかりとんでもない事を発するフェルト。その彼女の迂闊さにマーコスは気付いた様子だったが、それは即座に遮ったラインハルトのフォローによってどうにか回避。

マーコスは己の発言が流されたことを一瞬怪訝に思ったようだったが、彼は目の前の事実の方を優先させることにした。

 

振り返り、黙ってその資格照明の場面を見ていた賢人会の面々を仰ぎ見て、

 

「この通り、竜殊は確かにフェルト様を巫女として認めました。彼女の参加を承認した上で、此度の王選の本当の意味での開始が成るかと思われます」

 

鉄製のプレートに掌を当て、恭しく頭を下げるマーコス。団長のそれにラインハルトが、そして近衛騎士団の全員がそれに従う。

任務完了の報告を行う騎士団の面々、彼らの尽力あってこの場に五人の竜の巫女――つまり、未来のルグニカの女王候補が集ったこととなる。ここでようやくスバルは、晴れの日に王城に忍び込むという事の重大さに気づき、身を静かに震えさせた。その様子にストレンジは溜息を漏らす。

 

ふいに王座の間に広がり始めているどよめきが発生する。発生源は、敬礼を行う騎士たちとは中央を挟んで対面――そちらに居並ぶ、ロズワールなどを含んだ文官筋の集団から発されていた。どよめきの詳細は聞こえてこないが、それは困惑や戸惑い、そして明らかな不満が含まれている。

 

「よろしいですかな?」

 

と、ついにはその文官集団の中からひとりの中年が進み出る。

茶色の総髪を流した、四十代ぐらいだと思われる男性である。彼は立派な顎ヒゲを神経質そうに撫でつけながら、

 

「今回の王選出の儀に当たり、近衛騎士団の尽力には言葉もない。諸君らの力なくして、これほど短期間で竜歴石の預言に沿った状況を作ることはできまい」

 

「もったいないお言葉です」

 

もったいぶった言い回しで騎士団を賞賛する男性に、重々しい口調のままマーコスが謙遜してみせる。それに対して男性はやり難そうに目をそらしながら、「しかし」と前置きした上で、

 

「こんなことは言いたくないが、竜歴石の示した状況に沿っているとはいえ、少々人選に問題があるのでは?」

 

「と、言いますと?」

 

「竜の巫女としての資格、そちらに目を奪われ過ぎて、肝心の王国の冠を頂く資格について蔑にしてはおらぬかと言っているのだ」

 

聞き返す言葉にぴしゃりと、中年は察しの悪い相手を怒鳴りつけるように言い放つ。さすがに己の語調の強さを恥じるようにすぐ口をつぐんだが、文官集団からはその彼の発言に対して「そうだそうだ」というような同意の声がいくつか漏れた。

賛同者がいる事実にいくらかの心強さを得たのか、顔にはいくらか自信が満ちる。

と、ここで男の発言に割り込むようにとある人物が割り込むように発言する。

 

「リッケルト殿、事は人選の問題ではない。竜歴石の予言には、五人の巫女を探し出せと刻まれていたようだが、特に人格には言及されていなかった。徽章が彼女を選んだ以上、我々には従うほか道はないのでは?」

 

「ファリックス子爵、余計な口を挟まないでいただきたいものだ。第一、竜との盟約はなにより重要だ。親竜王国としてルグニカが存在してきた以上、彼らとの友好なくして国は成り立たない。だが、竜を重要視するあまり、民を軽視するようでは本末転倒ではないか」

 

「つまり、こういうことですか。我々近衛騎士団は竜の巫女を探すことに心血を注ぐあまり、忠誠を誓うべき王に相応しい人物を見誤っていると」

 

「多少の言い方の齟齬はあるが、そういうことになるな」

 

マーコスの端的なまとめ方に肝を冷やされたのか、中年は言葉を選ぶようにと遠回しに忠告する。が、そのフォローも少しばかり遅い。

必死に動いて結果を出したにも関わらず、その成果に対して決して寛大ではない評価を下された騎士団の方の心情は穏やかではないのだ。

 

 

「なんか、不穏な空気になってきてねえか……?」

 

「騎士団からすりゃ、難癖つけられてるわけだかんな。オレはそのあたりどうとも思わねぇが、そちらさん方はどうよ?」

 

スバルの呟きを聞きつけ、アルがくぐもった笑いを上げて別の二人に話を振る。振られた形になったユリウスとフェリスは視線だけをこちらに向け、

 

「フェリちゃんは別ににゃーんとも? だって、フェリちゃんの忠誠はもうたったひとりに捧げちゃってるわけだし」

 

「フェリスと同意見、とまでは言わないけれど、私も同じ気持ちだよ。すでに剣は捧げている」

 

「は、立派なこった。まぁ、それはオレも姫さんに対して一緒だがね。そういえば、そこの魔術師さんはどう思ってるわけ?」

 

対抗するかのようにアルが言うと、二人が微笑を口元に刻む。そしてアルの視線はストレンジの方へも向く。

 

「私は騎士でないからな。彼らと同様の忠誠を要求されては困るものだが、私もクルシュには恩がある。その恩に報いるために、私は力を惜しまないと決めているものさ。これで満足か?」

 

「おうおう、すんごい決意表明なこった。やっぱ姫さんが目をつけた人間は、頭のネジがどこか飛んでやがる」

 

騎士ではないストレンジは、自分と同じであると勝手に判断していたスバルは、彼のまさかの発言にさらに面白くない気分になる。騎士として、傭兵として、あるいは最強の魔術師として、全幅の信頼を主に預けている四人。そんな彼らと自分の立場を比較して、どうにも一歩引けているような感覚がスバル自身を襲う。必死に頭を振って弱気を追い払うスバルは、エミリアの目的を叶えるための手伝いをしたい一心を常に抱き続けて、このでやってきた。その気持ちに関しては三人にも負けていないはず、と自負してプライドを保つ。

 

妙な焦燥感に駆られるスバルを尻目に、広間のやり取りは拡大を始めていた。意見を述べた中年を皮切りに、文官集団は次々に不満を口にし始める。

 

「巫女であると同時に、王である。あるいは王になる、という自覚が足りない」

 

「外見を着飾ったとしても、その本質が態度に出ている」

 

「品位が足りない。教育も不足している。それで王と呼ぶことなどできるものか」

 

「いいんじゃーぁないの。個性豊かで楽しい王選になるんじゃーぁないかって、思ってみたりなんかもするけどねーぇ」

 

「ほう、ロズワールも私と同じ考えか。相変わらず、貴方も品性がひん曲がっているようだ。私自身、様々な考えが集まったこの王選は、これまでの常識を覆す面白い場だと考えているのだが。貴方方はそうは思わないのか?」

 

「卿らは黙っているがいい!」

 

ロズワールやファリックスら聞き慣れた声が文官集団を割るように響くが、周りの文官たちの罵声ですぐに掻き消える。

大多数の文官集団が矢面に挙げて糾弾しているのは、先ほどの態度の悪さが目立ったフェルトだったが、それ以外の候補者たちにも飛び火していないとは言い切れない。例えば、エミリアの横顔は痛みを堪えるかのように痛切で、心の負担になっているのは目に見える。

 

騒然としたこの場を収めたのはスバルの短慮さでなければ、任務完了に不満の泥を塗られた騎士団の怒りでもなく、口が過ぎたことを反省した文官集団の理知さでもない。

たった一言、壇上に座る老人が「静かに」と呟いたことだけが理由だった。

 

長い長いヒゲを撫で、マイクロトフはその閉じかけた瞳をさらに細めて、勝気な顔で老体を見上げるフェルトを見る。

しばし無言の時間が続いたが、マイクロトフはふいに小さく吐息を漏らすと、

 

「騎士ラインハルト」

 

「はっ」

 

名を呼ばれ、手招かれたラインハルトが颯爽と壇上へ。

彼はマイクロトフの前で膝をつき、剣を腰から外して床に置く最敬礼を示す。それを満足げに見届け、老人は白いヒゲを手繰りながら記憶も手繰り寄せるように、

 

「御身が彼女を見出した経緯を聞かせてもらえますかな」

 

出会いの経緯を聞き出されたラインハルトは、淡々と経緯を告げる。

 

「彼女は十三日前、王都の下層区――通称「貧民街」の一角で保護いたしました。その際、竜殊に触れる機会があり、彼女が巫女としての資格を持つものだと判明し、こうしてお連れした次第です」

 

「貧民街の浮浪児だと!?」

 

先ほどから文官集団の後押しを得ていくらか息巻き始めている、リッケルトという男性は声を張り上げる。

彼は身振り手振りを加えた動きで大仰にフェルトを示し、

 

「未来のルグニカを担う王を選出するこの儀に、よりにもよって浮浪児を招き入れるなどあってはならぬ!貴様は玉座をなんと心得ている!?」

 

「――――」

 

「ふん、都合が悪ければだんまりか。これが現剣聖とは、アストレア家の名誉も地に墜ちたものだな」

 

「一文官の分際で、かのアストレア家を貶すか。しかし、その剣聖に我が国は救われていると言っても過言ではない。そもそも、竜歴石の予言に従う事は議会で決定したはずだ。その決定を覆すには、それ相応の支払いを覚悟しなければならないと思うが。その覚悟をお持ちか?」

 

「貴様……若貴族の分際で何を言うか!?無礼であるぞ!撤回しろ!」

 

「ならば、貴方の発言も無礼であり撤回すべきと思うが、そこのところはどうなのだ?」

 

飾緒を吊るし、金のショルダーノッチがつけられた礼装用の軍服を纏う、ファリックスのリッケルトを見る目線はどこか冷たい。彼の服に付けられた煌びやかな光を放つ勲章の数々とは正反対だ。弱冠二十代とは思えない、恐れ知らずな態度はリッケルトを怯ませるには十分すぎる。壇上に敬礼を捧げたまま、ラインハルトはただ静かに彼らの応酬を受け止めている。その涼しげな横顔には負の感情の一切が見られない。リッケルトは柳に風といった様子に口をつぐみ、苛立たしげに舌を打つ。

 

「マイクロトフ卿、考えをお改めください。徽章に選ばれただけで、そのものに王座を得る資格を与えるなど過ぎた話なのであります。王冠はふさわしいものにこそ与えられるべきであり、手当たり次第に徽章を光らせられればいいという話では……」

 

「貧民街出身だからといって王選参加を拒むような貴方の保守的な思考には恐れ入る。だが、御託を並べてあれやこれやと文句を垂れるのならば、そもそも王選など無意味な芝居だろう」

 

現状の国の頂点に水を向け、その方針に異を唱えるリッケルトに、再び水を浴びせたのは、ファリックスの声だ。

彼の大胆な発言に場内は騒然とし、リッケルトは明確な敵意を孕んだ視線を向ける。その発言を面白いと眺めていたのは、クルシュ、フェリス、ロズワール、ストレンジの四人のみ。スバルやアルでさえ、彼の発言の危うさに肝を冷やしそうになる。

 

「き、貴様!この重要な場において何を言うか!?大体、貴様は一地方領土を任されている子爵の身だ。一貴族の分際で無礼な真似をすると退場させるぞ!」

 

「私はただ事実を申し上げたまでだ、そう怒らないでいただきたい。現に竜歴石の記述に一度は納得していたはずの貴方方が、今では掌を返したかのように反対を述べる。矛盾しているではないか?そこまでして家柄で拘り、竜歴石の記述に従わないのであれば最早、王選の大義などない」

 

「戯言を!ファリックス、卿の態度には心底腹立たせられる。私だけでなく、宮中の多くの者がだ。これまでは非常時故に仕方なしと見過ごしていたが、例外ばかりが目につくようではお話にならん。浮浪児を玉座に担ぎ上げようとするアストレア家はもちろん、半魔を王に推挙する卿の愚挙もだ!」

 

「――リッケルト殿、今の言葉は訂正された方がよろしい」

 

それまで沈黙を守っていたロズワールの凍える声が広間に静かに響き、興奮に赤くなっていたリッケルトの顔色が蒼白に変わる。普段と変わらぬ微笑をたたえたまま、ただただ気遣わしげに小首を傾けるロズワールの重い言葉に、室内は重い空気に包まれる。

 

「ハーフエルフを半魔などと呼ぶのは悪しき風習ですよお。ましてやエミリア様は王候補――分を弁えていらっしゃらないのがどちらなのか、おわかりですかーぁな?」

 

「だ、だとしてもだ。私は主張が間違っているとは思わない。竜の巫女たる資格のあることと、それが王に相応しい人物であるかは同義ではない。マイクロトフ卿!」

 

ロズワールの静かな威圧と、ファリックスの正論に気圧されながらも、リッケルトは汗のにじむ表情でマイクロトフの名を呼ぶ。

 

「どうぞご再考を。この場において、王候補をみだりに選出するのは早計と言わざるを得ません。竜歴石を形だけなぞることにどれほどの意味が……」

 

「――騎士ラインハルト」

 

心変わりを願い出るリッケルトの言葉に対し、マイクロトフは応じることなくラインハルトの名前を呼ぶ。その声に彼は迷いなく応じ、その後に続く言葉を待つように精悍な面を壇上へ向けた。

 

マイクロトフは己の長いヒゲに触れ、やはり記憶を探る作業をするかのように指先でそれを弄びながら、

 

「まさか御身は、彼女がそうであると?」

 

「確信はありません。確かめる手段はすでに失われていますから。ですが、これだけの符号を偶然と呼ぶのには抵抗があります」

 

「ならばなんと?」

 

「――運命です」

 

そのやり取りの真意を理解しているのはラインハルトとマイクロトフの二人のみ。

その状態に痺れを切らしたかのように、リッケルトは唇を震わせて前に出て、

 

「ただの言葉遊びだ! 騎士ラインハルト、貴殿は正しい騎士としての道すら見失ってしまったのか。浮浪児を連れてくるような曇り眼にはそれも似合い……」

 

「ふぅむ。そこまで言われるか、リッケルト。これでは、毛嫌いしているファリックス子爵の主張を覆す事はできなくなるでしょうな。上辺だけに囚われ、大切なことを見落とすようでは御身の目は節穴と言わざるを得ない。もしくは、王家へ捧げてきた忠義がハリボテなのか、と疑われるところですな」

 

気勢を吐いてラインハルトを糾弾しようとしたリッケルトを打ったのは、静かだがはっきりとした弾劾だった。

マイクロトフの口から紡がれた言葉の意味が呑み込めず、しばしリッケルトは呆然とした表情となる。それはリッケルトを支持していた大多数文官集団も同じであり、顔を俯かせることしかできない。

 

静寂が広間にわずかに落ちるが、それを拾い集めてどうにか顔を上げるリッケルト。存外にタフな彼は顔を青ざめさせながらも、抵抗する。

 

「こ、これはおかしなことを。マイクロトフ様もお人が悪い。私の忠義の、あるいは目のなにが過っていると」

 

「ふぅむ。でしたら、フェルト様を見ていてお気付きになりませんか」

 

どこか試すようなマイクロトフの言葉に、リッケルトは怪訝な顔でフェルトを見る。

話題の当事者でありながら、だいぶ話の関わりから遠ざけられていたフェルトは、その視線を受けて露骨に嫌そうな顔をする。状況の推移を見守る他の候補者たちも同じことで、エミリアだけが内心の焦燥感が隠しきれずに出ている。

 

フェルトの容姿を上から下までじっくりと眺めるていたリッケルトは、

 

「幼い点が挙げられる。それに、王座に就くことなどより、もっと学ばなければならないことが多すぎて……ッ!」

 

言葉に従いフェルトを見ながら、正すべき場所を指摘しようとしていたリッケルト。その表情がふいになにかに気付いたように強張り、凝然と目を見張る。

それから彼は押し開いた眼をマイクロトフの方に向けて、

 

「き、金色の髪に紅の双眸!?ま、まさか!?」

 

「珍しい目と髪の色の組み合わせですな。ーーとくに、このルグニカでは非常に大きい意味を持つ」

 

リッケルトが動揺の原因を口にすると、その意を察した文官たちにも同じだけの衝撃が広がっていく。

状況を理解できていないスバルは周りの様子をチラッと見る。フェリスとユリウスも合点がいったという表情。アルは相変わらずなにを考えているかわからないが、別段驚いている様子もない。ストレンジは騎士でもないにも関わらず、納得がいっている様子。

取り残されるわけにもいかないスバルは、とりあえず、わかっていないのだがわかっているようなスタンスをとる。

 

リッケルトは自分の今の驚愕を周囲と共感でもしたいのか、彼は震える指でフェルトを示す。

 

「金色の髪に紅の双眸、それはルグニカ王家の血筋に表れる容姿の特徴だ!だが、そんなおかしな話があるはずがない!王家は半年前の一件で、血族の方々ことごとくがお隠れになっている! 割り込む隙などどこにもありは……」

 

「――十四年前、宮中で起きた事件のことをご存知ですか、リッケルト様」

 

強い否定を口にしかけるリッケルトを、静かにラインハルトが遮った。彼が口にした内容に、リッケルトの表情がさらに強張り、「まさか」と口にする声が裏返る。

 

「騎士ラインハルト、貴殿が言いたいのは……」

 

「十四年前に城内に賊が侵入し、先代の王弟――フォルド様のご息女が誘拐される事件が発生しました。そのまま賊の逃亡を許し、ご息女の行方もわからないまま、事件は未解決となりました」

 

「前近衛騎士団の解体と、再生の切っ掛けとなった一件でしたな。確か御身の親族も無関係ではなかったと思いましたが……」

 

「本来は知り得ないはずの情報を知っている。それで察していただければ」

 

ラインハルトの言葉少なな応答に、マイクロトフはただ頷きを持って応じる。が、リッケルトの混乱は収まる素振りが見えない。彼は手を振り乱した。

 

「暴論だ!十四年前に行方不明になられたご息女が、王都の貧民街に身を落として生活しており、それを偶然にも貴殿が見つけ出したと? そして、その身は竜の巫女としての資格にも値したと?」

 

立て続けにぶつけられた情報を羅列し、それからリッケルトは笑う。

 

「馬鹿馬鹿しい! でき過ぎな話だ!巫女の資格を持つ少女を見つけ出した貴殿が、その少女の髪を染色し、瞳の色を魔法で変えたとでもした方がよほど無理がないわい!無論、命知らずな真似などしてはいないだろうがな」

 

「剣にかけて」

 

幾許か冷静な表情を取り戻すリッケルトに、ラインハルトは床に置いていた剣を立て、鞘からほんのわずかに刀身を覗かせ、音を立てて納刀。誓いを立てる。

 

その整然としたありようにリッケルトは薄くなり始めた頭部を乱暴に掻き、

 

「……すでに王家の血は全て病没しており、血族かどうかを確かめる手段は存在しない。憶測だけの素姓で、誰もが頭を垂れるなどとは思わぬことだ」

 

「それは当然のことです。ですが、自分はフェルト様こそが、王位を継ぐに相応しい方と確信しています。血のことをなしにしても、です」

 

「ーー今代の剣聖は、ずいぶんと入れ込んだものだ」

 

ラインハルトの真っ向からの返答に、リッケルトは諦めたように吐息を吐く。それから彼は話題に上っていながら混じっていなかったフェルトを見、

 

「竜の巫女としての資格を持つことは別として、貧民街の出身。そして、あるいは失われたはずの王族の血統の可能性すらある。貴女がさらされる苦難の重さは想像を絶する。その覚悟がおありか」

 

彼の挑発的な物言いは、これまでの会話の流れを鑑みて、彼女自身の答えをもってリッケルトが己の不満と決別するための儀式と大差ない。

時に人は相手を認めていながらも、面倒な手段を選ばなくてはならないこともある。

多くの目が彼らを見つめる中で、彼女の口から出た発言は、

 

「は? なに言ってんだよ、オッサン。アタシは王様やるなんて一言も言ってねーよ、勝手に決めんな」

 

これまでの話の流れを完全に無視した形で、フェルトが憎々しげに唇を尖らせてはっきりと拒絶の意を表明した。

これには、さしものファリックスやリッケルトを始めとした広間の全員に動揺が走る。そんな感情の波を巻き起こしたフェルトはラインハルトに指を突きつけ、

 

「アタシは無理やり貧民街から引っ張ってこられてんだよ。帰せつっても帰しやがらねーし、服は隠してこんなひらひらした服ばっか着せやがる。うんざりどころの話じゃねーぞ、アタシは全然納得しちゃいない」

 

言いまくしたてて肩を上下させ、フェルトは挑発するように顎を持ち上げ、ラインハルトの長身を見上げる。立ち上がった赤毛の青年は困ったように微苦笑し、

 

「フェルト様、まだそのようなことを」

 

「アタシからすりゃ、アンタの諦めの悪さの方が説明つかねーよ。いいか? アタシはイヤだ、つってんだ!」

 

「――いつまでもうだうだと、つまらんことこの上ない話じゃな」

 

主張を曲げないラインハルトに、焦れた表情でフェルトが怒鳴る。

そんな二人のやり取りに口を挟んだ少女がひとり――沈黙を守り続けていた王候補陣営、その中で腕を組んで退屈そうに目を細めるプリシラだった。

彼女は組んだ腕の上で豊かな胸を揺らし、

 

「形だけでも五人は揃った。あとは始まりさえすれば、相応しくないものは自然と省かれるじゃろう。どうせ最後に残るのは妾なのじゃからな。他の余分な連中の王の資質など、あろうがなかろうが関係あるまい」

 

「ああ?」

 

プリシラの暴言めいた暴論にフェルトは素早く反応する。彼女は小さな体をさらに縮め、真下からプリシラを見上げる格好で、彼女に詰め寄る。

 

「さっきっから派手な格好した女だと思ってたけど、そんな動きづらい服でケンカ売ってんのか?アタシはすぐ足が出るんで有名だぜ」

 

「頭が高い。妾を誰と心得る」

 

「はっ、知るわけね……ッ」

 

三下臭い脅しをかけたフェルトに、プリシラが傲然と声を投げる。それを鼻で笑い飛ばそうとし、ふいにフェルトの表情が当惑と驚きで曇った。

 

「――姫さん、そいつは」

 

スバルの隣でアルが不意に叫んだ。彼はフェルトの変調の原因が、自分の主の仕業であることを察したのだ。そして、彼のその叫びを起因として、広間のあちこちで一斉に動きが生じる。

 

まさしく風のような速度で動いたラインハルトが、倒れかけるフェルトの体をそっと支える。そして動いたラインハルトと、ふんぞり返るプリシラの間に割り込むように隻腕のアルが踏み込んでいた。

フェルト陣営とプリシラ陣営が狭い間合いで対立。そんな構図の外側でも、動きのあるものが数名いる。

 

クルシュは軽く身を屈め、なにも下がっていない腰に手を当てて、まるで見えない剣を抜こうとでもするかのような姿勢で構える。ストレンジは騎士団の列から素早く離れると、両拳に盾状のエルドリッチ・ライトを展開し、その先をフェルトとプリシラに向ける。比較的候補者たちに近い位置に立っていた騎士団長のマーコスは、クルシュやストレンジの動きを制するように手を差し出している。

そんな中、候補者の集まりから「堪忍してやー」と頭を抱えて距離を取っているのがアナスタシアであり、それは彼女には戦闘力が皆無だったからである。

 

スバルがエミリアの様子を心配そうに見つめる中、アルの叫びとほぼ同時に動いていた彼女は、虚空に手を差し伸べながら淡い輝きをその掌にともし、

 

「陽魔法の過干渉――こんな使い方して、なに考えてるの!?」

 

淡い輝きがふらついたフェルトを包み込み、その体に癒しの波動を伝える。

怒りを露わにしたエミリアが怒気をぶつける相手は、なんら呵責を抱いていない顔のプリシラだ。彼女は煩わしげに手を振ると、

 

「妾の生まれながらに持つ加護を少しばかり分け与えただけじゃ。その程度でその反応とあれば、自然とそのものの器も知れよう」

 

「悪いことをしたら謝るものでしょ!ごめんなさいは?」

 

悪びる気などないプリシラの答えに、エミリアが普段の調子を取り戻しながら言い募った。その内容にプリシラはきょとんとした顔をし、すぐに笑いを堪え切れないといった様子で破顔する。そのまま笑いを得た表情で、

 

「これは面白い。今のは久々に楽しめたぞ、褒めてやってもよい」

 

「愉快な子ね。なにを……」

 

「悪いことをしたら謝る、か。ならばさながら、貴様の場合は『生まれてきてごめんなさい』とでも謝罪してみせるか? 銀色のハーフエルフよ」

 

衝撃が、エミリアの全身を貫いていったのが遠くにいるスバルにさえも理解できた。物理的に一撃を受けたかのように、間近で聞いたエミリアの肩が大きく揺れる。彼女はさっきまでの毅然とした表情を打ち消され、痛切に満ちた瞳を押し開きながら、

 

「わ、私は……魔女と関係なんて」

 

「そんな言い訳が誰になんの意味がある? 貴様は世界の禁忌の存在の映し身で、人々はその姿を目にするだけで恐ろしくてたまらない。だからこそ、そんな上辺を取り繕うだけの布切れに頼り切っておるんじゃろうて」

 

辛辣な言葉を容赦なくエミリアに浴びせるプリシラに、顔を蒼白にした彼女は首を力なく横に振るだけだ。会話の内容におおよその察しはつくスバルは内情を深く知っているわけではないため、エミリアが受けている衝撃の深さはスバルに推し量ることができない。

だが、彼女が不当に傷付けられていることだけは理解したスバルが動くには十分過ぎる理由だ。

しかし動こうとした彼に待ったをかける者が現れる。

 

「姫さん、そこまでにしてくんね? あんまし敵増やされても困んだよ、マジ」

 

プリシラの暴君ぶりを引き止めたのは、彼女の前に立つアルの弱音だった。彼は表情の見えないはずの兜の中、そこが困り顔であるのを誰もが察せられるほど弱々しい声で、

 

「剣聖、しかも至高の魔術師もセットと来たもんだ。こんだけの化け物揃いじゃ勝負にすらなんねえ。素直に謝っとこうぜ?」

 

「妾の従者ともあろうものが情けないことを抜かすでない。剣聖がどうした。たかだかこの国で最強というだけじゃろうが。まあ、そこの魔術師の力は確かに秀でているのかもしれぬが、敵ではなかろう。どうにかせい」

 

「一分どころか一秒ももたねぇよ」

 

彼我の戦力差を冷静に見極め、アルは早々に白旗を掲げて無抵抗を表明し、プリシラはその態度に呆れた様子だ。そして、アルと向かい合うラインハルトとエミリアの二人は驚きと困惑を隠し切れない顔をし、ストレンジは展開していたエルドリッチ・ライトを静かに解除する。少なくとも一触即発の場面に飛び火することだけは防がれた。

仕切り直すにも切っ掛けのほしい場面ではあるが、すぐに事態が悪い方向へ転がり落ちることもない。

 

誰もがこの膠着状況をどうにかすべし、と頭を回転させる中――その甲高い音は、小さい音にも関わらず広間中の人々の鼓膜を確かに叩いた。

 

「――全員、お気は済みましたかな」

 

弾いたコインを陶器の中に落とし、全員の注意を引いたのは白髪の老体――マイクロトフだった。

椅子から立たずにそれをした彼は全員を見回し、それからエミリアの治療を受けて頭を振るフェルトに視線を合わせると、

 

「フェルト様、お体の方はご無事ですかな」

 

「……どーにかな。クソ、ナイフ取り上げられてなかったらひでーかんな」

 

マイクロトフの気遣いに応じ、フェルトは態度を悪くしたまま悪態をプリシラへ向けた。

ラインハルトがエミリアへ感謝の目礼を向け、エミリアがそれをいまだ元気のない様子ながらも頷きで受け取る。クルシュが戦闘態勢をほどき、ストレンジは元の場所に戻り、マーコスが安堵したように体の力を抜くと、ようやくアルも隻腕の肩を回して安堵する。

事の発端であるプリシラだけが変わらず退屈そうな眼で、反省の色が一片も見せていなかったが。

 

それを見届けて、マイクロトフが改めて宣言する。

 

「では本来の議題――王選のことについて、候補者の皆様を交えて、賢人会の開催をここに提言いたします」

 




因みにファリックスのモデルは大モルトケことヘルムート・カール・ベルンハルト・モルトケ陸軍参謀総長と、鉄血宰相ことオットー・フォン・ビスマルク宰相を足して2で割った様なイメージです。

今回、ファリックスが着ていた服のモデルは、1898年フランツ・フォン・レンバッハ氏が描いたモルトケの肖像画に描かれた軍服です。気になった方は、Wikipediaに載っておりますので見てみてください。

そういえば投稿日(2021/07/07)は、七夕だったんですね!
リゼロスのクルシュ様の言葉で知りました笑

ストレンジ「七夕の話は最近好きになった。引き離された男女が、一年に一度逢瀬を許されるというエピソードは、たまにクリスティーンの事を思う私に重なる部分がある。彼女への願いも折角だから、書いてやるか」

次回はいよいよ所信表明です!

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